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第三章です
ブクマ、コメント等よろしくお願いします。
「蘇芳が……被験者だと……?」
言葉とは裏腹に、なんとなくこんな事が起きていることをオレは分かっていたのかもしれない。だからこそ、ここに来た。だが、それでも、そうと予想はついていても、オレはその真実を許せなかった。
「その、実験になぜ記憶を消す必要があるってんだよ!?」
誰かの記憶を奪う。それがどんなことか、こいつは分かっているのか? 記憶はその人間の者だけの物だ。それがどんなに悲しい記憶でも、それがどんな退屈な記憶であっても。他人がそれを奪う権利なんてあるわけがない。オレはその禁忌を犯した。それゆえに自分の記憶を失った。それこそがクロノスの―—刻の代償なのだ。
「まぁまぁ、順序良く話すからサ。落ち着いて聞いてくれたまえヨ」
能美は再びオレの周りを足音を立てて歩き始めた。
「君は多重人格者がどのように生まれるか知っているカイ?」
オレは答えない。
「多くの場合は、幼少期や思春期に強い精神的ストレスを受けることで人格の解離が始まるのサ。そこで僕たちはその状況を人為的にその状況を創り出すことができればいいと考えたわけダヨ。すなわち監視下における人為的虐待ダヨ。そしてもう一つの人格が育ちやすいように、責めるときには本人を責め、褒めるときにはもう一つの人格を褒めるのサ。蘇芳怜の場合は、兄という存在を強制的に作り出すことにしたんだよ。自分ともう一人の自分が区別されやすいように異性の兄弟を選ぶのが得策だと思ったんダヨ。だがね、なかなかそんな実験に協力してくれる親なんて存在しないダロ? だから院生の中で御縞学院に信仰に近いレベルの信頼を置いている保護者を持つ者を探したわけサ」
「信仰に近いレベルの信頼……? なんで蘇芳の母親がそんなものを……?」
「なんでも、あの母親は根っからのMER主義なんだそうダ。理由は知らないけどサ」
MER主義。その言葉はオレも聞いたことがあった。MEが発見された後、MERとNORという二つの人間が生まれ、MERが大きな力を持つようになって以降、MER主義を唱える者が現れた。MERこそがNORを支配すべきなのであり、NORはMERを支えるべく生きていくべきなのだと考える。それこそがMER主義。MER主義を唱える人々は雇用や教育において二つの「人種」を分けるべきだと主張する。
「その母親にこう持ち掛けたのサ。『お宅の娘さんはパーソナリティー情報に欠陥がある可能性があるので、このままではMERとしての教育は厳しくなるかもしれません。それを防ぐためには御縞学院が秘密裡に進めているこの《分離実験》を受け、新たなパーソナリティーを取得する必要があります』ってネ」
能美は演技臭い口調でそう言った。オレの中で渦巻いていた嫌悪感がふつふつと音を立て始めている気がした。そして能美はオレの正面に来て歩みを止めると、喉の奥を鳴らすような不快な笑いを上げ始めた。
「クククククク! いやー、まさかあんなのを信じるなんてサ! ほんとにもう、これだからああいう馬鹿は見ていて飽きないヨ。しかもあんな自発性のない、愚かな娘まで産んじまうんだから、DNAってのは怖いネェ、全くサ。でも、あまりに愚かすぎて、娘自体の母親に甘える記憶がなかなか消えなくてネェ。そこで君の出番なわけダヨ。蘇芳怜の母親に関する正の感情を消してもらいたいのサ。そうすれば、この《分離実験》は成功し、彼女は、いや彼女と彼は汎用型《複数色者》の初期ロットとしてこの学院の誇りとして生きていけるんダヨ。そして君も十分な報酬を受けるし、もちろん僕もネ。こんなうまい話乗らないわけないダロウ? ああいう愚かな馬鹿親子は食い物にしちまえばいいのサ。僕のような天才こそが報われるべきなんダヨ!」
パリンッという音を立てて《指》で触れた手枷が割れ、地面に落ちると同時にオレは立ち上がり、能美に飛び掛かった。
しかし、どこからともなくスーツを着た男たちが現れ、その行く手を塞いだ。
「テメェらは……暗部の奴らか……」
オレは制服の内ポケットをまさぐる。幸いなことにMINEは奪われてない。オレは漆黒のそれを取り出すと、装着した。するとそれを見た暗部の男たちもMINEを取り出した。
【MINE起動――完了】
