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第4章第8話です。
ブクマ、コメント等よろしくお願いします。
「そうだよ、《道化師》は僕さ。いや、病院で右手の怪我で気づいてもいいんじゃないかい？ まぁ悠十君は鈍いからね？」
気づいていた
とも。右手の傷のことなど、そんな分かりやすい証拠なんて。
だが、信じたくなかった。疑いたくなかった。自分の命を救った主治医が全ての黒幕などという趣味の悪いストーリーを認めたくなかったのだ。
「なんで……あんたなんだよ」
「それならさっき言っただろう？ この世界は間違っている。医師として《学区外》へ出張した時、僕は二人の少女に出会ったのさ。名前は紗凪と箕乃。二人ともまだ幼児だったよ。年齢なんて分からないさ。当たり前だ。二人は《ロストチルドレン》だった。まだ母親を呼ぶことも、父親を呼ぶこともなく《学区外》に置き去りにされた。名前すら実の親につけてもらったものかも定かじゃない。これに怒りを覚えずして何に怒りを覚えるというんだい？」
「それで、その《ロストチルドレン》の原因となったＭＥとクロノスと、なんの関係があるってんだよ？」
「ＭＥの発生のメカニズムというのは公表されていない。世間的にはまだ研究中だということになっている。しかし、もうすでに僕はその答えを発見していた。しかし世界の混乱を招かないためにも、それを公表する訳にはいかなかったのさ。いや、発見したというよりは、告知されたという方が正しいのかな」
蓼科はおもむろに両手を広げる。さながら客を驚愕の渦に引き込む直前の奇術師のように。
――ディム・ヒュマニア・テンプ・ノウ・パス・アレフ・エクス・イリュージョン――
蓼科の口から発せられたその言葉は英語のようにも聞こえたが、文構造がめちゃくちゃだった。しかしその呪文のような言葉の意味に考えを及ばせることはできなかった。なぜなら強烈な虹色の光がオレの視界を奪ったからだった。思わず閉じた瞼を恐る恐る開けると、そこには混沌が広がっていた。
そう、混沌である。混沌以外に適切な表現が見つからない。何もないわけではないのだが、かと言って何かがあるわけでもない。強いて言うならば、様々な物質が様々な形状をとり、現れては消え、消えては現れていた。ＭＥになぞらえて言うならば、無秩序に生成と還元が繰り返されている空間だった。
「これはね、僕たち人間が住む世界とは別の世界の様子だよ。ただし、ＭＥが人間の世界に流入する以前だけれどね。ここでは僕たちの言うところのMulti Elementたちがそれぞれの意思に基づいて、結合と分離を繰り返している」
ＭＥの意思。人間よりも不確定な精神構造。クロノスもそう言っていた。
「その様子だと、ＭＥが意思を持っていたことは知っていたようだね。じゃあその説明は省こう。さて、ではここで悠十君に問題だ。もしこの世に二つの世界が存在していたとして、その二世界を固定せずにいたらどうなると思う？」
「問いの意味がよく分からない。世界の固定ってどういうことだ？」
「少し問いが抽象的すぎたかな？ じゃあ質問を変えよう。ある箱の右半分だけに水を入れたいとする。君ならどうする？」
「間に隙間ができないような仕切りを入れて空間を二つに分けるしかないだろう」
「そう。同じように考えてみよう。二つの世界を分離した状態のまま維持するには、間に仕切りを入れて、つまり二世界の相対位置を固定しなければならないのさ。そしてそれは現実に成されていた。一四年前、ＭＥが発見される前まではね。じゃあその仕切りとして機能していたのは何か」
オレはただ黙って蓼科の言葉を待つ。緋瀬は今すぐにでも助けたいが、現在の状況と過去の事実を認識する必要がある。
「それは、『核』だよ。そして君が持っているのはクロノス、核の時間を司る部分だ。さらに空間を司るコスモス、情念を司るパトスを基準点として、人間の世界とＭＥの世界は棲みわけを行っていたのさ。つまりクロノスによって二つの世界の時間軸が固定され、コスモスによって空間座標を固定され、パトスによって精神構造が固定されていることにより二つの時間的、空間的、精神的相対位置は衝突しないように維持されていた。そういう基準点としての存在が『核』ということだ」
「その棲みわけがどうして急に崩れたりしたんだ？ 現にオレの中にはクロノスは存在しているんだし、少なくとも時間軸は固定され続けているはずだろ」
