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Multi Element 〜刻(トキ)の代償〜  作者: kon
Another MEmory②
18/55

深夜のレモンシャーベット【β】

番外編の後半です。

「――――――っ!」

 耳をつんざくような悲鳴と共に、柊の身体の表面が緑色に発光する。いや、正確に言うならば、柊の身体を覆っているベールが発光しているのだ。ドロイドは馬乗りになっている柊を裏拳で打ち倒すと、逆に馬乗りになって首を締めた。紀伊は薙刀型装備《輝夜(カグヤ)》を生成すると、ドロイドの方へ走り出した。

「たぁぁぁぁぁ!」

 ドロイドは横薙ぎに振るった薙刀を軽々とかわし、柊から離れる。紀伊は自分よりも背の高い柊を担ぐと、ロッカーの影に隠れる。

「柊さん! 柊さん!」

 紀伊はドロイドに検知されない程度の小さな声で叫んだ。柊は答えない。呼吸はあるが、汗でびっしょりになっている。紀伊は自分の記憶を最大限に呼び起こしながら、柊の症状に適合する原因を考えた。すると紀伊はあることに気づいた。


 柊のMINEがあの美しい常盤色を失っていたのだ。


「《色彩殺し(アクロマート)》……」

 紀伊は目を見開いて言った。そして教科書に書かれていた《色彩殺し》の説明を思い出す。

『《色彩殺し》はパーソナライズを終えたMINEに登録されたパーソナリティー情報を破壊するシステムであり、ワシントン執行協定にて使用が禁止されている。使用する方法としてはMINEにインストールしておく方法とME装備のオプション設定として付加する方法とがある。《色彩殺し》を受けたMERは脳にダメージを受ける為、身体に一時的な異常が現れるとともに、パーソナリティー情報にも欠損が生じるため、一度破壊されたMINE及び新しいMINEにおけるリパーソナライズは困難とされている。仮に成功しても元の性能を取り戻すことは不可能とされている』

 誰がそんなものを。ドロイドにはMINEを装備することはできない。そうなるとドロイドが装備しているサーベル、盾、鎧のうちどれかがMERが生成したME装備で、それに《色彩殺し》がオプション付加されているということになる。そしてそこにあるのは明確な悪意。紀伊は奥歯を噛み締め、《輝夜》を見つめた。そんな悪意に満ちた行為を犯した人間への怒りとともに、自分自身にも怒りがあふれる。

 もし《色彩殺し》を受けたのが自分であれば。柊は優秀な戦闘員として活躍することができたはずだ。ワシントン執行協定に定義される絶対安全武力戦争が少しずつ定着し始めるこの世界で、今後彼女のような人材が重要視されていくことは、想像に難くない。

 座学ができたからといって何が出来ると言うのだ。力がなければ、何も救えない。多くを知っていようと、実践することが出来ないのなら知らないのと一緒だ。

「紀伊……ちゃん……」

 柊が荒い息をしながら話し出す。

「柊さん……ごめ……ごめんなさい……」

「何を謝ることがあるん?」

「私が柊さん一人に頼らなければ、こんなことには……」

「まだ、終わってへんよ」

「だって、私じゃドロイドを倒せない!」

「そんなら一緒に戦えばええんや」

「何を……?」

「ドロイドはMERの戦闘思考をデータ化して戦っとるんやったやろ? そんならうちらも同じようにすればええんや。うちはこないになってもうてもう動けん。せやから、うちの戦闘思考をチップに落として、紀伊ちゃんのMINEで読み取ればええ。それやったら紀伊ちゃんの得意分野やろ?」

「それはできるかもしれないけど、でも失敗したら柊さんの脳にどんな影響があるかも……」

「弱気になりなさんな。紀伊ちゃんならできひんことあらへん」

 柊が微笑む。紀伊はぽんと背中を押された気がした。そして小さくうなずくと、MINEの仮想コンソールを呼び出し、片方のMINEをもう機能していない鉛色のMINEの代わりに柊の耳に装着させた。

 前例についての資料は読んだことはある。しかし、絶対安全武力戦争における戦闘思考の人間への直接移入はクローン的技術につながる危険性から禁止されていた。この場合絶対安全武力戦争ではないからワシントン執行協定に引っかかることはないが、それを実践したことはない。ぞくぞくという緊張感が背中を走り、コンソールを操作する指は震える。ドロイドがこちらに近づいてきている気配もする。それでも紀伊は必死に脳と指を動かし続けた。

 ドロイドがこちらと接触するまであと五メートル、四メートル、三メートル、二メートル、一メートル―—。


「はぁぁぁぁぁぁぁ!」


 紀伊が覇気とともに《輝夜》でドロイドを打ち払う。不意を突かれたドロイドは盾で防ぐ間もなく、ロッカーに叩きつけられる。距離を保ったまま再び攻撃の構えを取った紀伊の右手には《輝夜》、そして左手には《鋼紅葉》。まさに、一人で二人を体現したような姿の紀伊には、どのように戦えばいいのか、どのタイミングで踏み込めばいいのか、どのように槍を扱えば効果的なのか、相手がどう動くのかを予測するためにはどうすればいいのか、という柊の高度な戦闘思考の全てが理解できた。

 ロッカーから食い込んだ身体を何とか戻したドロイドはサーベルと盾を構えて突っ込んでくる。それをリーチの長い《輝夜》で牽制し、距離を一定に保つ。

 さっきの柊は《鋼紅葉》で攻撃したときではなく、馬乗りになったとき、すなわち身体が直接ドロイドに触れた時に《色彩殺し》が発動していた。すなわち装備で攻撃している間は《色彩殺し》を回避できるということだ。だが槍一本ではさっきのような不意打ちでない限り突破性に欠ける。

 それならば方法は一つ。《輝夜》で「道」を作り、そこで《鋼紅葉》を投げ込んで止めを刺すしかない。紀伊は《輝夜》で次々と突きを繰り出し、ドロイドに止むことなく攻撃を仕掛ける。それをサーベルと盾で何とかかわしていたドロイドだったが、壁に追いやられたところで、身動きが取れなくなる。

 上段の構えから力強く振り下ろされた《輝夜》によって盾を握っている方のドロイドの腕が斬りおとされる。コンクリートと金属がぶつかるけたたましい音を立てながら盾が転がる。

(今なら―—!)

