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ひつじ

ふあああぁ。

珍しく人数合わせで誘われた合コンの帰り道、あくびを噛み殺しながら家を目指しててくてく歩く。

お酒は強くないからカクテル数杯ですぐ眠くなる。

それにしても今日の飲み会もつまらなかった。

まあ人数合わせでいったのだから、私も相手も期待なんてしていなかったのだが。


「私ってそんなにひつじっぽいのかなぁ…。」

つい独り言を声にだしてしまった。

今日の合コン相手の男の子に言われた言葉。

「来栖さんってなんかひつじっぽいよね。」


ひ つ じ


よく友人との間で動物に例えるなら?ってやる時、みんなが犬とか猫とかが多い中、私はだいたいひつじ。白くて(名前も雪だし)丸くて猫っ毛テンパで、ちょっと目が離れているところがひつじっぽいらしい。しかも人畜無害な。

これを言いだしたのは高校時代の悪友だが、彼女曰く褒め言葉だから気にするなとのこと。

嘘を言うなこの雌狐が!とドツキあったのは数え切れない。

確かに見た目はまんまそうだと言われても否定できない。鼻も小さくて低めだし、黒目がちな目は奥ぶたえでちょっと垂れ目気味。

だが中身はというと。第一印象と違いすぎるというのが私の友人の大半の意見だ。確かに地味で目立たず、いわゆるモブキャラと言って差し支えないだろう。しかし親しくなると被っていた猫(いやひつじか?)を脱ぎ捨て、的確なツッコミと毒で相手を攻撃するらしい。

しかしまあ人見知りで男の人とお付き合いもしたことのない私を【人畜無害】と評するのもあながち間違いとは言えないのかもしれない。もちろん嬉しくはないが。


とまあこんなことをつらつらと考えながら、まんまるお月さんを見上げ、きれいだなーとか思っていたのが悪かったのだ。

ふらふらながらも確実に前へ一歩を踏み出しにもかかわらず、地面を踏みしめた感触が一切なかったのだ。

そして気付けば、ハ○ジもびっくりな草木生い茂る山にいたのだった。



「ユキー、ユキちゃーん」

「はーい!何ですかー?」

「悪いが、ピーターと一緒に羊たちを上の方まで連れて行ってくれんかの?」

「了解でーす。ピーターはもう外?」

「ああ、もう準備をしとるよ。」

「わかりました。それじゃあ行ってきまーす!」

「気をつけるんじゃぞ~」


屋根裏部屋から家の外に出るとそこに広がるのは青い空と雪化粧された山々。そして眼下には赤茶色のレンガで造られた家が点々とあり、集落を形成している。

そう、どうやら私はアルプスの少女の世界にトリップしてしまったようだ。

もちろんここはスイスでも地球でもない、完全な異世界のようだが。

でも風景とか文化水準とかまんまハ○ジだよ!

しかも今お世話になっているのが羊飼いのおうち。何これギャグなの?

おじいちゃんとおばあちゃん、そして孫のピーター(惜しい!一文字違い!)と一緒に暮らしている。

今日もピーターと山へ登り、羊たちに草を食べさせる。

のどかだな~と青空に浮かぶ雲を見上げながらぼーっとするのが最近の日課となりつつある。

「ユキー!そろそろ移動するぞー!」

あたしがぼーっとしている間にもきちんと羊たちの世話をしているピーターに声を掛けられ我に帰る。

「待ってー!」

さらに山の上へと登るピーターに追いつこうと必死に駆けるがなかなか追いつかない。

まあ歩幅が小さいのだからしかたない。

そう。

来栖 雪、21歳、身長156cm、体重4×キロはトリップと同時に、ユキ・クルス、9歳、身長約130センチ、体重約25キロの立派な幼児体型になっていたのだ。

最初、山で倒れていた私を放牧帰りのピーターが見つけ、家に連れ帰ってくれた。目が覚めておじいさんとおばあさんを見て、おっきいなあ~、人種の違いか、と思っていたけど、自分の手足の小ささ、ささやかな胸がぺたんこになっていたことに気づき発狂した。

確かに幼女かわいいいな幼女とか思っていなかったといえば嘘になるけど、自分が今更幼女になるなんて誰が想像できよう。

まあ、そのおかげでピーター一家にお世話になることができたのだけれど。


「ったく、しょうがねーなー。」

ピーターは悪態をつきながらこちらの方に歩いてくると、私の小さな手を引いてゆっくりと登ってくれる。

現在15歳のピーター少年は思春期真っ只中だが、幼女のユキちゃんには本当のお兄ちゃんのようにやさしくしてくれる。

21歳の私は男の人と手をつないだことなんてなかったけど、幼女となった今は当たり前すぎて慣れてしまった。まあおんぶや抱っこは正直言って羞恥プレイでしかないが。


ピーターと共に本日の放牧は終了し、羊たちを小屋に戻すと、おじいさんたちと夕食を取る。大体はパンとチーズに干し肉、そしてヤギのミルクだ。現代っ子の私にはこの食事をあまりおいしいとは言えないけれど、居候の身分で贅沢は言えません。まあ慣れてしまえば干し肉のあの独特なにおいや味もおいしく感じる。ほんとに慣れってコワイ。

夕食を終えるとお湯で濡らした布で体をふき、屋根裏部屋に戻る。

私のベッドはもちろん干し草!

