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第二章最終話です
ブクマ、コメント等よろしくお願いします
「……」
オレは緋瀬が教えてくれたあの秘密のテラスのイスに座って考え込んでいた。もう三〇分ほど前に放課のチャイムは鳴っているし、オレはどこの部活にも所属していないので、もう帰ってもいいのだが。
オレたちが蘇芳の家を訪ねた次の日の今日、蘇芳は学校に現れなかった。先週の四日間は学校に来ていたことや、オレと香子が御縞学院の暗部に接触したばかりということもあって、オレは一日中そのことが気になって仕方なかったのだ。
「ゆ、悠十くん、ま、まだ学校いたの?」
テラスのドアから緋瀬が現れる。腕には何冊もの分厚い参考書を抱えている。
「まぁな。緋瀬は勉強か?」
「う、うん……。ほ、ほら、わたしちょっと勉強方法が特殊だから……人がいる所で勉強したくないっていうか……」
緋瀬はそう言って照れ臭そうに笑うと、よいしょ、と言ってテーブルにその重たそうな本を載っけると、イスに座って一番上の参考書を開いてペラペラとめくり始める。それは読んでいるというよりもただすごいスピードでめくられていくページを眺めているだけだった。彼女が瞬間記憶に類する能力を持っていることからすれば、予想できることとはいえ、実際にやっているところを見ると少し圧倒される。
記憶が砂時計の砂のように抜け落ちていくオレと、類まれな記憶力を持つ緋瀬。全く逆の立場と言えるオレと緋瀬がこうして出会い、テラスで二人っきりで話しているというのも皮肉というか、奇妙なものだった。
「ゆ、悠十くんは、何してたの?」
ふと顔をあげて緋瀬が尋ねる。鮮やかな赤い瞳が真っ直ぐにオレを見つめている。
「ちょっと考え事を……ね」
「そ、その、もしわたしでもよければそ、相談に乗りましょうか……?」
緋瀬をオレの周りで起きている危険に巻き込みたくはない。でも真摯にオレのことを考えてくれている緋瀬の瞳にオレは少し揺らいでしまった。
「うーん、じゃあさ。もし緋瀬の友達がなんか面倒なことに巻き込まれてそうで、でも本人はそのことを受け入れてたとして、緋瀬はその友達にどうしてあげたいと思う?」
オレがそう問うと緋瀬は参考書を閉じて、少し考えるように指を頬に当てて空中の一点を見つめた。そして言葉を丁寧に選び出したような口調で語り始めた。
「そ、その、具体的にどんな状況か分からないから、あたしの想像も入っちゃってると思うんだけど、それでもその友達は助けてほしいって、嫌なこと、辛いことから救い出して欲しいって思ってる……と思う。だ、だから、自分のできることを探す……かな……。それがその友達にとって無駄なことでも、それはわたしにとって必要なことだと思うから……」
そう言って緋瀬はオレの方に視線を戻すと、オレが緋瀬をまじまじと見ていたのが恥ずかしかったのか、それとも自分の考えていることを言葉にしたのが恥ずかしかったのか、あるいはその両方なのか、少し顔を赤らめてうつむいてまた参考書をめくり始める。
「ま、まぁ、わたしにできることなんて何かを丸覚えすることぐらいなんだけどね……」
オレは「自分にできること」という言葉を口の中で転がしてから立ち上がった。
「ありがとう、緋瀬」
「え、えっと、そんなに大したアドバイスはできてないけど……」
オレは緋瀬の頭にポンと手を乗せた。
「いや、十分だよ。ありがとう」
そっと手を離し、オレはドアの外へ駆け出す。
外に出るともう日が傾き始めていた。夕日が名残惜しそうに眩しく《学区》の街並みを染めていく。
それでもオレは足を止めない。正しいことをするんじゃない。オレは自分がすべきだと思ったことをすればいいんだ。
* * * * *
腕時計が六時を指したころ、オレはいつもバスの中から眺めていた高層ビルの前に立っていた。その名を体現するような縞模様のエンブレムが空中に投影されて回っている。
「次の授業何?」
「私は立川先生のアルケミスト入門。あの先生授業中答えさせるからめんどくさいのよねー」
「アル入かー。私もアル入取ろうかなー。正直学園入ってからはエクスキューショナーの視覚取るのに手一杯らしいし、三資格持ちとは言わなくても二資格持ちぐらいにはなりたいかも」
「意外にちゃんと考えてて驚いたわー」
「ちょっとそれどういう意味よ!」
二人組の女子生徒が談笑しながら自動ドアを入っていく。こう見ると特に問題のないMER向けの塾のように思えた。オレがたった一人でここに来たからと言って何かつかめるとも思っていないし、それで蘇芳がオレに感謝するとも思っていない。それでもオレはここに来るべきだと思ったのだ。蘇芳が通う、そして昨日その暗部と接触したこの御縞学院に。
