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[ノーネームの黎明期]④

『ナナシくんは個人・団体問わず、ハッキングする対象がありさえすればいい。あとは君独自の手順で好き放題侵入する。そういうわけだろう』

「厳密には違う。忍びこむ相手の規模はどうだっていいが、敵のステータスにはこだわりある。弱いやつと渡り合うなんて時間の無駄。対戦相手は強いほど燃えるからな」

『なるほど。リクエストは難敵、か。ますます気に入ったよ。私はたぐいまれな不世出のハッカーと提携したい。君は熾烈な戦いを求めてる。まさに利害の一致だな』

「話が見えないんだが」

『なあに、単純な話だよ。私は侵入対象を見繕う。君は己の信ずるがままに、のぞき見をしてくれればいい。ただし忍びこむ経路──バックドアだけ確保して欲しいんだ。あとは我々のやり口で仕事を遂行するから』


 僕は腕を組んで天井を仰いだ。こいつの話を咀嚼する。


「つまりあんたが取りそろえた敵に対して、僕はハッキングするだけでいいのか。あとのことに関しちゃ、ノータッチで間違いないんだな」

『ナナシくんの理解で正しい。これも一種の相互扶助だよ。私は情報収集等の調査が得意で、君は裏口から抜き足差し足することにたけてる。互いのお家芸を持ち寄った、Win―Winの関係だね。もちろん無理強いしないし、ナナシくんの自由を束縛するつもりもない。やめたくなって申し出てくれれば、即座に提携を解消しよう』

「分かった。いったん検討する」

『決心したら、またこの空間でミーティングしよう。色よい返事を期待している』


〈影法師〉が音声通話を切った。



√ √ √ √ √



〈影法師〉への決意表明を保留したものの、僕としては二つ返事でも良かった。一念発起するまでもない。

 実際ハッキング対象のリサーチは骨が折れるのだ。ネットワークがどんな構造になっているか、どの時間帯が手薄で、管轄しているのはどういうやつ(または部署)なのか。一から調べて、具体的な計画へ落としこんでいく気の遠くなる作業。

 そういった雑務から解放されるのは、ありがたい。

 また飽きたら、いつでも一抜けできるってのが魅力的だった。煩雑な手続きがいる義務教育の中学とは雲泥の差だ。

 というわけで〈影法師〉に「やってもいい」と告げると、すぐにハッキングする相手を提示された。しかも同時に三つだ。

 僕がオーケーするのを見越していた、と言わんばかりの根回しの良さ。ちゃっかりしているというか、なんというか。


『好きなのを選んでくれ』


〈影法師〉は僕に選択権を委ねた。前触れなしにどれと迫られても参ってしまうのだが、イニシアチブを預けられるのは好印象だ。

 三つのうちで最も手ごろな(というか広告を目にしたことがある)東証二部上場の貿易会社を狙うことにした。

 事前準備を〈影法師〉にアウトソーシングしても、僕のこなすことは代わり映えしない。扉のロックを解錠し、こっそりお邪魔する。極力足音を忍ばせて、家探しするだけだ。

〈影法師〉との取り決めで、あとに続けるよう道筋を残すことは忘れないが。

 貿易会社へのハッキングも上首尾で終わった。非合法な物品(麻薬?)の取引をしてる暗号化された帳簿もあったけど、僕の関知するところではない。もっと笑えそうなネタを探したものの、いまいち。居座るつもりもないので、おいとまする。

 こうして僕と〈影法師〉の技術協定がスタートした。

 僕の要求通り、難しめの案件を厳選して手配してくれる。僕は電子戦に全精力を傾けるだけでいい。名だたる大企業や官公庁、著名な政治家や高級官僚などと、そのときどきでターゲットは移ろう。

 我ながら、まあまあのコンビネーションだった。言わずもがな全戦全勝だ。僕とやつで担当分野の住み分けしたことが一因だろうか。

 持ちつ持たれつの関係を弱虫の慣れ合いととらえていた節があるけど、考えを改めなくちゃいけないな。みんながみんなジェネラリストである必要はない。ある分野に特化したスペシャリストが集まって、一人じゃ処理しきれない大仕事を成し遂げる。