 紀伊が《鋼紅葉》が投擲しようと左手を振りあげた時、盾がMEが生成される時特有の発行反応を示した。そして盾が巨大な剣山のような形に生成し直されていく。

(形質変化!? もう投擲のモーションに入ってるのに、ここからかわすなんて無理!)

 その針が紀伊の身体へと伸びていくのがスローモーションのように映る。目を閉じてしまいそうになった瞬間、身体がふわりと浮かんだ。

 紀伊自身信じられないことに、脚が地面を蹴って、大きく跳躍したのだ。それはまぎれもなく抜群の格闘センスを持つ柊の動きだった。

 そしてドロイドのすぐそばに着地した紀伊は《鋼紅葉》の刃をドロイドの体に食い込ませる。金属が金属を貫くガガガッという音が静かな更衣室に響いたかと思うと、派手な音を立てて活動を停止したドロイドが倒れた。

 紀伊はMINEをシャットダウンして柊の方へとフラフラと歩いていった。

「柊さん……大丈夫?」

 柊の傍に跪いて紀伊は静かに言った。

「平気や。紀伊ちゃんもよう頑張ったどすなぁ」

 柊は片目だけ開けて答えた。すると紀伊は大きく首を横に振った。

「これは私の実力じゃなくて……だから……」

 ポロポロと涙が溢れる。柊は微笑むと両手で紀伊の顔を優しく挟んだ。

「ほんなら交換条件や。うちが紀伊ちゃんに執行演習の指導するさかい、紀伊ちゃんはうちにつきっきりで勉強教えてや。そんなら問題のうなるやろ?」

「でも柊さんはもうMINEを使えないかもしれないんだよ?」

「《色彩殺し》、やろ? うちも授業中先生が言ってはったのちょっと覚えとるどす。リパーソナライズは困難で、元どおりにはならんって言ってはったのも覚えとる。せやけどうちはやるえ。別にうちは戦闘員になりたい訳やないし。うちな、ほんまは学校の先生になりたいんや。せやけど、うち勉強できひんから諦めかけてたんや。こないことになって覚悟できたさかい、最低限だけMINEが使えるようになって、あとは勉強頑張る。今までの成績で演習試験はクリアできるしね」

 紀伊は柊のいつもの飄々としていい加減な性格とは裏腹に隠されていた思いに触れて、混乱するとともに、少し嬉しくもあった。

「私も、教師志望なの」

 静かに紀伊も語り出す。

「だから、柊さんと一緒に私も頑張る。リパーソナライズも手伝う」

「えへへ、ありがとな」

 二人が少しずつ笑顔に変わっていくなか、更衣室の照明が復帰し、まるで世界が光を取り戻していくような光景であった。


* * * * *


「せやけど、あれやねぇ、あの暴走事件の犯人ってまだ捕まってないんやなぁ」

「……あぁ」

 紀伊と柊は酒の入った缶を傾けながら話している。

「せやけどせやけどぉ、勉強教えるにつれて紀伊ちゃんだんだんおっかなくなったよねぇ」

「お前があまりにも覚えが悪いからだ」

 紀伊が澄ました顔で言うと、柊はニコリと笑い、紀伊を引き寄せ抱き締めた。

「ほんま、ありがとな」

 素直になれない紀伊は何も言わずに缶の中にある液体をちびちびと飲み続ける。きっと言わなくても伝わるから。言葉にすれば薄っぺらくなってしまいそうだから。紀伊は黙したまま、「同僚」であり、「級友」であり、「親友」であり、「ライバル」である柊との時間を鬱陶しそうにしながらも心地よく思うのであった。


「そういえば紀伊ちゃん、胸の方大きくなったんどす?」

 たわわな胸を紀伊の顔に押し付けながら柊は思い出したように言った。

「う、うるさいうるさいうるさい! デカ乳は黙っていろ!」

 紀伊は思い切り叫んで柊から離れ、ぶすくれた顔をすると、ビニール袋から柊が持ってきたレモンシャーベットを取り出して、蓋を開けた。

「あぁ、紀伊ちゃん、一人で先に食べるのは反則や!」

「うるさい! これは私への差し入れだろう! 私が食べて何が悪い!」

 そう言って口に運ばれたレモンシャーベットはシャリシャリという涼やかな音と甘酸っぱい香りで部屋を満たした。

 深夜のとある部屋のレモンシャーベットは変わらず爽やかな風味だった。

どうもkonです。

今回は前回の続きということで悠十たちの担任教師である篠原紀伊とそのクラスメートだった柊莉央の物語でした。いかがだったでしょうか?

この番外編で一番大変だったのは柊の京言葉ですね(-"-;)

自分は共通語しか話せませんし知り合いにも京言葉を使う人はいないので、ネットで言い回しを調べながら……という感じで書いていました。間違っていたらごめんなさい。(怒らずに)指摘していただけると助かります。

次回からは再び本編に戻りまして悠十を中心に緋瀬、蘇芳、香子の物語を進めていこうと思います。

それでは次回もお楽しみに!

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