第二話――⑧
銀次郎が空気を読むとか、よくよく考えるとあり得ないことだ。
――っく……!先にこいつの口止めをしておくべきだった……………。
そのことが頭からぽっかり抜けていた倉はやはり自分の駄目さに頭を抱えた。
「阿野和弥って誰なんだ……!!?……もしやっ!くららんのか、かか彼女だったりするのか!?流華に黙って逢引するとはだめじゃないかっ………」
流華が何か怪しげな呪文をぶつぶつと唱え始めてしまった。変な方向に興味を持ってしまったようだ。
とりあえず冷静な突っ込みを倉は入れておく。
「いや、それはない。まず名前から考えるんだ、流華。やつは男だ」
流華は名前を知らなかったようだ。自分の悩みが杞憂だったことに倉は安心した。
しかし、新しく流華の妄想による誤解を解くという課題が追加されたことに倉は肩を落とした。
周りからみると倉が一人で一喜一憂してる姿はとても奇妙に映っていることだろう。
かなり馬鹿っぽい。
いや、ぽいではなく、事実なのだけれど。
こうも画になるやつはそうそういないだろう。
――はぁ、まあいいや。話が進まないから今はそのままにしとくか。とりあえず、まずは、
「おーい、和弥こっちの席に来いよ。端っこのほうじゃ狭いだろ」
倉は隅っこでうずくまっている和弥に声をかけた。
と、和弥が顔を上げこちらを向いた。
「………あぁ、倉君たちか……。僕はここがいいからさ、こっちにきてくれないかな?あまり人には見られたくないからね」
と、そう言う和弥の顔はかなり真面目だった。
だが、そんな和弥の気持ちも分からなくはなかった。きっと、倉がそういう立場であったら和弥と同じ言葉を言っていただろう。
それにきっと、和弥の姿を見たものは誰もいないわけだから、不審者扱い、または、やたらカンがいい奴なら和弥だということに気づくかもしれない。そうしたら、明日の学校はきっと、荒れに荒れるだろう。
そういった考えもろもろを倉は感じ取った。
倉は何も言わずに和弥の元へと向かい、キッチンの隅の一角に陣取った。
「それじゃあ、まず明後日の内容だけど………って、おい!流華!なにやってんだよっ」
流華が開始早々獲物を捕らえるライオンのような目つきで和弥を睨みつけていた。
――くっそ!いきなり出落ちじゃねーかよ!
「くららんは渡さないもんね!」
謎の告白を倉はされた。
「お前いきなり何言っちゃってんの!?」
一瞬ドキッとしたのはもちろん内緒だ。
「ふんっ、女子なんかにこの僕が倉君を簡単に渡すと思うかい?」
「お前もなに話に乗っちゃってんの!?」
背中から何かが這ってくるような感覚がしたのはもちろん正しい反応だ。
なんとかこのカオスをどうにかしないと倉が思っていると、
「おい」
銀次郎が止めに入ってきてくれた。
「倉はオレのルームメイトだ」
「はい、そう来ると思ってましたよ、一瞬でも助けを信じた俺が馬鹿だったよ!!」
「「「そりゃそうだ」」」
三人の声がしっかりとそろった。
――二人まではね、うん。二人まではあり得るだろうとは思ってたよ?でもね、まさか流華にまで言われちゃうとかね、そこは予想の範囲外ですよ、はい。
しっかりと認めることを倉はこの時誓った。
「そうですよ、いいでしょう宣言してやりましょう、俺は馬鹿ですよ!」
後ろのドアから誰かが出ていく音がした。「失礼しました………」と言うごくごく小さな言葉を残して。
倉は何も聞こえなかった、と、そういうことにしておいた。
「じゃっ、気を取り直してっと。今度は真面目にしてくれよな」
なんとか持ち直した倉の一言で話し合いが始まった。
「詳しい動き方についてだけど………」
いつものように和弥が引き継ぎ、SCWの内容を確認しつつ、作戦を考えていく。
考えるといっても、その内容は主に銀次郎が考えていくのだが。
「あっ、そうだ!ここ、ここを言い忘れてた!」
和弥が紙を指でトントンとしながら思い出したように話しだす。
「SCWの前に拠点を決めないといけないんだ」
「拠点?」
今まで耳にしなかった新しい言葉に倉の頭の上には、はてなマークがたった
「うん。参加の部は、他の部に絶対不可侵領域の教室を一個だけ持つことができるらしいんだ。それが拠点」
「ってことはつまり」
「休憩所兼会議場所、みたいなもんだろう」
銀次郎がうまい具合にまとめた。
「あぁ~、なるほどね」
倉は納得したように、うんうんとうなずいた。
「でも、CBは持って入れないから注意すること。だってさ」
和弥が補足説明を入れる。
「えっ、もってけないの?ちぇっ、残念だなぁ」
「それができたら、CBを取ってからの取り合いっていうのができなくなってしまうだろう。少しは考えろ」
「………ごめん」
銀次郎に攻められ、ちっちゃい声で倉は謝った。
「でその拠点だけど――――――」
そんなこんなで話し合いは驚くほど順調に進んでいった。
時折、あとから入ってきた生徒たちによって作られた夕食が、おいしそうな匂いを放ち四人の鼻についた。
が、しかし、そのたびになんとか空腹を我慢し、奇跡的に話が脱線をすることはなかった。
これは、とても大きな進歩と言える。
この調子ならと、明後日の勝利の映像が倉の頭の中ではぼんやりと映し出されていた。