(8)
続きです。
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「時間だ。全員演習を終了してトレーニングシートを提出するように。平常点はこうした提出物と出席数を主に見るからな。必ず提出するように」
篠原先生が演習終了の合図を告げる。オレは生成時間の表を見ながらため息をついた。オレが生成に要した時間は順に四三、三九、三七、四六、四五、四一秒だった。平均約四二秒、すなわち俺の基本生成速度の平均は毎秒〇.〇二三モル、ベストでも毎秒〇.〇二七モルということになる。トレーニングシートに数値を入力して篠原先生の指定したフォルダに送信すると同時クラスの集計データによれば、クラスの平均は毎秒〇.〇五〇モル、クラス最高は毎秒〇.一〇〇モル、クラス最低は毎秒〇.〇二〇モルだそうで、オレはあわやビリという低成績を修めてしまった訳だ。緋瀬もさっきの爆発の後はまともに生成できたいたように見えたし、蘇芳は慣れた様子で淡々としていたことから察するに、二人とも成績な並以上なのだろう。オレがチームとして相当足を引っ張りそうだといことは明確だった。とりあえず真面目に授業を受けようと心に決めたオレだった。
「全員トレーニングシートを提出したようなので、一般演習はここで終了とする。一時間の休憩ののち、Cスタジアムに集合、執行演習に入る。休憩中に昼食と着替えを済ませておくように。では解散」
篠原先生がそう言うとちょうど終業のチャイムがなった。すると生徒達が次々とポッドをポートの方へ移動させ、教室から出始めた。オレは一度伸びをすると、出入り口が空くのを待つことにした。
「ゆ、悠十くん! ご飯の予定とか決まってますか……?」
緋瀬がポッドを近づけて言った。
「いや……学食にでも行こうかと思ってたんだけど」
「あ、あの良かったら、ご一緒してもいいですか?」
「いいけど……オレなんかでいいのか? 他の女の子とか……」
「い、いえ! その、まだ知り合いも少ないし、その、久しぶりに悠十くんに会えたからお話ししたいかなーって……ダメ?」
うつむき加減かつ上目遣いでそう言う女の子のお誘いを断る理由など特にない。というか断ったりしたら今にも緋瀬が泣き出しそうだ。
「ああ、そうだな。じゃあ一緒に学食行こうぜ」
「ほ、本当に!?」
「おう、他に一緒に食べる約束をするような奴もいないしな」
「じゃ、じゃあ急いで行こう? 多分学食混むと思うし……」
「それもそうだな」
オレと緋瀬はポッドをポートに戻して学生証を出入り口付近にある端末にかざしてドアを開けると、学食へ向かった。
* * * * *
「こりゃすげぇな……」
歩いて一五分もかかる学食まで辿り着いたオレは学食にごった返す人の波にげんなりしながら呟いた。同じ中学から入学した者たちがテーブルを占拠してしまっているせいで、オレや緋瀬のような「ぼっち組」が入る隙間などなさそうだった。
「どうする……って何泣きそうになってるんだよ?」
「い、いや、だって、せっかくご飯食べれると思ったのに……」
緋瀬が目をウルウルさせながら答えた。そんなにお腹が空いているのだろうか。オレはなんとか空いているところはないかと、周りを見渡す。すると持ち帰りができる弁当を売っている購買部が目に入った。
「緋瀬、購買で何か買って、他のところで食べないか? 席が空くのを待ってたら授業が始まっちゃうし……」
オレがそう言うと、緋瀬は何かをふと思い出したような顔をした。
「なんかいい場所知ってるのか?」
「う、うん。買ってから案内するよ」
「よし。しかし購買まで行くのも大変だなこれは……ちょっと失礼して」
オレは緋瀬の手を握って歩き始めた。
「ふぇあ!? ちょ、ちょっと悠十くん!?」
「え? 結構混んでるから女の子がこの人混みの中で進むの大変だろうから、オレの後ろから付いて来いよ?」
緋瀬が何をそんなに慌てふためいてのか分からないが、オレはとりあえず人混みをかき分けて進むのに精一杯だったので、とりあえず緋瀬の手を引きながら進んだ。
学食の奥に位置している購買部になんとか辿り着くと、オレは緋瀬の手を離した。
「いやー、大変だったな。緋瀬は何食べるんだ?」
オレはずらりと並べられたパンやおにぎり、菓子類を見ながら聞いた。
「……」
返答がない。振り返って見ると顔を真っ赤にした緋瀬が指をもじもじさせて立っていた。
「ん? どうした?」
「い、いえ! なんでもないでございます!」
なんで敬語……? オレは何か悪いことをした心当たりもなかったのでとりあえずカレーパンとおにぎり、デザートにプリンという非常にベタな三点を購買部の女性に渡した。
