第二話――25
「それじゃ和弥、ここは頼んだよ」
倉が教室を出る際に、そう声をかけられた和弥は無言で右手の親指を立てて力強
く頷いた。それを確認した倉は「よし、いこう」と言って和弥が一人残る三年二組
を後にした。
今現在、倉達がいるこの校舎は二つあるうちの一つ、いわゆるA棟と呼ばれてい
る校舎だ。A棟は一階から四階まであり、一階は玄関と下駄箱。二階は職員室に校
長室など。三階、四階はそれぞれ三年生の教室と一年生の教室がある。そしてB棟
は二年生の教室、図書室、その他の教室というふうになっている。A棟とB棟は二
階と三階にある渡り廊下でつながっているため自由に行き来することができ、さら
に一階は体育館に直接つながっているからかなり移動が楽な構造だ。校舎の間には
中庭があり季節の花が色鮮やかに咲く。
二つの校舎と体育館が非常に密集してはいるが、この中庭の存在が和弥のアイテ
ムの弱点をなくしているのである。
「よし、そろそろかな」
和弥は一人そう言って、自らの役割に集中し始めた。
3
B棟に移ってきた倉達は二階の渡り廊下を渡ってすぐのトイレに身を潜めてい
た。
「二年四組に向かうんだよな」
「そうだ、今日の狙いはそこだけだ」
銀次郎は左手首に光る銀色の腕時計を見ながら倉の問いかけに応じた。
「ねーねーくららん。あと何分ぐらい?もう暇だよーう」
「銀次郎、どれくらい?」
「あと…………三十秒だ」
「「すぐじゃん!?」」
倉が予想していた時間よりもはるかに短かった。
「もっとはやくいってくれよな……心の準備ってやつがさあー…………」
「聞かれなかったからな」
「そうだけどよー…………」
そんな会話をしている間に三十秒はあっという間に経ち、「いくぞ」と何故か部
長の倉を差し置いて仕切る銀次郎の合図で三人はトイレを出た。
「すっげ……マジで多い…………」
「ほへ~ほんとに予知能力とかあっちゃうんじゃないのか!? ……実は未来人だと
か!はたまた高度な技術的進歩を遂げた宇宙人だったりして!?」
「あいにくながらオレはしっかり現代人だ。残念なことにただの理論に基づいた推
測が当たったにすぎない」
「え~……もうっ夢がないなぁ~じろろんはさ~」
「その呼び方どうにかならないものか………………」
銀次郎の読み通りB棟はA棟よりも多くの部活が集っていた。職員室や校長室など
がない分、CBを置けない部屋がほとんどなく普通の教室が多いことを考えれば当
たり前の現象ではあるがそれでも初の部活動対抗戦でここまで分析しきっている銀
次郎に倉と流華は驚きを隠しきれないでいた。
「おい、あれゲー研じゃね…………?」
「あの職員室とったとかいう奴らか」
「新入生はなんでもありってかよ……ちょっとシメっか」
「おい!そんな事してる暇なんてない、CB探すぞ!」
――昨日の今日でもうみんな知ってんのかよ…………
怖そうな上級生らの視線が三人に容赦なく注がれる。いつ襲われるかもわからな
い緊張の中廊下を少しずつ進んでいく。進むたびに倉達三人を見てはヒソヒソと似
たような話し声が聞こえてくる。
「これ、大丈夫だよな…………」
突き刺さる視線と恐ろしいささやき声に耐えられなくなった倉は余裕が無くなっ
ていた。
「る、るる流華は、き、緊張で今ならそ、空も飛べそうですぜ」
「それは是非とも飛んでもらいたいものだ。…………安心しろそのための和弥だ」
仲間を信じろ。最後にドヤ顔で銀次郎が付け足したその時、
ガタッ
一番後ろをゆく銀次郎の斜め後ろ、ちょうど二年七組の教室の中から拳にメリケ
ンサックをつけ、柔道着を着た男子生徒が走ってきた。
「ちょっ、なんかさっきと似てる…………!」
その姿に倉はデジャヴを見た。
「うおおおおおおぉぉぉ紙村倉ぁ!!」
叫びながら倉に突進する勢いで近づいてくる。
「は、はいっなんでしょう」
迫力に負けて思わず敬語で聞き返す倉。
「俺の…………
「お、俺の?」
「俺の愛する勝道をよぉくもぉぉおぉ!!」
「柔道部ってこんなんばっかか!?」
――ホモォ………………
倉まで残り二メートルぐらいの距離で大きく拳を体の後ろへ引き………………
そのまま後ろに倒れた。