オレは意を決して自動ドアからその高層ビルに入る。塾生用受付と一般生・保護者用の受付に分かれているようだ。塾生用受付では塾生証の提示が求められるので一般生・保護者用への受付へと歩いていく。
「こんにちわ! 何かご用でしょうか?」
受付の女性が愛想よく笑って言った。
「こちらの入塾を検討しているのですが、塾の中を見学させていただくことはできますか?」
「はい! もちろん可能ですよ。只今担当の者をお呼びしますので、お名前をお伺いしてもよろしいですか?」
「緒多悠十です」
「オダユウト様ですね? かしこまりました。おかけになってお待ちください」
オレが名前を言った瞬間、ロビーにいた何人かがオレの方へ視線を向けた気配がした。受付の女性が奥のオフィスに入っていった後、オレはあたりを見渡す。だがそこにいた人々はオレなど気にも留めず、ただ忙しなく動いていた。
「気のせい、だったか……」
そう呟いておとなしく受付の女性が戻ってくるのを待っていると、始業を知らせるチャイムが鳴った。手元の腕時計は六時一〇分を指している。
受付の女性が奥に行ってからもう三分は経っている。オレはすることもなく、もう一度あたりを見渡した。しかし、驚いたことにそこには誰もいなかった。
オレは立ち上がってさらに見まわしたが、やはり誰もいない。生徒も、講師も、保護者も、清掃員すらいない。
「いくら授業始まったっていったってこんな……」
そのとき、首筋に衝撃が走る。
「うっ!!」
呻き声をあげたオレは訳も分からず地面に打ち付けられた。力づくというより、何か特殊な「技」のようなもので、倒されたのだ。遠のいていく意識のなか、腕を固められ、うつ伏せでひんやり冷たい地面に取り押さえられるのだけが分かる。そして数秒後、オレの意識は完全にブラックアウトした。
* * * * *
気が付くとオレは何やら広い空間に座っていた。手首には枷がはめられていた。
「お目覚めカイ? 緒多くん」
顔をあげると白衣を着たロン毛の男が立っていた。
「あんたは……」
「ああ、自己紹介が先のほうがよかったカナ? 僕は能美秀星という者でネ。この御縞学院の研究課長をやっているんダヨ」
語尾にアクセントがあるその独特の話し方は、その長い髪を見せびらかすように何回も掻き上げる仕草と相まって嫌悪感を覚えさせた。
「……その研究課長様が一体全体オレに何の用だってんだよ?」
「何か怒っているのカイ? 少々手荒な真似をしたことカイ? それはうちの暗部に文句を言ってくれたまえヨ。僕たちはただ君と話がしたイ、と言っただけなのに暗部の奴らの低能ぶりときたら、気絶させてつれてくるんだからサ。こっちとしてもいい迷惑ダヨ」
「そうかよ。で、オレと何を話したいって?」
「君に研究の協力をお願いしたいんダヨ。君のその記憶操作をサ」
「……あんた、オレのことについて何を知ってるんだよ?」
「他人の記憶を操作できるんじゃないのカイ? 僕の知り合いからそういう風に聞いているヨ?」
どうもこいつはオレのクロノスの時を司る能力の本質は理解していないらしい。だとすれば、オレの記憶が消え、それと同時に緋瀬を除くオレの周りの人間や、全てのの記憶・記録からオレが抹消されたという事実のことを言っているのだろうか。だがそんなことを認識できる人間がこの世にいるだろうか。「自分の記憶が消されたという記憶」を持つ人間? どう考えてもおかしい。だがなんにしてもこいつがオレの能力の本質を理解していないなら、オレの方が有利とも言える。
右手の指にクロノスの力が灯るのを感じながら、能美の話に合わせ始めた。
「へぇ。それで、何を協力して欲しいんだよ?」
「ある生徒の記憶の一部を消して欲しいんだヨ」
「何のために?」
「まぁ、実験に協力してもらうためにはこいらも情報を与えないとイーブンじゃないヨネ。うちはMINEに複数のパーソナリティー情報を保持するMER、《複数色者》ともいうらしいけどネ、その汎用化を目的に研究をしているわけサ。それで僕たちの仮説として、もし一人の人物に複数の、それも全く違う人格を出現させることができれば、一人の人物から複数のパーソナリティー情報を引き出せるんじゃないカ、という説を打ち立てたのサ」
こつこつという音を立てて革靴を履いた能美はオレの周りを歩き始めた。
「そして僕たちは実験を始めた。パーソナリティーの分離、《ディバイング・プラン》をネ。そして被験者にはうちの生徒を使うことにしたんダヨ。被験者の名前は……」
そしてオレの背後で能美は止まり、その被験者の名前を告げた。
「蘇芳 怜」
どうもkonです。
久しぶりの更新となってしまいましてすいませんでした。
大学も夏休みに入り時間もできたのでこれからどんどん更新しようと思っています。
今回で第二章は終了となり、次回からは第三章へ突入となります。
悠十は怜を救うことができるのか、次回以降もお楽しみに!