「合計で三二〇円になります。IDカードでのお支払いでよろしいですか?」
ハキハキと話す二〇代ほどの店員が袋に商品を入れながら言った。
「あ、はい。大丈夫です」
オレは例の瑠璃色の学生証を支払い用の端末にかざすとチャリンという擬似的なコインの音がして支払い完了という文字が表示される。MEが発見されても人間の睡眠と食事だけは変わらず行われている営みだ。食品をMEで生成したとしても体内に入った時点で還元されてしまうらしく、食料の生産はMEにより効率化こそすれ、そのままMEで生産することはできない。したがってNORの人々で食料生産に従事している割合が非常に大きくなっているらしい。
そんなことに思いを馳せているうちに緋瀬も買い物を終えたらしく、ビニール袋をバッグの中に押し込んでいた。
「よし、じゃあ緋瀬の知ってる『いい場所』ってとこに行こうか?」
買い物をしているうちに学食に並ぶ人はだいぶ減って行きよりはだいぶマシになった人混みを乗り越えてオレたちは食堂を出て、「目的地」へと向かって歩いた。緋瀬は非常に広く複雑な形をした校舎を迷うことなく進んでいく。
「なぁ、緋瀬。ところでなんでそんなに校舎のこと詳しいんだ?」
オレは歩きながらふと思って緋瀬に聞いた。
「え? ほ、ほら、私、記憶力だけはすごいから、校舎の地図とか全部覚えてられるんだ。さ、さっき階段で悠十くんに会った時も、覚えてる地図で図書館がいくつもあって、どこにどんな本があるのか見に行こうと思って歩き回ってる途中だったんだよ」
オレは彼女の言う「記憶力がいい」というのは一般に言われるそれとレベルの違う話だったのだと気づいた。記憶喪失で記憶を代償とする能力を持ち合わせているオレには逆立ちしたって真似できないことだ。少しばかりやるせない気持ちになってしまったオレは何と返答すべきか分からなくなって黙りんこんでしまった。
「悠十くん?」
「いや、なんでもないよ。ところであとどれくらいで着くんだ?」
「も、もう着くよ」
そう言うと緋瀬は階段を駆け上がり、珍しい旧式のドアノブが付いているドアを開けた。
「ここって……」
ドアの向こうには赤煉瓦が敷き詰められたテラスだった。春の日の光が降り注ぎ、空調とは違う心地よさに満ちていた。
「こ、この学園の校舎ってほとんど新設なんだけど、一部だけ廃校になった大学の校舎を改装して使ってるんだって。ここはその大学の名残で改装されないで残ってるんだけど、あんまり使われてないらしくて……」
「へぇ。いいところだな」
「う、うん……」
オレは無造作に置かれているイスに座って、さっき買ったカレーパンを食べ始めた。一通りテラスの中を眺め終わると、やけに静かになっている緋瀬に視線を戻した。
「何黙りこくってるんだ?」
「え、えっとその……悠十くんっていっぱい食べる女の子ってどう思う……?」
「はい?」
「ご飯をいっぱい食べる女の子って嫌……?」
「いや、別にそんなことはないけど……」
「ほ、本当に!?」
「ああ、別に飯をいっぱい食うのは悪いことじゃないだろ? むしろ我慢する方がよくないし」
「そ、そうだよね、私ったら変なこと聞いちゃって……」
そう言って緋瀬がバッグから取り出したのは二〇個ほどのおにぎりに加え、ポテトサラダとパスタとパンと……とにかく一〇人分はゆうにまかなえる食料だった。
「そ、それ……一人で食べるのか?」
「ふぇ? うん、そうだよ。我慢するのは体に良くないし……」
確かにそう言ったのはオレだが……と言いかけてギリギリ言葉を飲み込む。
「そ、そ、そうだな。ところで緋瀬の記憶力ってなんか特殊な練習とかしたのか?」
オレは緋瀬がその細い体躯のどこにそんな量の食料を溜め込んでいるのか不思議に思いつつも、その話題にはもう触れない方がいい気がして、話題を切り替えた。
しかしオレがその言葉を発した瞬間、美味しそうにおにぎりを頬張っていた緋瀬の表情が固まるのが分かった。
「あ、あなたは……」
――本当に緒多悠十くんなの?
緋瀬の言葉がやけにはっきり聞こえ、さっきまで春の日差しが暖かったはずのテラスが急に寒く感じた。
こうなることは分かっていたはずなのに。嘘がいつまでも存在することなど許されるはずがないことを。
どうもkonです。
1st MEmory 万能元素は全10話構成をしております。今回は悠十の低成績具合と、緋瀬の大食いぐらいしか内容が……という感じで申し訳ありません。一応テラスの設定とかは色々考えているのですが……。
しかし最後の最後でついに悠十の嘘が……!ということで次回も悠十と緋瀬がどうなっていくのかにご注目ください。
畏れ多いですが、読んでいただけた方、コメント、お気に入り登録等していただけると嬉しいです。
では次回もお楽しみに!