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Multi Element 〜刻(トキ)の代償〜  作者: kon
5th MEmory 残存記憶―Relict Memory―(B)
53/55

(8)

第5章第8話です。

よろしくお願いします。

 何だ、この状況は。

 意味が分からない。理解ができない。現状を正しく認識できない。


 何?

 何だよ?

 緋瀬が死ぬ?

 そんなバカな事があってたまるか。


 しかし、オレが見た緋瀬の瞳にはもう光が宿っていなかった。暗く、昏い黒。いつもの輝くような赤い瞳ではなく、底なしの闇色だった。

「蓼科……。お前、自分が何やったか分かってんのかよ?」

 オレはきれいに腕が断ち斬られた左肩の痛みが今や消えていることに気付きながら立ち上がった。

 香子は何やら白く発光する縄のようなものに縛られていた。これも蓼科のあの奇妙な術なのだろうか。縛っている縄に何か仕掛けがあるのかは分からないが、香子は少しずつ衰弱しているようだった。

「香子さんに何しやがった、てめぇ」

 オレは睨めつけるように蓼科に相対した、そのとき。


「我ノ勝チダ、蓼科新介」

 一瞬蓼科から発せられたことに気づかないほど、人間とは違う声音が答えた。いや、正確には答えていない。オレの言葉など完全に無視をして、蓼科は蓼科自身に言ったのだ。

 しかし、それも正確ではないのかも知れない。言葉の内容としてそれはおかしい。自分に対しての発言としても不自然だった。


――蓼科じゃ……ない?


「お前……誰だ? 蓼科じゃないのか?」

「我ハ蓼科新介デハナイ。コノ身体ハ確カニ蓼科新介ノモノデアルガ、今ノ行為ト発言ハ蓼科新介ノ意思ニヨルモノデハナイ」

 蓼科であって蓼科でない? 今になって二重人格にでも目覚めたとでも言うつもりなのか。そんな言い訳が通じるような状況ではない。こいつは人を、緋瀬を、殺した。

「オマエガ緒多悠十ダナ」

「何を言って――」

「殺ス」

 蓼科の、否、その男の短い言葉が引き金であったかのように先程と同じような白い刃がどこからともなく現れ、オレの頬を掠めた。

「外シタ。次ハ当テル」

 どういうことだ、どういうことだ、どういうことだ、どういうことだ、どういうことだ。

 あれだけ覚悟を決めて、あれだけ決意を固めて。このまま何も分からず死んでいくのか、オレは。


 ビュンッ


 眼前に迫る白い刃がやけにゆっくりと見える。しかし、オレの身体は動こうとしない。


 死を覚悟したその時、オレの眼前に鉄の壁が生成される。その壁は何とかその刃を防いだがあっけなく砕け散り、オレはその衝撃で後ろに倒れこんだ。

「よかっ……た……」

 地面に這いつくばる香子は消え入りそうな声でそう言った。

 縄に力を奪い取られていく香子はこれまで彼女の姿で最も痛々しくはあったけれど、しかしなお、それでも彼女は弱々しくはなかった。

 どうして香子はこれほどまでに強いのか。

 どうしてオレはこれほどまでに弱いのか。


 オレは歯を食いしばり、立ち上がる。もう心は折れているけれど。もう希望を失ってはいるけれど。それでもオレは立ち上がる。


 その瞬間、オレの背後でカチカチカチカチカチという歯車が回るような音がした。驚いて振り返ると緋瀬の身体が眩いほどに赤く輝き、そしてその光の一部が龍のようにオレの方へ向かってきた。避ける間も無くその光はオレの身体の中へと入ってくる。そして歯車が噛み合い、回り出すような感覚がしたかと思うと、意識が深い穴へと落ちていくような浮遊感に襲われたのだった。



* * * * * *


 真っ暗だった。

 そしてオレはすぐにそこが精神世界であり、ロゴスの能力がオレに宿っているのだと気付いた。

「緒多 悠十」

 呼ばれて振り返るとそこには金髪緋眼の少年が立っていた。背丈はそれほど高くないが、その容姿はどこか気品さを感じさせるものがあった。

「えっと……」

「僕はロゴスだ。君も知っているだろう? 絶対論理の人工核」

 いや、それは何となく分かっていたのだが、先ほどロゴスの力を使った時、精神世界に現れたのは黒いドレスを纏った緋瀬のはずだ。

「ああ、そういうことかい」

 少年はオレの思っていることを読んでいるように言った。

「僕の容姿が先ほど見たのと違うのは、そうだな、プロセスの問題だ」

 実際にオレの思っていることを読んでいた。

「プロセス?」

「そう、プロセス。さっきは緋瀬未来という人間をケースとして、そしてクロノスをコンソーラーとして僕の力を使ったからああいう結果になる。あの姿で君は僕を見た」

「そんなことで見た目が変わるものなのか?」

「人間の認識なんてそんなものだよ。人間は見たいように見るし、聞きたいように聞くものだ。君に宿っているクロノスだってその例外じゃない。君が見たいように見て、聞きたいように聞いているだけだ。今君は緋瀬未来が死んだという事実ゆえに、つまり彼女を媒介としていないということを念頭に置いて僕を見ているわけだから緋瀬未来以外の姿に見ているわけだ」

