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第3章第9話です
ブクマ、コメント等よろしくお願いします。
目覚めたオレの視界に最初に入ったのは、香子でもなく、蘇芳でもなく、ましてや能見でもなく、緋瀬の顔だった。
「ゆ、悠十くん、そ、その、だ、大丈夫?」
「緋瀬……? なんでここに?」
周りを見渡すと、緋瀬の他にも篠原先生を始めとする学園の教師陣たち五、六人が暗部の男達や能見に手錠をはめ、連行していた。
「あたしが呼んだんだよ〜。さすがにこの人数を一気に処理するのは面倒だったから先生達に応援要請をしたんだよ〜」
「おい、葵。面倒という発言はいくらなんでも不謹慎だろう」
近くにいた篠原先生が不機嫌そうな顔をして言った。
「まぁまぁ〜篠原先生。そんなに怖い顔しないでくださいよ〜」
「そうどすえ、篠原先生。そないに怖い顔しとったら皺が増えますえ?」
京言葉を話す女性教師が篠原先生をなだめるように言った。確か二年生になったら受ける戦術理論とかいう授業を担当している柊莉央先生である。その柔らかい物腰と凹凸のはっきりした体躯から一部の男子生徒で人気だと聞いた気もする。
とりあえず推測するに、これだけはっきり被害が出れば学園としても大見得を切って御縞学院に権力を行使できるということなのだろう。MEやMERの関わっている事件・事故に限って言えば、学園には逮捕権限こそないが、捜査権及び警察引き渡しまでの危険人物の拘束の権利を始めとした警察に準ずる権利が与えられている。御縞学院が実験のことを秘匿し、蘇芳も特に訴えもしなかったために今までは立ち入り調査に踏み切れなかったが、オレや香子が御縞学院内でMINEの執行システムを起動して戦闘行為を行った時点で、一連の動きが事件性を持ったということになるのだろう。緋瀬が同行してきたのもこの事態に関わった三人全てがD5班だったことに起因しているということは想像に難くない。
そう納得したオレは立ち上がろうとして力を入れる。するとぐにゃりと視界が歪んだかと錯覚するほどの激痛が体の芯を貫いた。
「いっ!?」
どぶりという生温かい液体の感触を感じて見てみれば、先ほどまで嘘のように塞がっていたはずの銃創が再び開き、いや、今し方撃たれたかのように生々しく血を流し始めたのだ。
「ゆ、悠十くん――!! し、篠原先生、悠十くんの傷が――!!」
緋瀬が倒れそうになったオレの身体を支えながら叫んだ。
「そのようだな。柊先生、緒多の緊急時指定病院に連絡して搬送の用意を。私は応急処置を取り掛かる」
「わかりましたえ。ほんなら葵はんは犯人たちの誘導を引き継いでおくれやす。緋瀬はんは篠原先生の指示にしたごうて応急処置の手伝いをお願いします」
「(クロノスの力が切れた、のか――?)」
それも無理もない話かもしれない。何しろこの傷を癒した、正確に言うと巻き戻したのはクロノスの力の破片であるあのリボンであって、本体と言えるクロノスは結晶となってオレから分離しているわけである。その不安定な力によって塞がっていた傷が再び現れるのも別に考えられないことではない。
激痛が走っているのにも関わらず妙に冷静に回転する思考の中で、オレはクロノスのことを考え始めた。今オレはクロノスの結晶と《世界樹の鍵》の二つを所持している状態である。もしオレの仮説が正しいとすれば、もう一度鍵を使えばクロノスの力を取り戻すことができるかもしれない。つまり元のようにオレの中に取り込むことができるということだ。しかし本当にそうすべきなのだろうか。
オレは蘇芳との模擬戦のことを思い出していた。あの時、《道化騎士》という暴走プログラムで蘇芳はオレに攻撃をした。そして暴走した蘇芳、いや《道化騎士》はこう言ったのだ。
――《核》はお前のようなつき並みの人間が所有すべきではない――
――《道化騎士》の手によりその命を砕き、《核》をあるべき場所へ、あるべき形に戻す――
あの言葉はオレがクロノスを持っていること自体が間違っていることということなのだろうか? それならば誰が持っているべきなのだ? そしてそのあるべき場所、あるべき形に戻すことで誰がどういう目的を――
そこまで考えてオレはふと気づいた。《分離実験》の問題はある意味で解決したかもしれないが、《道化騎士》の問題はまだ解決していない。
