(4)
続きです。
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「悠十……どうしてこうなっちゃったの? どうしてよ!」
その少女は言った。顔はよく見えないが確かにオレを詰る言葉だった。
オレが犯した罪とは何だ。体から冷たい汗が吹き出す。まるで体内に罪という生き物がいて、全身を蠢いているかのような不快感が襲う。そして視界にヒビが入る。それはまるでガラスのようだった。そのヒビはやがて全てに広がり、そして視界が、世界が砕け散った。
* * * * *
目覚めるとオレは病院のベッドで横たわっていた。別に体を起こして見渡さずとも、ここが病院であることぐらい分かる。なぜならこの病院はオレの記憶の半分ほどを占めているのだから。
「やっと目覚めたのかい?」
この声も顔を見ずとも分かる。この男は必ずと言っていいほど五尾に「かい?」と付けるのだ。そしてオレはこの男が正直苦手だった。
「どうも。蓼科先生」
「おおっと? 今日もまた無愛想なのかい? 気分がよくないのかい?」
オレは仕方なく上体を起こしてオレの主治医である蓼科新介を見た。髪はボサボサとあちらこちら好き勝手なな方向へ向いているし、無精髭も伸びっぱなし、着ている白衣もダルダルだし、ネクタイもゆるゆるで、医師というより科学者と形容した方が近い。実際昔は科学者として研究をしていたと自慢気に話していたし、本質的にも科学者と言っていいのかもしれない。
「別に大丈夫ですよ……体は大分痛みますけど」
「そうかい? まぁ肋骨が何本か折れていたし、まだ痛むのも仕方ないんじゃないかい? うちはMERの医者じゃないから、仮接合ができないからね。他の病院を紹介するかい?」
「いや、結構です。オレみたいな異分子を受け入れるような病院はあまりないでしょう?」
「まぁそんなに卑屈になることはないんじゃないかい? 学園の入学手続きはうちでなんとかしてあげたし、他の病院もなんとかできるんじゃないかい?」
この人は正直掴みどころがない。なんだって一介の医者が市民IDのないオレの入学手続きを取り次ぐことができるのか。感謝はしているとはいえやはり不信感はあった。たまたま名字が一緒だったヒサの家を受け入れ先として紹介してきたのもこの男だった。一体どういうパイプで探してきたんだろうか。こういう正体の掴めないところが苦手と感じる理由かもしれない。
「まぁ別に悠十くんがいいならいいんじゃないかい? あ、そうそう、君に面会の申し込みがあって、待ってもらってるんだけど、その様子なら大丈夫そうだね。呼んでもいいかい?」
「面会、ですか? オレは別にいいですけど……」
「そうかい? それにしても君、意外とモテたりするのかい? なかなか可愛い女の子だったそうじゃないかい?」
「いや、別にそんなことは……」
「じゃあ僕は失礼していいかい? 何かあればナースコールで呼んでね。わかったかい?」
「わ、分かりました」
ドアの向こうで蓼科が誰かと話す声が聞こえる。面会に来るとしたらヒサか緋瀬のどちらかだが、女の子だと言っていたし、緋瀬だろうか。篠原先生が担任として来る可能性もある。
そして「病院内ではお静かに」という張り紙が貼ってあるドアがその思いとは裏腹に勢いよく開いた。
「ご機嫌麗しゅう〜。 お見舞いに来ましたよ〜?」
現れたのはヒサではなく、緋瀬でもなく、ましてや篠原先生でもない。
栗色の前下がりボブが印象的な少女だった。学園指定のブレザーを着ているし、その下に着ている鮮やかな青いカーディガンにも学園の校章があしらわれていることから、彼女も学園の生徒なのであろうが、講義を受けている時にも見なかった顔だ。
「えっと君は……」
オレは腑抜けた声で問うた。するとその少女は哀れんでいるような、悲しいような顔を一瞬浮かべたかと思うと、その顔を引っ込めて、代わりにニッコリと笑って近づいてきた。
「どうも初めまして〜。一〇クラス、D5班の葵香子です〜。よろしく〜、緒多くん」
「よ、よろしく……」
「でも災難だったね〜、入学初日から病院送りなんて〜」
「まぁそれはそうなんだけど、なんで葵さんがわざわざ見舞いに?」
「な〜に〜? あたしじゃ不満〜?」
「別にそういう訳じゃないんだけど」
「まぁ同じチームなんだし、仲良くしたほうがいいでしょ〜? それに〜」
とうっ、と小さく呟きながら葵はオレのベッドに飛び乗り、もう鼻と鼻が触れ合うのではないかと思うほどまで体を乗り出した。
「あたし、君に『個人的な興味』があるんだよね〜。あたしのことは香子って下の名前で呼んでくれていいから〜。」
