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Multi Element 〜刻(トキ)の代償〜  作者: kon
3rd MEmory 分離実験ーDividing Planー(B)
34/55

(10)

第3章最終話です。

ブクマ、コメント等よろしくおいします。

(10)

「な……!」

 水色の光が次々と打ち消されていくのを見て驚いたような声を出したピエロは、目も眩むような鮮やかな赤い光を放つ緋瀬へ視線を移した。

「時間の《核》たるクロノスの力を打ち消した? しかしこれは空間の《核》たるコスモスとも、情念の《核》たるパトスとも相異なる……。一体何の力で……」

 ぶつぶつと呟き、考えに耽るピエロの手の力が緩まり、押さえつけられていたオレの気道に慌ただしく空気が流れ込む。まだギリギリではあるがイメージ演算に必要なだけの意識は保てている。チャンスは一回、オレから注意が逸れている今だけだ。しくじれば瞬殺されるだけの力量差があることはさっきの数秒のやりとりでオレにも分かった。だから次の手でオレは――。

 オレは顔の前で腕を交差させて衝撃に備える態勢を作ると、鍵と結晶が握られたピエロの手を中心に水素爆発を起こした。バン! という大きな音と衝撃とともに、原理は不明であるが生じていた逆向きの重力が消滅したのか、天井に横たわっていたオレの体が床に向かって落下していく。自由落下の途中で、一緒に落下してきた鍵と結晶を掴むと、迷う間もなく鍵を自分の右眼に差し込んだ。そして未だに水色の光をまき散らし続けている結晶をそのぽっかりと穿たれた右眼の穴にねじ入れる。その行為はただの直感であった。この力をこのピエロに渡してはいけないという。もしそれが世界の理に反していたとしても、それでもオレはクロノスを手放してはいけないと思ったのだ。

「緒多ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 ピエロが先ほどまでの丁寧の口調を一変させて、怒りを露わにオレの名を恨めしげに叫ぶのを聞きながら床に落下した。体のあちこちでグキッという嫌な音がしたと同時に悲鳴も上げられないほどの痛みが全身を襲った。

「ふ、ふふふふふふ。あの赤い光……まだ我々の元に帰る時ではないと……そういうことか。それが運命ならばここは退散する他ない……か。皆様、本日のショーはここまでのようです。ではまた会う時を楽しみにしています。私はこれにて失礼いたします」

 天井に立ったピエロは床にいるオレたちを見上げると、そう言って丁寧にお辞儀をすると、現れた時の逆再生よろしく徐々に体が透明になっていき、そして最後には消えていった。

 ピエロが消えた後もオレの右眼からは未だに水色の光が迸り続けている。それは美しくもあったが、クロノスの力が無造作にまき散らされているということである。これではどんな不測の事態が招かれるか分かったものではない。

「(早く抑え込まねぇと……)」

 オレはとにかく光を隠すように右眼を両手で覆ってみるが、光の奔流は止まらない。あふれ出た光はオレの周りで渦を巻くように集まり今にも爆発するのではないか、という感覚に陥る。

 そしてオレは理解した。これはクロノスの力が暴走しているのだと。本来、人の身には余る代物である。それが絶妙な均衡関係の下で今までオレの中にとどまっていた。しかし、《世界樹(ユグドラシル)の鍵》という人工物、それこそクロノスが言っていたように「気持ちの悪い鍵」によって無理矢理にこじ開けられ、掻き出された結果、その均衡関係は崩壊し、それを元のように戻すことは容易ではなくなった。その集積として今起こっているのは、オレの体とクロノスの結晶を乱雑なバランスで再融合させたことによる拒絶反応、それゆえの暴走なのだ。もうこのままでは……。


「悠十くん!」

 その時、緋瀬がそう叫びながら、オレを強く抱きしめた。するとどうだろう。先ほど緋瀬から溢れた赤い光が水色の光を打ち消したように、甲高い音とともに光の奔流が弾けるように消えたのだ。帯状だった二色の光は小さな粒子となって空中に霧散した。その幻想的な光景と緋瀬のぬくもりに包まれながら、オレの意識はブラックアウトした。


* * * * *


「――――! ――くん! ……悠十くん!」

 オレは名前を呼ばれて目を覚ました。今にも泣きだしそうな顔でオレの名前を呼ぶ緋瀬の顔が最初に視界に入り、その奥に見えた白い天井でここがどこであるか察した。

「ここは蓼科医院……か」

「よ……よかった……よかったよぉ!」

 緋瀬が堪えきれないといったように涙を流してオレの枕元に顔をうずめる。オレはその頭を優しく撫でる。

「ごめんな、緋瀬。心配かけて」

「う、うん、で、でも、悠十くんのこと信じて待ってたよ」

「そうだな」

 オレが思い出すまで、生きて帰ってくるまで、待っていてくれとオレは緋瀬と約束した。それを信じてくれた緋瀬に、オレは胸の内がむず痒くなる様な不思議な感覚に陥る。だがそれは決して不快なものではなかった。こういう感情を何と呼ぶのだったか、オレにはまだ思い出せない。けれどいつかそれを含めて思い出そうと、静かに、改めて決意した。ただ今はまだ思い出せない。それでも心にしたがって緋瀬のぬくもりに触れていたかった。オレはゆっくりと緋瀬に顔を近づけ、おでこ同士をくっつける。緋瀬は一瞬戸惑ったような顔をしたが、すぐに頬を染めながら微笑んだ。オレも微笑みを返して静かに目を閉じる。今はこれでいいのだ。この大事な「幼馴染」にぬくもりを通わせあう、ただ、それだけで。


