第一話――③
「桐浦じゃん。えっと、桐浦も今から夜ご飯?」
「おぉ~、くららんじゃないかっ。夜ご飯なら今終わったとこだよ」
「くららんはやめろって…………」
流華は豪快、大胆、元気、この三つの要素からなっている、と言っても過言ではない人間だ。そのおかげで、中学の時から毎日、疲れはしたが、退屈な時間を過ごすことなど、一瞬たりともなかった。
顔がちっちゃくて、それでいてクリクリした大きな瞳に、咲くと枯れることのない笑顔。背は女子にしてはやや高めで倉と同じぐらいある。髪は肩につかないぐらいのセミロング。
バスケットをしており、血色のいい健康的な肌で、線は細いがしっかりとした体つきをしている。
多少行動に問題があるが、絵に描いたような、誰もが羨む美少女だ。
「フッ……ごめんよくららん。くららんがなんと言おうと流華にはこの呼び方以外は考えられないんだ」
「お願いです。普通に紙村か倉で頼みます」
「アイキャント!!」
「なぜだっ!!?」
「アイムビズィー」
「今のこの会話のせいなのか!?」
全然文と文が繋がっていなかった。
「ふははっ。いいリアクションだね~。くららんと話すとやっぱり楽しいよん。」
倉の目の前で、一輪の可憐な花が咲きほころぶ。満開の笑顔だ。
「お、俺は疲れるだけだし……」
流華の笑顔に思わず、ドキっとしてしまい、言葉が詰まってしまう。
「それより二人共。今からご飯なのか?そうなのか!?」
その表情のまま、流華がグイグイと詰め寄ってくる。
――近い、近いって!
「そうだ。今日はパスタだそうだ」
今まで無言だった銀次郎が急に入ってきた。その銀次郎の宣言に、おぉ~っと横で流華が歓声を上げている。何でこんなに嬉しそうなんだろうか。というか、パスタと決めたわけでもない。どうやら、銀次郎の今日の旅行先はイタリアらしい。
「おい、勝手にき……、」
勝手に決めるな、と言おうとした倉の言葉を、
「やっほーーーーーーーーーい!!!!パスタだよっ!美味しいねっ!大好物だよ!さぁ、善は急げだ、くららん。早くキッチンへ向かうぞぇ」
なぜだか流華が一緒に来る気でいる。しかも食事が目的で。
――つーかぞぇってなんだよ。
「桐浦はもう夜ご飯食べたんじゃないの?できればあんまり仕事を増やさないでくれ……。パスタって意外とめんどくさいんだよな」
「甘いぞっ、流華の胃袋は自由自在だ!それに食べるのは流華だけじゃないんだよん」
「仕事を増やさないでって行ったんだよ!ってか誰、他にって」
「え~っとー。なののんがいるでしょー、それからるるるんとー……」
「お願いします。それ以上は呼ばないでください」
ただでさえ多いのにこれ以上増えられたらたまったもんじゃない。が、なののんこと鳴宮菜乃花がいるんなら話は別だ。仕事は増えてしまうが、一緒にいれるのならそれでいい。そう思い倉は、倉も含めて五人分のパスタを作ることに決めた。
ちなみにるるるんとは本名桜るる菜乃花の同居人……だったと思う。
倉が「あぁ今から鳴宮と一緒によるご飯が食べられるのかー」などと桃色妄想をしていると、何を思ったのか銀次郎が口を開き、
「よかったじゃないか。倉くん。鳴宮と一緒に食べられ……むぐ………」
口の軽いこの男は一体なんてことを。秘密があっさりバレてしまう前に倉は銀次郎の口を塞いだ。それから―――
ドスッ
ついでに腹にも一発入れておく。こんなやつにこうも簡単にバラされたんじゃたまったもんじゃない。
「おっなんだなんだ、何の話だ!流華にも詳しく聞かせろーい」
流華はもう興味津々だ。「私も知りたい!」と瞳がキラキラと光ってその感情を素直に表している。
「な、なんでもないって。そ、それよりさもう時間もないから、急いでつくろうよ」
さぁさぁと半ば強引に銀次郎と流華の背中を押して、少しずつキッチンへと入っていく。銀次郎はもう何も言わないが、流華は私にだけ秘密とはずるいぞーなどといって、まだ引き下がってくれない。だけど、そうして子供のようにじたばたと暴れるあたりが姿と似合わず可愛かったりする。
なんとか流華が引き下がってくれるように説得し、三人はキッチンの奥へと進んでいく。
奥に進むにつれて、スッキリとしたスープの香りが倉の鼻を刺激する。その匂いをかいでいると、自然とお腹がぐぅぅっと~~~鳴った。今更ながら自分のお腹が減っていることを感じる。
「わぁ……。いい匂いだ」
無意識に発した倉の言葉に、先にいた二人の女の子が気づいて振り返った。
片方は長くきれいな黒髪とそれと相反するような真っ白い肌が特徴的な倉の想い人。もう片方は倉たちのクラスの委員長だ。赤色の丸縁メガネにポニーテールがよく似合っている。
