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[ノーネームの黎明期]③

「あんたがご所望のケツ出しデータな、跡形もなく消し去ってやったぜ。悔しいか」


 僕は開口一番、強気に出てやった。

 人間、第一印象が強烈に脳裏に焼きつくという。ならば虚勢であっても、こちらが上位存在と知らしめておくべきと思ったのだ。

 僕の先制攻撃やいかに。

 通話先で相手が笑うのを感じた。失笑かもしれない。


『そいつは残念だな』


 言葉と裏腹に、一ミリも無念さがにじんでなかった。

 僕のファーストアタックは空振りしたらしい。出ばなをくじかれた格好だ。

 応対を第二フェーズへ移行。相手の言動を紐解き、対抗策を考案しなくては。

 中性的な声音だった。音声通話のみのボイスチャットでは、素性がつかめない。性別が男女どちらなのかも。

 ただ、年齢は僕と大して違わないんじゃないかと感じた。離れていたとしても、五前後ってところの気がする。


『何はともあれ、連絡してくれてうれしいよ。私が君のストーカー、〈影法師〉だ』


 やっぱりか、と思って二の句を継げなかった。

 この野郎、あくまで僕の体目当て(尻方面を重点的)なのかもしれない。


『というのはざれごとさ。君と語らいたかったのは真心から思っていたけどね』


 食えないやつだ。警戒レベルを引き上げるべきか。


「僕も聞きたかったことがある。どうやって僕のハッキングを調べた。痕跡は消しているはずなのに」

『私も君も幽霊じゃあない。生きとし生けるものである以上、呼吸音一つなしなんて到底不可能だ。どこかしらに跡は残るものさ』

「答えになってないぞ。どうやって僕の足取りを追ったんだ」

『企業秘密、ということで一つよろしく』


 会話したばかりというのに、もうリンクを切断したくなった。


『ほかに尋ねたいことはないかな』

「僕が削除した写真に、大金を払う値打ちがあったのか」

『逃がした魚は顧みない主義なんだけど、答えるよ。イエスだ』

「あんたのクライアント、男のケツを欲してやまないマダム、とかか」


 あえて「あんたはホモセクシャルなのか」とは聞かなかった。「うん」などと即時応答されるとシャレにならないから。


『さぞかし絶倫の淑女なんだろうな。いやはや、そっちに注目するとは予想外だよ。君はユーモアのセンスもひとかどなんだね。くくく』


〈影法師〉は笑い続けていた。

 ものすごく不愉快になり、僕の声音はとげとげしくなる。


「笑ってないで真相を教えろ。でないと切るぞ」

『ああ、すまなかった。あまりに突飛な観点だったものだから、つい。ごほん。例の写真で私が着目したのは、バックにあるヘリコプターさ』

「ヘリ?」

『うん。あれは書類上配備されてないはずの無人攻撃機なんだ。予算の締めつけで貧弱にならざる得ない装備品に業を煮やして、秘密裏にどこぞの業者から納入させたんだろう。第三国、という可能性もなきにしもあらずだけどね。どちらにせよ兵器売買を生業とするビジネスマンにしたら、新規顧客獲得のビッグチャンスというわけさ』


 武器の売り買いを生活の糧にする者たち──死の商人か。

 一も二もなく破棄して正解だった。人の生死を軽んじて飯の種にする輩は、有名無実の美談で余人から金を巻き上げる詐欺師より数段劣る。


『弁明じみているが、私としても乗り気じゃなかったんだよ。巡り巡って地球の反対側で罪のない女子供が死ぬかと思ったら、寝覚めが悪くなるだろうし。情報の横流しによって得られる利潤に目がくらんだのは確かだけどね』


 最低限の道徳観はあるってことだろうか。

 そうであったとしても、無条件で信用に足る相手でもないが。


『私の目的は転売のほかに、もう一つあった。こっちはプライスレスだけど、私にとってのどから手が出るほど欲しいものでもある。ナナシくん、君と話をする口実だよ』

「は?」


 ソロバン勘定で終始するかと思いきや、雲行きが怪しくなった。

 どうして僕が登場するのか、意味が分からない。


『私は前々からナナシくんをマークしていてね。あ──今更だけど、君のことを「ナナシ」くんと呼称していいのかな』

「構わないから続けろ」

『じゃあ仰せのままに。私はナナシくんと対話したかったんだよ。けどきっかけがない。そこへきて、君が自衛隊基地サーバーへの不正アクセスを敢行した。渡りに船と思ったね。ギブアンドテイクにかこつけて、接触を図ったわけだ』

