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第二章の一話目です。
読まれた方はコメントなどよろしくお願いします。
※誤操作でオリジナル文章が消えてしまいましたので、改めて執筆したものを投稿しました。
オレは息を大きく吸い込んで、空気を肺に溜め込んだまま蘇芳の方へ走りだした。蘇芳が剣を構えて静止する。
(来る……!)
オレは走りながら自分の周りへ精神を集中させる。空気中に存在する酸素は約二〇パーセント。それを燃やしただけでは爆発は起きない。しかしあの気体の混合させ、発火させれば大きなエネルギーが生じる。――それは全ての原子の中で最も軽い気体、水素だ。緋瀬が一般演習で爆発を起こしたのも水素爆発だった。オレの考えが正しければ、蘇芳はオレの近くに水素を生成し、オレが走り出したタイミングで酸素を生成すると共に静電気を誘発させて水素爆発を起こしていたのだ。そして爆発が生じた地点とは逆方向、すなわちオレが吹き飛ばされる方向に先回りして剣による攻撃を仕掛けるというのが蘇芳の攻撃パターンだとすると、オレが攻撃するチャンスがあるとすれば二点、一つは爆発によって吹き飛ばされる前に蘇芳の死角に入り込むこと。そして二つ目は――。
オレは全神経を空中に張り巡らせる。二つ目の方法を成功させるためには、この「早い者勝ち」に勝たなくてはならない。
蘇芳が横向きに移動し始める。つまりそれはオレの近くで爆発が起きる前兆ということになる。そしてオレがもう一歩踏み出した瞬間、オレと五メートル離れたあたりで爆発が起きた。
「!?」
狙った場所からずいぶん外れたことに動揺したのか、一瞬動きが止まる。
オレはその一瞬の静止という好機を逃すわけにはいかなかった。オレは走りながら斜め後ろあたりに精神を集中させる。
ボン!……ボン!
爆発音が二回、一拍おきにスタジアムの空気を震わせた。そして次の瞬間オレは蘇芳の背後に回っていた。
「覚悟しろよ蘇芳……さっきのお返しだ」
そう言ったオレは蘇芳が振り返る間も与えず、ほぼゼロ距離で振り上げたその無刃の刀を力の限り振り下ろした。
ガンッ
鈍い手応えが手に響く。蘇芳はすぐさまオレから距離を取った。
視覚ディスプレイに敵兵の耐久限界残量が九五パーセントと表示される。刃がないせいか、思い切り打ち下ろした割にはダメージを与えられていない。
「おいおい……本気で言ってんのかよ……」
オレはそのオブジェのような刀を恨めしげに眺めた。
「……どうやって……」
腑に落ちないといった声で蘇芳が言う。
「教えたら勝ち目なくなるから、また今度教えるよ」
オレは刀を構えて冗談めかして言い返した。と言ってもオレは大した事はしていない。
オレが攻撃することができるタイミングの第一として爆発の前に蘇芳に攻撃することを挙げたが、それは爆発がいつ、どこで起こるかを把握しなくてはならない。オレの場合、能力を使えば分かるかもしれないが、オレは極力あいつの力を使いたくない。それにそもそも爆発が起こるまでの短い時間のうちに蘇芳の背後に回り込むことができるかといったらその可能性は低い。第二の可能性、それは蘇芳の起こす爆発の位置、すなわち水素の生成位置をずらすことによる爆発影響の回避だ。空間内に存在するMEは決して無尽蔵ではない。つまりオレが周りのMEすべてを先に不燃性の物質、例えば窒素に生成することができれば、蘇芳が生成する水素はオレから離れた位置に生成される。これは篠原先生が講義で言っていた「MEの競合」ということになる。この方法なら蘇芳が起こす爆発の位置に関しての問題はキャンセルされる。それにオレが蘇芳の背後まで辿り着くまでに得られる時間も伸びる。そしてもう一つのファクターとして重要なのは「加速」と「変則性」だ。ただ爆発を退けただけでは、蘇芳の対応力を推測すれば攻撃を防がれてしまうだろう。そのために必要なのが「加速」なのだ。そして変則性。センサーアシストさえあれば直線的に進む銃弾をを剣で弾くことだってできる。ただ、それは「直線的」であるからだ。卓球のラリーにおいて選手は高速に動く球を視覚的に捉えて打ち返しているわけではない。球の軌道を予測しているのだ。逆に言えば「変則的」に動くことができればセンサーアシストをかいくぐって蘇芳を攻撃できる位置にまで動くことができる可能性が高い。「加速」と「変則性」の二つを両立できる可能性を持つのは、他でもない蘇芳が利用していた「水素爆発」なのだ。つまり蘇芳の起こした水素爆発を窒素の生成で退けたあと、窒素を一度MEに還元してから水素を生成し、その爆発によって一度目は蘇芳のななめ前あたりまで加速したところでもう一度爆発を起こし、蘇芳の背後まで回り込んだわけだ。
だが戦況は不利なままだ。オレが握っている無刃の刀ではほとんどダメージを与えられていない。さっきの方法がいつまで通用するかなんてたかが知れているし、水素爆発で加速するときにオレの耐久限界残量も減少する。これではジリ貧だ。オレの残量は三〇パーセント、一方相手の残量は九〇パーセントあまりある。
