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世界の話

少々遅れました!

 佐助は憧れていた。自分が怪我をするとすかさず治療をしてくれる、純粋無垢な女の子に。サッカー部時代も何度か似たような経験をしたのだが、如何せんマネージャーの顔面がギガンテスなレベルだったのでいまいちグッと来なかった。


 だが今、佐助が置かれている状況はグッと来ないなんてレベルのものではない。怪我は瀕死の重症。その原因は虫の息の佐助を心配する謎の怪力少女であり、その少女が差し出しているのは絆創膏…ではなく、まさかの干し肉。


「もうイヤ………。」

「ちょ、まっ、えっ、し、死んじゃダメだって!えーと…とりあえず家に運ぼう…。」


 なんだか気乗りしない様子で呟く少女。その姿は先程まで身の毛もよだつような殺気を振り撒いていたとは思えないほど、どこにでもいる女の子だった。霞む視界で僅かに表情が見えただけだが、正直可愛い。決して軽くなく、全身から力が抜けている佐助を軽々と肩に担いだという事実は見なかったことにする。


「はぁ…。またお母さんに怒られちゃう…。」


 ボヤきながらトボトボと歩く少女に担がれた佐助は、緊張の糸も切れてしまったのか、いつの間にか意識を手放していた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 気がついた時、佐助がいたのは二階にある自室のベッドだった。時刻は6時半。遅刻しないためにはこの時間までには起きなければならない。目は覚めたが身体は気怠く、妙な姿勢で寝ていたのか、首や腰、脇腹には痛みが走る。何やら恐ろしい夢を見ていた気がするのだが、うまく思い出せない。それよりも早く起きないと、一階から「早く起きろ」という罵声が…


「人を殺しかけたぁ!?全くもう……。」


 聞こえてきたのは母の声とは別の、女性の声だった。同時に、目を覚ました佐助は先程までの何時もの日常が束の間の夢だったことを悟る。上半身は脱がされており、包帯でぐるぐる巻になっていることが何よりの証拠だろう。普段から目覚めの悪い佐助だが、この時ばかりはショックで眠気も痛みも吹き飛んでしまった。


「だ、だって知らない顔だし、逃げちゃ『言い訳は聞きません!!』ご、ごめんなさぃ…。」


 次いで聞こえてきたのは、先程の怪力少女の声だった。佐助を殺しかけたことを怒られているらしく、弁解しようにも遮られている。母は強し、とはよく言ったものだ、とボンヤリと考えながら、佐助は身体を起こした。しかし、途端に全身に走った激痛に顔を顰め、ベッドから転がり落ちてしまう。


「うぐっ!…痛ってぇ……。」

「大体前から何回も…あら?もう意識が戻ったのかしら…?」


 部屋の扉が開き、中に入ってきた女性は、恐らくあの怪力少女の母親だろう。高い鼻や大きな青い目から察するに、日本人ではないのだろう。だが太めの眉や垂れた目尻が、優しい雰囲気を放っており、不思議と心が丸くなるような可愛らしさをもつ女性だった。


「もう目覚めたの?ひどい怪我なんだから、まだ横になってなきゃダメよ?」

「はぁ…す、すいません…。」


 先程まで扉の隙間からチラチラ覗いてくる少女を叱っていたとは思えないほど優しい声だった。子どもに説教していたところで電話がかかってきて、咄嗟に声色を変える現象と似たようなものなのだろう。再びベッドで横になる佐助。自分と同じか、少し低いくらいのおっとりした女性に軽々とお姫様抱っこをされて、優しくベッドに寝かされた事を佐助は記憶から消した。消したったら消した。


「この度はうちの娘が、本っっっっっっ当にすみませんでした。取り返しのつかないような大怪我をさせてしまって……貴方もこっちに来て謝りなさい!!」


 本当に心から謝罪しているのだろう。ただでさえ垂れている眉尻を更に下げ、目には薄っすらと涙が溜まっている。怒鳴られてビクッと肩を震わせた少女(半身以上ドアからはみ出ており、バレバレだった)は、おずおずと部屋に入ってきた。


「ほ、本当に…ごめんなさい…。」

「えっと…まぁ、うん。焦ってたのか何なのか分かんないけど、やっちまったもんはしょうがないし。それより…。」


 少女やその母親が頭を下げた時、彼女らの首にも佐助と同じようなネックレスが下げられているのに佐助は気づいた。ただ、佐助のものと違って何か文字が彫ってあり、一枚しかついていない。


「そのネックレスって…何なんです?それ以前に今いるここって…」

「…?質問の意味が分から……あ!」


 一瞬困惑した表情を浮かべた母親だったが、何か思い出したかのように手をポンと叩いた。


「貴方……何者なの?無印のネックレス…それも二枚も持っているなんて…。」

「へ?いや俺は何も…。」


 慌てて佐助は、この異常な空間に来るまでの事を説明する。少女に襲われた時のことを話している時、少女はすごいハラハラしている様子だった。余計な事を言わないか心配だったのだろうか。恐らく母親には多少なりとも嘘をついていたのかもしれない。佐助は怪我の仕返しにと、全て話してやった。干し肉の事も。


