(9)
続きです。
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ではどうぞ!
「ゆうくんだいじょうぶ〜?」
香子が服を直しながらオレに問いかけた。オレは指先から力が無くなっていくを感じながら壁に寄りかかった。ひどい疲労感と記憶が消えた時に感じる虚無感のようなものがどっぷりと体を包んだ。《指》と《目》の能力を同時に使ったことがその原因なのだろうか。
「とりあえず大分体がだるいし、緋瀬も心配だし、オレは下に降ります。香子さんはどうしますか?」
オレは壁にもたれかかったまま答える。
「あたしはもうちょっと様子を見るよ〜」
「そうですか……」
オレは香子と蘇芳が二人きりになってまずいことになるような嫌な予感は拭いきれなかったが、先ほどのやりとりで自分が足手まといにしかならないことを痛いほど感じ、そして香子はあくまで内なる保護者として調査をしようとしているだけということも分かった為に何も言い返さないことにした。
しかし、銃声や怒号が飛んだというのに誰一人廊下に出てこないというのも不自然だ。蘇芳までもオレたちが廊下にいることに気づかないなどということはあるだろうか。
「ところで、さっきあれほど色々騒いだ割に誰も気にしないんですね」
「ここのアパートはね〜外音が内側に全然聞こえないくらいやけに防音がしっかりしてるんだよね〜。逆に内音は簡単に盗聴できちゃうけどね〜。やっぱり御縞学院の経営宿舎だからかな〜」
つまり先ほどのように暗部が廊下で何かしても入居しているものには聞こえず、暗部が入居者の監視をしやすい様になっている。暗部は同時にオレたちのような外部の人間がアパートに近づけば監視あるいは攻撃する、ということになる。、
そして御縞学院にはオレの情報が伝わっているらしい。記憶操作という言葉はオレが時間に関する能力を持つということを示しているのだろうか? もしそうだとしたら、誰が、どうやってそれを知ったのだろう。
オレはクロノスのことを他人に話したことがない。それは自分の能力を使いたくなかったからだ。ただでさえ大部分の思い出を失い、かつ能力を使うことでさらに思い出がすり減っていくのが怖かったというのはもちろんある。だがそれだけではない。この能力は誰にも悪用されるわけにはいかないと思ったのだ。別に正義感を振りかざすつもりはない。だが、この能力が、クロノスという存在が、何かの悪意に染まったときもう取り返しがつかないかもしれないと思ったのだ。
それなのに、この能力のことが他人に知られている? オレは悪寒が走り、唇を軽く噛んだ。
「ところで、ゆうくんさ~。さっきのはどうやってやったの?」
「さっきの?」
「そうそう~。拳銃を真っ二つにしたり~、銃弾をかわしたり~。正直常人の業じゃないよね~?」
オレは息を飲んだ。そうだ、オレは怒りに任せてクロノスの力を使ってしまったのだ。香子が見ている前で。オレは自分の愚かさに臍をかみたくなった。
「あれは……その……」
視線が宙に彷徨う。香子の方が怖くて見れない。香子は今どんな気持ちでオレを見ているのだろうか。
「まぁいいや〜。誰だって言いたくないことの一つや二つあるよね〜」
香子はニコリと笑うと、今度はイヤホン式ではなく遠隔式の盗聴器を取り出すと、黒いシールのようなものをドアの端の目立たないところに貼り付けた。
「じゃああたしは屋上に行くから〜」
オレは追求を免れた安堵から何も言えずに香子が屋上に続く階段を登っていくのをただ見つめていた。
香子の姿が見えなくなったところでオレは我に帰り、踵を返してエレベーターに乗って一階のボタンを押した。
ほぼ音もなくエレベーターのドアが閉まり、そしてまた音もなくエレベーターは下降していく。
香子は、誰だって言いたくないことの一つや二つある、と言った。
では、彼女の言いたくないこと、とはなんなのだろうか。
ふとそう思ったときするするとドアが開いた。オレは駆け足にエレベーターから出るとロビーにぽつんと置いてあるベンチですやすやと眠っている緋瀬の元に近づいた。
目立った外傷もないし、寝息も安らかなものであった。オレは大きく息をついて緋瀬の隣に座る。
