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第4章第5話です。
ブクマ、コメント等よろしくおいします。
「それにしても、悠十さんも意外に抜かりないですよね。まさか入学して二カ月足らずで女性の方とデートまでこぎつけるなんて」
日曜日。いつも通りオレより早く起きて朝ご飯を用意してくれているヒサが何か意味ありげな声音で言った。オレはトーストにラズベリージャムを塗りたくり、一齧りする。ラズベリーの甘酸っぱさとトーストの香ばしさを咀嚼して飲み込むと、オレはわざとらしくため息をついてみせた。
「デートなんてそんな大げさなもんじゃないだろ。緋瀬はこっちに引っ越してきたばかりらしいし、オレはご存知の通り記憶喪失で遊ぶ友達もそう多くないんだし、たまたま蓼科に会った緋瀬がたまたまペアチケットをもらったっていうだけでさ」
「へぇ。そういうもんですかねぇ?」
どうもオレの返答に対しまだ思うところがあるのか、ニヤニヤとした顔でスクランブルエッグとウィンナー、それにサニーレタスとトマトが載っている白い平皿を置いた。
「そういうヒサこそ、好きな女の子とかいないのかよ。人のことばっかり言ってていいのか?」
反撃とばかりに慣れない恋愛話を返してみる。
「え? 僕ですか? 好きな女の子というか、去年から付き合ってる子がいますし、今更浮いた話なんてないですよ?」
さらりと、しかもさも当然のことのように言ったヒサはなんてことはないとでも言いたげな表情で食卓に着くとウィンナーを小気味よい音を立てて食べ始めた。思わず手放したトーストが乾いた音を立てて皿の上に落ちる。
「お、お前、彼女いるのか……?」
「あれ? 言ってませんでしたっけ? ああ、でも悠十さんとこういう話することなんてめったになかったですし、言うタイミングもなかった気もしますね」
オレは朝からとんでもないカミングアウトに動揺する反面、別に不思議なこともないのだと思い直す。ヒサは人当たりもいいし、料理もできれば、面倒見もいい。顔だって多少童顔ではあるものの、整っていると言って言い過ぎではないだろう。そんな彼が中学三年生で彼女がいるということが不思議かと言われればそんなことはないだろう。
「じゃあ、まぁ、今度紹介してくれよ」
「そうですね。じゃあ悠十さんが今日の彼女さんと四人でご飯とか食べれたらいいですね」
「だから、別に彼女とかじゃないって言ってるだろ?」
オレは苦笑気味にそう言い返して食べ終わった食器を流しにおいて水につける。
「あ、悠十さん、今日は皿洗いも僕がやっておきますから、行く準備とかしてていいですよ。悠十さんがデートだと思ってなくても、女性の方と行く時はちゃんとおしゃれするのが男性として最低限のマナーだと思いますよ? なんなら僕の服とか使ってもいいですし」
年下にこんなことを言われてしまう自分が情けなくなったが、確かにヒサの言う通りなのかもしれない。オレは短くサンキュ、と言ってからオレとヒサの自室のある上の階へ上がる。ひとまず自分の部屋のクローゼットを開けてみたものの、こうして自分が持っている服を見てみると、それこそヒサの言うような「女の子と出かけるためのおしゃれな服」なるものは持ち合わせていないように思えた。蓼科医院から退院した直後は私服をそもそも一枚も持っていなかったのだから、仕方がないと言えば仕方がないことなのではあるが。
一〇分後、結局紆余曲折あってオレは水色のシャツに黒いカーゴパンツ、そして黒と白のカジュアルネクタイをプレーンノットで結んだ。少し長めの黒髪を柔らかめのワックスで申し訳程度に整える。まぁそれなりに整った身なりになったように思える。オレは黒いウエストポーチに財布と学生証、それに一応学園から支給されているMINEを入れると、それを腰に巻いて下に降りる。
「じゃあそろそろ行ってくるよ。前売り券を持ってるとは言っても、あんまり遅いと入場門で立ち往生食らうからって、早めに行くことになってるんだ」
「分かりました。夕飯は彼女さんと食べてきてくださいね? 今日は僕も少し出かけるので」
「え? そうなのか。じゃあそうするよ。日付の変わる前には帰れるとは思うけど、一応帰る頃になったらまた連絡するよ」
靴を履きながら答える。
結局、日付変更線よりも先にこの緒多家に辿り着くことができないということを、オレはこの時、知らなかったのである。
* * * * *
「ああ、えっと……。よぉ、緋瀬」
「う、うん、おはよう、ゆ、悠十くん」
家を出てから一時間後、オレと緋瀬はあけぼの遊園地の最寄り駅の改札口で落ち合った。なんのことはない、クラスメートである緋瀬と今日遊ぶ予定になっている場所の近くの駅で待ち合わせして、それが実現したという、それだけのことだ。
