四章 赤い帽子と黒いローブ 1
日暮れまでの暇な時間をシュデールたちと過ごすことに、特に迷いはなかった。広場で憩う人たちは大勢いたが、通りほど騒がしくはなかったし、天の川通りを出た町の案内をするより、ここらで時間を費やした方がディル自身にとって無難だと考えたからだ。
ナックフォード家のディルをお気に召したのか、シュデールはボロの絨毯の中にディルを強引に招き入れ、日焼けした毛むくじゃらの腕を首根っこに巻きつけてきた。無抵抗な人形を抱き寄せるようにしてディルを脇に座らせると、絨毯からかび臭いツンとした匂いがディルの鼻を刺激した。
「俺はシュデール。兄弟の中では一番年上だ。“カメラ親分・シュデール”っていえば、地元じゃ知らない奴はいないぜ? あっちでネズミを眺めてるのは……」
シュデールの声が急にくぐもったので、ディルはとっさに耳をすまさなければならなかった。
「あいつに話しかける時は気を付けな。寡黙で大人しい“ハムお嬢様”は気が短い。あいつの癇に障るようなことは命取りになる……これも地元じゃ有名な話だぜ」
シュデールの鼻の穴が大きく膨らんだ。ジプイがさっき食べたケーキの自慢話をハムに話しているのが聞こえる。
「兄弟がいるってうらやましいよ。一緒に遊んだり、話したり、悩みとかも聞いてもらえるんだろうな」
ディルは、ジプイの会話の相手にさせられるラーニヤとハムを見て、いつも一人だった自分のかつての生活をひどく悔やんでいた。仲間どころか、友達と呼べる人すらも思い当たらないなんて……。トワメルの行いが正しいか否か、今のディルに、明確な答えを導き出すことはできなかった。
「だがな、ナックフォード」
シュデールはその低い声により渋みをきかせて話しかけた。
「人間っていうのは、肝心な時はいつも一人さ。親友、仲間、家族……みんないつだってそばにいるわけじゃない。いざって時に一人で何もできない弱い奴に、まともな生き方はできない。お前の親父だって、きっと同じ考えのはずだぜ?」
眩しい陽射しの中にある、シュデールの満足そうな笑顔をディルは見た。ディルは、何だか少しだけ嬉しくなって、「僕もそう思うことにするよ」とだけ言った。
「こいつでも食わねえか? この国に来て一ヶ月、ほとんどこれしか食ってないんだ」
一番大きな革袋の中から抜き出した手に持っていたものは、笹に包まれた肉の断片のようなものだった。
「何? それ……」
ディルはさも恐ろしい未知の物を観察するような目つきでそう聞いた。黒こげに焼かれた肉にはわずかだが、こうばしい香りが残っている。
「豚の肉、食いたいだろ? ……けど、少しだけな」
ディルは遠慮したが、肉の切れ端を強引に押し付けてくるシュデールをどうしても回避することができなかった。ディルがカラカラの干物のような肉を一口で食べてしまおうと奮闘している傍らで、シュデールは「俺の国にはこんな美味いもの無かったぜ」とか「この国の良い所は、食い物に困らないってとこだよな」とまくしたてた。結局ディルは、どんな味かも分からずパサパサして飲み込みにくい肉を、「うん」とか「あー」とか、うまく相づちを返しながら一気にたいらげてしまった。案の定、食べなければよかったと後悔した。
「サンドラーク国のサボテン全身焼きはとても美味しかった覚えがあるけど」
ディルは、まだのどに引っかかったままの肉切れを批判するようにそう言った。肉をむしゃむしゃと食べ続けるシュデールの幸せそうな横顔が、心なしかうらやましく思えた。
「ああ、確かにあれはうまいぜ。だけどトゲがあるだろ? 親父は歯ぐきにトゲが刺さったのを料理人のせいにして、痛くてうまく喋れないくせに、そいつを散々怒鳴り散らしてた……おい、ハム。かわいいお客さんだぜ」