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[ノーネームの黎明期]①

 音楽はいい。とりわけクラシックは格別だ。

 パッヘルベル作曲の『カノン』を耳にして以来、のめりこんでいる。

 聞く者によりけりで百人百様の解釈がある至高の芸術に、インチキはない。僕の琴線に触れたゆえんでもある。

 対してくそったれな世の中は、右を向いても左を向いても欺瞞だらけだ。

 一例を示そうか。


「努力をすれば夢がかなう」


 マインドコントロールじみた標語の大半は、得てして肝心な部分を省略している。

 正確には、


「(正しいベクトルの)努力をすれば夢がかなう(かもしれない)」


 行動には性質や指向性がある。

 プロ漫画家を志す若者がウェイトトレーニングに精を出したところで、どれほど効果があるだろう。健康増進に貢献するかもだけど、画力アップにつながるとは思えない。

 かといってひたむきにデッサンの勉強をしたところで、デビュー確約ともいかないってのが悩ましいところだ。

 じゃあ『正しい努力とはなんぞや』と思い立ち、大人に相談したとする。


「そんなもん自分の頭で考えろ」


 などと、あしらわれるのがオチだ。

「あれしろ」「これしろ」と指図する割に、論点のほころびをつかれたら逆ギレする。

 アホくさくて付き合ってらんないね。

 ならばきれいごとをことごとく排除したら、世界が住みやすくなるのか?

 答えは「ノー」だ。

 大なり小なりのウソをつかないと、円滑な社会生活を送れないらしい。

 だったら僕は、虚偽まみれの社会に適応など願い下げだよ。ドロップアウトを選ぶね。一歩引いたところから俗世の滑稽な寸劇を暴き、あざ笑ってやろう。

『ハッキング』という便利玩具を使って、ね。

 古今東西に性格診断は数あれど、コンピュータ機器にも個人のライフスタイルがあらわになったりする。インターネットでの振る舞い、パソコンやスマートフォンにどういったデータを保管しているか。

 指標となるものは枚挙にいとまがない。

 たとえば対外的には虫も殺さぬ寡黙な人が、匿名掲示板で荒らし行為に励んでいることだってあるし、知識人で通っている人の隠しフォルダが禁断のロリ画像の宝庫なんてこともざらだ。

 どちらの顔が真実かと問われたら、『両方』って答えが正なのだろう。

 人間には誰しも、光と闇の部分がある。片方のみ、なんてことは考えにくい。どちらもそろって始めて、一個人たりうるんじゃないだろうか。

 裏側にスポットを当てたほうが愉快痛快、なのは周知の事実だけれど。僕だって、人がひた隠しにする汚点をのぞき見るのが楽しくてたまらない。

 僕にはネットワークを介して秘密を探る技術がある。幸か不幸か、無限とも言える暇にあかせて独学で身につけたのだ。

 睡眠欲と折り合いつければ、二十四時間ネットの海に潜っていられるし。

 僕は公立中学校の入学式だけ顔を出して以来、通学していないのだ。近しい年のガキを一箇所に集めて同じような服を着せ、画一的な教育を施す。僕には『しつけ』とお題目を並べた、家畜の飼育場に思えた。

 それにぴーちくぱーちくさえずる唐変木どもの相手するのも疲れる。やれ「あのテレビ番組マジウケるよな」だの、やれ「上級生のスリーサイズ、やばくね」だの、やれ「おれ、とっくに〝あそこの毛〟生えてるんだぜ」だの。

 営業スマイル浮かべつつ、相づちを打つ連中の気が知れない。よくやるよ、まったく。僕の順応性が人並み以下だと、痛感したね。

 他人と歩調を合わせるふりしつつ、陰では悪口三昧ってのもいるんだから度しがたい。僕とやつらのどちらが『社会不適合者』なんだか。

 中学進学後しばらくして、僕が裏サイトを監視していたときの話だ。ひょんなことからクラスメイトの間で僕の話題になったらしい。


『入学初日に登校したあと、ずっと来ないやついるじゃん』

『あー、いたいた。名前忘れちまったけど』

『思うに、あいつって実は生霊か、とうにくたばってるとかじゃねえかな』

『なんだよそれ。B級ホラーなんですけど』

『だったら明日そいつの席に、菊の花でも手向けてやったらどうよ。成仏するんじゃね』

『泣けるね~。クラスで割り勘してお供えすっか』

『賛成ww』


 掲示板は基本匿名で名前が明示されないのをいいことに、言いたい放題だった。

 僕だって別段、この程度で血相変えたりしない。『他人の挫折と失敗談は蜜の味』ってことぐらい先刻承知だ。

 でも気まぐれで制裁を加えることにした。やつらは表でいい子ちゃんになりきり、群れをなして陰口にふけるのが日常茶飯事らしい。他者をおとしめることで日ごろのストレスを発散し、ご満悦になっている。