オレは心のどこかでこの御縞学院が《道化騎士》に関わっているような気がしていたのだ。それは御縞学院による《分離実験》の問題が蘇芳に関わっていると同時に《道化騎士》の事件が起きたのも蘇芳が関わった模擬戦だからだ。でもその標的はまるで違う。前者は蘇芳本人が目的であって、オレは実験の一部でしかない。しかし後者はオレが目的だった。つまりこの二つの事件は関連性こそあるかもしれないが、本質的に別の問題を孕んでいるのではないのか。
「くそ、離せヨ! 僕は実験を成功させるンダ! こんなところで捕まってたまるカ!」
不快な声音で叫ぶ能美が香子に連れられて行く。オレは傷が痛むのをこらえながら叫んだ。
「おい、能美! お前は《道化騎士》について何か知っているのか?」
「《道化騎士》? 僕はそんなもの扱ったことはないヨ!」
「じゃあオレのこの結晶のことは誰に聞いた?」
「《記憶操作》のことカイ? ああ、そういえば、そのことを教えてくれた奴も自分のことを《道化師》と名乗っていたネ」
「《道化師》!? 誰なんだよ、そいつは?」
「君みたいな馬鹿に話すのも面倒だけどネェ。ただある酒屋で会ったんダヨ。それがどうしたっていうんダヨ? 人の実験を邪魔した癖にうるさいんダヨ、馬鹿が」
そこまで言ったところで香子が思い切り蹴りを能美の腹部に入れた。
「馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿うるさいんだよ~?」
顔こそニコニコを保っているが、目が笑っていない香子が呻きながらもさっきより静かになった能美を連れて行った。
やはり、能美は《道化騎士》とは直接は関わっていないということになる。だが、《道化師》と名乗る人物からオレの情報を手に入れたということは二つの事件が全く無関係というわけでもないように思える。そしてこのクロノスの分離という事態。
《道化師》はオレを狙う手段として、能美がオレを利用した《分離実験》を進めるように誘導した?
「余計な事しゃべっちゃダメだよ、能美さん」
突然に、叫んでいるわけでもないのに、その場にいた全員に聞こえるという不思議な声がした。
そしてその次の瞬間、何かが空を切る音がしたかと思うと能美の絶叫が空気をビィンと震わせる。能美の方へ視線を向けると、一本のサバイバルナイフが、能美の首を深々と貫き、真っ赤に染まっていた。
「これは~、よくないね~」
香子が小さく呟くと、振り向きざまに二丁拳銃《二度の啼鳥》で斜め上あたりを実弾と曳光弾で射撃する。すると天井あたりで何者かが銃弾を金属質のもので弾いたのが分かった。透明人間があらわれるように、徐々に姿が現れる。
「サバイバルナイフの入射角からコンマ数秒で投射位置を特定、か。いやはや、恐れ入る」
そこにいたのは蝙蝠のように天井に逆さまに立っている道化師だった。だがピエロというにはあまりに不適切な格好をしていた。顔にはピエロのお面をしているが、髪は真っ黒で、着ているのは、黒のシャツに白いスーツ。鮮やかな色合いのイメージが強いピエロとはかけ離れすぎている。
「一方で君は本当に弱いね? 緒多悠十。結局は《核》の力に頼っている」
「貴様、何者だ!?」
篠原先生が黄色のMINEを装着して威嚇しながら言った。
「おっと、失礼。ご紹介が遅れました」
ふっと突然にそのピエロの姿を見失ったかと思った次の瞬間、オレの傍らに現れる。
「!?」
ピエロは驚きの表情を浮かべる緋瀬と篠原先生をよそに、オレの襟首をむんずと掴む。ふわっと体がうくような感覚に襲われたかと思うと、オレはなんとさっきピエロが天井に立っていたように天井に横たわっていたのである。
「私、《道化師》と申します。それでは私の大道芸をご覧に見せましょう」
そう言ったピエロはオレの手から鍵と結晶を奪うと、鍵を結晶に差し込んだ。水色の光が部屋中を照らし出す。
「これで《核》は解放される……」
水色の光を眺めながら、ピエロが満足気な声を出した瞬間、事態は一転した。水色の光が甲高い音を立てながら突然現れた赤い光に弾かれるようにして消えていったのである。赤い光の根源を見ると、そこには怯えた表情の緋瀬の姿があった。
どうもkonです。
少し更新が遅くなってしまいました。申し訳ありません。
第3章も終盤ですが、ここで長らく触れられなかった道化騎士というワードに繋がってきました。次の第4章も楽しんでいただけるように頑張ってまいりますのでよろしくお願いします。
では次回もお楽しみに!