しかしながら、オレは動揺してしまった。あるいは見惚れてしまった。それは今朝ヒサがデートなどという仰々しい言葉を発したことに起因するのかもしれないし、どちらかというと、いやかなりの度合いでおとなしい雰囲気を纏っていた緋瀬が、ショートのデニムに肩が大きく出た白と赤のトップスという露出の多い服装をしていることも一因なのかもしれない。
とにかく、緋瀬はいつもと違う雰囲気を纏っていたのだ。
「その、あれだな。いいな、その服」
「そ、そうかな。ゆ、悠十くんがそ、そう言ってくれるとう、うれしいなぁ……なんて」
少し顔を赤らめて言った。緋瀬が顔を赤らめることはそんなに珍しいことじゃない。緋瀬は恥ずかしがりやで、赤面症なところがある。そういう少女だったはずだ。しかし、今オレの目の前にいるこの緋瀬という名をした人物は、ただ恥ずかしさで顔を赤らめているだけの少女には見えなかった。それはまるで、恋人に照れを隠すような……。
そこで強制的に思考をストップさせる。そんな邪な思いを抱いていいはずがない。そういうのはオレがちゃんと記憶を取り戻してから、考えるべきことであって、本日のようなただ遊ぶだけのために来た遊園地で思うべきではないはずだ。
だが、しかし、もしオレが記憶を取り戻せなかったら、オレはどうするのだろうか。今抱いている感情は、その感情にどのような名前を付ければいいかも思い出せないけれど、だがその感情は偽物なのだろうか。もし、記憶が蘇ったとしても、それは本当にオレなのだろうか。オレではなく俺なんじゃないのか。
「ゆ、悠十くん? ど、どうしたの?」
緋瀬が黙ったままのオレの顔を覗き込んで言った。その顔は本当にオレのことを心配してる顔だ。そうだ、彼女はオレを心配してしまう。大切な約束とやらを忘れてしまったオレをなんの見返りも求めず、本気で心配してしまうような少女なのだ。オレは深みにはまりかけていた思考をなんとか引き上げる。
「いや、なんでもないよ。じゃあ行こうか。前売り券は持ってる?」
「う、うん。ちゃ、ちゃんと持ってきたよ」
そう言ってオレと緋瀬はあけぼの遊園地へと足を踏み出した。
あけぼの遊園地。数か月前にオープンしたばかりだというその遊園地は、日本初のME技術を前面に押し出したアミューズメント施設だという。ME技術を前面に押し出した、というのはアトラクションの動力源や装飾にMERによる生成物を用いているのだ。しかしこの施設はただの娯楽施設という面だけではなく、MERの就職先の開拓という内政的側面と、ME技術を世界に示すという外交的側面も持ち合わせているらしい。
そういう訳であけぼの遊園地のチケット売り場には想像以上に人がごった返していた。人ごみというのはどうも苦手ではあるが、そんなことを言っていてはせっかくの遊園地を楽しめまい。
「緋瀬、混んでるし、ちょっと手を貸してくれよ」
「え、え、え!?」
何故かやけに驚いている。何はともあれ、この人ごみの中ではぐれたりしたらそれこそもう一度合流するというのは至難の業である。
「いや、緋瀬、はぐれたらまずいから、手を繋いでおいた方がいいんじゃないかって話だよ」
オレは緋瀬の手を取って、少し進んだ列に続くように前に進んだ。
「ううう」
猫がいじけるような声で下を向いた緋瀬に、オレもつられるように黙り込んでしまった。そんな黙秘が続く。幸いにも早めに並び始めたことが功を奏し、入場までには一〇分ほどで済んだが、少し気まずい雰囲気になってしまった。
入場してからもその沈黙は続いている。別に本来、緋瀬との間に沈黙が流れることはおかしいことなどではない。学園がある時はテラスを使って二人で昼食を食べる時なんかは、沈黙を気まずく思うことなどはなかった。そういう時の沈黙は気まずさなどではなく、平穏であった。
でもその気まずさというのは、オレと緋瀬のタイプが合わないからというよりは、お互いが大事にし合おうとしていることによるのだと、オレは推測ならぬ憶測を立てる。だから確かにこの気まずさは文字通り美味しくはないけれど、嫌ではない。そういう矛盾した感情もなんと呼べばいいのか、オレには分からない。
そしてオレの左手が緋瀬の右手を掴んでいることが、それを緋瀬が恥ずかしがりながらも許していてくれることが、今、この時のオレにとって唯一と言える誇りだった。
そんなくすぐったいような感情を抱えながら、手を引かれてついて来ている緋瀬の方へ振り返ってオレはこう言った。
「えっと、とりあえず、ジェットコースターでも乗るか?」
その言葉に緋瀬はやはり赤面しながら、しかし笑顔で頷いてくれたのだった。
どうもkonです。
今回はヒサとの緒多家での一コマ、緋瀬との遊園地での一コマということでした。
次回は少し時間軸を戻しまして、D5班の結団式ということになります。こちらは縦筋のストーリーに大きくは絡むわけではないのですが、未来、香子、怜というヒロインたちの個性が垣間見えるようなものにしたいと思いますので、ぜひお見逃しなく!
では次回もお楽しみに!




