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七章  ボトルシップ  2

 ディルは朝食の席へ向かう途中、レンが「見張り台に折り畳み式の望遠鏡を付けるべきじゃないか?」とユンファに相談するのを耳に入れながら、二人の後を追った。辿り着いたのは、『飯屋』と書かれたあの部屋だった。大小の鍋が四つ置いてある、レンガの大きな調理台が顔を出したと思うと、そのすぐ足元には、東国の古代神殿が描かれた真紅の上等な絨毯が床一面に広がっていて、ディルを丁重に出迎えてくれた。暖炉には青色の炎が小さくはぜており、奥の壁際には本や食器、木彫りの像などの骨董品が並べられた棚や、竹で作られた数種類の釣竿が立てかけられている。部屋の真ん中には丸テーブルと、様々な種類の椅子が絨毯の上に置いてある。ディルの記憶に間違いがなければ、以前は見当たらなかった木で作られた足の長い椅子が一脚、それらに溶け込むように混じっていた。


「おはよう。好きな所に座って」


 アルマはピンクの頭巾とエプロンの格好で、テーブルに皿を並べながら、忙しない様子でディルに挨拶した。ジェオは寝巻き姿のまま鼻歌を口ずさみ、ご機嫌な様子で席に着いていた。ディルは肘掛け椅子の背もたれに『ワースとじいちゃんの』という落書きを見つけたが、なるべく気にしないふりをして腰を下ろした。


「よう、ディル。今日が何の日か分かるか?」


 自慢の口ひげを指先でいじりながら、ジェオが席に着いたディルに向かってニコニコ顔で聞いた。


「ジェオのことだから、きっと魚のことと関係あるんじゃない?」


 ジェオはチッチッと指を振り、また鼻歌を再開させたかと思うと、一言、「今日は水曜日」とだけ言った。ディルは「それじゃあ分からない」と抗議しようとしたが、ルーシラが本を山のように抱え、おぼつかない足取りで部屋に入ってきたので、それどころではなくなった。


「きゃっ! ルーシラったら!」


 アルマは調理台に身を半分ほど避難させながら、ルーシラに道を譲った。きっと本を抱えていなかったら、ルーシラは酒に酔って千鳥足になっているのだと確信していただろう。ルーシラがディルのそばまでやって来た時、とうとう一番上の一冊が、逃げ出すようにスルリと滑り落ちた。ページを一枚一枚羽ばたかせ、埃を舞い上がらせながら絨毯の上にバサッと落ちた。


「『ヘインの見た世界』」


 表紙に書かれた金字を読みながら、ディルは本を拾い上げた。ルーシラは本の陰から顔を覗かせ、ディルを見た。


「興味ある?」


 ディルの返事を聞くこともせず、またよろよろと歩き出したルーシラが向かった先は、部屋の奥にある本棚だった。


「ルーシラ。この本借りていいかな?」


 棚の傍に置いてある小机に、本の山をゆっくりと慎重に置いているルーシラに向かって、ディルが話しかけた。


「ええ、どうぞ。だってそれ、ディルのだもの」


 ディルは首をかしげ、怪訝そうにルーシラを見た。


「ディルがここへ来た時、服のポケットに入ってたのよ。ディルのじゃないの?」


「僕知らない……」


 ディルはこの本に心当たりがなかった。パルティアはたまに本を買ってくるが、こんな本は初めて見る。それに、任務に参加したあの日は本など持ち歩いていなかったはずだ。

 ルーシラは腰を一度大きく反り、いつもの白いワンピースから埃を払い落とすと、みんなと一緒に席に着いた。最後に、アルマが調理台の上の棚からパンの入ったバスケットを取り出し、テーブルの真ん中の黄色いナプキンの上に置いた。アルマが頭巾とエプロンを外しながら、残っていた丸椅子によっこらせと腰を下ろすと、全員が昨夜の夕食時のように顔を見合わせた。


「海の主、山の主、野の主、そして自然の主に感謝します」


 不意に、レンは早口でそう言った。本の最初のページをめくろうとしていたディルは、呆気に取られて顔を上げた。目の前には、両手を合わせて目をつむり、これから教会で祈りを奉げるかのような五人の姿があった。本を閉じ、ディルはすぐに五人を真似た。


「感謝します」


 しばらくして、ディル以外の全員がレンに続いた。どうやらこれは、朝食前の掟らしい。みんなはもうすっかり手慣れた感じだ。ジェオは鼻先の料理を早く食べたいらしく、両足のかかとを踏み鳴らしながらも、その姿勢を崩そうとはしなかった。目を細めてその様子を観察していたディルは、ジプイがケーキを待つ時の仕草にそっくりだと思った。


「いただきます」


 レンが言うと、ジェオは電光石火のごとくパンをわしづかみし、ココヤシのジャムとマーガリンを同時に塗ったくった。


「レン、今日の夕方、俺、出かけるから」


 口の中をパンでいっぱいにしながら、ジェオはもぐもぐ言った。


「そりゃいい」


 レンが声を張り上げた。


「ディルも復活したことだし、今日はみんなに色々とやってもらいたい仕事があるんだ」


 岩のように固いパンを半分にちぎっていたディルは、レンのその一言で心が躍った。


「まずルーシラだけど、君はここで留守番だ。ついでに、あの二匹の飯の準備も頼む」


「いつも通りね。簡単。任せて」


 フォークに刺さったままの煮かぼちゃをぐるぐると回しながら、ルーシラは陽気な声で答えた。レンは笑顔でうなずくと、今度はアルマを見た。


「アルマは買い出しのついでに、ユンファと一緒に町へ出向いてくれないか?」


 それからレンは、すぐにユンファを覗き込んだ。


「カエマに関する情報をどんなことでもいいから入手してもらいたいんだ。ただし、むやみやたらに聞き回るなよ。兵士たちに勘付かれると厄介だからな」


「分かりました。その手のやりとりは僕たちの十八番です」


 ユンファが熱を込めて言うと、アルマはココアを温めるのを忘れていた事に気付き、調理台へ急いだ。


「野菜市で働くジータ・クレインなら、町中に流れる噂をどんな些細なことでも知ってるし、あたしとは顔見知りだから、薬草を買い足すついでに聞き出してみるね」


 棚の奥からマグカップを人数分かき集めながらアルマは言った。


「よしよし……それじゃあ、ジェオ。町でこのリストにある物を全部探し出して、ここに持ち帰ってくれ。こいつがお前の仕事だ」


「年下のお前に命令されるとは、俺もずいぶん落ちぶれちまったなあ」


 丸めて広げた後のようなくしゃくしゃの紙切れを受け取りながら、ジェオは自分に毒づいた。だが、リストの中身を上から下へ、下から上へ舐めるように見つめた後は、「これならよし」と満足気な表情で食事に専念するだけだった。


「僕は何をすればいい?」


 ディルは我慢し切れずに息張って聞いた。


「ディルは俺と一緒に町へ出向いて人探しだ。ついでに、この船のちょっとした秘密も教えてやるよ」


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