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第5章第2話です。
ブクマ、コメント等よろしくお願いします。
こいつは本当に真っ当な人間なのか?
それがこの一〇分間、それこそ本当に息をつく間もなく、窒息しそうになるような刀剣の打ち合いの中でオレが蓼科に抱いた正直な感想だった。
まず第一に、反応速度が並の人間、いや、MINEを装着した並のMERのそれではない。そもそもNORである蓼科はMINEを使用していないにもかかわらず、MINEによりパワーアシストもセンサーアシストも受けているMER、その上クロノスの力で未来視の能力を持つオレに対し、対等あるいは優勢のスピードで戦っているのだ。そんなことが普通の人間に可能であるとはとても思えない
まぁ、その異常な反応速度というのは初めて蓼科が《道化師》として現れた時に嫌というほど、それこそ身に染みるほど思い知らされたわけなのだから、今更ということなのかもしれないが。
しかしそういうことを踏まえても第二にオレが異常と感じたことは特筆して良いほどには『異常』であった。
『蓼科はサバイバルナイフをオレの顔面あたり目掛けて投擲する。オレがそのサバイバルナイフを《黎玄》で打ち払った隙に、蓼科は限りなく0に近いタイムラグで前方左側から回り込むようにオレの懐に入り込むと、剣と化した《世界樹の鍵》を振り上げた』
クロノスの力が付加されたオレの右眼が見せる未来は、そう予測した。そう予言した。
オレはその予測に、その予言に従い、最初のサバイバルナイフを迎え撃つのではなく、体を屈めてかわし、次に来る斬撃に備える。
しかし。
サバイバルナイフの投擲の後に訪れたのは、前方左側からの斬り上げなどではなく、いつの間に回り込んだのか、「背後」からの攻撃だった。
「くそ!」
ギリギリでその重い剣型の鍵、あるいは鍵型の剣を受け止める。
「何か意外なことでもあったかい?」
力の釣り合いによりカタカタと音を立てながら継続する鍔迫り合いの中で、再び被った道化の仮面越しに蓼科は見透かしたように言った。
「なんでも……ねぇ!」
オレはそう叫びながら、力を込めて突き放すと同時に五本の《空牙》を射出する。しかし蓼科はそれをまるで楽しむかのように無駄に小気味良いステップテンポでかわした。
「ちっ」
オレは思わず小さく舌打ちをする。まただ、と。
蓼科が異常であると考えられる第二に理由はこれだ。
クロノスの未来視に一致しない行動をとるのだ。すなわち未来に逆らっている。予測を、予言を、覆している。
「そんなに僕の行動が予測できないのが気にくわないのかい、悠十君?」
こいつ分かってて聞きやがった。オレはその見透かした態度にもう一度舌を打った。
「気にくわないね。全くもって気にくわねぇ。つか、解せねぇよ。あんた、本当に人間か? ただものじゃねぇとは思っていたけど、それでも少なくとも人間だとは思っていたんだけどな。認識を誤っていたか?」
地面に突き刺さっている《空牙》が粒子状へと還元されていくのを見ながら言い返してみる。
「僕は確かに人間だよ? あぁ、でもまぁ……悠十君が相対しているのは必ずしも人間ではないのかもしれないね」
「一体どういう――」
その刹那、オレの視界から蓼科が消えた。
「!?」
完全に、言い訳のしようがないほど完全に見失った。一歩も動けずにただ立ち尽くす。
「言葉のままだよ。僕は人間だけど、君が相手にしているのは人間とは限らないと、それだけの意味さ」
背後から蓼科の声が刺さるように聞こえた。振り返ると《世界樹の鍵》を肩に担ぐようにして、オレを見ている蓼科がいた。そして蓼科は自身の頬あたりを指先で指した。最初はそれが何を意味しているのか分からなかったが、頬の触感がその意味を示した。
オレは自分の頬あたりに鋭い痛みと、生温かくぬるりとした感触を確かに感じた。
恐る恐る触れた手にはべっとりと赤い液体が付着していた。
「これは……」
血液だった。だがその液体が何であるかということよりも、血液が流れ出したことに問題がある。
今オレの身体は絶対安全武力戦争の根拠たるベールによって保護されているはずだ。それは全てのダメージたるエネルギーをユーザーから遮断し、蓄積することによりMER同士の戦闘におけるHPゲージとしての役割も兼ねていたはずだ。
しかし、蓼科の持つ剣はその絶対性をも凌駕してオレの身体に届いたのだ。
「そんなに驚くこともないだろうに」
蓼科はヒントを示すように肩に担いでいたその剣を前に突き出した。
そう。それは《世界樹の鍵》だ。なぜ気づかなかったのか。
万物を開くそれは、オレを覆っていたベールまで切り開いてしまったのだ。
つまりオレの命を保障するものなんて一つもないということだ。そのことに気づいた瞬間、寒さにも似た恐怖は喉元からせり上がってくる。奥歯が細かく振動しているような感覚に襲われ、《黎玄》を握る手には冷たい汗が滲んだ。
