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Multi Element 〜刻(トキ)の代償〜  作者: kon
Another MEmory③
29/55

紅茶とオレンジ

蘇芳怜目線の番外編です。

ブクマ、コメント等よろしくお願いします。

 自分が何者かということについて考え始めたのはいつからだっただろう。そして自分というモノが不要であるという結論に至ったのはいつだっただろうか。

 怜は桜の花が舞い散り、晴れやかな日差しが降り注ぐ学園の校門の側で、周りの期待と興奮に包まれた人々とは対照的に、鬱々とした気分に沈みながら、臙脂色のパーカーのフードを深く被った。

 こうしていれば、大抵の人々は話しかけてこない。話しかけてこなければ、自分が何者かなんてことは考えなくても済む。

 だが、怜には接触しなくてはならない人物がいた。


 緒多 悠十。


 彼は怜の通っている《御縞学院》の実験にとって必要なパーツなんだそうだ。その内容は彼女に明かされない。分かるとしたら、彼が実験の中で《記憶操作(メモリーシャッフル)》という存在として扱われているというそれだけだった。

 だが怜にとってはそんなことを機にする価値もないことだ。

 怜にとって重要なことは学院の期待、いや、もっと正確に表現するなら母、雅の期待といった方がいいだろう。怜の認識として自身は雅のお荷物、足枷にしかなっていなかった。

 いつからか、雅は怜を褒めることをしなくなった。ちょうど《分離実験(ディバインディング・プラン)》が始まったあたりからかもしれない。

 自分の何かが変わったのか、雅の何かが変わったのか、それとも何も変わっていなくて、ただ自分がそう気づいただけなのか。怜には分からなかった。

 それでも学院の期待に応え、雅の期待に応えれば、いつか認めてもらえると信じ、学院の実験への参加要求に応じた。

 その一つが《世界樹(ユグドラシル)の鍵》の適合実験だった。

 基本的にMEによる生成は個人により行われる。だが異常に大規模であったり、異常に精密であったりする場合、MINEを用いているMERであっても個人ではイメージの固定化が不可能であるときがある。あるいは恒常的に生成を維持しなくてはならない場合、個人で生成するとそのMERのイメージ演算領域は大きく割かれてしまう。

 こうした状況に対応するため開発されたのがパッチワークシステムだ。その名の通り、一つの物を生成するために、複数のMERが分担してイメージ演算を行うわけである。学園の施設のいくつかは教師陣が分担して生成を維持しているし、《世界樹(ユグドラシル)の鍵》もまたパッチワークシステムを用いて複数の適合者によって生成されている。

 つまり《世界樹(ユグドラシル)の鍵》の適合実験とは適用者になるための適応作業なわけだ。《分離実験(ディバインディング・プラン)》にこの「鍵」が必要になる可能性があり、実験に関わる人間の数を最小限にするためには怜をその適合実験に参加させるのが望ましいと判断されたのだろう。もっとも、実験に関わる人間の数を最小限にするというのは、裏の意味として口封じのために処理しなくてはならない人間の数を最小限にするということなのだろうが。

 怜がその適合実験に参加はそれとして、それではそもそも《世界樹(ユグドラシル)の鍵》の本質的な能力とは何かということである。研究長と名乗る能美という男による、最も端的で抽象的な表現で言えば、《世界樹(ユグドラシル)の鍵》とは万物を開くことができる鍵、なんだそうだ。さらに説明を加えるとすれば、万物を開くとは、どんな鍵穴でも通すことができるなどという物理的な形状変化にとどまらず、鍵穴すら存在しない、本来なら開くことさえあり得ない、開くことが想定されていないものを開くことすらできるものであり、「開く」というイメージを凝縮したもの、らしい。

 それが一体どんな場面で、どんなものに対して必要になるのか怜にはピンとこなかったが、少なくとも何か人間が越えていいラインを越えている代物なのだということは分かった。

 そして、そんな代物が必要となるような実験に緒多悠十という少年を巻き込んでしまうこと、あるいは怜自身がその実験に巻き込む中心であり、発端であることに、怜は春の日差しにさらされながら罪悪感と後ろめたさを感じえずにはいられなかった。


