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第4章第2話です
ブクマ、コメント等よろしくおいします。
「ダディ〜、蓼科医院からゆうくんの診断報告書が届いたよ〜」
もうすでに生徒たちが下校し、静まり返った学園の校長室に入室するなり、香子は手に持った紙束を振りながら言った。
「ああ、分かった。そこに置いてくれ。全スタジアムのセキリュティシステムのリプログラミングが終わったら確認する」
複数のシステムを複数の仮想コンソールにより同時に処理するという並みのエンジニアは到底不可能な作業を涼しい顔でこなしながら宗二郎は答えた。
数分後、仮想コンソールを閉じて、一息ついた宗二郎はテーブルに置かれた報告書をパラパラとめくり始めた。
「それにしても〜今時紙媒体で送ってくるなんて、蓼科医院の先生って変わってる人だね〜。絶対電子で送ってくれた方が楽なのに〜。もしかして蓼科医院の先生って機械苦手とか〜?」
「まさか。日本でも随一の科学者だったんだ。機械が苦手なんてことはあり得ない。古いものを残そうとする傾向はあるけどね」
「へぇ〜。ダディ知り合いなの〜?」
「ああ。昔私がいた立花研究所の所長だよ。彼の専門は遺伝子工学だったが、研究所自体には様々な分野におけるトップクラスの研究者がいたよ。私はその研究所の機械工学部門にいてね。あそこは研究者としては非常に魅力的な場所だったよ。当時の最新機器は全て揃っていたし、法的な規制も例外的に緩和されていた」
「でも今は目立たないよね〜。あたしが聞いたことないってことは〜少なくとも今は大した業績は出していないってことなのかな〜?」
「そうだな。もっと正確に言えば、そもそもその研究所はもう無いんだ。設備自体は一応残っているが、人の出入りはない。完全に廃所になっているからな」
「そうなの〜? それだけの設備があったのに〜? 何か特別な理由でもあったの?」
「事故、さ。それも人命に関わる」
宗二郎は香子に目を合わせることなく言葉を続けた。
「ちょうどME研究が本格的に始まった頃だ。どこの研究所でもMEという新しい研究材料に躍起になって飛びついた。工業利用、農業利用、医療技術、宇宙開発。だが、様々な可能性を探る研究所が溢れかえる中で、立花研究所は違ったアプローチで研究が行われていた」
「違ったアプローチ?」
「所長が中心となって研究していたのは、MEを積極的に利用するのではなく、MEを抑制する技術だった。言うなれば、他の研究所がMEの生成という側面に注目していたのに対して、彼はMEの還元という側面にスポットを当てていたのさ。彼はきっと恐れていたんだろう。MERとNORという二つの種類にカテゴリ化されて人類が二分されていくことを。だからMEで生成された物を還元する技術が必要だと考えた。バランスをとるためにね。もしNORが還元技術を持ったとしたら生成を司るMERに対抗しうるだろう? まぁもちろんMERは生成と同時に還元もできる存在ではあるから、完全にイーブンとまでは言わないが、だが、まだ対抗しうるという点が大事なのさ」
「だけど~今現在そんな技術はないよね~?」
「ああ。つまり立花研究所の研究は挫折に終わったのさ。研究の途中で被験者七名が観察段階で死亡するという事故が起きたからね」
「それで研究が途中で凍結して~研究所自体も活動を停止することになったってことなのかな~?」
「その通りだ。研究員たちはそれぞれ、私のようにME研究を続けて学園の教師をしていたり、彼のように医療研究に専念したり、自身で研究所を立ち上げたり、あるいは研究業をやめたりする者もいた。さすがに全員の行方までは把握していないがね」
そこまで話したところで宗二郎は悠十の診断報告書を読み終わったらしく、その紙束を重要書類を保存しておくためのケースに入れて棚にしまった。
「まぁ昔話はこれくらいにしようか。香子、内なる保護者としての報告を頼むよ」
「は~い。えっと~、まず怜ちゃんの方の報告ね~。学園のリハビリセンターで人格の損傷をほぼほぼ完治できたみたいだよ~。そのあとも柊先生が定期的にカウンセリングをしてるみたいだけど~、むしろ以前よりも心を開いてるみたい~。まぁ入学した時点で《分離実験》の影響で大分対人関係には問題があったけど~、今は快方に向かってる感じかな~。もちろんあたしも事後観察は続けるけどね~」
「そうか。柊くんは心理カウンセラーの資格も持っているからな。こちらからのアプローチは彼女に任せて、香子は観察に留まってよいだろうと、私も思う」