「じゃあその姿も借り物なのか? オレが見たいと思っている姿、なのか?」

「ああ、いや。少し言い方が悪かったかな。人間の恣意性というのも容姿の決定要因の一つだと言いたかっただけなんだ。そういう恣意性も含んでいるから、容姿が簡単に変化することはあり得るというだけだ。だから最初に言ったような実際的なプロセスもまた決定要因なのさ。僕のこの姿もロゴス完成へのプロセスを反映したものだから、必ずしも君が望むものじゃあない。クロノスの姿が反映されていないのも、クロノスがロゴスの力をコントロールするために時間の核としての力を眠らせていた状態から復帰するのに時間がかかっているからだしね」

 では、オレの思い込みではなく、やはり緋瀬は死んだのか。それが実際的なプロセスとなって、ロゴスの容姿に反映されているということになるのか。

 オレは膝から崩れ落ちて手をついた。


「緋瀬未来はまだ生きる可能性はある」

「え?」

「緋瀬未来はまだ生き得ると言ったんだよ。でなければあんな派手に君の身体へと入ってきたりはしない。僕は緋瀬未来を助けるように作られている。それもまた僕の完成のプロセスに起因するわけだけれど、まぁその話は置いておこうか」

「それは、本当なのか。緋瀬はまだ死んでいないのか」

「いや、死んでいる。今は。だが生き返る可能性はある」


 そうして彼は話し始めた。緋瀬未来を助ける方法を。

 それは、オレのやってきたこと、言ってきたことを覆してしまう方法だった。ご都合主義もここまで来ればもう詐欺だと言いたくなるくらいに。


 けれど、それで緋瀬が助かるのなら。


 そこだけ切り取れば美しくも聞こえるかもしれないけれど、所詮は独り善がりの正義だ。


「ああ、それでいい」

 オレは文字通り二つ返事でロゴスの提案を受け入れた。


* * * * * *


「香子さん、ありがとう。オレはその、大丈夫だから」

 緋瀬が少し前に言った「大丈夫」という言葉に力を込めて、衰弱している香子に言った。

 そう、大丈夫だ。

 香子と怜、緋瀬、そして蓼科は必ず生きて返すことができる。


 オレは残った右手に一本の刀を生成する。それはただオレのイメージが創り出したものだった。そもそもMEによって生成されるものとはイメージをもとにしているのだから当たり前なのだけれど、しかしその刀のフォルムは何かに似せようとか、何かを基にして創られたイメージではなかった。本当に湧き上がるように浮かび上がった刀の形だった。もはやそれはインスピレーションと言った方がいいのかもしれない。

 それゆえなのか、オレには、いや何人たりともその形を正確に描写することはできないと思う。確かにそこに刀はあるのだけれど、それをうまく形容できない。刀という、ものを断ち斬るための凶器であることは分かるけれど、その像が認識として固定しない。すなわち不変性と普遍性と不偏性とが欠落している、というか。兎にも角にも、オレの左手にはものを断つための、目の前にいる誰だか分からない人間(?)を止めるための何かが握られたのだった。そして確かにその刀には赤い光が宿っていた。

 ビュンッ ビュンッ

 風を切り裂くような音を立てて白い刃が飛来してくる。しかし、オレにはその全てが理解できた。認識できたのではなく、「理解」できたのだ。

 うまく表現できないのだが、この世の全ての理屈が、論理が理解できてしまう感覚だった。

 理解できてしまう物事を否定するのは容易い。

 機械に詳しい人間が、最も効率的な方法で機械の機能を奪えるように、オレにはその刃を斬り払うことが容易にできた。

 一歩ずつ、一歩ずつ。オレは進む。

 そしてついにオレはその男の前に辿り着いた。


 もう何の感情が湧くわけでもなく、オレはただその男を斬った。真っ二つに。真一文字に。

 しかし蓼科の身体から血液が迸ることはなかった。そう、斬れていない。蓼科の身体は五体満足のまま、そこにあり続けた。


「亜唖阿亞堊痾嗚呼噫亜唖阿亞堊痾嗚呼噫亜唖阿亞堊痾嗚呼噫亜唖阿亞堊痾嗚呼噫亜唖阿亞堊痾嗚呼噫亜唖阿亞堊痾嗚呼噫亜唖阿亞堊痾嗚呼噫亜唖阿亞堊痾嗚呼噫亜唖阿亞堊痾嗚呼噫亜唖阿亞堊痾嗚呼噫!」


