第一話――④
四十分かけてなんとか与えられた、全四種類のパスタを茹で終わり、皿に盛り付けていた時だった、
「あれっ。そういえば桐浦の同室の人ってどこいるの?」
今まで全然気にもとめなかったが、ふとそんなことがよぎるとついつい知りたくなってしまう。ここには倉と銀次郎、菜乃花とるる、そしてなぜか流華が一人でいる。この時間に別々に行動しているのはよく考えてみると、とても不思議だった。
「えっとねーなんか放課後学校で用事があるって言ってたよーん。なんでも、「大事な仕事をし忘れてた」らしいよー」
「こんな時間までか?」
もっともな疑問を銀次郎がぶつける。
「もう帰ってきてるんだよー。でも外で食べてきたから夜はあたしいらないって言ってたからここにいないんだよー」
「あっもう帰ってきてはいるのか」
「そんなことよりくららん。あと十分で食べないと ここが閉まっちゃうよ。さぁ急ぐんだ!」
時計に目をやるといつのまにか七時五十分をまわろうとしていた。
「あっほんとだ。紙村くんも急がないと」
菜乃花も時計を見て驚き、盛りつけの終わったパスタを急いで食べ始めた。続いて倉たちもせかせかとフォークを動かして食べ始める。
そうやって短くも楽しい夕食の時間は過ぎ去っていった。
3
目が覚めると枕元に長年愛用している時計が転がっていた。
針は午前八時を指した状態でカチッカチッと今なお秒を刻み続けている。血の気が引いていくのが自分でもわかった。慌てて飛び起き銀次郎を起こそうととなりのベッドを見ると、いるはずのルームメイトの姿がそこにはなかった。この状況を理解するのにたっぷり三秒考え出た答えはこうだ。
おいていかれた――。
「くっそ…………、あいつよくも」
一人文句を言いながら顔を洗い、急いで制服の袖に腕を通す。普段はなんともない制服を着るという作業に手間取りつつもなんとか準備をおえて寮の外に飛び出した。
「いったたたぁ」
玄関から出る際ドアに膝を打ち付けてしまい右足がしびれてしまう。
ドアを閉め、カバンの中から手探りで鍵を探し出す。ごそごそとあさっていると手にひんやりしたものが触れた。「あった。」と小さな歓声と共に鍵を取り出だして鍵をかけようとする。
しかし焦ってしまっているせいかうまく鍵が回らない。そのせいでさらに焦りがましてしまう。
「あぁ、もうっ!!」
ガチャリ、とやっとのことで回った鍵をドアノブから引き抜き、制服のポケットに無造作に突っ込む。それから倉は学校へと向かって全力で走り出した。
学校へ向かう途中、車に轢かれてしまいそうになったり、角を曲がったところで人にぶつかったり、近所にいるおばちゃんから「あぁら倉くんじゃない。多く作りすぎたから目玉焼き食べない?」と朝食の目玉焼き――冷えきっていてあんまり美味しくなかった――をもらったりといろいろなことがあったため倉はホームルーム十分後の登校をかましてみせた。つまり遅刻だ。
全力で走ってきたため息がきれぎれの状態で教室のドアを開ける。ガラッという音を合図にクラスメイトの視線が自分に集まるのを倉は肌で感じた。その視線の中呼吸を整えながら窓際にある自分の席へと座る。
席に座ってしまうと教室に入った時に感じた「アイツ遅刻したよ(笑)」みたいなクラスメイトの視線も、誰も何も言ってくることなくすぐにおさまってくれた。遅刻した理由が同室の人間においていかれたから、なんてことが分かってしまったら「かわいそう」&「面白い馬鹿な奴」の称号が与えられていたであろう。
――みんな、ありがとう。
と心の中でお礼を言い何事もなかったかのように倉は授業の準備を始めた。
そういえば――さきほど倉を起こすことなく、一人で、先に、ゆうゆうと、登校をしたクズ野郎は一体どこに行ったんだと、獲物をかるライオンのような目で倉は教室を見わたす。
いや、正確には見わたそうとした。
同室のクズこと銀次郎は顔を上げた目の前にいた。
笑いを必死でこらえようとして失敗した少年のようにニヤニヤしている。口角がつり上がりほほの筋肉が緩みきっていた。
――こいつのことを何にも知らない人がこの顔だけ見ると多分変態にしか見えないんだろうな。
それほどまでに目に前の天才は表情が崩壊していた。
「…………なんだよ」
いい加減何も言わずにニヤニヤしているだけの銀次郎にイラついて凄むような声で声をかける。
すると、いつもは茶化してくるはずの銀次郎が、スっと真面目な顔になった。
――おっこいつも俺に謝ることをついに覚えたか。
一人で勝手に感動し、いまかいまかとその謝罪の言葉を待っていると、銀次郎がゆっくりと口を開き、
「ニヤニヤ」
「…………」
危うく拳を握りかけたがギリギリのところで踏みとどまることに成功した。
――落ち着け、落ち着くんだ俺。真顔で「ニヤニヤ」と表情の種類を口にする奴がいるわけがない。俺の聞き間違いだ。まだイライラする場面じゃない。
倉は心を落ち着かせるため数回深呼吸をしてから再度銀次郎にむきなおり、
「おい、銀次郎」
「ニヤニヤニヤニヤ」
「よし、いますぐオレに謝れ。それで全て丸くおさまるぞ」
聞き間違いなんかじゃなかった。
「なんだと?『ニヤニヤするな』って顔をお前がしていたからわざわざ願いを聞いてやって言葉に変えてやったっていうのにその態度か?オレに謝れ」
「あっごめん」
「よ―――っし許してやろう」
そう言って銀次郎は自分の席に戻っていった。
――ちゃんと謝るとスッキリするなー。
いい状態で一日をむかえることができたような気がした。
――って、あれ……?さっきの会話おかしくないか。なんで俺が謝って、銀次郎に許してもらってるんだ?
自分がはめられたことに気づいた頃には午前中の授業が全て終わっていた。