ブラックチョコレート
番外編です。
ブクマ、コメント等よろしくお願いします。
場所は学園の、おおよそオレと緋瀬しかその存在を知らないテラス。時間はオレと緋瀬があけぼの遊園地に行くこととなった日曜日より少し遡る。
オレの思いつき、気まぐれでやることになったオレ、緋瀬、香子、怜の四人から編成される一〇組D5班の結団会は昼食を一緒に食べるという、良く言えばリーズナブルに、悪く言えばチープな形で行われることになった。
テラスには椅子やテーブルが十二分にあったので、適当な大きさのテーブルをテラス中央に据えると、四脚の背もたれのついた椅子をテーブルの四辺に据えた。そしてオレから見て、右手に香子、左手に怜、正面に未来という配置で座った。席に着くなり、香子は手に持った大きめのレジ袋をテーブルの中央で逆さにした。するとガサガサというビニルが擦れ合う音とともにチョコやビスケットなどの小さなお菓子が山のように盛られた。
「さぁさぁ〜、今日はこのお菓子、香子さんのおごりだよ〜。遠慮せず食べて食べて〜」
香子さんはお菓子の山を四等分して、オレたちの方へ押しやった。
「じゃあ遠慮なく」
オレは黒い袋に入ったビターチョコレートを口に放り込んだ。
「……それで、結団会って一体何をするの」
「と、とりあえずご飯食べようよ」
「そうだな。別に次の授業だって普通にあるわけだし」
「篠原先生怒ると怖いしね〜」
「……それは同意する」
香子と怜は納得した様子で、さっき買ったらしいおにぎりや菓子パンやらをテーブルに並べ始めた。
そういえば先ほど緋瀬が、わざわざオレに弁当を作ってくれたらしいということを言っていたのを思い出し、ちらりと緋瀬の方へ視線を向ける。すると同時に緋瀬もこちらを見やったらしく、目が合う。緋瀬は決まり悪そうだったが、鞄から二段弁当を二つ取り出した。
「それ、もらっていいのか?」
オレはあくまで控えめに尋ねる。すると緋瀬は何も言わず、ただ俯き気味にオレの前に弁当を差し出した。オレがそれを受け取ったタイミングで香子が騒ぎ出す。
「な〜に〜? 愛妻弁当ですか〜? いや〜意外にミィちゃんも抜かりないですな〜」
「あ、あいさい!? ち、違いますよ、香子さん! わ、わたしはただ、お、お料理の勉強中で、ゆ、悠十くんに感想をもらいたかっただけですよ!」
そういうことらしい。先ほど弁当を作ってまで二人で話すことがあったのではないか、という風に一時は危惧したが、どうやら杞憂だったようだ。
と、不意に左手の方からどうもジトっとした視線を感じた。
「……」
「どうした、怜?」
「……」
何か言いたげではあるが、同時に何も言いたくなさそうな様子で、そのオレンジフードの少女はオレの方に顔を向けたままおにぎりをちびちびと食べている。
下の名前で呼び合うようになってからというもの、行動をともにすることは増えたのではあるが、だがしかし、やはり彼女とのコミュニケーションは潤滑とまではいかなかった。まぁそれが、柑野怜という少女の特徴の一つであり、個性の一面なのであるから、それに対して良し悪しの判断をつける気などオレには毛頭なかった。考えるべきなのは、そういうとっつきにくいというか、感情を露わにすることがない彼女をオレが理解しようと努めるということであろう。肝心なのは「理解すること」ではなく「理解しようと努めること」という部分であり、最終「点」という〇次元的なものではなく、そうあろうとする「ベクトル」という二次元的なものなのだ。他人を理解することは難しい。理解できると信じ込むというのは極めて不遜な態度だ。しかし、それを解した上で、オレはそのベクトルを求める。それがあの時、怜の心に入って、逃げるなとのたまったオレにできる、いや、しなくてはならないことなのである。
などと言ってみたものの、今怜がオレを睨んでいる理由はさっぱりだった。オレは小説を読むなりして、他人の心というものを学ぶべきなのかもしれない。