「いきさつなどこの際どうだっていい。なぜあんたは僕の一挙一動をしつこく嗅ぎ回った。もしや警察関係者か?」

『私が捜査機関に属している、だって? やめてくれよ。あんな無能連中と十把一絡げにされたと思うだけで、胸くそ悪くなる』


 少なくともこいつは警官を敵視してるらしい。敵の敵はなんとやら、かな。


『私がナナシくんに感銘を受けたのは、ハッカーとしてストイックだったからさ』

「僕は『自分がストイックだ』なんて感じたことない」

『君は自覚しなくていい。所詮評価なんてものは第三者が自己基準で下すものだ』


 こいつ、こんにゃく問答がしたいのだろうか。


『ナナシくんは己の技術を練磨するため、日夜ハッキングにいそしんでいる』

「先入観はよせ。僕は他人の裏側が知りたいだけだ。その結果としてハックの腕を磨いたにすぎない。敵の守備が硬くなるほど、侵入難易度が高まるからな」

『過程に執着する気はないよ。私は結果のみ勘案するようにしている。君はハッキングでしくじったことがない。それが最重要だ。そして己の成功体験をひけらかしたりしない。これを「禁欲的な職人気質」と表現することは誤っているだろうか』

「別に間違っちゃいないけど……」


 なんだかうなじの辺りがむずかゆくなる。

 こいつ、僕を色メガネで見てないか。


『理屈っぽかったが、要はナナシくんのハッカーとしてあるべき姿に魅せられた、というだけの話だよ。ややこしく考えないでくれ』


 僕は人から疎まれることはあっても、手放しで褒められることは希少だ。

 いや、見栄を張ったな。賞賛とは無縁だ。

 だからだろうか。不覚にも『うれしい』と感じてしまうのは。

 照れ隠しもあって、話題を転じようと試みる。


「あんたの根城──結果的にパチもんだったけど──あそこの防壁はあんたが組んだのか。出来栄えはまずまずだったぞ」

『まずまず、か。口にする人間によって、最大級の賛辞に聞こえるものだな。そうだ──と言いたいところだけど、残念ながら違う。私のITスキルなんて、君に及ぶべくもない。ツールを使ってのクラッキングが目いっぱいだ。ナナシくんのように、ツールそのものを創造するほどの腕前じゃないよ』


 想定外の切り返しだった。てっきり僕を上回るクラッカーだと思っていたから。


「そんじゃ誰が」

『私の知人数名の合作だよ。私はプランニングや工程管理の担当でね。〈影法師〉というハンドルネームも、ここに由来している。私は表舞台で華々しく光を放つハッカーたちを陰から支える、地味な黒子なんだよ』


 黒子、ね。物は言いようだ。

 ハッカーを『光』でなく『マリオネット』になぞらえれば、やつは糸を手繰って自在に人形を操る傀儡子になるのだから。

 にしても複数人による集大成だったか。言われてみれば整然としたコントラストの中に、微々たるテイストの差異があったような気もする。誤差の範疇ではあったけど。


『失望したかい?』

「ああ。正味な話、がっかりだ」

『くふふ。君の素直さ、私は好きだよ』


 ふん、「好き」ときたよ。油断も隙もありゃしない。

 こいつのゲイ疑惑、完全に払拭したわけじゃないんだ。たやすくオープンマインドすると思ったら、大間違いだぞ。


「あんたの知り合いとやらとも、僕の情報を共有しているのか」

『それはない。ナナシくんへの関心は、私の個人的な情熱だ。情動を他者と分かち合おうなんて思わないよ。仲間とは役割を細分化した分業制にしていてね。各々の領分を超えたことについての詮索は、タブーにしている』


 こいつの口ぶり、集団の上層部──あるいはハッカーグループのヘッドかもしれない。

 僕はまかり間違っても『こびを売りたい』なんざ思わないけど。


「ならコーディングしている連中も、最終形がどんなプログラムか把握してない、とでも言うのか」

『「我が意を得たり」と評すべきかな。さすがに君は飲みこみが早い』

「頭空っぽにして、せっせとキーボードたたくなんて、僕はまっぴらだね。そんなもん、機械にやらせたほうが、はるかに能率がいい」

『同感だよ。私も気概なしのマシンにはなりたくない。ナナシくんとは馬が合いそうだ』


 僕はディスプレイの前で肩をすくめてみせる。


「そうかなぁ。僕はそりが合わないと思うぜ。誰にも従わないし、誰も従えない。それが僕のポリシーだ。お友達とおててつながないと何もできない、でくの坊じゃねえし」

『ふむ。むべなるかな、か。私は弱者だ。一人でできることなんて、たかが知れている。ただし老婆心ながらアドバイスすると、己のもろさや弱さを認識することは長生きの秘訣だよ、一匹狼のナナシくん』

「ご高説痛み入るよ。んで、話はもうおしまいでいいか」


 僕のすげない返事に〈影法師〉は腹を立てることなく応じる。


『最後にもう一つだけ、私から提案がある。手を組まないか、ナナシくん』

「『軍門に下れ』なんてほざくつもりじゃないだろうな。だったら先に言っておく。ノーだ。僕は誰の指図も受けつけない」

『早計は身を滅ぼすぞ。私は君と主従の関係になりたいわけじゃない。イーブンな間柄でありたいんだ』


 僕はボイスチャットの切断準備を中断した。


「ふーん、対等な関係ね。聞くだけ聞こうか」

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