【メンタルインターフェース接続――完了】
【パーソナリティー情報―—確認、カラーコードを#000000に設定】
【執行システムを起動。周囲に敵兵と思われるMINEユーザーを一三人確認】
MINEの音声ガイダンスが伝える。オレはローカルメモリーから《黎玄》を呼び出し、すぐさまファーストドライバ《空牙》を起動する。するとその一三人の「敵兵」もまた銃器や刀剣を生成し、身構えた。
「そこを……どけ……」
オレの掠れた、それでも確かに発した言葉を歯牙にもかけず、能美は振り返って部屋から出ようとする。
「待てよ、能美!! テメェとの話はまだ終わってねぇ!! オレはお前に協力もしない!! テメェを、この実験を、オレは絶対に挫いてやる!!」
「クククククククク! それならこちらにも用意があるのサ。まぁそこの筋肉馬鹿どもに組み伏せられた君にあとで会うのを楽しみにしているヨ」
「そこをどけって……言ってんだろ!」
オレは走りながら《空牙》の軌道線を視線で描くと《黎玄》を振るった。しかし、二、三人の敵は足止めできたが、大半はそれをかわし、オレの行く手を阻むように立ちはだかった。
敵の一人が巨大な両手剣を大きく振り下ろす。それを《黎玄》でなんとか受け止めるが、オレと相手では体格差であちらに分があるうえ、相手が覆いかぶさるような態勢も災いして、じわじわと剣が押し込まれていく。
「く……そ!」
オレは渾身の力を込めてその大剣を押し戻そうとするが、逆に押し戻されるだけだ。そして敵のもう一人が背後から現れ、オレの腹部にラリアットをかます。MINEのパワーアシストで強化されたその衝撃はすさまじく、三メートル後ろまで吹き飛んだ。さらに追い打ちをかけるように、立ち上がる暇もなく、銃器を持った敵たちがオレに銃口を向け、一斉に引き金を引く。
ダダダダダダダダダダダダダダダダダ!!
断末魔のように響く銃声。身体に次々と銃弾が命中し、視覚ディスプレイに表示された耐久限界残量はがくんがくんと減少していく。
銃声と火薬のにおいが立ち込めるなか、オレはなんとか軌道線を描き、銃口目掛けて《空牙》を飛ばす。刃が銃口を貫き、引き金を引いた者の銃が次々と大破する。さらに立て続けに《空牙》を放ち、反撃する。
しかし、またもや先ほど大剣を振るった男が前に現れ、オレの首元へと得物を奔らせる。オレは《黎玄》で受け止めるが、これでは《空牙》を操ることができない。再び銃器を生成し直した敵達が銃口をオレに定める。
「オレは、テメェらに構ってる場合じゃねぇんだ! 蘇芳の記憶を、蘇芳の母親の気持ちを、他人の記憶を、踏みにじったあの男とこの実験を、潰さなくちゃなんねぇんだ! オレの犯した刻の罪にかけて、こんな現状を否定しなくちゃなんねぇんだ! だから……だから、そこをどけぇぇぇぇぇ!!」
オレの激昂に応えるかのようにMINEの音声ガイダンスがこう言った
【融合型・進化型刀系装備《黎玄》の第二段階解放に必要なMINE駆動時間に到達しました。セカンドドライバ《刈海神》を起動します】
その瞬間、《黎玄》の周りに水が生成されたかと思うと、凄まじい轟音とともに水が高圧で射出され、大剣を断ち切った。オレは続けざまに、《黎玄》、いや《刈海神》で大剣を折られた男に斬りつける。そしてとどめとばかりに大きく踏み込んで胸元に突くと、男は水圧に吹き飛ばされ、後ろの敵達のところへと飛ばされていった。
これは水圧であらゆるものを断ち切るウォータージェットを応用したものらしい。もともとは製品加工で使われていた技術だが、装備への転用が行われたのだろう。《刈海神》とは言うなれば「全てを刈るため海神より与えられた水の刃」ということであろうか。《黎玄》が纏っている水は生成されるといったん引力のようなものでそのまわりでキープされているようで、ある一定の量が蓄積されると再び刃の体をなす仕組みになっているらしい。
「かかこってこいよ、おっさんども! 時間がねぇから、まとめて相手してやるよ!」
オレは怒号とともに《刈海神》を構え、その十三の敵へと駆けだした。
どうもkonです。
今回から第三章、分離実験-Divinding Plan-のスタートとなります。
いきなりタイトル回収してしまいましたね(笑)
この話は割とバトルシーンが多くなると思いますので、テンポよく描けるように頑張りたいとおもいます。
では次回もお楽しみに!