「怜、とりあえず謝っておくよ。ごめん。理由は分からないが、怜が睨むってことは何か悪いことをしたんだろう?」
「……とりあえず謝るというのは、考えようによってはとても失礼なことだと思う」
確かにその通りだ。反論の余地もない。
「それもそうだな。せめてなんで怒ってるかぐらい教えてくれないか?」
オレは緋瀬からもらった弁当箱を早いところ開けたいのをぐっとこらえて言った。
「……いや、いい。悠十はそのお弁当を美味しく食べればいい。……どうぞ、召し上がれ」
そういうことらしい。オレは現時点で怜の心情を読むことは中断して、大人しく緋瀬の作ってくれた弁当にありつくことにした。怒っていた理由を聞くのは彼女がもう少し機嫌のいい時にしよう。……彼女が機嫌良さそうにしている姿など見たことはなかったが。
「じゃあ、うん。緋瀬、ありがたくいただくよ」
「う、うん。あ、あの口に合わなかったら残してくれてもいいから……」
「いや、別に大丈夫だろ。それより緋瀬は食べないのか? 自分の分の弁当箱もあるんだろ?」
「あ、あ、あたしは悠十くんが食べてからいいの! と、というか、悠十くんが食べる前には食べられないから……」
「おぉ、そうなのか……」
もしかしてあれだろうか。オレが記憶を失ってるから知らないだけで、弁当を渡した時には作った人が後に食べなくてはならないというテーブルマナーなんかがあったりするのだろうか。もしそうだとしたらオレは大変な恥さらしではないか。
そんなバカなことがあるわけないのだが。だがしかし、ここまで言われて、それでもなお後に食べようとするほどオレは頑なではない。
「じゃあ、いただきます」
オレは手を合わせて緋瀬の弁当を開く。
そこにあったのは丁寧に仕切られた色とりどりのおかずと白飯だった。鮮やかな色の出し巻き卵と、ほうれん草の和え物。天ぷらは弁当箱に入っていたにもかかわらず、揚げたてのようにサクサクしているのが見た目だけでも分かった。
どれから手をつけて良いものかと迷ったが、とりあえずそのサクサクであろうエビの天ぷらを口に放り込んだ。衣はそれほど厚くないにもかかわらず、しっかりとその食感を維持しており、揚げられたエビは新鮮なのか、パサパサする様子など微塵もない。塩も濃すぎることはないが、しっかりと全体にまぶされていて、エビ一本のどの部分も程よい塩味が効いている。
端的に言えば、異常にうまいのであった。
「うまいぞ、緋瀬! これ、どうやってこんなサクサクに保ってるんだ!?」
オレは聞いての自分が料理などできはしないのに興奮気味に聞いた。
「え、えっと、その、秘密」
そう言って少しだけ笑みを浮かべる。それは確かに緋瀬本来の純粋さを映すような笑顔だったのだけれど、それでもどこか、小悪魔的な妖しさがあった。白状すると、オレはこの一瞬確かに魅せられてしまったのだった。
オレはそんな自分に驚いてしまって、そしてそれを隠したくて、「おう、そうか、秘密なのか」などという間の抜けた返事をして再び天ぷらや他のおかずを、三口に一回のペースでうまいと言いながら掻き込んだ。
「それでさ〜ゆうくん〜。ミィちゃんといちゃいちゃするのはいいのだけれど〜これじゃ結団会っぽくないよ〜。ほら〜ゆうくんは男の子なんだから〜ビシッとMCしちゃってよ〜」
前半とんでもない勘違い発言をかました香子さんにオレと緋瀬はほぼ同時にガタガタと音を立てて椅子を立ちあがった
「わ、わたしは、い、いちゃいちゃはしてないです!」
「そうですよ、香子さん。オレは弁当の感想を述べていただけですよ。誤解を招く言動は控えてくださいってば」
香子さんはシラを切るように口笛を吹き始めた。しかし確かに、オレと緋瀬が二人で話してしまっていたことも事実なので、追及することなく席に着いた。
「まぁでも確かにこのままだと四人集まった意味もなくなっちゃうし……」
うーん、とオレは腕を組んで考え込む。そしてオレはあることを思い出す。
「そういえば四人揃って自己紹介ってまだしてないよな」