「じゃ~怜ちゃんに関してはその方針で~。ちょっと心配なのがゆうくんなんだよね~。御縞学院の事件で常人にはあり得ない能力があるようにも思えたし~。《記憶操作》というのは能美や暗部が言っていたことから推測すると記憶に何らかのアクセスが可能な能力なんだろうけど、やっぱりゆうくんはまだ何か隠している気がするんだよね~。記憶操作ってだけでも驚きだけど~、でもそれだけじゃない気もするんだ~。それに水色の結晶や光の正体についてもそれとなく聞いてはみたけど、はぐらかされちゃったんだよね~。相手が学生じゃあ拷問するわけにもいかないし~。蓼科医院の先生も特に何も知らないようだったしね~」
「となると真相は能美を殺した《道化師》なる人物に聞いてみるしかないわけか」
「一応蓼科医院の先生にも《記憶操作》のことは伝えて観察をお願いしたよ~」「なるほど。では緒多悠十に関しても観察に徹するしかなさそうだな」
「それでね~ミィちゃんのことなんだけど~」
「緋瀬未来のことかい。彼女なら確か、報告にあった『赤い光』について園立美山病院で検査を受けてもらったよ。さっきその検査報告が送られてきたが、特に何も見つからなかったそうだよ」
「そっか~。でもわたしにはどうもゆうくんの水色の光とミィちゃんの赤い光は同質、同次元のものに思えるんだよね~」
「つまり、緒多悠十と緋瀬未来は同じ能力を有している……ということか?」
「う~ん、正確に言うと、あの二つの現象はある意味では同じなんだけど~、またある意味では全く逆、打ち消しあうものみたいなんだよね~。その証拠にゆうくんの体から水色の光が溢れたとき、ミィちゃんの身体から現れた赤い光に触れたことで両方が消失していたんだもの~」
「検査で二つの光の正体が掴めないのは、それらが私たちとは別の次元に存在しているからなのかもしれないな。そしてその別次元へのアクセスが可能となるのがあの《世界樹の鍵》だということになるのか」
「おそらくね~。事件の後、いきなり生成が不安定になってすぐに消失しちゃったんだよね~。その後複製はできていないし、設計図も残っていないんだよね~。本当に分からないことだらけだよ~」
香子が困ったようなジェスチャーをして言うのを聞きながら、宗二郎は空中に投影された仮想コンソールを操作して《世界樹の鍵》についてのレポートを表示させる。
「万物を開く鍵……。その構造は適合者の精神ブラックボックスに保存されているために抽出が不可……か。また無茶の実験をしたものだな、あの能美という男」
「怜ちゃんは《分離実験》と《道化騎士》のどちらにも巻き込まれているけれど〜、それは偶然なのかな〜?」
「いや、その可能性は低いのではないかと私は思う」
そう言って宗二郎は五〇名ほどの名前が連ねられたリストを空中に投影されたディスプレイに表示する。そしてもう一つ、《世界樹の鍵》の適合者として、あのカプセルから救助され、今現在、警察で事情聴取を受けている一二名のリストも表示される。宗二郎がさらにコマンドを入力すると、横並びに並べられた二つのリストに共通する名前だけが赤く表示された。
「……全員一致か~」
「そう。今回《世界樹の鍵》の生成、あるいは《分離実験》に巻き込まれた者たちは全員《道化騎士》に感染した経験がある。このことから推測するに、二つの事件は何らかの形で繋がっていると考えるのが妥当だと、私は思う」
「なるほどね~。ここまで見事に一致しちゃうとそう思わざるを得ないね~」
「と言っても、どのような繋がりがあるのかということに関してはお手上げといったところだな」
そう言って実際に手を上げてみせた宗二郎は自嘲気味に笑うと投影されたデータ達を消し、回転椅子を回して窓の奥に浮かぶ月を見始めた。
「じゃあダディ~、私そろそろ帰るよ~?」
香子は立ち上がりながらそう言ってドアの方へ歩き出す。しかしその手がドアノブを掴んだ時、宗二郎が呼び止める。
「香子。そのなんだ……あの冬休みのことは思い出せそうか?」
ピクリと一瞬動揺を見せた香子はすぐさま振り返りいつも通りの笑顔を見せる。
「う~ん、まだ無理そうかな~」
「そうか。まぁ焦らずやるといい」
「うん~。そうする~。じゃあバイバイ~」
香子がドアノブを回して校長室を出ることで、急に室内にしんとした沈黙が訪れる。宗二郎は月を見たまま、腕を組んで溜め息をついた。
どうもkonです。
久しぶりの更新となりました。
今回は香子と宗二郎の会話のみとなりました。
冬休みに何が起こったのかというのも今後大きなテーマになってくると思いますので、ぜひお楽しみに。
では次回もお見逃しなく!