「なるほど……分かるような、分からないような…。」

「嘘はついていません。本当に何もわかんないんです。」

「…何故だか、貴方が嘘をついているようには見えないの。()だとしたらその場でこの子と戦っていた筈……。」


 ふぅ、と溜め息をついて、今までの困惑したような表情を一転させ、ニコリと微笑んだ。


「とりあえずご飯にしましょ!お腹空いてるでしょうし、食べながら色々話すね?この子のお仕置きはその後でもいいから…。」

「ひぃっ!?」


 チラッと見られただけで身を竦める少女。やっぱり母は強いなぁと思いながら、佐助は礼を言った。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「お代わりもあるからね?それじゃあ自己紹介から…。私は『フィオ』。この子は『ティエ』よ。改めてよろしくね?」


 そうやって自己紹介しながら出されたメニューはシチュー(ぽいもの)だった。ルーを使って作るそれよりも何倍もまろやかだった。更にニンジン(ぽいもの)やジャガイモ(ぽいもの)、鶏肉ぽいものなどの具材も味が濃い。野菜本来の旨味とはこういうものなのか、と佐助は一人感心していた。


「すっげぇ美味い…。」

「あら、ありがとう。褒めたって何も出ないのよ?」


 ちなみに場所は佐助が寝ているベッドがある部屋だ。微笑ましい食事の光景だが、怪力少女ことティエは青い顔をしている。この後に起こるお仕置きはそこまで恐ろしいものなのだろう。


「さて…じゃあ食べながらでいいから聞いてね?とはいっても…どこから話しましょうか…。」


 暫くうーんと唸ると、フィオは再び口を開いた。


「取り敢えずこの『ネックレス』の事から話しましょうか。」


 佐助は食事をしつつも、話の方に意識を集中させた。口の中の濃厚な味は忘れ、耳に意識を集中する。


「まずこっちの面だけど…なんて彫ってあるか分かる?」


 佐助は顔を上げ、フィオの首に掛かっているネックレスを見る。


【Little Red Riding Hood】


 そう彫ってあった。なんの事かよく分からなかったが、数秒考え、単語からある程度察することはできた。


「赤ずきん…?」

「そう。この世界は『赤ずきんの世界』と言われているの。そして…」


 フィオはプレートを裏返す。そこに彫ってあった文字は


【Mother】


「母…。」

「この世界で言うところの『母親』ってわけ。そしてこの子が…」


 彼女はティエに目配せすると、ティエはどこか不満気にプレートを見せてきた。


【Little Red Riding Hood】


 両面ともこの文字群が彫ってある。彼女が『赤ずきん』の世界で言う主人公、『赤ずきん』なのだろう。


「そしてこのネックレス、付けていると『恩恵』を受けられるの。この子が襲ってきた時、剣を見なかった?」

「あぁ、そういえば…。」


 恐らくあの、2メートルはあろうかという巨大な大剣の事だろう。その時の事を思い出し、佐助の脇腹が微かに痛んだ。


「あれは恩恵の一つなの。それを振り回せる怪力や俊足がティエの受けている『恩恵』。」

「じ、じゃあ、フィオさんは…?」


 尋ねてみると彼女は微笑み、それはヒミツ、とはぐらかされてしまった。佐助を軽々と抱っこした時点で、一つだけは確定しているのだが。


「そしてここからが大事な話なの。佐助君、物語の主人公がいなくなったらどうなると思う?」

「どうなるって…生き返らないなら終わるとか…?」

「そう。ティエが死んでしまうとこの世界は終わってしまうの(・・・・・・・・)。そして、それを実行しようとしているのが…」

「狼、ですか?」

「ご名答っ。佐助君も見たみたいだけど、彼らは人じゃない(・・・・・)。何処かで造られている、言わば『人造人間』ってとこかしら。あそこまで人に似ているだけあって、捕まえても口を割らないし、製造元は未だにハッキリしてないのだけれど…」


 そう言ってフィオは、視線を窓の外に向けた。夜も更けて外は暗くなっており、見えるのは木々のシルエットだけだ。しかしフィオにはその先にあるものが分かっているらしく、険しい表情をしている。


「ここからは見えないのだけれど…この先にある塔が狼の本拠地だと私は思っているの。かつてティエと二人で一度は辿り着いたことはあるのだけれど、どうやっても扉は開かなかった。そうこうしてるうちに私も戦えなくなっちゃって…。今はティエが一人で塔の周囲の探索をしてるわ。」


 見るからに表情が沈んでいる。娘一人を戦わせることが辛いのだろう。そこへティエが声をかけた。


「お母さん…。私は死なないから、大丈夫。絶対に狼を根絶やしにしてやるから…。」

「ティエ…。」


 優しく声をかけられ、フィオの表情に明るさが戻った。ニコリと微笑むと、彼女は食器を持って立ち上がった。


「ごめんね?暗くしちゃって。続きはまた明日にでもしましょ?もう夜も遅いし、寝ましょうかねぇ。」


 そう言って三人分の食器を持つと、彼女は部屋から出て行った。部屋にティエと二人残されたが、彼女は何も言わず、フィオを追うように部屋から出て行った。佐助は一人、ベッドの上で天井を見つめる。とんでもない所に来てしまったが、来ることができたのなら帰ることもできるはず。そう思って静かな寝息を立て始めた。


 しかし深夜、


「あがぁぁあぁぁあ゛ああ゛ぁあぁぁあ゛!!!」


 部屋の中に響いたのは、佐助の絶叫だった。

次回は日曜です。

遅れないように気をつけます…。

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