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Multi Element 〜刻(トキ)の代償〜  作者: kon
1st MEmory 万能元素 —Multi Element—(B)
10/55

(9)

続きです。

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「あなたは本当に緒多悠十くんなの?」

 緋瀬はもう一度同じ言葉を繰り返した。オレは何を言い返せばいいのか分からない。舌が口の中に張り付いたかと思うほど言葉が出なかった。

 もう嘘をつき通すのは限界なのだ。そんなこと頭では分かってる。合理的に考えれば分かることだ。なのに心というやつが、駄々をこねる。自分が誰かとの繋がりに飢えているのだと、今更悟る。ずっと孤独を感じていた。オレに居場所を与えてくれたヒサには感謝をしている。確かにそれは本当のことだ。それでもヒサは記憶を失う前の「俺」を知らない。緋瀬は初めて「俺」を知っていると言ってくれた人なのだ。人間というのは、欲張りなもので、繋がりを際限なく求めてしまう。

「えっと、なんで急にそんなことを?」

 白々しいセリフが口をついた。自分でも吐き気がするような、そんな罪深い言葉が軽々しく自分の口から出たことに不快感だけが募る。

「悠十くんは……私の記憶力(それ)のことを分かってくれてるはずだから……」

 オレはそのことが分からない。当たり前だ。オレと緋瀬の間には何も無いのだから。もし仮にあったとしてそれは、「俺」と緋瀬のことなのだから。

「そ、それは……」

 出てくるはずもない言い訳を探してなんの重みもない言葉が口から漏れた。

「じゃあ、ゆ、悠十くん……あの《約束》、覚えてる……?」

 覚えていない。オレは何も覚えていない。何も。何も。何も。何も。何も。

「……」

 オレはただ俯いて黙するだけしかできなかった。ただ緋瀬の瞳に大粒の涙が溜まるのを身動き一つせずにただ見つめることしかできなかった。そのたった一人の女の子の涙を拭うことも出来ないオレはただただ自分が情けなかった。

「ご、ごめん、『緒多くん』。わ、私、先にスタジアム行くから……」

 緋瀬は残り一口のパンを食べて席を立った。大量の食べ物が入ったビニール袋をテーブルに残したまま。

 オレに緋瀬を止める権利なんてない。オレに緋瀬に何か声をかける資格なんてない。オレにできるのはテラスから出ていく緋瀬の背中がドアの向こうへと消えて行くのをただ眺めることだけだった。


* * * * *


 緋瀬とテラスで別れてから一五分後、オレはCスタジアムの男子更衣室にいた。正直これから執行演習を楽しくできるような心持ちでもなかったが、だからと言ってどうすることもできないオレは決められた通りに行動するしかなかったのだ。

 更衣室には先ほどの教室で見た少年達が数十人着替えている。オレは瑠璃色の学生証を取り出して、「衣服呼び出し」と書かれた端末にかざした。すると端末の下部が開き、中からスーツケースが出てくる。オレの名前が刻まれているネームプレート付きのそれをロッカーへと持って行って開いた。ケースの中には黒いブーツと深紫色の《執行服》が入っていた。篠原先生が講義中話していたには、「MERが戦闘行為を執行する際に着用が義務付けられ、着用者の身体を保護する服装」なんだそうだ。長袖長ズボンの執行服を纏い、丈夫な黒いブーツに履き替えると、アタッシュケースからMINEを取り出した。パーソナライズを終えてから、もともと銀色で工業的だったMINEは黒いデザインが付加され、銀色もより鋭い光を放つほど洗練されていた。パーソナライズでユーザーのパーソナリティー情報を基にしてデザインがリモデルされるらしい。最初は無骨で工業製品的なヴィジュアルだったMINEは今や一種の芸術品のようにも見えた。


「いやー。ついに執行演習かー、楽しみだなー」

「お前マジかよ? 戦闘員志望? 俺はごめんだなー」

「何言ってんのさ。戦いと言えば男もロマンだろ。ところで装備何にするか今から考えておいたほうがいいぜ。中学の時の先輩が言うには最初の演習で一ペア模擬演習するんだってよ」

「お前はもう考えてんの?」

「やっぱ銃器系だろ。リワード三六〇とかかっこよくね?」

「リワードって確か言語で色んな銃弾が装填できるってやつか? でも銃弾ってMINEのセンサーアシストで防げちゃうだろ?」

「まぁそりゃそうなんだけどさー」


 ロッカーの向こう側で二人の男子生徒が話しているのが聞こえて、余計に自分が情けなくなる。オレはやりきれない気持ちを抱えたままロッカーに荷物を押し込んだ。

 そういえば蘇芳はまだ来ていないんだろうか。さっきはろくに話せなかったし、これからチームとして関わっていく以上、仲良くするに越したことはないだろう。そう思ったのもまた自分の孤独感から逃れようとする心の本音の表れなのかもしれないが。

