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[アビスルートの功罪]⑤

「LANケーブルを抜きなさい、ノエル。

 アクセスを強制遮断するのです!」


 ミカが号令を発した。


「は、はひっ」


 ミカの剣幕に気圧されつつも、ノエルは命令に従う。

 ケーブルを引っこ抜き、外部との接触を完璧に絶った。


「どうなの、ノエル」

「お、お待ちください。

 あっ……。間一髪セーフです!!」


 ノートパソコンがスタンドアローンになる代わり、ナナシからの不正アクセスも途切れた。

 ネット切断があと十秒遅れれば、制御はノエルの手を離れただろう。

 立て続けにミカも、デスクトップパソコンに挿入されたLANコネクタを抜き放つ。


「グッド。

 わたくしもインターネットから落ちることにします」

「どうしてですか。

 お姉さまのパソコンはまだ無事なのに」

「二人でタッグを組んでも歯が立ちませんでした。わたくし一人ではなぶり殺しにされるのが目に見えています。

 惜しむらくは、ハッキング勝負でオタク風情に一矢報いられなかったこと。

 結局賊の姿は透明なまま。一方的にぶしつけな視線でなめ回され、体を穢されたかのようで、虫ずが走ります」

「お姉さまの御身を視姦するなど、なんたる不敬。

 万死に値するぞ、キモオタのブタ野郎。百ぺん殺しても殺し足りない。

 この恨み、晴らさでおくべきか~」


 目が血走ったノエルは、五寸釘を打ちこみそうな勢いで液晶ディスプレイをぶったたいた。


「こらこら、物に八つ当たりしないの。あなたの愛機なのでしょう」

「う……お見苦しい失態をしてしまいました。

 じ、自粛します」


 ノエルは取ってつけたようにノートパソコンをなでさすった。


「よくできました」


 ミカが小学校教師然と、後輩をなだめる。


「実際のところ、バトルに関しては後悔するほどじゃないかもしれません。

 敵の最終目標は、わたくしたちを意のままに操ること。

 しかし目的は未達成です。双方ともに勝ちもしなかったけれど、負けてもいない。

 ドローという結末をもって、溜飲を下げるといたしましょう」



√ √ √ √ √



「うっわ、敵前逃亡かよ。

 がっかりだな」


 ナナシはリクライニングチェアに体を預け、イスの背を倒した。

 寝そべる体勢になって、ぼんやりと天井を仰ぐ。


「女って、どうしてこうも飽き性なんだ。

 あ~、違うな。

『引き際がいい』とか『切り替えが早い』って言わなくちゃいけないのか。

 まったく、あいつってばマジで口やかましい。『女性に敵視されるぞ』とか、いっぱしのフェミニスト気取っちゃってさ」


 独りぼっちの部屋でエア上司に、文句をたれていた。


「ったく。何にもまして不愉快なのが、僕にくだらない雑用を押しつけたことだ。

〝計画通り〟とはいえ、かつて『ノーネーム』の二つ名をとどろかせた僕を噛ませ犬役に抜擢なんて、頭にくる。

 音響機材を始めとしてこの部屋、コンサートホール並みに改装してやろうか」


 ナナシはトリプルモニターの左端、ログアウト状態の『フィクサーS』アイコンを眺めた。


「お膳立てしてやったんだから失敗するなよ、アホ大将」



√ √ √ √ √



「たとえパソコンを支配されても、機密情報なんて出てきやしませんけどね。

 わたくしたちのハードディスクには、後ろめたいデータなど保管しておりませんので」

「だけど返す返すも忌まわしいです。やはり不届きなクラッカー野郎に、あたしの手で正義の鉄槌を下してやりたかった」


 ノエルは悔しげに吐き捨てた。

 ミカがノエルとおそろいで、ハートをあしらったシュシュに指を触れる。


「〝これ〟を使って、〈アビスルート〉用にカスタマイズしたOSならば実現したかもしれませんね。

 ただしノエル、軽率に『正義』などと吹聴するものではないわ。まるでちんけな悪党みたいでしょう。

 聖カトレア女学院に通うレディとして、自らの品位は保たねば」

「以後気をつけます、お姉さま」

「はい。大変結構な心がけです」

「あ、ミカお姉さま。今後といえば、この先どうしますか」

「どう、と言いますと?」


 オウム返しされたノエルは、カチューシャの端についたハートの飾りをつまんで、取り外した。着脱自在な仕様らしい。


「〈アビスルート〉を引退するならなおのこと、続けるにしてもデータの扱いをどうするか、です。

 今回情報漏洩は免れたけど、どういうわけか敵はあたしたちに的を絞ってきましたよね。

 今まで通りのやり方を貫けば、いずれハッキングのボロが出るんじゃないかと」

「ふむ、一理ありますね」


 ミカもシュシュに付属するハートを外した。

 弓なりの部分を九十度ひねると、真っ二つに割れる。ハートの真ん中に端子が現れて、あっという間にUSBメモリへ変貌した。