「そうだね〜。初日はあたしが遅刻しちゃったし〜、その後もゴタゴタと色々あったからね〜」
「じゃあ、結団会ってことだし、改めて自己紹介し合うってのも悪くないんじゃないか?」
「う、うん。わ、わたしはそれでいいと思うな……」
「……ぼくもそれで構わない……」
「じゃあ、とりあえず香子さんからでいいですか? まだ一回もしてないのは香子さんだけだし」
オレは菓子パンにぱくついている香子に問いかける。
「ふぁ〜い」
菓子パンを頬張りながら答えた香子はぴょんと飛び跳ねるように立ち上がった。そして同時に口に詰め込んでいたパンを飲み込むと、やけに演技らしく胸に手を当てると元気よく話し始めた。
「みんなのアイドル葵香子で〜す! 得意科目は全部で〜、苦手科目はないよ〜。好きなことは面白いことで〜、嫌いなことはつまらないことかな〜。まぁ分からないこととかあったらじゃんじゃん聞いちゃってよ〜。そういうわけだからこれからよろしくね〜」
絶妙に自己紹介になっていない自己紹介ではあったが、彼女の摑みどころのないところがもろに現れているというか、なんというか。
「じゃあ次は怜でいいか?」
オレは昼食を済ませて静かに香子の自己紹介を聞いていた怜に自己紹介を促す。すると辛うじて分かる程度に頷いた怜はすくっと立ち上がった。
「……ぼくは……柑野怜です。……先日は皆さんのおかげでなんとか無事に……学園に復帰できました。……遅くなりましたが、ありがとうございました。……これからもよろしくお願いします」
怜は言葉を終えると同時にぺこりとお辞儀をした。
「もちろんだよ〜。これからもよろしくね〜、怜ちゃ〜ん」
香子が応える。オレにはそれが一瞬意外なように思えた。内なる保護者としての立場から怜を警戒していたこともあり、二人は不仲だと思っていた。いつの間に仲良くなっていたのだろうか。
しかしすぐに自分の考えが大きな見当違いなのだと気づく。二人はいつからか仲良くなったりしたわけではない。これから心を通わせ始めるのだ。怜がはっきりと感謝の言葉を発し、そしてその感謝を香子が受け止めたこの瞬間から。
そんな感慨に浸っていると、香子がオレの代わりに緋瀬に自己紹介を促すように目配せをする。
「じゃ、じゃあ次はわ、わたしが自己紹介するね。え、えっと、わたしは緋瀬未来と言います。過去、未来のミライと書いてミキと読ませます。わ、わたしは、そ、そのゆ、悠十くんとは幼馴染みで、久しぶりにさ、再会できて、そ、それで香子さんとも柑野さんとも仲良くなれたらい、いいなぁって思ってます。よ、よろしくお願いします!」
初めて出会った日に階段でしたようなちょこんというお辞儀をした緋瀬は、三人の目の前で自己紹介をするのが余程恥ずかしかったのか、顔を真っ赤にして勢いよく座った。彼女がオレを今でも幼馴染みと呼んでくれることはほとんど奇跡みたいなことだ。そんな緋瀬の隠れた強さみたいなものをオレは知っている。嘘をついたオレを平気で許してしまうような。いつ記憶戻るのか、そもそも戻るのかどうかも分からないオレをいつまでも待つと言ってしまうような。得体の知れない光を発したオレを、自分も赤い光という未知の状態に襲われながらも、抱きしめて救ってしまうような。いつもはこんな風におどおどしているのに、いつもオレを救ってしまうようなそんな強さをオレは知っている。
そして残る自己紹介はオレだけだ。オレはゆっくりと立ち上がる。
さて、オレはオレ自身を、「俺」自身を、己の口でどう語るのだろうか。
「オレはーー」
どうもkonです。
今回は結団会の様子を描いてみました。単なるほのぼの回というわけではありませんが。悠十がただの自己紹介にこうも丁寧に、言ってしまえば余計な考察を挟んでしまうのは、彼なりに一生懸命なのだと思います。その懸命さが伝わるといいのですが。
さて、次回は再び本編へと戻りまして、悠十と未来のデートの続きとなります。まぁこちらもたんなるほのぼのデートで終わらないとは思いますが……笑
では次回もお楽しみに!