「あ~れ~? ゆうくん起きたの~? いや~よかったよかった~……って二人は何してるの~?」

 病室に現れた香子が不思議そうな声を出す。

 オレと緋瀬はぱっと顔をあげ、香子の顔を数秒唖然と見つめたあと、急に恥ずかしさに襲われてお互い距離を取った。

「いやいや、別に何もしていない! 特に何もしていないんだ!」

 オレは何もしていない、を連呼して、自分のあらん限りのさわやかスマイルを返してみる。

「そ、そ、そ、そ、そ、そ、そ、そ、そうだよ香子さん! あ、そうそう、ちょっと熱がないかなぁって測ってただけで!」

「でも~三分前に看護婦さんが来て測ってくれたよね~?」

「あ、あ、あ、あ、あ、あ、あれ? そ、そ、そ、そ、そ、そ、そうだっけ?」

 完全に動揺している緋瀬(オレも人のことは言えないが)をニヤニヤとして顔で眺めながら香子はオレのベッドの脇に置いてあった丸椅子に腰かけた。

「まぁ~あたしは独占欲とかないからいいけどね~」

「ど、どくせんよく?」

 オレはすごく馬鹿っぽい口調でそう聞き返した。だが、それに香子はニコリと笑って返すだけだった。そしておもむろに立ったかと思うと、大きくベッドの身を乗り出して、オレに覆いかぶさるような態勢をとる。

「ちょ、ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと香子さん!? 何を!?」

 緋瀬が顔を真っ赤にしながら叫ぶ。

「ん~? いや、ただちょ~っとね~?」

 そう言いながらさらに身体を前に進めてくる。香子の服のふくらみの部分がすぐ眼前に迫り、オレはただ黙って目を瞑ることしかできない。


 ピンポーン


 再び意識が飛ぶかと思った時、軽やかな呼び出し音が鳴る。ゆっくりと目を開けるとオレの寝ているベッドの頭のところに置かれていたナースコールのボタンを香子が押しているのが見えた。

「あ、悠十くんが目を覚ましたので来てもらっていいですか~?」

 目が点になっているオレと緋瀬を見た香子はニコリと笑ってみせる。

「いやだな~、ナースコールを押しただけだよ~」

 わざわざベッドの上を通らなくても、脇から届くのでは、という指摘を喉まで出かかったところで飲み込む。香子の性格から考えれば、そんなことを言えば、「個人的な趣味だよ~」などという返答が返ってくるに違いないのだ。それは緋瀬も察したようで、分かりやすく言葉を飲み込むように喉をごくりと言わせていた。

 数十秒後、あの科学者まがいの医者、蓼科新介が現れた。相変わらずくたびれた白衣と全く処理されていない無精ひげが目立つ。だがいつもと違うところが一つあった。

「あれ、先生、その手どうしたんだよ?」

 右手には包帯がぐるぐると巻かれていた。あまり軽傷のようには見えない。

「ん? ああ、これのことかい? これはね、今朝うちのおバカな新任ナースが僕の上に薬品をこぼしちゃってね。傷がどうなってるかみたいかい?」

「いや、遠慮する……」

「ははは、やっぱり君はグロテスクな手なんて見たくないかい? まぁそれは二人のお嬢さんも同じなんじゃないかい? それで体調はどうかい? まぁやっぱり身体は痛むだろうけど、命は別状はないんじゃないかい?」

「まぁ痛むってのはそうだが……医者が命に別状がないことを疑問形で言うのはどうかと思うぞ」

「あははは、そうかい? まぁ大丈夫じゃないかい?」

「結局疑問形じゃねぇか……」

「まぁ一応検査しなきゃいけないこともあるからね、お嬢さんたち、今日は帰ってもらっていいかい?」

「あ……はい。わ、分かりました」

「は~い。学園への報告はしっかりお願いしますね~」

「ああ、分かってるよ。明日までに検査報告書を学園宛てに送ればいいかい?」

「大丈夫です~」

 緋瀬と香子が帰るのを見送ると、蓼科は白衣のポケットに手を突っ込んでドアの方へ歩きだした。しかしドアの手前で立ち止まる。

「記憶のほうは戻りそうかい?」

「……いや、まだだ」

「そうかい? まぁ別に焦ることはないんじゃないかい?」

「ああ。分かってる」

「……記憶操作メモリーシャッフル

「!?」

「あ、いや、そんなに驚かなくていいんじゃないかい? 僕は君の主治医なんだし、今回の事件のことを聞くことだってあったって不思議なことはなんじゃないかい?」

 蓼科は振り返ってオレの顔を見る。

「まぁその辺のことも悩みは尽きないかもしれないけどさ、人はそれでも生きていくんだ。人は生きて、最後の最後に自分の生きた一生のことがやっとわかるってもんさ。だからその答え探しに間に合うように助けていくのが僕の仕事なんだからさ。じゃあ検査は一時間後に始めるから、それまで寝ておくといいんじゃないかい?」

 そう言ってドアを開けて出ていった蓼科の言葉をオレはよくわからないながらも考えながらベッドに横たわる。

 ふと、横を見ると、ナースコールのボタンのそばに小さなメモのようなものが置かれていた。香子がさっき置いたのだろうか。メモを開くとそこにはたった五文字のメッセージと一人の名前が書かれていた。



「ありがとう             柑野カンノ レイ

どうもkonです。

今回で第3章は最後になります。

この章は蘇芳怜という一人の少女を中心に描いていたのですが、いかんせん物静かで感情が表に出にくいキャラクターですので、最後はメッセージで登場ということにしました。とりあえず悠十の偽善を覚悟の行動が彼女を救ったということが伝わればいいかな、と思っています(笑)

ちなみに柑野という姓は怜の母親の旧姓です。その辺の話はまた次回以降ということで、ぜひ次回もお楽しみに!

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