「どうも強気だとは思っていたけれど、やっぱり気づいていなかったのかい? 君は今、MER同士の戦いのようには護られていない。なぜならこの鍵が存在するうちは、君の纏っているベールも、白旗の印であるリジェクトベールも無効化されるからね」
蓼科の言葉に、オレは何も言い返せなかった。オレは無意識に、自分が死なないことを確信していた。負けることはあっても死ぬことはないのだと。だがその前提を失って、恐怖に慄き始めたオレの姿は不遜そのものだ。死なないから本気で戦えるなど、都合のいい慢心でしかない。
「そんなに怯えるなら、刀を置けばいいじゃないか。誰も君のことを責めたりはしないさ。僕が勝った暁にはMEに関する事象の記憶は全て消えるんだからね」
「緋瀬を除いて、だろ?」
なんとか奥歯を噛み締めて、震えを噛み殺しながら言った。
「あぁ。でも彼女には消えてもらうと言ったじゃないか」
「ふざけんな。あいつに指一本でも触れてみろ。どんな手を使ってでも――」
「一度は彼女のことを忘れたのに?」
蓼科は遮って言った。そして追い詰めるようにさらに続けた。
「君はこの世界から自分の記憶と記録を消し、そして自分も世界を丸ごと忘れたんじゃないのかい? つまり記憶を失う前の悠十君は彼女のことをそれほど大事に思っていなかったんじゃないのかい?」
やめろ。そう叫びたいのに声が出ない。
「彼女が君のことを覚えているのも、僕がMEに対抗するための研究の一環として作成したロゴスの力による偶然でしかないんだ。そんな偶然に命を賭けるほどの価値があるのかい?」
「そんなことは……」
そう言った瞬間、後方から鈍い音がした。振り返るとかなり疲労した様子の怜が転がっていた。
「怜!!」
駆け寄ろうとするが《道化騎士》達がその行く手を阻んだ。
「《道化騎士》同士の感覚共有でなんとかしようと思ったみたいだけれど、さすがに他の十一人もそれほどヤワじゃなかったみたいだね。可哀想に、悠十君がそうやって意地を張るからまた人が傷ついたじゃないか」
オレのせいで、怜が傷ついた。あの時、怜の瞳の中に見た決意を信じたばかりに怜が今倒れている。
それが厳然たる事実だった。
自分の記憶が世界を忘れ。
世界の記憶が自分を忘れ。
そんな恐怖を誰にも味わあせないという偽善とエゴのために、言葉を発し、刀を振るってきた。
その結果がこれだ。先ほど怜が自分の身をもって示した希望を、同じよう成し遂げる術を、オレは知らない。強引に奇跡を呼び寄せるような力を、オレは持たない。
そんなオレが希望を、奇跡を信じたが故に人が傷ついているとしたなら。
それは単なる悲劇だ。そこには感動もない、誰も望まない悲劇だ。
そう思ったオレはついに刀を離しそうになる。
オレはやはり間違って――
「もう諦めるの〜? ゆうくんってそんなにつまらない男だっけ〜?」
不意に。その声は降ってきた。
「あたしの知ってるゆうくんは〜、もっと往生際が悪いんだけどな〜」
香子はジェットコースターのレール上の一番高いところに座っていた。
「なぜ……ここにいる、葵香子?」
蓼科は珍しく全く分からないという声音で言った。
「そりゃあまぁ〜、あたしが学年長だから〜?」
「そういう問題じゃないんじゃないかい? 人払いのシステムを組んでおいたはずだけれど」
「う〜ん、分かってないな〜。香子さんに出来ないことなんてないんだよ〜?」
「香子さ――」
「ゆうくんは〜ミィちゃんと怜ちゃんのことお願いね〜」
オレの話など聞く耳持たないというように遮った。
出来ないことはない。
香子はそう言った。それはきっと、オレに向けた言葉でもあるのだろう。オレには香子ほどの才能はないけれど、だからってそこで諦めてしまうのは確かに、あまりにも「つまらない」。
ましてや、香子という心強く、しかも実際に恐ろしく強い仲間がいるのなら、なおさら諦められない。
「じゃあ、少しの間、頼みます」
オレは「少しの間」という言葉にアクセントを置いて言った。
「りょ〜か〜い」
少しだけ笑って見せた香子はまるでバンジージャンプをするかのようにレールから飛び降りる。そしてその滞空の中で両手に握った二挺の拳銃の引き金を次々に引いた。
右手の拳銃からは実弾十八発が蓼科の方へ、左手の拳銃からは照明弾五発が怜と《道化騎士》達の方へと打ち出された。
蓼科が銃弾を《世界樹の鍵》で次々と打ち払うと同時に香子は射出錨を打ち出し、蓼科とオレの間に着地する。
そしてオレは香子の考えを察し、照明弾で目を眩ませている《道化騎士》達の間隙を縫って怜を抱き上げると、そのまま距離を取った。
「さ〜て、ここから香子さん無双タイムだよ〜」
そう不敵に宣言した香子を頼もしく思いながら、オレは緋瀬の元へと走り始めた。
どうもkonです。
今回は少し長いです。
次回もよろしくお願いします。