そのとき、視覚ディスプレイにポップアップメッセージが現れ、音声ガイダンスが作動した。
【融合型・進化型刀系装備《黎玄》の第一段階解放に必要なMINE駆動時間に到達しました。ファーストドライバ《空牙》を起動します】
すると視覚ディスプレイに《空牙》のガイド画面が表示された。オレは蘇芳を警戒しながらその説明文をざっと読んだ。
『《黎玄》ファーストドライバ《空牙》は入力された軌道線上を高速移動する刃状のドライバです。《黎玄》が接続されたMINEを利用しているユーザーの視覚ディスプレイに表示されたインターフェースで軌道線入力後、《黎玄》のスイングによって射出命令を入力します。その間本体の《黎玄》は敵兵からの攻撃を防ぐ防御装備及び敵兵を軌道上へ誘導する威嚇装備として利用します。また軌道線の入力を複数回行ったうえで射出命令を入力すれば複数の刃を出力できます】
「……はは……はははははははははは!」
オレはねじが外れたように笑い出した。
「……何がおかしい……?」
剣を身構えて警戒しながら蘇芳は訝しげな声で尋ねた。
「いや、たった今根本的な勘違いが判明したからさ」
《黎玄》は攻撃用の刀などではなく、「所有権」であり、「コントローラー」であり、「盾」であり、「補助装備」だったわけだ。そんなもので攻撃して十分なダメージを負わせられるわけがない。これを滑稽と言わずして何を滑稽と言うのか。
「今度こそ、反撃開始だ」
オレは蘇芳に向かって不敵な笑みをしてみせると《黎玄》を下段に構えて息を大きく吸って走り出した。周りの空中に窒素が満ちていくのをイメージしながら、視線で蘇芳の右肩口から入って抜けるライン、左大腿部付近から入って右脇腹に抜けるライン、背後から一直線に進むラインを描く。
蘇芳も灼熱の剣を構えて、オレの身体付近を凝視する。オレの左後ろ七メートル先、右方一〇メートル先で爆発が起きるが、オレはまっすぐ走り続け、水素爆発で加速すると一気に蘇芳の懐まで入り込んだ。蘇芳が横薙ぎに振るった剣を屈みながら避け、《黎玄》を振りあげる。それを仰け反りながら躱した蘇芳にオレはにやりと笑って見せた。
ヴン! という鋭く低いうなりをあげて高速に移動する銀色の三本の《空牙》がその名を体現するかのように空を切り裂き、牙のように蘇芳の身体を包むベールを削り取った。
「!?」
何が起こった、という顔をした蘇芳の隙を逃さずにオレはオレの背後三方向から蘇芳の顔をめがけて短い軌道線を素早く描くと、振りあげた《黎玄》を振り下ろした。三本の刃と、一振りの無刃の刀の連撃で蘇芳は一メートルほど後方まで飛ばされ、《黎玄》が捉えた右手からは灼熱の剣が手放され、地面を灼いた。視覚ディスプレイに蘇芳の耐久限界残量が三二パーセントにまで減少したことが表示される。《空牙》一本につき約一〇パーセントのダメージ。
(ここで押し切れれば行ける!)
オレは左右前後から蘇芳を襲う軌道線を描き、そしてとどめとばかりに《黎玄》を一振りした。
だがこのとき、オレは重大なミスをしていることに気づいていなかった。自分が周囲の窒素の生成を解いていることに。そして蘇芳がローカルメモリーに保存している装備が地面に転がっている剣一本とは限らないことに。そして自ら放った刃のうち一本が進む先には蘇芳だけでなく自分もいることに。
再びうなりをあげて《空牙》が飛んでいき始めた瞬間、蘇芳の足元で巨大な水素爆発が起き、オレは後ろに吹き飛んだが、何とか姿勢を保つ。一方の蘇芳は空中で優雅ともいえる旋回をしながらオレの前へ着地する。
《黎玄》で蘇芳の身体を横薙ぎに払おうと構えた瞬間、くいと蘇芳が傾けた顔の横から真っ直ぐに《空牙》が飛んできた。
「しまっ……」
オレはぎりぎりでそれを《黎玄》では防いだが、無防備になったところを蘇芳の回し蹴りで吹き飛ばされる。急いで立ち上がろうとした途端、オレがさっきそうしたように水素爆発で加速してきた蘇芳がオレを飛び越えて振り返りざまに、いつのまにか生成していたダガーをオレの首筋に当てた。こんな貧弱な武器でもオレの残りわずかな耐久限界残量を全損させるのには十分だ。
そして遅れた吹いた爆風が蘇芳の深々と被せられたフードを脱がした。
そこにあったのは、ボーイッシュな髪型をしているとはいえ、まぎれもなく正真正銘の女の子の顔だった。
「お前……おん―—」
オレの言葉を遮るようにダガーがオレの首筋を裂いた途端、オレの身体を中心に黒い箱が展開された。
その箱は間違いなく「リジェクトキューブ」であり、それが意味するのは紛うことなくオレの「敗北」だった。
どうもkonです。
今回は終始バトル回となりました。
次回は蘇芳くん(♂)改め蘇芳さん(♀)が大変なことに!
さらにD5班の最後の一人が登場!
という内容でお送りします。
そろそろ男女比が大変なことになってきてますが、そのうち男の子を出します。(希望)
それでは次回もお楽しみに!