 そんなことを思いながらぼんやりと更衣室のベンチに座っているうちに大分時間が経ち、時計は授業開始七分前を指していた。オレは憂鬱な気分のままベンチから立ち上がるとCスタジアムへ向かった。


* * * * *


「全員集まったな。それでは執行演習に入る」

 ちょうど授業開始のチャイムがなるとともに篠原先生の一声で五〇〇人近くの生徒がCスタジアムの中央付近に整列した。全員が深紫色の執行服に身を包み、耳にはMINEを装着している。オレのMINEがカラーコードを反映して黒いデザインに変わったように、各々のMINEのデザインカラーはそれぞれ異なる。ビビッドピンクの奴もいれば、ペールトーンの水色のデザインの奴もいる。同じような色を持っている奴が複数いることだってあるし、誰とも被らない奴もいる。それは生徒達がそれぞれの様々な精神世界を持つということを意味する一方で、類型化のパターンには限界があるということでもある。二の二四乗すなわち一六七七七二一六パターンに人間の精神を類型化するということがどういう理屈で行われているのか分からないが、自分の中身を見られているようで少し怖いことのような気もした。

「本日の執行演習ではに絶対安全武力戦争におけるルール、すなわちワシントン執行協定における規定を学んでもらい、その後抽選で選出した二人に模擬演習として一対一の戦闘を行ってもらう」

 模擬演習という言葉に一瞬生徒たちがざわめくが、篠原先生が咳払いをすると共に静まった。

「いちいち騒ぐな。絶対安全武力戦争で今まで事故がないとはいえ、気を抜いて、規定遵守を怠れば怪我をする。世界初の事故犠牲者になりたくなかったら、静かに話を聞いて、緊張感を切らすな。分かったか?」

 生徒達の顔が引き締まり、静かになったのを確認した篠原先生は話を続けた。

「そもそも絶対安全武力戦争の根底となっているのは講義中に話したようにMINEに搭載されたベールとリジェクトキューブだ。MINEの執行システムが起動されるとともに不可視のベールがユーザーの体を保護する。これによりユーザーに与えられた物理的・熱的・化学的・光学的エネルギーは全てキャンセルされる。ベールはどんな銃弾も通さず、どんな鋭いナイフでも裂けない。ベールに包まれている間、安全と思ってもらっていい。しかしベールには耐久限界が存在する。ユーザーの代わりにベールへ与えられたダメージが一定以上蓄積されるとベールは消失し、代わりに展開されるのがリジェクトキューブだ。一・五メートル四方の立方体型のユーザー保護装置として考えてもらっていいが、そのユーザーは戦闘行為が行えなくなる。絶対安全武力戦争において、勝敗は全戦闘員の殲滅が条件となっている。この場合の殲滅はリジェクトキューブの展開による戦闘不能状態を示していることに注意してほしい。ベールとリジェクトキューブという二つの安全装置こそ絶対安全たる所以だ」

 篠原先生が手元の端末をいじると、空中に様々な武器が投影された。

「次に戦闘に使う装備についてたが、一般の装備に加え、MEによって生成された装備の使用が認められている。今では後者の利用がほとんどだな。装備の設計図はマーケットから呼び出すことが可能で、戦闘中に呼び出すか、あらかじめMINEのローカルメモリーに保存して置くことができるが、ローカルメモリーへの保存はキャパ制限がある。装備によって一から三までのコストが設定され、合計が六を超えない限り登録できる。ローカルメモリーから呼び出すことで戦闘中にマーケットに接続する手間が省けるので、頻繁に使用する装備は保存しておくことを勧める。装備の仕様についてたが、MINEにはセンサーアシストとパワーアシストの機能が備わっているので、根本的な使用には問題ないとはいえ、元の能力値が高ければもちろん高い効果を発揮できる。執行演習の成績を上げたいならアシストに頼らない技術を高めておくことだ。さて、以上で説明は終わるが、何か質問がある者はいるか?」

 誰も声をあげない。篠原先生は誰も質問する様子がないのを見て投影されていた装備の映像を閉じた。

「では、これより模擬演習を行う。抽選で選ばれた二人は全力で演習に取り組み、他の者達はスタジアムの観覧席で見学とする」

 篠原先生が再び端末を操作すると、大量の名前が空中に投影される。おそらくオレたちのクラスメートの名前だろう。赤と青の二つのカーソルがその名前たちを行ったり来たりする。そのスピードはどんどん遅くなっていき……。


――「緒多悠十」と「蘇芳怜」の上で止まったのだった。

どうもkonです。

今回は悠十と緋瀬の別離と執行演習の説明となりました。緋瀬の心理描写としては外伝を読んでいただけるといいかなと思います。

来週はついに1st MEmory 万能元素の最終話ということでバトル好きの方に楽しんでいただける内容になるよう頑張って書きたいと思います。

それでは次回もお楽しみに!

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