その6
「奇遇だね、こんなところで会うなんてさ。」
声は優しいのに、目が笑っていない。むしろ睨んでる。
なんて器用なんだ!
って、何故こんな所に石蕗が?
・・・。
思い出せ!思い出すんだ、雪織よ。
う~ん
う゛~ん゛
う゛~ん゛ん゛
ちっちっちっちっちっち
・・・・・・あ。
石蕗に電話するの、すっかり忘れてた。納得~~!!
「・・・ん?その人、彼氏?
あっ・・・じゃ、じゃあ、俺は帰るね!また明日!」
板挟みになるはずだった霧谷くんは、私の背後にいる石蕗を見た途端、なぜか顔色が変わり、急いでそう言い切ると走り去って行ってしまった。
あの野郎、逃げやがっ・・・ごっほごほごほ
「あっ」ってなんだ「あっ」って。
何を察したというんだ。
ま、まあ、どのみち解散するつもりだったんだけどね!?
それでも薄情だと思う!
誤解を解くための説明を一緒にしてくれればいいじゃないか!
それでもきっとこじれるのは見えているが・・・
でも!それでも!
やましい事など何もしていないのだから、そんな逃げなくても!
今日一日でどんだけ聞きたくもない惚気話に体力削られたと思ってんだ!
ちょーっとくらい、痴話?げんかに巻き込まれてくれたっていいじゃん?!
ちょっと?!待ちなさいよおおお!霧谷のばかやろおおおお!
実際に叫んで全力で呼び止めたかったが、目の前に石蕗がいるのでできない。築き上げたお嬢様像が崩れる。それはまずい。
しかも混乱している今の状態の私では、罵倒と共によけいなことまで口走ってしまいそうだ。
ああ、でも今呼び止めなかったら、もっとまずい方向に転びそう。話が。
そんなふうに私が葛藤している内に、霧谷は完全に見えなくなってしまった。
あーあ、行っちゃった。
これで、かんっぺきに怪しまれた。
さてこれからどうしよう。
試しに石蕗をちら見してみる。
おおっと、あちらも此方の様子を伺っているようだ!
即座に顔を戻す。
しばらく黙ってよーっと。
相手が話しかけてくるのを待とう。
自分で話しかけろって?
だって~♪私はチキン~♪
「「・・・。」」
視線を感じる。
何かしら、ビシバシと感じる。
視線が刺さるってまさにこの状況を言うんだろう。
気まずい。
とにかく気まずい。
ひじょーに気まずい事この上ない。
やややっぱり私から話しかけよっかな。
・・・だめだorz
浮気現場を発見された時の言い訳でよくある台詞しか思い浮かんでこない。
絶望的だorz
というか、この状況で何を言っても、石蕗の事を忘れていたという事実は変わらないよ、ね・・・?
なんということだorz
あああ、私はなんてことをを忘れてしまったんだ・・・
紙おおっと神よ、懺悔します。
だめだ、今のとっさに「紙」って漢字変換された時点で許されない気がするんだけどあは、あはあはははは
し、しかし、連絡が来なかったからわざわざ探しに来てくれたのか、律儀だなあ
私だったら、確実に帰るね!ははは。
そしてこの雰囲気。主人公(仮)登場時の魔王モードを嫌でも思い出す。
爽やかな見た目で一見、好青年いや勇者だが、中身まっくろ。まじ魔王。
そういや、それもゲームの方とちょっと違うんだよなあ・・・
石蕗は、俺様キャラだし、相手に嫌われる可能性とかまったく考えない。
なんというか絶対的な自信?それが今の彼には足りない気がするんだ、うん。
自信をつけるんだ!あきらめないで!
ああ、そろそろ本気で駄目だ。
視線で刺殺されそう。ぐさっとね。
イケメンがいたいけな少女をにらみ続けているという異様な光景にギャラリーまで寄ってきたし・・・
よるなさわるなちかよるなああ
ということで、現実逃避はここまでにして。
約束(=石蕗)を忘れていた事には変わりないのだから、さっさと素直に謝ってしまおう。
お願いだから許してください。
そしてこの居たたまれない状況から連れ出してください。
さっきの恋愛相談で浮いたお金でハー〇ンダッツでも奢るから!
安すぎる?わかったパフェ!パフェも付けるから!
「すいませんでした。」
「・・・。」
真顔で睨んで・・・んん゛っ、見つめていた石蕗は、私の心からの謝罪に顔を歪めたかと思うと、黙り込んでしまった。
怒ってる・・・?
まだこの状況から逃げられない・・・?←ここ重要。
こわごわと見上げた石蕗の顔は、今までにないほど無表情だった。
瞳には怖くなるくらい何も映していない。
「つわぶ「ちょっと来い。」」
「えっ?」
私の呼びかけを遮るように告げたぶっきらぼうな言葉は、付き合い始めてからはすっかり引っ込んでいた、ゲーム本来の、強引な俺様生徒会長そのものだった。
それと同時に腕を掴まれる。
期待していた連れ去り方とは少し違うが、この場から脱出できる事には変わりない。
さらば、観衆。
さらば、気まずく重い空気。
・・・。
ぶ、無事に脱出できたことは喜ばしいが、気になることがある。
乱暴に掴まれた腕。そして、ゲーム本来の俺様口調。
い、いい一体、どうしたんだ石蕗くんよ
ヘタレわんこはどうなった、新属性を開拓したのではなかったのかね。
地味に右腕痛いよ、離し・・・無理かごめんって
でも無言はきついんだって・・・!
