(4)
続きです。
拍手が止むと、篠原先生は咳払いを一つした。
「では、これからチーム編成を発表する。この学園の一つのクラスには約五〇〇人の生徒が所属しているが、私一人では一人一人に行き届いた指導ができない。チーム内で情報を交換しあい、切磋琢磨しあい、成長してもらいたい。もちろんだが、チームメイトの失態はそのチームの連帯責任だ。そうした社会的学習の意味も兼ねている制度だそれを意識して学園生活を送るように。これからチーム番号と教室内の集合場所を端末に送る。各人それに従って集合し、一〇分ほどで自己紹介を行ってくれ」
オレの手元の端末に「D5」という文字と教室内のマップが表示された。マップには赤い点で集合場所が表示されている。
「ゆ、悠十くん! 何番だった?」
緋瀬がなぜだかちょっと緊張気味に聞いてきた。
「ええと、D5だけど、緋瀬は?」
「でぃ!?……はへ……」
「はへ?」
「い、いや、え、えと、その、ふわ、私もでぃ、D5だから……、だからその、い、一緒に行ってもいいですか……?」
「別に構わないけど?」
オレの返答にほぼ支離滅裂の緋瀬は「はりはほ……」と言って二つのポッドが移動する間、オレを見ないようにしながらずっと両頬を手のひらでぐりぐりしていた。にやけ顔を直している……のだろうか?
「何にやけてるんだ?」
「い、いや、ちょっと思い出し笑いを!」
「そ、そうか……」
集合場所に着くと、臙脂色のパーカーを制服の下に着込み、フードを深々と被っている人物が待っていた。目元までフードに隠されているのでどんな顔をしているのかいまいち分からない。その人物はオレたち二人が来たことに気付いたようだが、ちらりとこちらを見やったかと思うと、うつむき加減に前を向いて黙ったままだった。
「え、えっと……は、初めまして。私緋瀬未来って言います。あなたのお名前を聞いても」
「……蘇芳……怜……」
その声は男性のもののようにも聞こえたし、女性のものにも聞こえる、不思議な声だった。しかし着ている制服が男子用のズボンだったのでおそらく男子なのだろう。緋瀬は思った以上にそっけないその返事に何か言い返さなくてはとあたふたしているようだった。
「オレは緒多悠十。よろしく頼むな」
あたふたしている緋瀬が可哀想になっってきたのでオレは自分の名前を述べ、手を差し出した。
「……オダ……ユウト……」
蘇芳はオレの名前を復唱すると、オレが差し出した手を無視して真っ直ぐ前を見つめて、再び黙り込んでしまった。オレは虚しい手を引っ込め、苦笑するしかなかった。
「四人とも自己紹介が終わったチームから代表者がチーム全員の学生証を持ってこい」
篠原先生がマイクを通して言った。しかし今オレたちのチームはオレ、緋瀬、蘇芳の三人しか集まっていない。
「あともう一人来るのか?」
「う、うーん、どうだろう? わ、私、学生証を持ってくついでに聞いてみる!」
そう言って緋瀬はオレと蘇芳からあの瑠璃色の金属製の学生証を受け取ると、ポッドで篠原先生とところへ移動していった。オレは蘇芳に何か話しかけるのも気まずい気がして黙っていた。しかし意外にも先に話しかけてきたのは蘇芳だった。
「君は……本当にオダユウトなの……?」
「え?」
「君の名前は……本当にオダユウトなのか……って聞いてる……」
「あ、ああ、そうだけど。なんで?」
「いや……それならいい……」
オレは一瞬、蘇芳の目がこちらを刺すように睨んだように感じた。その視線が何を意味するのかオレには分からなかったが、恐怖にも似た感覚が背中を走った。何も言い返すことのできないまま数十秒間が過ぎたとき、緋瀬が戻ってきた。
「あ、緋瀬、おかえり。あともう一人どうなってるか分かった?」
オレは逃げるように緋瀬に声をかけた。
「う、うん、えと、女の子が一人遅刻してくるらしくて、今はとりあえず三人でいいって言ってたよ」
「そうか。じゃあその子が来たらまた自己紹介しなくちゃな」
「そ、そうだね! と、とりあえずこれから授業が始まるみたいだよ?」