 ゲスなマイブームってところか。

 でも彼らは知らないのだ。一般ユーザーには非公開でもアドミニストレータ権限で入室すれば、個人を特定するIPアドレスが見放題だというからくりを。

 僕は管理者のIDとパスワードをちょろまかし、不届き者どもの顔ぶれを割り出した。どいつもこいつも会話したことすらない。ルックスだって顔写真がなければ、記憶に残らないほど没個性的なやつら。

 これっぽっちも躊躇は湧かなかった。

 僕は連中のバッシングを過去ログから一つ残らず洗い出す。同級生や先輩、先生なんかも含めて相当数の余罪を収集できた。

 それらを片っ端から被害者たちに転送してやる。〝じゅうたん爆撃作戦〟とでも呼べばいいかな。もちろん加害者のプライバシーも余すところなく添付している。

 その後の顛末についての詳細は割愛することにしよう。とりあえず悪口ネットワークは瓦解した。自然消滅、に近いかな。

 物議をかもした連中は、針のむしろに近かったろう。

 ざまあみろ。これでやつらも心の底から学習できたはずだ。

 因果応報の法則を。

 だいぶ脱線したけれど、義務教育なんて小学校だけで充分だ。九九を教えてもらいさえすれば、学びたいことはネット上でググるだけで事足りる。信憑性については『ピンからキリまで』ってのが実情だと思うけど。

 とにもかくにも僕は中学へ行っておらず、日がな一日自室にこもっている。「不登校児」でも「ヒッキーくん」でも「ニート予備軍」でも、好きに呼ぶといい。

 ハックに明け暮れ、人の後ろめたい恥部を眺めて悦に入る。時折混沌の火種になったりもするけれど、ご愛嬌だろう。

 それが僕の生活すべてだ。

 一点だけ勘違いしてもらいたくないのが、僕は破壊活動に手を染めない。

 人間社会に愛想を尽かしているのは事実だ。されども『木っ端微塵に粉砕してやろう』という危険思想とも、ましてや『人類を聖なる方向へ導く』などという偽善的かつ途方もない骨折り損なんてご免こうむる。

 僕は裏事情をかいま見るだけで充足感を味わえるのだ。

 ただしハッキング完了の記念として、戦利品をいただくことにしている。なんの変哲もない物ばかりだけれど。

 変顔している画像データとか、書き損じて永久封印中のラブレターの下書きとか、仕事をサボって練り上げた穴ぼこだらけの旅行プランとか、だ。

 あるとき僕は肩慣らしだけじゃつまらないと思い、大物を狙うことにした。

 自衛隊サーバーだ。

 とはいっても中央の統合幕僚監部とかじゃなく、地方の小さな基地を標的にした。

 結論から述べると、侵入に成功。

 国防機関というだけあって、ちょろい市民や一般企業よりも堅固な防壁を組んでたけど、全く隙がないわけじゃない。

 加えて僕は粗探しがライフワーク。脆弱な部分など朝飯前で見抜ける。

 システムに入りこんだはいいものの、さして機密めいた情報はなかった。国を揺るがしかねないスキャンダルの一つもあるかと期待したのに、拍子抜け。例のごとくプログラムをこねくり回すなんて野暮はせず、取るに足らない粗品をちょうだいする。

 森の中で若い隊員が、ヘリコプターを背景にケツ出ししている写真データだ。

 清廉潔白が信条の市民団体とかに送りつけたら「血税もらっておきながら不謹慎な」とシュプレヒコールするかもしれないけど、僕は税金の使い道なんぞに興味ない。消費税を除いて、納税なんかしてないし。

 国民の義務?

 知ったこっちゃないね。『正直者がバカを見る』ってのは皮肉めいていて、現状を的確に言い表している。

 あまたのダークサイドを見る限り、我が国家は一部の勝ち組が大多数の負け組から搾取することで成り立っているのだ。しかも上層階級が人間でなく、会社や組織だったりすることもあって手に負えない。

 僕が引っかき回すまでもなく、遠からずこの国は衰退し、やがて滅亡するだろう。ときの為政者は後世のことなど憂いてない。自分本位で、己さえ良ければ万事オッケーなのだ。だから天下りなんかが横行する。

 結局誰も彼も自分が一番なんだろう。我が身かわいさ至上主義。

 人間は一皮むけば、こんなもんだ。僕は生涯傍観者として、大根役者が織りなす醜悪な喜劇を座視し続けてやるよ。

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