ではなく普通のベッドである。

いや、もちろん最初はハ○ジに憧れて干し草で寝ましたとも!おじいさんたちに変な顔されても!でもやっぱ草のにおいするしちょっとちくちくするしで3日で断念し、普通のベッドを運んでもらいました。

今日もふかふかのお布団で寝ます。おやすみ!




「え、街に?」

「そうじゃ、明日ばあさんと二人で行こうと思っていたんじゃが、ばあさんの膝の調子がわるくてのう。すまんが、ピーターと二人で街に行って、チーズと羊毛を売ってきてくれんかの?」

朝起きてみんなで朝食を取っている時、おじいさんから明日の街行きを打診された。

ピーター一家は主に羊とヤギの畜産で生計を立てている。山の麓の村から大人の足で30分ほどかかる場所に山小屋を建て、そこで暮らしている。おじいさんは数日に一度、小屋で作ったチーズや刈り取った羊毛を、麓の村や村から更に汽車に乗って大きな街に売りに行き、生活に必要なものを手に入れているのだ。

「分かりました!行ってきます!」

ここに着てから数カ月たつけど麓の村しかいったことがない私は初めていく大きな街に期待を膨らませていた。







ふおおおおおお!!

まさに中世ヨーロッパ!素敵な街並みに馬車がぱっかぱっかしてるよ。

乗りたいな~お馬さん…。


などと大都会に目を奪われていると、ピーターがいない。

どうやらはぐれたようだ。

っておい!こんな幼気な少女(あくまでこの世界で)を置いてけぼりにするなんて薄情者!

とまでは言わないけど、ホントにピーターどこ行っちゃったんだろう。

初めてやってきたこんな大きな街で迷子とか致命的なんじゃなかろうか。



緊急事態にぼーっとしている(わたしは緊急事態には思考が停止するタイプ)と、目の前には眼球が痛くなるような美人さんが。

うん、すごいキラキラしてる。

おじょーちゃんどうしたのって?どうしたもこうしたも…と言いながら迷子になったことを素直に話した。


「では私の家に来てはどうかな?」

すっごいキラキラの笑顔で言われて思わず頷きそうになった。

っていやいや知らない人にはついて行ってはいけませんって今時幼稚園児でも知ってる…っておい!もう運ばれてるし!人攫い!!

キラキラさんに連れてこられたのはこれまたキラキラ(っていうかギラギラ)したおうち。って家なのこれ?お城?

ちょっといきなり何フラグですか。


え?メイドさん寄こすから後は聞けって?おい、連れてきたのになんて無責任な。

そしてやってきたこれまたキラキラしたメイド(金髪碧眼美少女!)さん。

「お嬢様のお世話係を務めさせていただきます、クララと申します。どうぞよろしくお願いいたします。」

名前はクララって思いっきりハ○ジパロってんじゃねえか!ていうツッコミを入れた私を誰が責められよう。

そしてクララちゃんに連れられお風呂に入れられ(この世界まともなお風呂ないからマジ天国)きれいなドレスを着せられ(羞恥プレイ!羞恥プレイ!)またキラキラさんと再会を果たしました。

なんかキラキラさんはうんうん頷いてるし、クララちゃんにはよくやった、褒めてつかわす、的なこと言ってるし。

とりあえずキラキラさんに家へ返すようお願いした。てゆーか連れ去られてから1時間くらいは経っているだろうから、いくらなんでもピーターも心配してる。

「それについては心配いらないよ。」

そう言うとキラキラさんは手をパンパンして誰かに入室を命じた。


入ってきたのは執事らしきスーツ姿の男の人とピーターだった。

「ピーター!」

「ユキッ!」

思わずピーターに駆け寄ったところ、ピーターにぎゅっと抱きしめられた。

「ユキッ!お前何してんだ!心配しただろう!」

体を話すとピーターは私に言い聞かせるように言った。ピーターの目は本当に私を心配してくれていたようで、私の方が薄情者だと心の中で反省した。

「ご、ごめんさぁい。」

子供になると涙腺も緩くなるのか、泣くつもりなんてないのに勝手に涙が出てくる。

ピーターは分かればいいと言って、また抱きしめて頭をぽんぽんしてくれた。

頭ぽんぽんは幼女になってもキュンとしました。


感動の再会まっただなかの私たちの邪魔をするようにキラキラさんが食事をしようと言いだした。

キラキラさん家の食事はおいしかった。それはもう。フランス料理のような感じで、前菜のマリネやキノコの風味のスープ、メインの牛肉のソテーに暖かいパン。シメにデザートと紅茶が出てきた時は感動で涙が出そうだった。

ピーターのお家での食生活は前に言った通りで、みんなこの食事なんだと思ってたけど、あるとこにはあるんですね。


お腹いっぱい頂いてピーターと満腹満腹と言っていたところ、キラキラさんが尋ねてきた。

「君この世界の子じゃないよね?」と。

えええええええええええええ!!!!!!

