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第4章最終話です。
ブクマ、コメント等よろしくお願いします。
無数の《空牙》が蓼科に襲いかかり、アスファルトをえぐったことによる砂埃がその姿を覆い隠す。全方位から、あれだけの数を、あれだけのスピードで射出したら避けることなどままならない。
そしてふと、我に帰る。
蓼科はMERではない。ゆえにMERだけ使用できるMINEとそれに付随するベールの恩恵は受けられない。つまり、今のでオレは人を殺――。
『おい、ユウ。気を抜くな』
今までうんともすんとも言わなかったクロが突然に声を掛けてくる。そして訪れる水色の未来視。
次の瞬間、砂煙から飛び出てくるなりエストックのような細い剣で襲いかかってきたのは、蓼科などではなく、見知らぬ女性、しかもその顔には本来人間の顔に存在しているはずの諸器官がなく、ただピエロのようなメイクがされているのだった。いつかの怜のように。
「《道化騎士》――!!」
次々と襲いかかってくる打突を未来視でかわし、受け流し、弾く。その剣速に目も眩むようだ。とても《黎玄》一本じゃ捌ききれない。オレはギリギリのイメージ演算領域を使って《空牙》の軌道を三本描くと、エストックを弾くのと同時に射出する。ビュッという短い風切り音が耳の近くを通り過ぎるのを聞きながら、地面を足で蹴って後退する。一方その女は先ほどまでオレに繰り出していた神速の打突でほぼ同時に、しかも超高速、超至近距離で射出された三本の《空牙》を斬り伏せたのだった。
「な……!?」
あれを斬り伏せるなんてとてもじゃないが普通は無理だ。いや、香子なら二挺の拳銃を駆使して落として見せるのだろうが、今相手しているのはエストック一本。引き金を引いたら自動で銃弾が打ち出されるのとはわけが違う。
「危ないじゃないか、悠十君」
蓼科の声。砂埃が風にかき消されて現れたその男の体には傷一つ付いていなかったのだ。そしてその周りには十一人の人影があった。性別も年齢もバラバラだたが、ただ一つ決定的な共通点があった。
十一人全員の顔は《道化騎士》のそれと化していた。
その手には種々の剣や盾、拳銃が握られ、《道化騎士》の名前の通り、《道化師》たる蓼科を護り固めているのだった。
そして、もっと悲惨なことは、オレンジのフードを深々とかぶった少女、怜もその中にいるということだった。MINEに寄生する精神干渉型ウイルスである《道化騎士》によって操られているのだろう。《分離実験》でまだ全てが解決されていないとは思っていたが、しかし緋瀬を誘拐され、黒幕が蓼科と知らされたオレにとって、この状況は非常に残酷なもののように思えた。
『形勢は最悪と言ったところかい?』
クロノスはこのあまりにも残酷な状況をむしろ楽しんでいるのかと思うような声で言った。オレにはとてもじゃないがそんな余裕はない。
「(最悪の災厄だよ、クロ。どうもオレが多少なりとも助けたと思っていた女の子は全く助かっていなかったみたいだ)」
『どうもそのようだね。それで? どうするんだい? 尻尾を巻いて逃走という選択肢もあるにはあるぞ?』
「(ざけんな。まだ緋瀬も怜も助けてないだぞ? とにかく未来視でやれるところまでやってみるしかないだろう?)」
オレは《黎玄》を上段に構え、蓼科と十二人の《道化騎士》に正対する。
「(それとクロ、さっきの蓼科の話、核がどうとか、世界の相対位置の確定とか、あれは全部本当なのか?)」
蓼科が滔々と語った、MEの起源と核の分離の物語。あれは本当なのか。冷静に考えればあまりにも突拍子もない話。そんな話は信じられないと、一蹴してしまうこともできなくはない。だが、それをする前に、時を司るクロノスを自称する、オレの内側に潜むこの少女に聞いてみる必要がある。
『そうだね。あのピエロが語ったことは全て真実だ』
あっさりと、まるで自分の名前を答えるみたいに平然と、クロノスは肯定した。
混沌としたMEの世界。
元は一つであった三つの核の存在。
クリスマスのテロ事件。
オレのクロノスの覚醒。
MEの発生を含む過去の改変。
緋瀬の人工核、ロゴス。
学区外に暮らすロストチルドレン。