お願いだから、なんか喋ってえええ・・・
※ ※ ※ ※
おおまたで石蕗がずんずん歩くので、ほとんど私は小走りの状態になる。
徐々に大通りから遠ざかっていって、最終的には飲食店の狭間のような、路地裏のような所に着いた。
今度は人がいない・・・!
よかった・・・って、これはこれで問題だ!
若い男女が二人きりってまずいんじゃ!?
路地裏に着いてから、微動だにしない石蕗。
あ、あれ?
石蕗くーん、おーい
はて、どうしたんだい?と後ろから顔を覗き込もうとしたその時。
石蕗に急に腕を引っ張られて、私はバランスを崩し、石蕗の腕の中に飛び込む形となった。
うわああああああ!?
い、いけめんのお顔がすぐそばに!?
え。やばい。さらに近づいてくる!?
ずささーっと勢いよく後ずさるも、すぐに背中に壁があたる。
やばい、どこの追い込み漁だ、追い込まれたぞ、と気づいた頃には時すでに遅し。
さっきよりも近くに石蕗の顔が目の前に迫っていた。
近い近い近い近い、近いよ、近すぎるよ、石蕗君。息がかかってしまうよ。
相変わらずの無表情だよ。
目が死んだ魚のような目になってるよ、目から希望を失ってるよおお
目はそらしたいのにそらせない。
まるで蛇に睨まれた蛙のようだ。
しゃがんだら逃げられそうなのに。
漫画を読んでる時、そんな馬鹿なって笑えてたのに。
もっと真剣に読めばよかった、あの壁ドン漫画。
あああ
思考は冷静なのに心臓がうるさいくらい鳴り響く。
「ねえ、雪織。」
声が優しい・・・?
って顔が無表情だから台無しだ!
期待しちゃっただろおお・・・
「・・・・・・な、なんですか?」
「俺に何か隠してる?」
「・・・何を?」
頭の中に警報が鳴り響く。
<<ぐわーんぐわーん>>
では、息を吸って~心を落ち着かせて~
さんはいっ
その何かって、お嬢様口調を装っている事!?
それとも、別れるつもりでいるってこと!?
実は前世の記憶があることってか?
ありすぎてわからないよおおおお(息継ぎなし)
背中にいやーな汗が流れる。
石蕗の口が開く・・・いーやーだー聞きたくないいいいい
時よ止まれ。切実に。
・・・まあ、止まるわけないわな。所詮現実だし
「好きな人ができたとか?」
「・・・は?」
「喫茶店で一緒にいた男。」
!?
「彼は私の友人に恋してるただの有象無象です!
その事で、相談に乗っていたのです。
約束を忘れてしまって、ごめんなさい。
初めて、恋愛相談というものをされたので、お恥ずかしながら無意識にちょっと浮かれていたのです。」
見事、一息で言い切った自分を褒め称えたい。
それは、もう、必死である。
私、藤堂雪織はあくまでも石蕗一筋である。執着しているのである。
ここできっぱりと正しておかなければ、本格的にゲームの大筋のストーリーから外れてしまう。おそロシア。
人生初の恋愛相談で浮かれてたというのも、う、嘘じゃないし。
嘘じゃない!嘘じゃないさ!
本当だよ、信じてくれ!
恋愛相談した事は秘密にしてくれと霧谷には言われてたのを思い出すが、そんなの知ったこっちゃない。
こちとら緊急事態なのだから!
なんだか胃が痛くなってきた。
「そ、そうなのか・・・?」
不安げに見つめてくる石蕗。
その姿が子犬に見えて、不覚にもかわいい、なんて思ってしまった事はここだけの秘密である。
また、アレだ、耳としっぽだ。
二回も幻覚が見えるだなんて・・・私、だいぶ疲れてる。
「そうです。」
「本当に・・・?」
「本当です。
逆に、なぜ、そのように思われたのですか?」
頻繁に自分が浮気をしてるのではと疑われるなんて、心臓に悪すぎる。
主にゲームの道を外れる恐怖だが。
しつこいくらい何度も言っているが、ゲームの石蕗は俺様キャラだ。
主人公が心変わりするなんて1㎜も思わない。
男友達と少し喫茶店によるくらい、別になんとも思っていなかったと思うが。
『主人公よ、石蕗なんて振ってしまえ!他にもいい男はたくさんいるぞ!』
攻略中に何度こう思った、いや叫んだことか。
主人公は本当に一途すぎる。
私の質問に、なぜか自嘲気味に笑う石蕗。
その顔は、今にも泣きだしそうで。
「・・・・・・不安、なんだ。
付き合い始めても、俺ばっかりがお前を好きっていう状況は中学から変わらなくて。
お前のメールはいつも一言二言で、どことなく事務的だし、今日初めて長文のメールが来たと思ったら、一緒に帰るのを断るメールだし。
帰るときになったら、すぐ連絡するって言ってたのに暗くなり始めても電話はなくて。
心配で居ても立ってもいられなくて、雪織の学校の方に探しに行ってたら、雪織は他の男と喫茶店から出てくるし。
しかも俺には見せないような顔で笑ってた・・・」
「それは・・・」
私の言葉を遮るように石蕗に抱きしめられる。
・・・。
うわあああああああ
どこのリア充だあああああ
てか、このまま喋ったら・・・
耳元で囁きかけることになる・・・!?