「秘密をどこに封じておくか。

 隠蔽と利便性の悩ましいジレンマ──」

「ほほぅ、髪留めに扮して肌身離さず持ち歩くとはね。

 ネット上をしらみつぶしにしても発見できないわけだ。

『髪は女の命』とは言い得て妙だな」


 コンピュータルームに低音ボイスが響いた。

 彼女たちとは面識ない男性がドアを開けて立ち尽くしている。

 寝ぐせのついた波打つくせっ毛、気だるそうなタレ目に、ノーネクタイのスーツ。いかにも常識に無頓着、といったたたずまいだ。


「だ、誰ですか、あなた。

 ノックもなしに」


 ノエルが非難がましいまなざしを、無遠慮に戸口へ向けた。

 不審人物から守るべく、ミカの前方に立ちはだかる。


「あぁ、こりゃ失敬」


 だらしない男は、思い出したように扉をたたいた。とうに対面を果たしているので、手遅れだけれど。

 これでチャラとばかりに、ドアを閉めきる。

 閉鎖された空間コンピュータルームには、ミカとノエル、乱入者の三名が居残った。


「新任の先生でしょうか」


 ミカがノエルの背中越しに話しかけた。

 ノエルの陰に隠れてUSBメモリを装飾品に復元。シュシュを外して手首につけ直し、たなごころ側にハートをはめこむ。


「うんにゃ。俺は学校関係者じゃない。

 単なる部外者さ」

「警備員さんや先生方が、よく通してくださいましたね」

「徹頭徹尾うろんげだったけど、身分を明かしたら不承不承OKしてくれた。

 後ろ盾さまさま、って感じかな」


 ずぼらな男はミカの当てつけが通じているのかいないのか、にへらと相貌を緩めた。


「身分、とおっしゃいますと?」

「ああっと、申し遅れたね。

 俺はこういうもんだよ」


 男が懐に手を入れ、長方形の物体を取り出す。

 二つ折りになっているらしく、掲げると長さが倍になった。

 ミカとノエルの表情がそろって凍りつく。


 男が提示したのは、バッジつきの警察手帳だった。


「一応、ネット犯罪全般を取り締まる刑事でね。

 名前は宍戸(ししど)。以後お見知り置きを。

『ずっと会いたかった』と俺が口にすると援助交際チックなんで、言い換えようかな。

 お目にかかれて光栄だよ、見目麗しき〈虚数輪廻〉さん」


 我に返ったノエルは、掌中にあるハート型のUSBメモリをとっさに窓の外へ投げ捨てようと試みた。


「やめなさい、ノエル……やるだけ無駄です」


 ミカが諦観たっぷりにノエルを制止させた。

 ノエルは投球のモーションのまま固まる。

 装飾具に模した二人のUSBメモリは完全防水のうえ、耐衝撃性もずば抜けており、高層ビルの屋上から投げ捨てても壊れない特殊製品だ。

 神経質なまでのデータ破損対策が、この場面では裏目に出ている。


「潔いね。

 俺もドブをさらったりするのは勘弁だし、ご協力感謝します」


 宍戸はわざとらしく警察式の敬礼をした。

 場がしらけたところで二人のそばまで寄って、証拠の詰まった記憶媒体を接収する。


「お姉さまの残り香を嗅いだら、八つ裂きだかんな、おっさん」


 ノエルは宍戸をにらみ据え、敵意をむき出しにした。


「や、やらないって、そんなこと」


 と言いつつも、シュシュをチラ見する宍戸。

「やるな」と厳命されれば、かえってやりたくなるのが人間の悲しいサガだ。


「てゆうか君、いくらなんでも『おっさん』はひどくないかい。

 アラサーには違いないけど俺、まだ二十代独身だよ」

「シャラップ。貴様の加齢臭がお姉さまに伝染する」


 辛辣な切り返しで、宍戸は涙目になった。二の腕を掲げて鼻に寄せ、くんくんする。


「おっかしいな。加齢臭なんてしないはずだけど。

 知らぬは本人ばかりなり、だったりして」

「ノエル、慎みなさい。

 いくら不本意だからと、奥ゆかしさをかなぐり捨ててはいけません。

 たとえ事実でも相手に伝えていいことと、悪いことがあるのですよ」


 ミカとしてはフォローのつもりかもしれないけれど、宍戸にとっては追い打ちと同義だった。

 見るからにしょぼくれている。


「誰かに似てると思ったら、あのこましゃくれた坊主か。

 取り扱い注意で生意気なところなんかそっくり。

 厄日だ。ハッカーって人種にかかわると、ろくなことがない」



√ √ √ √ √



「はっくしょん」


 ナナシは盛大にくしゃみした。


「なんだ、風邪か。

 あいつが僕をこき使うせいだな。法外な慰謝料ふんだくらないと」


 ティッシュで鼻をかみ、丸めて捨てた。

 速攻でお掃除ロボットが稼働し、部屋を清掃する。

 ナナシは何ごともなかったかのごとく無為なカロリー摂取、間食兼晩御飯のポッキーかじりにいそしんだ。

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