八章 レンの真実 1
天の川通りは賑やかで陽気なのに、ディル、レン、シュデールの周囲だけは目を背けたくなるほど険悪で、静寂に包まれていた。三人の間を吹き抜ける暖かな風や、人々の弾んだ笑い声すらも感じることができない。双方の無言の睨み合いは、一触即発の状況だった。
一分ほど経ち、このピンと張り詰めた空気にもう飽きてしまったのか、それともしびれを切らしたのかどうかは分からないが、シュデールが自信をみなぎらせる口調でとうとう沈黙を破った。
「やっと見つけたぞ、マルコ・ポルテ……いや、レン・ハーゼンホーク!」
レンに向かって威勢良く指を差しながらシュデールは言った。シュデールに正体を見破られても、レンは動揺のかけらも見せず、フンと鼻で笑ってあしらうだけだった。
「あんた、異常なくらい物好きだな。俺たちのことを町であれこれ詮索されると、ほんと迷惑なんだ」
フードの中にあるレンの表情は、本当に迷惑そうだった。
「こうなっちまった発端はお前だろう。なぜいつも俺たちの邪魔ばかりするんだ?」
シュデールの口調は段々と激しくなり、小豆のような瞳が枝豆くらいに大きくなった。
「自分の胸に手を当てて、よーく考えてみろ。そして気付くんだ。女王に利用されているのが分からないのか?」
シュデールに劣らず、レンもしわがれ声を張り上げた。シュデールは、片時もレンから目を離すことはしなかった。
「知ったことか。俺たちはいつも親父に言われるがままだ。親父が何を考えているかなんて、ちっとも分かりゃしない。この国の国王だって同じことさ」
シュデールは鼻息も荒々しく、まるで準備をしていたかのように即答してみせた。レンは躊躇することなく一歩踏み出し、その長身をぐいとシュデールに近寄せた。
「つまり、あんたたちの頭であるビトのおっさんをやっつければ、全員、おとなしくなるってわけだ?」
レンは探るように言葉を選んでそう言った。シュデールは喰いしばった歯の隙間から言葉を投げかけた。
「忘れちゃいないか、レン? それは俺たちだって同じことだ。俺たちキングニスモにとっても『反・カエマ派』の存在は邪魔なんだ。その時がくれば、容赦はしない」
シュデールは尻のポケットから封筒のようなものを取り出し、レンに手渡した。レンが受け取った封筒を、ディルはしげしげと眺めた。何のからくりもない褐色の封筒で、ドクロのキラキラと輝くシールで封がしてある。
「親父からお前への果たし状だ。今日はこいつを渡しに来たんだ」
「そりゃどうも」
ディルは、シュデールの言葉にも驚いたが、レンのそっけない返答にはもっと驚いていた。果たし状とは、つまり決闘の申し入れのことだ。決闘をするなんて、想像しただけで身の毛がよだつ。それを、レンはまるで、遊ぶ約束をしたかのようにあっさりと引き受けてしまったのだ。レンには何か策略があるのだろうか?
「……よう、ナックフォード。まさかお前がこいつと一緒にいるとはな」
顔面蒼白で立ち尽くしていたディルに、シュデールが静かに声をかけた。どこか哀切を感じさせる口調だ。
「お久しぶりです、シュデールさん。あれから、みんな元気だった?」
ディルのぎこちない笑顔がそう喋っていた。
「ああ、みんな元気だ。ジプイは『遊び相手がいないからディルを連れて来い』って、毎日しつこいんだ。ハムは『カメとネズミを盗んだ奴を見つけ出して血祭りにする』とか言って、常に殺気立ってる。……ラーニヤは、親父の機嫌を元に戻すのに二日がかりだったけどな」
ディルはキングニスモの正体を知ってからというもの、ジプイやラーニヤのことを思い出すたび、心臓をちくちくと刺されるような妙な気分になる。三人が『ランランパジウム・14』でケーキを食べたあの日、ジプイとラーニヤはどんな気持ちでディルに接していたのだろう……ディルはあまり考えたくなかった。
「だけど、僕たちはもう敵同士なんだよね。それってなんだか……とても辛いよ」
「あいつらとの楽しい思い出は忘れた方がいい。少し酷だけど、仕方がないだろう」
シュデールが城の方角へ立ち去ったあと、レンは『果たし状』をローブのポケットに丁寧にしまい込みながらディルに言った。ディルは気落ちしてうなずいた。
「分かってる……でも、どうして決闘なんか引き受けたりしたの? マルコとシュデールの間に何があったかは知らないけど、他にいい方法があったんじゃない?」
そのことに関して、レンはあまり触れられたくない様子だった。『仕方がなかった』と言わんばかりの雰囲気さえ感じる。そして再び歩き始めたかと思うと、「ディルは優しくて、とてもいい奴だ」とだけ言った。