オレは入学早々授業があることにげんなりしながらも、先ほどの蘇芳の視線の意味するところを考え始めた。彼の発言はあたかもオレの名前を聞いたことがあるような話し方だった。オレのことを知っている可能性がある人物といえば緋瀬のことも気になる。小学生の時に本当にオレと緋瀬が同級生だったとして、なぜ緋瀬はそれを覚えているのか。オレの関する記憶や記録が抹消されているというクロノスの話を信じるなら、卒業アルバムの中からもオレの部分が抹消されていることになる。もしオレのことを知っているというのが緋瀬だけなら、緋瀬の記憶違い、人違いで済ませられるのだが、今日だけで自分の名前を知っているような発言をする人物が二人も現れた。もはやクロノスがこの世界にオレを覚えている人がいると言ったことの方の真偽が怪しくなってきている。
篠原先生がMEの構造合理性なるものについて話し始めたところでオレはクロノスに聞いてみたほうが早いという結論に至った。周りの生徒たちの視線が先生の方に集中しているのを確認すると、オレは目を閉じて静かに呟いた。
「おい、クロ。ちょっと聞きたいことがある」
目を開くと例の白い空間に立っていた。そこには白いキューブに座って足をぶらぶらさせながらにやにやしているクロノスがいた。
「どうしたっていうんだい? 今大切な授業中だろ? ユウは授業を聞かなくても大丈夫なほど優秀なんだっけか?」
「いちいち憎まれ口叩くんじゃねぇよ」
「で、聞きたいことってなんなんだい?」
「単刀直入に聞くけど、他人のオレについての記憶ってのは本当に消えてるのか?」
クロノスは三秒ほど考え込むようなポーズをした後、キューブから飛び降りて伸びをした。
「本当だ。しかしまぁ、ユウの記憶が消されてから今までの期間の間に何らかの理由でユウのことを知ることができたら、ユウのことを知っている、ということもあるだろうな」
「じゃあ、オレのことを卒業アルバムで見たりってことはあり得るのか?」
オレは先ほど自分で否定した可能性について聞いてみた。しかしクロノスは今度は考えることもせず断言した。
「それはないな」
「なぜそう断言できるんだ?」
「いいか? 忘れるって行為は本来ごく自然なことだ。ある人の記憶が無くなったとして、それに合わせて他の人々の記憶まで消えさることなんてない。例えばユウが部屋番号を忘れたからと言ってユウ以外の人々もユウが行くべき部屋番号を忘れたりしないだろう? でも、だ。ユウは、いや記憶を完全に失う前のユウは、個人の記憶だけに留まらない、世界の記憶まで操作できるほどワタシの力を理解していた。というより、私の力の本質は《時》の操作であって《記憶》の操作ではないからな」
「じゃあもしオレがクロの力を完全に理解してその世界の記憶とやらまで操作できるようになれば、オレの記憶を取り戻すこともできるのか?」
「一度失われた記憶を取り戻すのは難しいと思うがな」
「なんだよ……期待させんなよ」
「なんだユウ? 記憶を取り戻したかったのか?」
「……別にいいだろ。それとあともう一つ、お前って現実世界に双子とかいたりするのか?」
「ぷ……ぷはははははは!」
「な、なんだよ!」
「いや、あまりに唐突なことを言い出すものだから……ぷはははははは! このワタシに! 双子!」
「るっせーよ、笑いすぎだよこのバカ!」
「まぁそうだな。そんなこともあるかも知れないな……ぷははははは!」
オレはこりゃダメだ、とぼやいた。
*****
目を開くとそこはポッドの中だった。現実世界に戻ってきたらしい。
「結局なんも分かんなかったな……」
とりあえず深く考えず、初対面として振る舞ってしまった方がシンプルで分かりやすい気がし始める。そのためには緋瀬に覚えているなどと嘘をついてしまったことを謝らなくてはならないことに気づいて、結局頭がもやもやするのであった。
「ああ、どうすればいいんだ……」
「お前はとりあえず授業を真面目に聞くということを知った方がいいんじゃないのか?」
オレの独り言に篠原先生の声が応える。
「へ?」
ガツン!
思わず漏れたオレの間抜けな声のあとに続いたのは金属製の物体がオレの頭を直撃する派手な音だった。
どうもkonです。
情報を小出しするって難しいですね。
今は割と退屈な展開ですが、どうか読んでいただけると嬉しいです。
そのうち緋瀬目線とか、蘇芳視点とかで、悠十以外のキャラを掘り下げていきたいですね。その前に悠十視点で他のキャラを掘り下げていかないとですが。