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第5章第1話です。
ブクマ、コメント等よろしくお願いいたします。
「怜……なのか」
この疑問はオレの目の前にいる人物が柑野怜という名前を付されている人間なのか、という意味ではもちろんない。
今しがたオレを守るが如く、飛来した刃をその灼熱の剣で灼き斬り払ったのは、《道化騎士》に冒された末に誤作動を起こした故の行為ではなく、同じ学園の生徒として、同じD5班のメンバーとして、そして何より一人の友人、仲間としての柑野怜の意思に基づいて為された行動だったのか、という問いである。
「……そう、僕だよ。柑野……怜」
「その、大丈夫なのか? 《道化騎士》になってたんじゃないのか?」
「……うん……でも正気は保っている。君を襲うべき対象ではなく……助けるべき対象なのだと……認識できている」
確かにその顔には普段通りの怜の顔があった。ピエロのメイクが施されたのっぺらぼうなどではなく。
「でも、なんでだ?」
オレは思わず聞いてしまった。
「あの時……御縞学院での実験で……僕の身体には幾つかの変化があった」
するとオレの視覚ディスプレイに怜のMINEに登録されたユーザー情報が表示される。
――ユーザー情報を認証。以前に対戦経験のある人物ですが、ベールコードの変更が検知されました。最新の情報として登録しますか?
音声ガイダンスが告げる。オレは肯定命令を入力すると、もともと登録されていた#9E3D3Fが新しいベールコード#FFA500に書き換えられた。
「……一つ目はオレンジという、僕の副人格が消失したこと……そしてもう一つはこのベールコードの変質」
「それがその《道化騎士》の克服とどう関係があるんだ?」
「《道化騎士》は……MINEに寄生する精神干渉型ウイルス……そしてその感染したウイルスが本質的に乗っ取っているのは、人間とMINEの接合部である、ベールコードによりカテゴライズされた精神世界……。《分離実験》のプロセスで生まれたオレンジという人格は消える瞬間に……紅茶と呼ばれていたオリジナル人格とベールコードの交換を行った」
つまり、あのオレンジという人格は自身が消えゆく中で、兄として、怜を冒していた《道化騎士》を請け負って逝ったというのか。
いやはや、全く。とても敵わない。オレなんか入り込む余地もない。
怜は救われていないわけでもなく、ましてや、オレによって救われたわけでもなかったのだ。
柑野怜は、彼女自身であると同時に彼女の兄である「もう一人の柑野怜」によって救われたのだ。つまり先ほどオレが感じた絶望は全くの杞憂だったわけである。
それは非常に滑稽で、出し抜かれてしまった感はあったけれど。
オレは確かに希望を見たのだ。
救えなかったと思っていた少女が自分の知らないところであっさりと救われたという事実にオレは希望を見出した。
もし蓼科が言うように、クロノスを使って全ての人々から記憶を消すことでしかMEに呪われた人々を救うことができないと思えたとしても、実は案外意外で、奇想天外で、それでも誰もが受け入れられるような、そんな「別解」ってやつがどっかにあるのではないかという希望を。
それは単なる楽観視なのかもしれない。ただの棚上げ論かもしれない。だけど、全てを放棄して、全てに絶望してしまった末の「正解」なんかよりもずっと挑む価値がある。
「ありがとう、怜」
オレは《黎玄》をもう一度構え直して、蓼科と彼を取り囲む十一人の《道化騎士》と相対した。
「どうもイレギュラーがあるみたいだね? いやはや、参った参った」
蓼科はとんとんと自身の頭を、まるで耳に入った水を抜く時みたいに、二、三回叩いた。
「だけれどそれで勝ち切符を得たつもりかい、悠十君? 二人になったところで、君たちの方が不利になったことは変わらない」
「確かにそうだ。だけど一人の時よりもずっといい。このまま一人でやっていたらいつオレの心がお前に納得してしまうか分からなかったからな」
「確率論かい? それとも精神論かい? どちらにしろ、敷きつめてしまえば無駄が多い論だ。私がやることが変わるわけでもない」
蓼科おもむろに天に手を掲げた。
「……気をつけて……悠十。僕の精神は確かにコントロールを逃れたけれど……《道化騎士》の一部の特質や《世界樹の鍵》の適合者としての機能は未だに失われていない。……さっきここに転移されてしまったのは幸いではあったけれど……まだ僕が少しだけ《道化騎士》のままだということのこれ以上ない証拠だ……。《世界樹の鍵》の生成に必要な十二人の適合者が一斉に会している今、彼はいつでも《世界樹の鍵》を取り出せる」
十二人の適合者が一斉に会している?
