第一話――②
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「あー、腹減った。腹が減ったなー。腹が減りすぎて死にそうだー」
チラッチラッ、と銀次郎が倉に視線を送っている。
時刻は7時。ゲームをやめてから六時間が経った。
空に綺麗に広がっていた青色も今は、薄暗さと、沈みゆく夕日の赤とが交じり合い、幻想的な風景になっている。
「もうこんな時間かー。そろそろキッチンに行かないと閉まるな」
この学校の寮では朝食以外の食事が出ることはない。
昼食、夕食は男子寮、女子寮と分けられた間に、ひとつだけ、生徒が自由に使うことができるキッチンがあり、そこで取るようになっている。
調理に必要な道具は大抵揃っているが、材料は各自用意が絶対だ。使用時間も決まっており、八時以降は鍵が閉められてしまい、入ることができない。
このシステムのせいで部屋のどちらかの人間が料理をできないと大変なことになってしまう。高校生ともなると二人が二人共料理ができるため、さほど生徒に負担はかからない。
だが、ここにいる人間は違う。
パソコンとゲームをこよなく愛し、学力も天才的。なのに、どうしてか、料理ができない。
銀次郎が料理をできないことを知ってから、最初の三日間は必死で料理を教えようとした。
教えるのを三日で諦めた最大の理由、倉の命が危険にさらされたから。
包丁を持ったら指を切る。――――倉の。
フライパンを使わせたら火傷する。――――倉が。
オタマを持たせたらアザができる。――――倉に。
出来る、出来ないの前に、やる気がないようにしか感じられない。
――殺る気はあるのかもしれないけれど……。
ぐぎゅるるるるる。
銀次郎のお腹が盛大になった。
しかし、本人はそんなことは気にもとめず、
「急ぐぞ。時間は限られている。お前に合わせる時間などない」
倉の事情など考えない、言葉が飛んでくる。
「はぁ~、少し……………」
「無理だ」
「まだ何も言ってねぇよ!」
それはもうとても早い一言返事だった。
「多方、『少しは自分でやろうとしてみろよ。』とか『少しは俺のことも考えてくれよ。』とか言おうとしたんだろう」
「なぜ、わかる?」
「毎日、どちらか言っているからだ」
「えっ、マジで?そうなの」
「キッチンには鳴宮がいるぞ」
「えっ、マジで!!?」
……って……あっ…………。
うかつにも喜んでしまった。今のは完全にアウトだ。
「さて、お前の気持ちも聞いたところで一階へ降りるとしよう」
銀次郎は何事もなかったかのように、軋む階段をすたすたと降りていく。
倉は思わぬ失敗をしてしまった恥ずかしさで自分の顔が赤くなっているであろうことがわかった。
「あっ……ちょっ、まてよ!」
持った熱――もとい恥ずかしさをなくすため、急いで銀次郎の後を追う。
歩くにしては、銀次郎のペースはやたらと早く、キッチンの前でやっと横に並ぶことができた。
カマかけられるし、先にすたすた行かれ、なんだかもやもやする。
文句のひとつでも言ってやろうかと、顔を上げたその時――
ドンッ!
キッチンから勢いよく飛び出してきた子とぶつかった。フッと涼しげないい香りが漂い、倉の鼻をくすぐる。
「「いったたたぁ……」」
んっ?なんだか聞き覚えのある声が聞こえた気がした。
もしかしたらと、顔を覗いてみると、やっぱり。同じ一年D組、隣の席の桐浦流華だった。