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第5章第6話です。
ブクマ、コメント等よろしくお願いいたします。
――何だ、今のいやに人間じみていない声は。
香子は威嚇するように二つの銃口を蓼科に差し向けた。その声は確かに蓼科の体から発せられていたけれど、しかしそれはどう脳内で再生しても蓼科の声ではなかった。
そして次の瞬間、香子の身体が巨大な「何か」に貫かれた。
「!?」
香子を貫いた「何か」は香子の身体を空中へと打ち上げ、そのまま宙で静止した。
香子は銃口を自分の腹部に刺さっている様に感じるそれに向けて二発、完全被甲弾を向けて立て続けに撃つ。
しかし、その二つの弾丸が撃ち抜いたのは香子の右肩だった。
「ああぁあ!」
「何か」が貫いた時よりもより鮮明な痛みが香子を襲う。
香子が目測を誤ったわけではない。葵香子はそんなヘマをするわけがないのだ。
「オマエ……マエニモアッタナ……アノトキノオンナダナ……」
「何を……」
「オボエテイナイノカ……?」
その人間ではない声が言った瞬間、蓼科の腕が何かに抑えられているかのように震えながら、しかし少しずつ動いた。そしておもむろに自らの手の甲に噛み付いたのだ。
蓼科の手の甲の皮が破れ、鮮血が流れる。そしてそれと同時に香子を貫いていた何かが消え、解放される。
香子は着地するとともに右肩を抑えてよろめくが、なんとか踏みとどまって手の甲を真っ赤にした蓼科を見た。
「やれやれ……邪魔が……入ったね」
その声は確かに蓼科新介の声であった。しかしこの数十秒の間に急に消耗したように見える。その呼吸は浅く、額には汗をかいていた。
「なるほどね? 力を使いすぎると君が出てくるわけだ」
蓼科は誰に言うでもなく、そう呟いた。力? 香子は流血が止まらない右肩を抑えながら思考する。そして、香子は決定的におかしいことに気付く。
なぜ、香子自らが撃った弾丸が香子の体を、MINEのベールを纏っているはずの香子の体を撃ち抜いたのか。蓼科の持つ剣ならば、まだ分かるのだ。万物を開くというその《世界樹の鍵》を以てすればベールを無効化することも可能であろう。しかし、今香子を撃ち抜いたのは香子自身が生成した弾丸なのだ。
ということは蓼科本人にも同じような力があるということなのか。しかし 《道化師》である蓼科が能美を《世界樹の鍵》を作るように誘導したとしたなら、それはいささか無駄な気がする。
それに、「邪魔が入った」という言葉はどういう意味だ。まるで第三者がいるような言い方である。
そして、「マエニモアッタ」? 葵香子が蓼科新介に会うのは確かに初めてではないが、その何を今更という感じもあるし、久しぶりに出会ったみたいではないか。
確かに葵香子には抜け落ちている記憶がある。冬休みの記憶。そのときに出会ったのか。
もしそうだとしても、香子は未だにその記憶を取り戻してはいない。
「とりあえず葵香子さん、君には眠ってもらうよ?」
呼吸が整ったところで、蓼科が改めて剣を構えて言った。動かなくては、やられる。そんなことは分かっているはずなのに、体が言うことを聞かない。さっき「何か」貫いた腹部辺りを中心として浮遊感に近い脱力と無感覚が広がる。まるで体が丸ごと夢に持っていかれるような気持ちになる。
「香子さん!」
もう深い海に意識が沈もうかとしたその時、聞き覚えのある少年の声がする。
「か、香子さん! だ、大丈夫!?」
続けて気弱そうな少女の声もする。そしてその沈みかかった体を抱きとめるように、少女は香子の体に腕を回した。
名を呼ばれるというのは、案外効果があるようで、香子はわずかに目を開けることができた。傍らには、泣きそうな顔をしている緋瀬未来、そして香子と未来の前で、蓼科から二人を守ろうと立ちふさがっているのは、緒多悠十だった。その手にはやはりあの工芸品じみた巨大な無刃の刀、《黎玄》が握られていた。
* * * * *
オレはほんの数十分ぶりに向かい合った蓼科を見た。そして、ちらりと香子を見やる。あの香子が、これほど追い込まれているのを見せつけられて、何も恐怖がないわけじゃない。計画のために緋瀬を殺すとまで言った蓼科の目の前にあろうことか緋瀬本人を連れてきたことになんの躊躇いもないわけではない。
だが、もうあれだけ悩み、後悔し、諦めかけたうえで、それでもなおオレはここに立つことを決めたのだ。もう引き返せない。だから、オレは右眼だけをそっと閉じた。
「君も懲りないね? 悠十君。おとなしく逃げておけばいいものを。別に僕は葵香子を殺す気はなかったのだから、緋瀬未来を見捨てさえすれば、君自身が傷つくことなどなかっただろうに」
「言っただろ、蓼科。オレはお前にこの世界の誰の記憶も消させないし、緋瀬も殺させない」