オレははっとして今蓼科を取り囲んでいる《道化騎士》たちを観察する。
今でこそ顔のパーツを奪われているが、髪型や体格には元となった人間の形質を残している。そして気付く。彼らが《分離実験》が行われたあの研究室で《世界樹の鍵》を取り囲むように配置されたカプセルに格納されていた男女であることに。
「なるほどね」
なら彼らも被害者なのだ。なおさら戦う理由ができてしまった。
「……悠十」
「どうした怜?」
「……《道化騎士》の人たちは僕に任せて欲しい」
「いや、でも一人で十一人なんて……」
「……大丈夫。今僕たち《道化騎士》の精神はつながりあっているんだ。だから彼らが考えていることが分かるから、まだ反応しきれる。それに……」
同じく《道化騎士》として捕らえられた者として自らの手で決着を、絶望の終止符を打ちたい。
怜は言葉にしなかったけれど、そう言わんとしていることはオレにも分かった。
「分かった。ならオレもオレなりに自分の恩人と決着をつけるよ」
オレがそう言うと怜はかすかに笑った。そして再び蓼科に視線を戻す。
――ディム・ヒュマニア・テンプ・ノウ・パス・アレフ・エクス・ユグドラシル――
蓼科がその呪文のような物を唱え終わった時、あたりが目を刺すような眩い光に包まれる。しかしそれは一瞬のことで再び暗闇が訪れた。
その明暗さに眩んだ目が辛うじて視認したのは、天を衝くほど巨大で、様々な色の光を放ちながら佇む鍵。そしてその鍵がいつかと同じように微細な立方体に分解され、再び集合し、そして凝縮された。その光景は例え二回目であっても奇妙としか表現できない光景であったが、今はあの時みたいに縛られてもいないし、体も自由に動く。オレは《黎玄》をいつでも触れるように構える。最大のチャンスは蓼科が凝縮された鍵を掴むためにオレたちから視線を外した瞬間。《道化騎士》たちの間隙を縫って、鍵を破壊する、あるいは蓼科本人を討つ。
ぐっと脚に力を入れ、その時を待つ。そしてついに空中でその変形処理が完成した《世界樹の鍵》がゆっくりと蓼科のもとへ降下し始めた時、オレは水素爆発を利用した加速で一気に駆け出した。同時に怜も間合いを詰め始める。
蓼科を取り囲んでいる《道化騎士》たちに向けて各一本ずつ《空牙》を射出する。それらを避ける、あるいは迎え撃つためにオレからマークを外したのを見計らうと、最短距離で蓼科の懐へ入り込んだ。
「……しっ!!」
完全に間合いに入ったと確信した上で全力をかけて《黎玄》を振るう。
ガツン!!
しかし鳴り響いたのは重い金属音であった。いや、金属音であったことには何ら問題ない。鍵を破壊するのも目的であったのだから、蓼科の体にではなく、鍵に対して《黎玄》が振るわれたことは何の不思議もないのだ。
問題視すべきなのはその音の重さである。人間が通常扱う鍵の重量を持つ金属製物質とオレが持っている無刃の刀《黎玄》が衝突したならば、内臓を震わすような重い音などするはずがない。
そう、蓼科が手にしていたのは、鍵などではなかった。確かに鍵の面影は残していたけれど、そのブレードたる部分は文字どおり刃と化した、鍵と呼ぶにはあまりにもふさわしくない、それこそ大剣と呼ぶ方がふさわしい代物だったのだ。
「《世界樹の鍵》……じゃないのかよ」
鍔迫り合いのなか、オレは問うた。
「いや? いかにも《世界樹の鍵》だが?」
「なら、何でそんな物騒なものに……」
「これは僕の推測だがね」
そう言って蓼科はオレを突き放すと、その大剣と化した《世界樹の鍵》の切っ先を真っ直ぐにオレへ差し向けた。
「僕が欲したのは『悠十君の中に眠るクロノスの力を開く鍵』だったんだが、この奇天烈な鍵は、その目的の為にはまず『君を実力行使でおとなしくさせる』必要があると判断したんじゃないのかな」
つまり、《世界樹の鍵》はオレの心が曲がらないと判断して、それゆえに実力行使の上クロノスを開けようとしている、ということか。
「そうかよ」
オレは若干ぶっきらぼうな物言いでそう答えた。そしてさらにオレは宣言した。
「あんたも鍵も実力行使がお望みなら受けて立つぜ。オレの偽善と独善にかけて、あんたを討つ」
オレの言葉に何を思ったか、蓼科は少し微笑んだように見えたが、それもつかの間。
数秒後、再び剣戟の響きが赤光に照らされる闇夜を貫いた。
どうもkonです。
久しぶりの更新となってしまいましたが、いかがだったでしょうか。
今回の章で自分が考えていた道化騎士にまつわるお話は終わる予定です。(予定ですよ)
ぜひ最後までお付き合いくださいませ。
では次回もお楽しみに!