先に声をかけてきたのは菜乃花だった。
「えっと、こんばんは、だね。紙村くんたちも今から晩御飯?」
おっとりとした喋り方は初めて会話をした時と変わらない。聞きやすいはっきりとした声だ。
「えっあぁ、うん。コイツがお腹が減ったって言うからさ」
そういい、倉は隣に立つ銀次郎を指差しながら言う。
すると、るるがいたずらっぽく返事をした。
「それにしては、随分と遅い時間に来るのね。お二人は夜行性なの?」
「今日は、徹夜でゲームして昼間までずっとしてたから眠くてね。二時ぐらいに終わってそっから寝てたんだよ」
これは嘘ではない、銀次郎がゲームを先にクリアしてから倉は意地になってゲームをクリアしようと完徹で先程までプレイをして、やっとのことでクリアした。まぁ、クリアをしても達成感より虚しさの方が強かったが。
「ゲームで完徹って……なんかすごいんだね二人共」
「勘違いをするな、オレはこのバカより数時間早くクリアをしていた。完徹なんてする必要はなかった」
「それはそれですごいわよ……」
「それほどでもある」
「いいや、あたしは褒めてはないわ」
「やめてくれ、照れるじゃないか」
「褒めてないって言ったのよ!」
るるが銀次郎に遊ばれてしまっている。まったくもって不憫だ。その様子を見ていると、俺もこんな感じなのかなーとつい思ってしまう。
――うん可哀相だな、俺。
「銀次郎それぐらいにしてあげなよ、桜も困ってるじゃないか。それにパスタは時間がかかるから急いで取り掛からないと」
「分かった」
素直に納得してくれた。
――はっ?素直?
「代わりにパスタができるまでの間お前をいじめるとしよう」
「パスタには時間がかかるって話だったと思うけど」
「時間がかかるんならなおさらだろう。それぐらい自分の頭で理解出来るようになるんだな倉」
悪びれる素振りも全く見せることなく淡々と言ってのける。なんとも理不尽な人間だ。
「っはぁぁ……」
「なんか紙村くん大変そうだね」
「あっ、分かる?毎日こんな感じだと結構疲れるんだ」
「あんまり無理はしないようにしないと。体壊さないようにね」
菜乃花の優しい言葉がけは倉の心へとどんどん浸透していく。それだけでなんだかやる気が出てきた気がする。倉の心臓はこれ以上ないぐらいのドキドキしていた。
――鳴宮は優しいなー。
「う、うん。ありがとう。言われたとおり気をつけるよ」
「そ、そうしてね」
ぱっと菜乃花と目があった。二人の顔がピンク色に染まっていく。
「……」
「……」
「……」
「……」
数分たったのか、それともまだ数秒だったのか、いっときのあいだ二人は見つめ合っていた。そんなふわふわとした二人の空気をるるが、ごほっごほっとわざとらしい咳払いで払いさった。
――払いだけに……。
「はい、はい、はいそことそこ!見つめあわない!」
音が出そうな勢いでるるが倉と菜乃花を順に指す。それで二人はようやく我に返りさらに顔を赤らめて同時に目をそらした。
「る、るるちゃん。べ、別にね、見つめ合ってたわけじゃないの。ただ……その……目がたまたまあっただけっていうか……なんていうか……」
「そ、そうだ変な勘違いはするなよな。たまたま目があっただけなんだから」
一応は平静を保って否定はしたものの、倉の心臓ははちきれそうなぐらい高鳴っていた。このままでは身がもたないと判断し、倉は無言でパスタの準備にとりかかった。
「やっと作り始めたか……。倉、明太子で頼む」
「イタリア旅行はどうした!」
自分で言い出すぐらいだからペペロンチーノとかカルボナーラとかを言ってくるかと思っていが随分と中途半端な種類を注文してきた。
「私は、」
「これで、」
「お願いするんだよーん!!!」
三名の女の子からはいつ準備をしたのかパスタが三種類とそれぞれ違う味が手渡される。
「……えっとー、どういうことかな?」
「そのまんま…………です」
「そのまんまの意味です」
「そのままなんだぜ!」
――えぇぇ……こんなに作る気力はないんですけど、まじで。
「あっ大変だったらいいんです。私、一応少し食べたので……」
「いいや。頑張って作るから大丈夫だよ」
「あっ、ありがとうございます!」
菜乃花は少し首をかしげ、流華に続く今日一番の笑顔で倉に感謝の意を表した。その笑顔はしっかりと倉のハートを鷲掴みにし、あんなにだるかった体からだる菌――銀次郎と流華によって溜められたもの――が飛び立っていた。
「よーーーっし、やるぜ!!!」
男って安いなーと思わずにはいられない。自分が何とも情けなかったが、確実に疲れがなくなっていた。