良かった。そう心から思った。あの時、香子を追って緋瀬を置いていったことで緋瀬が傷つけられるようなことがあれば、オレはオレを許すことができない。
無論、怪我がなかったとしてもオレは自分を責めなくてはならない。きっと寂しいと思っただろう。きっと心細いと思っただろう。きっと怖いと思っただろう。その状況を作ったオレが心配すること自体おこがましいのかもしれない。
オレは一度空を仰ぎ、次に緋瀬を見た。ロビーには一本しか電柱がない。そのたった一つの光はオレと緋瀬が座るベンチをちょうど浮かび上がらせるように照らしていた。
そんな白灯に照らされた緋瀬は息を呑むほど美しかった。
なんというかオレってなかなかに情けない奴だ。頬にかかった黒髪を指で直しながら自嘲的に笑った。
「ん……」
緋瀬が目を覚ます。オレはびっくりさせたくなくて少し緋瀬から離れたところに座り直す。
「大丈夫か? 緋瀬」
出せる限り穏やかな声を出して緋瀬に問いかける。
「ゆ、悠十くん……? わ、わ、わたし寝てた!? な、なんで!?」
緋瀬にも忘れることがあるのか、と言いそうになってやめる。おそらくあの男達は気づかれないほど鮮やかに緋瀬に睡眠剤を吸わせたのだろう。覚えている覚えてないの問題ではなく、認知させないレベルの技術で。
御縞学院の暗部組織。暗殺技術や格闘技を揃え、拳銃をも使用し、それに加えた凄まじい監視体制。思った以上に恐ろしいものを敵に回してしまっている気がするが、それに生身で対抗、圧倒できる香子はもっと末恐ろしい。
「オレと香子さんが蘇芳の部屋に忘れ物を取りに行っている間に疲れて居眠りしちゃったんだろ? 女の子はちゃんと気をつけないとダメだぞ? 風邪も引くかもしれないしな。香子さんはこの後用事があるって言って先帰っちゃったから、オレたちも帰ろうぜ」
気付いていないなら。知らないなら。緋瀬にはオレの身の回りのゴタゴタに巻き込みたくない。ない事を言うオレの舌はいつもよりよく回る。
「そ、そうなんだ。じゃあ……うん、そ、そのい、一緒にか、帰ろう?」
恥ずかしそうに言った緋瀬にオレは大げさにおどけてみせる。
「なーに当たり前のこと言ってんだよ? 中学生みたいだぞ?」
「ひ、ひどいよ! わ、わたしもう立派な高校生だもん!」
そう。これでいい。もうこれ以上緋瀬に何も負わせるものか。そう誓ってオレは緋瀬とともに帰路についた。
* * * * *
「こりゃまた難しいなぁ〜」
屋上で横になりながら独り言を吐いた。
蘇芳親子の会話が聞こえなくなるまで盗聴を続けていたら、時刻はもう日付が変わる頃になっていた。
四時間にも及ぶ盗聴の結果分かったことは蘇芳親子の関係の歪さだった。
怜の母親、雅、旧姓柑野は怜に対し妹・娘と呼びかける時と兄・息子と呼びかける時が混在していた。
そしてその使い分けにはある程度の規則性があった。前者で呼ぶ時には大抵怜を詰ったり、責めたりする内容の時であり、逆に後者で呼ぶ時には怜を褒めたり、労ったりする内容の時である。
それと同時に雅は御縞学院に対して信仰心とも呼べるような強い忠誠精神があるように思われた。会話の節々に御縞学院に対する恩義や献身を思わせる言葉が現れる。
そんな母親の元で怜は基本的に受け身な反応が多かった。何と責められようと相槌言葉で応え、何か質問されれば必要最低限のことだけを答える。
そこには何か後ろめたさのようなものが感じられた。母親に対して何か負い目があるのだろうか。
だがこればかりは香子が学年長であっても、生徒とその保護者の個人情報を閲覧する権利があっても、高度な戦闘技術を持っていても、知ることは叶わない。
――記憶操作。
悠十はそう言われていた。それは彼が記憶に関する何かしらの技術を持つということなのだろうか? 彼なら怜や雅に何が起きたのか分かるだろうか?
「悠十……あなたに何が起きてるのか分からないよ」
そう独り言を呟いた香子は静かに瞳を閉じた。
どうもkonです。
この小説には色々なヒロインが出てきますが、それぞれが生きたキャラクターにしたいなと思ってます。
次回は第二章の最終話となります。悠十たちは怜を助けられるのか、お見逃しなく!
では次回もお楽しみに!