「ほう。それは勝算があって言っているのかい?」
「はっ。オレにそんなもんがあるわけねぇだろ。クロノスの力を使っても、信用できる未来の映像は数秒程度だ。別に勝算があるからここに立っているわけじゃないだよ、オレは」
「じゃあなぜそこに立っている? 勝てるか分からない、むしろ負けそうな相手に、しかも負けたところで君はそのことをすっかり忘れて悔やむこともない。理由がないだろうに」
「約束したんだよ、思い出すって。必ず思い出すってよ」
水色を帯びた右眼を開くと、蓼科に向かって駆け出した。
『蓼科はオレが五本同時に放った《空牙》を《世界樹の鍵》でたたき落とし、そのままの勢いでオレの懐に入ると、みぞおちを思い切り突かれ倒れる』
未來視が告げる。それを裏切るように、《空牙》ではなく、《刈海神》を起動させ、横に大きく薙ぐ。
しかし、蓼科はそれこそ道化のような奇怪な動きで、その長大な水の刃を避けつつオレの懐に入ってくる。
『懐に入ってきた蓼科は右手に持っている《世界樹の鍵》でオレの右腕の腱を断つ』
続く未来視。オレは蓼科の右腕を塞ぐように《黎玄》を構える。しかし、実際には蓼科の左手がオレの首をむんずと掴んで、ありえないほど軽々と投げ飛ばされた。
「がはっ!」
オレは肺から空気が出ていく感覚に襲われながら、思わず声を上げた。
「だから、今の悠十君じゃあ、僕には勝てないんだよ?」
「うるせぇ……今のオレは諦める訳に行かないって言ってんだろうが……」
だが、確かに、このままじゃあ勝てない。やはり、あの不可思議な力、非現実の力を打ち消さない限り、オレの攻撃は蓼科に届かない。
考えろ。考えろ。考えろ。考えろ。考えろ。考えろ。考えろ。考えろ。考えろ。考えろ。
「もう諦めてくれよ、悠十君。諦めてクロノスを差し出してくれ。そうすればすべてうまくいくんだ。世界からMEという忌むべき記憶を消し去り、不平等を消し去る。それの何が不満だっていうんだい」
「あんたこそ諦めろ。オレがこうして記憶を失ってでも生きていたのが運の尽きだぜ。オレが生きている限り、オレはあんたを止める」
「悠十君、僕は君を殺したくはないんだよ?」
あれ?
オレはそこで何か大切なことに気付いた。あの日、《道化騎士》として怜が暴走したとき、確かにこう言ったのだ。
――《核》はお前のようなつき並みの人間が所有すべきではない! よってこの《道化騎士》の手によりその命を砕き、《核》あるべき場所へ、あるべき形に戻すのだ!――
命を砕く。すなわち殺すということ。
矛盾している。そういえばこの戦いが始まったときはこんな会話があったはずだ。
――あんたの目的は分かった。それで……何をするつもりなんだ? オレを殺せばMEは消えるのか?――
――まぁそれはなくもない方法だね。他の『核』を持つ人間も殺して、三つの『核』を手に入れ、世界の相対位置を戻す。そしてまた一つの『核』に結合させ、誰かの体に潜ませる。だけどそれは被害者が出すぎる。死者が三人というのは医師としてどうかと思うのさ。だからもっといい方法を考えたんだ――
蓼科はオレを殺す気がない? なら、あの命を砕くと言ったのは嘘なのか? いや、なぜそんな嘘をつく必要がある?
分からない。だがもう少し、もう少し他の情報と組み合わせれば答えが――。
しかし、そんな隙を蓼科が見逃すはずもなく、思い切り蹴り飛ばされたオレは、後ろに吹き飛び、緋瀬と香子がいる場所に転がった。
「ゆ、悠十くん! だ、大丈夫?」
緋瀬がオレのもとに駆け寄ってくる。そして、オレの前に出てオレを庇うように立った。
「た、蓼科さん! も、もういいじゃないですか? なんでこんなひどいことするんですか? あなたはあんなに悠十くんのことを気にかけていたじゃないですか!?」
「お嬢さんには分からないこともあるんだよ」
そう言って蓼科は緋瀬に向けて剣を振り下ろす。
「緋瀬!」
オレは叫びながら緋瀬の前に出ると《黎玄》で凶刃と化した《世界樹の鍵》を受け止める。しかし、その切っ先がオレの右瞼にかすり、さらにはそのまま振り上げられた剣を受け止めた衝撃で、オレは緋瀬もろとも吹き飛ばされた。
「く……そ……」
オレはぐったりとしている緋瀬を抱えながらふらふらと立ち上がる。
そのとき、軽やかな金属音がした。
より具体的に言うと小さな金属片が地面に落ちた音だった。
オレはそれを恐る恐る拾い上げる。
その物体には決まった形状はない。しかし直観的に、いや啓示的にオレには分かった。これは持ち主の意思に従い、その「開く」という役割を全うするのに最適な形へと変貌する「鍵」だ。万物を開く鍵だ。
そう、紛れもなく《世界樹の鍵》だった。
どうもkonです。
とうとう残すところあと4話となります。
最後までぜひお付き合いください。
では次回もお楽しみに!