* * * * *


カプセルの中で液体呼吸のための薄ピンク色の液体に包まれ眠る怜は回想する。

 初めて緒多悠十に接触したとき、つまりあの大教室で葵香子を除くD5班のメンバーである緒多悠十と緋瀬未来の二人に合流した時、怜は本当にこの少年が緒多悠十なのかと思った。

 実験の重要なパーツであるなら、何かしら特殊な雰囲気を持っているものだと思っていた。しかし彼からは何も感じることができなかった。いや、それこそが彼の特殊性なのかもしれない。彼は「空っぽ」だった。どこか存在が空虚だった。人間の背景のようなものが欠落していたように感じられた。

 それでも彼と模擬戦を行ったときには、彼の「強さ」のようなものを感じた。その強さは轟々と燃え滾るような強さではなくて、細く、冷たく、鋭く、静謐な強さだった。例えるなら、刀だ。銀色の光を放つ、刀。

 一方で《分離実験(ディバインディング・プラン)》やら、《世界樹(ユグドラシル)の鍵》やら、そういう諸々のことの状況が見えてしまっている怜にとって、緒多悠十の無防備さというか、無警戒さというのはどこか苛立ちのようなものを感じさせた。それこそ、実験にはもともと何も関係のない彼が、備えや警戒を持っていることこそおかしなことなのだが、自分の心の中でしがらみが渦巻いている怜から見て、悠十に温度差のようなものを感じてしまうのだ。だから、彼が彼女の家に訪れた時、必要もないのに警告するような真似をしてしまったのだ。

 いや、違う。彼女は瞳を閉じたまま、否定する。それだけじゃない。

 心の中で気づいてほしいと思ってしまったのかもしれない。自分の抱えているしがらみを。その静謐な強さで自分を救ってほしいと思ってしまったのかもしれない。あんなに他人と関わりたくないと思っていたのに。あんなに母親に認めてもらうために自分を殺してきたのに。

 不本意とはいえ彼を襲い、傷つけてしまった怜に対してあんなに無防備に許してしまう彼に助けを求めていたのかもしれない。

 だが、そんなことがあっていいわけがなかった。だからこそ怜は黙って学校を休み、この学院での実験をしに来たのだ。スケジュールより少し先行してしまうが、結果ができるだけ早く欲しいであろう研究者たちはそれを快諾した。

 《分離実験ディバインディング・プラン》。もう一つの実験である。研究者たちによれば怜にはパーソナリティー情報に欠陥があるそうだ。それを修復するためにもう一つの人格を新たにビルドするという実験らしい。学院の《命題(テーマ)》である「複数色者(アップデーター)の汎用化」にも通ずるこの実験が成功すれば大きく学院に貢献することになる。そうすればきっと雅も……。

 新たにビルドする人格は怜と同じ日に生まれるはずだった兄をモデルにするらしい。幻の命である彼のパーソナリティー情報を仮定的に設定することで新たな人格をビルドする、ということだそうだ。

 実験の中で便宜的にオリジナルの怜の人格を紅茶、新たな人格をオレンジと呼んでいる。なんでも彼女のカラーコードが蘇芳色という黒くくすんだ赤であるのに対し、新たな人格は鮮やかなオレンジ色に設定されているからなんだそうだ。父親方の姓が蘇芳、母親方の姓が柑野であるというのは実に皮肉である。母親に認められたかった自分は、母親と自身を支えることに挫折し、どこかに行ってしまった父親の姓と同じ色をカラーコードに持ち、生まれることすら叶わなかったオレンジは、蜜柑の「柑」という文字を冠した母親の姓にちなんだ色を据えられているのだから。

 これはやはり自分が母親に認めてもらえることはないという神の啓示なのだろうか。母はいつも兄にあたる人物を産めなかったことを悔やんでいたから、自分よりも兄の方が大事なんだと思っていた。


 だから、もうどうなってもよいのだ。

 怜はついに考えることを放棄した。瞳はすでに閉じている。もう心の瞳も閉じてしまおう。

 そう思った瞬間、誰かが、自分の中の誰かが自分とは逆に眼を開けた気がした。

どうもkonです。

番外編、いかがだったでしょうか。

今まで心境を明かされることがなかった怜ちゃんが物語開始から本編の時系列までどのように悠十を捉えていたのかというのを描いてみました。

この番外編を読んでからまた本編を多層的に楽しんでいただけるといいなぁと思います。

次回からは本編、第三章の後半戦となります。

お見逃しなく!

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