ちょっと何その問題発言!

確かにそうだけど、今言わないでよ!ピーターがびっくりしてんじゃん!!

鳩が豆鉄砲ってこのことだよ!初めて見た!

じゃなくてなんで分かったの!?


「私の家はね、古くは神事を取り仕切る家柄でね。我が家の初代当主はこの国の建国当初、神官長を務めていたんだ。まあ今から50年ほど前に政教分離の考えが進んで、我が家から神官長を輩出することはなくなったんだけど。でも過去数百年に亘るこの国の膨大な神事の資料はこのシェルフォンテ侯爵家当主に引き継がれていった。そして書物の中にはこう書いてあった。


漆黒の闇を瞳と髪を持つもの、即ち異界の迷い人である。迷い人来たらば丁重に遇すべし。


ってね?」


キラキラさんが神々しいまでのキラキラスマイルで語ってくれた。

キラキラさん曰く、この国には100年に一度くらいの割合で、黒目黒髪の異世界人が現れるとのこと。その異世界人はこの世界にはない黒の色彩と知識を持っており、丁重に扱われるとのこと。でも元の世界に戻る術はない。だから代々シェルフォンテ侯爵家で保護してきたのだと。


「ユキが異界の迷い人?」

ピーターは呆然としたままその言葉を繰り返しつぶやいていた。

「異界の迷い人の話はこの国では誰もが読む童話だからね。まあもっとも皆それは伝説やおとぎ話であって事実とは思っていないけどね。」


「という訳だから、ユキ。今日から我が家で暮らしなさい。」


またもや笑顔でそうのたまうと、今日はもう遅いからと私とピーターを御屋敷に泊め、次の日には侯爵様と一緒にピーター一家に別れの挨拶をしに行き、シェルフォンテ侯爵家(言いにくい)にお世話になることになっていた。


それからの私はというと、朝起きてお庭を侯爵様とお散歩。日中はお勉強をして(数学に関しては神童とか言われたけど淑女講習は落第)夜は侯爵様とお食事をして就寝。

そしてたまにピーター一家に会いに行く。最初は侯爵様に反対されていたけど、秘儀・うるうる上目づかい(泣き落としともいう)で見事月2回の帰省の権利を勝ち取った。まあ条件として必ずクララちゃんに同行してもらわなければいけないけど。

ハ○ジライフからお姫様ライフへの転換は正直しんどい。日がな一日ひつじやヤギとぼーっとしていた暮らしからは想像できないほど、お嬢様はやることが多いのです!だからおじいちゃんところに帰るのはいい息抜きになっている。

ハ○ジがホームシックになったのもよく分かるよ…。


その他は、侯爵様がお休みの時は一緒に出かけたりお昼寝をしたりする。

うん、自分でいうのもなんだが正直好かれてます。侯爵様に。ペットとして。

だって食事の時はいっつも膝の上に乗せて餌を与える親鳥のごとくかいがいしく世話をしてくる。精神年齢21歳にはとてもじゃないが耐えられない。最初は全力で抵抗したんだけど、そのたびに捨てられた子犬のような目で侯爵様が見てくるから仕方なく抵抗をやめた。可愛い系には弱いんです!

んで、お昼寝も侯爵様の寝室で!腕に抱かれて!眠るんですよ!あんなキラキラしい顔が間近にあるなんて最初は卒倒しかけたけど、今じゃぐっすりと安眠。慣れってコワイ。侯爵様なのにけっこう鍛えているのか今はやりの細マッチョ。腕枕されて胸の筋肉を布団に寝るとかマッチョ好きにはたまんないだろうね。あたしは別にマッチョ好きじゃないけど。

でもね、当たり前だが性的なことは一切ないの。(あったらそれは犯罪です。ロリコン!)

もうこれ完全にペット扱い。

それに気づいてからなるべく侯爵様の癒しになるように暇なときは寄り添って、忙しそうな時はあんまり近づかないようにしている。

そうこうしているうちに月日は流れ、5年もの歳月が経つ頃には来栖 雪改め、ユキ・クルス・シェルフォンテになっていた。

15歳の誕生日を侯爵様のベットでお互い素っ裸で迎えた時、このロリコン!と叫んだ私を誰が責められようか。


そんなこんなで人畜無害なひつじは人畜有害なオオカミと幸せに暮らしましたとさ。

めでたし。めでたし。






誤字・脱字ありましたらこっそり教えてください。

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