「ああ、現在、時間軸も空間座標も精神構造も固定されている。ただし、固定されている位置が悪い。それぞれ微妙に重なりあっている状態で固定されているんだよ」
「どうしてそんなことが起きるんだよ。なんで誤った相対位置に固定されるなんてことになるんだ」
「かつて三つの基準点たる『核』は一つだった。つまりね、時間・空間・精神は一律に存在していたんだよ。それを一人の人間が、今の君がクロノスを自身の中に持っていたように、隠し持っている。世界が生まれた瞬間から人から人へ受け継がれ続けてきた。まぁそれは親から子への遺伝なんて規則正しいものじゃない。持ち主が死ねば、無作為に選ばれた次の持ち主の中へと移動する。そして本人すらそのことに気づくことはない。だからもう一つの世界が存在することも知られることはなかった」
「でも今は認知されてしまっている、ということか」
「そうだ。そして『核』は三つに分かたれている。別々に存在しているんだ」
オレの記憶喪失とオレに関する記憶と記録の消失はクロノスの力によってしか説明できない。だとするとクロノスの能力が表出したクリスマスの日に事は起こったということになる。
彼が先ほど言った通り、去年のクリスマスがすべての事の発端だとするならば。
「つまり……オレが記憶を失ったあのクリスマスの日、それと同時に反ＭＥＲテロが起きた日、なんらかの理由でクロノスや他の『核』が分割され、さらにそれぞれがオレを含めた別の人間に移動したっていうのか？ そして基準点の分割と移動によって、世界同士の相対位置が狂わされてしまった……？ そして世界が交わりあった状態で固定された結果、パトスが固定した精神構造の安定度の強弱の関係により人間がＭＥを使役するという構造が出来上がったということになるのか？」
「概ねその通りだけれど、少し違うな。君が記憶を失ったのがクロノスのせいだとすると確かにすべての原因はその時点に収束する。だけれど実際にＭＥが出現したのは一四年前だ。安直に考えると去年のクリスマスにＭＥが発見される事になる。でもね、今僕達が取り扱っているのは時間も司る存在なんだよ？ だからこう説明するのが最も正確だろう」
蓼科がパチンと指を鳴らすと、映し出されていたＭＥの世界が消えた。
「世界が始まった時、基準点たる『核』は一つで、無作為に選ばれた一人の人間が代わる代わるそれを体内にしまい続けてきた。だが一四年前、その安定が崩壊する。去年のクリスマスに一四年前に分割されたクロノスが覚醒し、それまでの時間軸を影響を与えたんだ。その影響には君の記憶と、君に関する記憶と記録の消失というのも含まれるけど、もう一つ大きな改変を含んでいる。それこそが一四年前の『核』の分割だよ。なぜかって言えば、簡単さ。本来なら『核』の存在が人間に認知されるなんてありえない。だから、既に『核』を認知している存在からしか一四年前の『核』を分割するなんてことはできないんだよ。そして時間の壁を越えられる君のクロノスなら一四年というタイムラグ問題も解消できるわけさ。まさに因果逆転だね。クリスマスのクロノスの覚醒がそれより一〇年以上前に起きた『核』の分割という結果の原因になってるだなんて。そして去年の原因により引き起こされた結果の結果としてＭＥが発見されたんだよ。さらにまたその結果として《ロストチルドレン》なんて不幸が生まれた」
蓼科がつらつらと語った言葉が終わると、無音が訪れた。
その静寂を、オレはふわふわと実感の湧かないまま滑らかに動かない言葉で破る。
「あんたの目的は分かった。それで……何をするつもりなんだ？ オレを殺せばＭＥは消えるのか？」
「まぁそれはなくもない方法だね。他の『核』を持つ人間も殺して、三つの『核』を手に入れ、世界の相対位置を戻す。そしてまた一つの『核』に結合させ、誰かの体に潜ませる。だけどそれは被害者が出すぎる。死者が三人というのは医師としてどうかと思うのさ。だからもっといい方法を考えたんだ」
そして蓼科はまっすぐにオレを指差した。そしてまるで、宣言するような口調でこう言ったのだ。
「君のクロノスを使って、ＭＥに関する世界中のすべての記憶と記録を消すんだ」
どうもkonです。
今回もなかなか込み入った話ですいません。
まだまだ実力不足ですが、頑張りますので今後ともよろしくお願いします。