そんな全てが真実だと、クロノスは認めたのだ。何を悩むでもなく、多少の言い換えをするでもなく。それはオレにとってかなりの衝撃で、かなりのショックで、受け止めることも、受け止めることもまままならない。
だが、そういった経緯が、緋瀬の死に、全世界のMEに関する記憶の喪失に繋がるのなら、オレはそれを認めない。認めるわけにはいかない。
それはもう、正義でもなく、大義でもなく。何も持ち合わせていないオレが辛うじて持とうとしているエゴでしかない。命や記憶が尊いものだとしても、全世界から見れば、緋瀬の命やオレの記憶に対する執着心などはちっぽけなものかもしれない。だがちっぽけだろうがなんだろうが、世界からMEの記憶と緋瀬のロゴスを消してMEのために迫害された人々を救うというこの「解」を「正解」を認められない。
もしその「解」が「正解」であったとしても。
オレはその「正解」すらも否定する。
《黎玄》を上段に構えたまま、一つ深呼吸をして目を閉じる。
そこはいつもの真っ白な精神世界だった。そして、やはりいつもの通りにクロノスは白い箱の上に座って、足をぶらぶらさせていた。その白い髪にはきちんと水色のリボンが織り込まれている。
「やるのかい?」
「言うまでもない」
クロノスとオレは短く言葉を交わす。するとクロノスは例のニヤニヤとした笑顔をしたかと思うと、よっ、という言葉とともに白い箱のから飛び降りる。オレはそれを受け止めた。そして彼女が人間ではありえないくらいに軽いのだと初めて知る。
オレはクロノスを立たせると、自分は膝をついて瞳を閉じた。そして右瞼に口づけが落とされた。
――刻の代償をもって、刻を司る目を汝に与えん。我の口づけをもって、契約の証となす――
オレはこれから刻の代償としてどの記憶を失うのだろうか。
カッと見開いた右眼の視界は水色に染まり、未来を見定める。《空牙》が起動したのを確認すると、オレは一気に足を踏み出した。
「蓼科ぁぁぁぁぁ!!」
オレが蓼科の方へ走り出し始めるのと同時に《道化騎士》三人が剣を構えて迎え討つ。そしてその内の一人はオレンジフードの怜だった。
「……くっ!」
模擬戦の時使っていたあの高熱の剣を構えてオレに向かってくる怜の姿を実際に見ると思わず心が欠けそうになった。だが奥歯を痛いほど噛み締め、さらに足を速める。
未来視によれば、怜は右から、あとの二人は左から斬りかかってくる。怜の剣は、まともに受け止めればこちらの武器が融解してしまうほどの灼熱の剣。ならば怜の剣を《黎玄》本体で受け止めるのは愚策だ。
敵兵との距離はあと数メートル。左眼で怜の足元へ《空牙》の軌道線を描く。さらにセカンドドライバ《刈海神》を起動すると《黎玄》が生成された水を纏い始める。
「(……今だ!)」
怜以外の二人の《道化騎士》が剣を振りかぶると同時に水を纏った《黎玄》を横薙ぎに振るう。びゅっ、という《空牙》の射出音を背後で感じると、それまで《黎玄》を取り巻いていた水が轟音とともに長大な水の刃、《刈海神》となり二人の剣とぶつかる。だが《刈海神》の水圧の高さに二人の剣の刀身が粉々になって空中に舞った。
「(よし、このまま振り返って怜の攻撃をかわ……)」
しかし、そう思ったオレの視界には映ったのは、粉々になり宙に舞った鉄片が、それぞれ独立した刃へと変形してオレに向かってくる光景だった。
右眼の視界にはその刀身たちがどういう軌道線を描いて飛んでくるかは見えているとはいえ、いかんせん距離が近く、本数もオレの《空牙》で一回に射出できる数を超えている。もし仮に避けられたとしても背後には灼熱の剣を携えた怜。
「(まずい……!!)」
《黎玄》で襲いかかってきた刃を次々と打ち払いながらオレは一瞬諦めそうになる。そして物理的な剣速の限界を迎えたオレの眼前へ払い損ねた刃が迫ったその時、オレの頭上を飛び越えて現れた人影がオレの顔面すれすれでそれを打ち払った。
「……大丈夫……悠十?」
そう言った人影はゆっくりと立ち上がってこちらを振り返った。
オレンジ色もパーカーのフードを被ったその少女は見間違いではなく、怜だった。
どうもkonです。
ついに第4章も終了し、次回からは第5章となります。どうぞよろしくお願いします。
では次回もお楽しみに!