な ん だ と !
だめだって!耳は弱いんだって!
だから、離し・・・ん?
あれ?
石蕗・・・もしかして震えてる?
「・・・本当は、俺なんかにはとっくに愛想をつかして他の男の所へ行ってるんじゃないか、友達だと思ってるヤツでもその内恋に落ちるんじゃないか・・・なんて今も不安でたまらない。
断れたらどうしようって、デートにも誘えてない。
笑っちゃうだろ?」
そんなことない、と口を開こうすると石蕗の指で唇を抑えられた。
・・・本当に、どこのラブシーンだ(遠い目)
「それでも。
離してやれない。無理だ。もうできないんだ。
お前は、俺の恋人だ。
お願いだから、俺に恋をして。
そのために努力するから。なんでもするから。
だからもっと好きになって。
溺れてしまうくらい、俺を愛して。
もし、雪織が離れてしまったら、俺は・・・」
お、俺は・・・?
「狂ってしまうかもしれない。」
いやちょっと待て、いやいやちょーっと待て!
あれ?なんかおかしくないか?特に最後の囁き。
相変わらず、腰が砕け散るイケボで萌え・・・ってちがうちがう。
こんなに雪織に執着してたっけ、いやしてない。
そんなはずない。むしろうざがってだろう!?
え?え?(混乱)
中学の3年間で本来のキャラが激変するほどの出来事は起こしてないはずなんだが。
ゲームの石蕗ではありえない台詞だ。もっとほら、オラオラ系の!俺様だったでしょ!?大丈夫?
どうしよう、本来のキャラから言動が離れすぎていて、どうしたら良いかわからーん
本当にわからない。私に執着する理由も。
どうしたら良いんだ。
だめだ!私、冷静になれ!
この世界は、あくまでも現実。
ゲームによく似ているってだけで。
だからこそ私は、嫉妬して人を刺した挙句、自分も刺されて死ぬという悲惨な結末の可能性を消すために動いてきた。
どれも、なんか空回ってる感ハンパないけど。
・・・。
・・・・。
・・・・・。
・・・・・・!!
何を私は思っていたんだろう!
石蕗の情緒不安定疑惑云々を抜きに考えて、私の言動もゲームとはまったく違っていたじゃないか!
だからだ!だから、石蕗も所定の俺様キャラにならないんだ!
まあ、その事については後で考えよう。
とりあえずは、今の状況だ。
雪織は、何度も言っている通り、石蕗一筋だろう?
それを前提に・・・
藤堂雪織という仮面をかぶって、きっぱりと告げてやる。
「私が心変わりする事はありません。」
―――あなたがヒロインに心を奪われるまでは、だがな!
世界の力がどこまで働くか、わからない。
主人公となる人物と出会った途端、石蕗の人格が戻ってしまったり、強制的に主人公に恋心を抱かされるかもしれない。
そのために、私は・・・?
私にできることは・・・?
石蕗英仁に恋をしない事だ。
それは今も変わらない。
例え、石蕗がありえないくらい私に執着していてもだ!
私たちが恋人のまま、何も変わらない可能性もないわけではないが、少しでも変わる可能性があるなら。
最初から、好きにならない方が良い。
そうに決まってる。
もっと、ちゃんとキャラに乗っ取って動かないと!
今回の反省も踏まえて、石蕗がたじたじになるくらい迫らないと!
だって、それが私《雪織》だから。
私がゲームと違うリアクションをして、どうするんだ!
反省。
もっと・・・
もっと、分厚い仮面にしなきゃ!
ということで―――
「石蕗様。来週の日曜日、デートに行きましょう?」
ふっふっふ
反撃開始だ!覚悟しとけよ、石蕗!
※ ※ ※ ※
――――雪織が石蕗に連行された後の喫茶店にて
「ん?
何か、紙が・・・
・・・!
まさか、ね。
でも、ただの電波なのか、本当に転生者なのか確かめる必要があるわね。
あの女。」
まさか、あの紙を落とし、ましてや拾われていたなんて。
迂闊だった。
紙になんて書かなければ、あんな面倒事に巻き込まれずに済んだのに・・・
あああ・・・過去に戻って拾いに行きたい。
その頃の私といえば、石蕗が離れても家に帰っても、一向に治まらない、妙に速い心臓の鼓動を必死に見ないふりをしていた。
これは、不整脈だ。絶対にそうに違いない!
きっと私は疲れてるんだ!
今日は早く寝ようそうしよう。
デート対策を考えないと!