さらにぐいと顔を寄せてきた葵、もとい香子の吐息がオレの唇にかかる。もう唇が触れてしまいそうだ。
「『個人的な興味』って……何ですか香子さん?」
「ん〜? 知りたい〜? そんなに固くなっちゃって〜、緊張することないのに〜。香子さんが優しく教えてあげるよ〜?」
やけに誘惑的なセリフに思考が上手く回らなくなる。なんだってこの少女はこんなに積極的なんだ? 初めましてってことは初対面のようだが、初対面にしては距離が近すぎる。
「ちょ、ちょっと近くないかな……」
「え〜。嫌〜? なんならこのままちゅーしてもいいんだよ〜?」
オレは邪険に振り払うわけにもいかず、動けずに香子の唇がゆっくりと近づいてくるのをただ眺めることしかできない。思考が完全に停止しそうになったその時。
「ちょ、ちょっと、香子さん、何してるんですか!?」
病室に響いた声にオレは思考を引き戻されて、なんとか香子から顔を背けて声のした方を見る。
「あ、緋瀬、いいところに……」
緋瀬は制服姿で手には差し入れに持ってきたのであろう果物が入ったバスケットを持っていた。だがその顔は恥ずかしさからなのか、怒りからなのか、バスケットの中のりんごにも勝るとも劣らないほどに赤くなっていた。
「あ、緋瀬違うんだこれは、別に何かやましいことがある訳ではなくてだな」
「え〜、これからやましいことするんじゃないの〜?」
「ちょ、香子さん、話を複雑にしないでくれた方が嬉しいんだけど?」
「……ゆ、悠十くん、『香子さん』って、下の名前……」
「いや、緋瀬、勘違いするな、ただ香子さんにそう呼んでって言われただけで。てかさっき緋瀬も『香子さん』って」
「わ、私はいいの!」
「なんでオレはダメなんだよ!?」
「と、とにかく香子さんは悠十くんから離れてください!」
「え〜ミィちゃんのけちんぼ〜」
「み、ミィちゃん!?」
「未来ちゃんだからミィちゃん〜」
香子はベッドから降りて緋瀬のもとまで駆け寄ると、緋瀬を抱きすくめた。
「ミィちゃんかわいいよね〜。目も綺麗な赤色だし〜」
「ふぇ? え、えっと、そ、そんあ、かかか、かわひいなんて……」
急にしどろもどろになってしまった緋瀬はへろへろと座り込んでしまった。
「あ、ミィちゃん、緒多くんにお茶買ってきてあげてくれない〜?」
「ふぁ、ふぁい……」
へなへなとしたまま病室出て行く緋瀬を見送ると、香子はオレにニヤリと笑いかけた。人をほだすのがやたらにうまい少女らしい。
「それじゃあ、本題に入ろうか〜」
「本題?」
「そうそう〜。蘇芳さんのことについてね〜」
オレはビクリとして香子を見た。
「蘇芳はあの後どうなったんだ? なんであんなことをしたんだ?」
「うんとね〜、蘇芳さんはMINEにあるウイルスソフトをインストールされてたみたいなんだよね〜」
「ウイルス?」
「まだ未解決の事件に関わるウイルスソフトなんだ〜。ウイルスソフトの名前は《道化騎士》。ユーザーの思考回路をMINEを通じてジャックするっていうトンデモな代物なんだけど〜、プログラム構成とか、作成者とか、流通ルートとかが全く解明されてないウイルスなんだよ〜」
「それで暴走状態にさせられたっていうこと?」
「まぁそんなところかな〜。今蘇芳さんはウイルスの影響がないか御縞学院系列の病院で検査してるってさ〜」
「……なんで君がそんなことを……?」
未解決事件の話や蘇芳の入院先。普通の学生が知っている情報とは思えない。
「う〜ん? なんでって言われてもな〜。強いて言うなら――」
* * * * *
ガタン
緋瀬は自販機からお茶を取り出す。
(さっきの本当に何もなかったんだよね……?)
香子が悠十の体を跨いでいる情景が蘇る。
(ただのおふざけ……だったのかな?)
先ほど抱きすくめられた感触が残っている。緋瀬は葵香子という少女に想いを馳せる。この学園ではある慣例がある。それは入学直前のMER適正テストにおいて最も適正率が高い、すなわち最もMERとしての素質があるとされる者には学園から青いカーディガンを送られ、そしてその学年の学年長となる、というものだ。
葵香子。つまり彼女が悠十や緋瀬たちの代の最優秀生なのだ。
* * * * *
「強いて言うならあたしがこの学年を仕切る学年長だからかな〜?」
オレはこのあまりにマイペースな少女の言葉に唖然とするしかなかったのだった。
どうもkonです。
今回は蓼科先生と香子について触れました。
《道化騎士》というワードも今後重要となりますのでご期待ください!
では次回もお楽しみに!