 人間の悲鳴とは思えない、いや実際に人間ではないであろう悲鳴が蓼科の口から発せられた。


「貴様ァ! 何ヲ、何ヲシタアアア!」

「何をした、か。強いて言うなら、何を『理解した』かって感じなのだろうけど」

 オレは静かにその形容しえぬ刀を地面に突き立てた。

 そして語る。オレが「理解した」ことを。


「これはさ、《幻解(ゲンカイ)》っていうロゴスの本当の姿というか、完成形だ。さっきは緋瀬の中にあったロゴスの力をクロノスの力でコントロールしつつ、《世界樹の鍵》を元にした剣だったけれど、これは違う。これこそがロゴスの本質。その能力は『この世界のものではないものだけを斬る』こと」

「この……世界のものじゃない……もの?」

 奇術の効果が切れて、白い縄が解け、なんとか話せるようになった香子が倒れたままオレに問うた。

「そう。この世界じゃない、もう一つの世界の住人。オレたちがMulti Elementと呼ぶものたちの世界。そうだろ――」


――《道化師(クラウン)


「……」

 オレの言葉に蓼科、否、《道化師》は答えない。オレは続ける。

「蓼科が見せてくれたよ、MEが生成と還元を繰り返す混沌の世界。だが、それはもともと一つだった核が分離し、基準点がずれることで均衡は崩壊した。MEが人間の世界に流入し、人間がMEを操るという構造が出来上がった。それが不満だったんだろう?《道化師》」

「ソウダ……我々ハ微弱ナ自我シカ持ッテイナイ。ダカラモトモトハ我トイウハッキリシタ自我ハ存在シナカッタ。シカシ、人間ノ世界ヘノ流入ガ始マリ、人間トイウ上位ノ精神構造ニ触レルコトニヨッテ、人間ニ近イ感情が産マレタ……。ソシテ我ガ最モ初メニ感ジタノハ『恥辱』ダ」

 そう言った、激痛を堪えるように低く唸った後さらに続けた。

「何故我々ハ下位ナノダ、ト思ッタ。支配サレテイルコトニ対スル耐エ難イ恥辱ダ。ソンナ時コノ男ト出会ッタ」

「蓼科と出会ったんだろう。そしてお前と蓼科の目的は一致していた。MEの世界と人間の世界の隔離という目的のためにお前と蓼科は取引をした」

「我ノ《幻想》ノ力、ソシテMEノ真実ニ関スル情報ト引キ換エニ我ガ人間ノ世界デ活動スルタメノ身体ヲ手ニ入レタ」

「でもお前と蓼科は目的こそ同一だったが、そのプロセスは異なっていたんだろう。蓼科はクロノスの力を使って、MEの発見という史実を消すことでMEの消失を目指した一方で、お前は核の持ち主を全員殺すことで、三つ核を強制的に次の代へ送り統一を図ろうとしたんだろ? つまり、オレと残り二人を殺した暁にはもともと核が移るはずだった人物のところへ核が勝手に集まるって話だ」

「ソウダ……。ソレガ我ト蓼科新介ノゲームダ。我ト蓼科新介ノウチドチラガ先ニ目的ヲ達成スルカトイウナ」

 つまりオレを殺さずに目的を達成しようとした蓼科と人間を殺すことをなんとも思わない《道化師》は同じ目的のために違う行動を取っていたのだ。


 一番最初に怜を操ってオレを殺そうとしたのは、《道化師》であり、《世界樹の鍵》を作らせ、そして今回オレを殺さずにクロノスだけを差し出せと言ったのは蓼科本人。

 だが蓼科はオレに、いやロゴスに敗北した。そもそも、《道化師》の《幻想》という能力はロゴスの絶対論理という性質に対して相性が悪いうえ、蓼科はそれを借り物として使っていたのだ。まぁそれを言えばオレも先ほどまではロゴスの力は借り物であったのだが。


 蓼科がオレに敗北したということは、同時に蓼科がMEである《道化師》に対する敗北ということでもある。


 しかし、その《道化師》をも倒してしまえば、すなわち《幻解》で蓼科の身体にいる《道化師》を斬ってしまえば、とりあえずのところ、危機は去る。蓼科の思いも《道化師》の苦悩も消えないけれど、しかし大部分の人間は救われる。そういうマジョリティだけが助かる方法を本当の善とは言えないだろう。

 しかしそれでいい。それでしか緋瀬は救えない。そしてオレ以外の核の保有者もまたこの方法でしか救えない。


「きっとお前も苦しんだんだろう。だけど、ごめん。オレはお前の行動を止めないという選択肢を選べないし、選ばない」

「グ……ウ……」

 《道化師》は未だに苦しんでいる。それは痛み故であり、悔しさ故であろう。


 しかし、というか、だからこそオレは終わらせなくてはならない。


「ごめんな」

 そう言ってオレは《幻解》を振り下ろした。

 

 


konです。

あと残り2話ですが、よろしくお願いします。

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