 それもありだろう。というか理にかなっている。

 面倒ごとが己の手を離れたことで、心に余裕ができたのかもしれない。今まで想像だにしなかったことをやりたくなった。

 自分の実績を形にして、とっとくことだ。

 聞いた話じゃ大昔の大工職人は、自身が手がけた建築物の人目につかない場所に、愛用の道具を忍ばせるらしい。


『この建物はオイラが手がけたんだぜ』


 大工仲間にだけ通じる符丁だ。

 僕もこれに準ずることをしたくなった。

 少しくらい許されるよな。

 全国紙を発行している新聞社へのハッキングを皮切りに、僕は名を刻みこむことにした。といっても公式HPにでかでか『ナナシ参上』などと記すわけじゃない。

 僕を田舎の暴走族と同列視しないでくれ。書く場所くらいわきまえている。

 一般ユーザーは素通りするが、ハッカーの端くれなら一目瞭然のログファイルだ。僕も大工のごとく同業者だけに伝わる記号を残した。

 簡潔に言えば、犬のマーキングと一緒だ。自分の縄張りであることを知らしめたいわけじゃないけど、足あと代わりににおいだけつけていく。

 ちなみに書き記す文言は統一した。


『No Name』


 名前なしのログなんて使いものにならないけど、逆説めいて最高に風刺がきいていると僕は思う。

 当たり前だが、この行為は〈影法師〉の知るところとなる。あいつは全体の進捗を取り仕切る、支配人的立ち位置だ。やつが把握していて僕らがあずかり知らぬことはあっても、その逆はあり得ない。

 でも僕の売名行為に対して〈影法師〉は何も物申さなかった。

 ただ、このころを境にだろうか。やつの態度に変化の兆しが見え隠れしたのは。

 僕にだけ情報を通達しないなどというあけすけなひいきはなかったものの、温度差を肌で感じるのだ。流行がすぎたあとの寒々しさ、って言うべきかな。

 だからといって僕が〈影法師〉にこびへつらう道理もない。だって僕は、あいつの家来じゃないもの。

 僕たちの間に上も下もない。嫌気がさしたら、おさらばするだけのインスタントな隣人。お互いに利用価値があるから寄り添っているにすぎない。

 僕は〈影法師〉の大志なんかに興味ないし、あいつだって僕の将来なんか歯牙にもかけちゃいないだろう。

 というか今更になってあいつのパーソナルデータ、何一つ知らないことに気づいて愕然とした。僕が押さえているのは〈影法師〉というハンドルネームだけ。やつがどんな組織にいるのか(そもそも団体行動しているのかも不明瞭)、僕がハックで開拓したルートをたどってどういった活動してるのか、ほとんど未知の領域だ。

 まぁいい。僕には僕の生き方があり、あいつにはあいつの生きる道がある。

 それがぴったり重なるなんて、天文学的な確率だろう。


「俺たちは一生の絆で結ばれたダチ公だぜ」


 そんなセリフはアニメの中にしか存在しない美辞麗句だ。

 がんじがらめに依存するより『両者ともにメリットあるから』ってドライなつながりのほうが、よっぽど健全に思える。

 だから僕は我が道を行く。

〈影法師〉になんと思われようとも、名を刻み続けてやるのだ。

 たとえ抹消が容易なデジタルデータであったとしても、僕という人間が腐敗した世の中を生き抜いた証になると信じて。



√ √ √ √ √



『ナナシ、ゲームをしないか』


 出し抜けに〈影法師〉が持ちかけてきた。


「僕は構わないぜ。ゲーム内容とルールはどうする?」

『シンプルにいこう。私はハッキング対象のアドレスのみ伝える。ナナシは事前情報なしに出たとこ勝負で攻略に着手する』

「ふーん。ぶっつけ本番ってことね。ゲームなんだし、どうせなら何か賭けないか。謎の迷宮を渡りきったら僕の勝ち。途中で阻まれたら、あんたの勝ちだ」

『うん。賭け金があると俄然盛り上がるな。じゃあこういうのはどうだろう。敗者が、己の秘密を一つ勝者に教えるんだ』

「ぬふっ。なんだよ、そりゃ。たとえ負けても損害なんか皆無に近いじゃん。だって本人のさじ加減で、大ボラ吹けるんだから」

『ナナシなら偽証などしないと思うからね。なぜなら君、上っ面の絵空ごとを嫌悪してるだろう。憎悪、といったほうが正確かな』

「…………」


 僕は絶句した。

 両方とも相手の人物像など理解してないと思ったら、無知蒙昧なのは僕だけなのかな。ってか、こいつはどこまで僕という男についての情報を持っているのだろう。

 つくづく底知れないやつだ。


「おいおい、もう勝った気でいるのかよ。あんたに先見の明があるのは認めるけど、勝負ってのは下駄を履くまで分からないもんだぜ」

『しかり、だね。なんどきも油断は大敵だ。勝って兜の緒を締める、くらいの覚悟で臨まなければなるまい。なんたって君は数少ない私の理解者であるとともに終生のライバル、【デミゴッド】級ハッカー〈ノーネーム〉のナナシだからね』


 ごてごてと装飾過多なリップ・サービスだな。

 冒頭の『数少ない理解者』の時点で見当外れな有り様だもの。

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