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ASKLEPIEION  作者: 華華
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弟子たるものこれくらいは当然…なんですよね(泣)

アルザ・レイファンは二通りの意味で「神医」と呼ばれている。一つはその類い稀なる医療技術と、患者への深い情から。もう一つは、彼女の所属。

彼女は個人の医者ではなく、どこかの医院に所属しているのでもない。彼女、それからユアンはアクレピオ神殿に所属している医療神官。

アルザが神に祈った事は物心ついてから一度も無いという事実について、今は置いておく。

アクレピオ神殿は、名の通り医術の神アクレピオをまつっている。この神殿は祭神の場であると同時に、特殊な医療施設。通常の病、怪我の相手をする医師、薬師は当然いるがそうでない者がいる。


瘴病。


その患者の治療がアルザを含めた特殊医療神官の仕事である。

瘴病の原因となる瘴気は大量の死体、強い恨みを持った霊、または瘴場とアルザ達が呼ぶ過去の歴史に依って瘴気が発生しやすくなった場所から流れ出す。それを大量に浴びた者、または不安、哀しみなどの感情を強く持つ精神の弱った者に症状が出る事が多い。

瘴病の症状は、浴びた瘴気の種類、強さに依って異なるがその症状が一般的な薬剤で緩和される事はなく、最悪は数日で死に至る。


アルザ達の仕事はこの瘴病の治療と、瘴気源の封鎖または破壊。




ユアンはアルザと瘴気源の調査と瘴病治療の為の旅をしていた。瘴病治療はまだ出来ぬ見習いのユアンだが瘴気源の探索ならば単独でこなせるようになっていたから、隣町で一時別れてユアンはその町での調査、アルザはここファレンという町での調査・治療を行っていた。そして集合は今日の夕方、このガーデンという宿屋だった…のだが。


ある意味で非常に治療困難な病「(超絶)方向音痴」を患っているユアンは迷子になって四分の三殺しにされたわけだ。


「先生、瘴病の治療をなさったのですね?」

師匠の怒りが醒めたところでユアンは質問した。

「ああ。

この町…予想外に瘴気源が多い。馬鹿でも判ったろう?」

ユアンは頷いた。

瘴気源探索の訓練を受けた者は、近辺に瘴気源があれば感じ取る事ができる。アルザほどになれば、数ザンヤール(=キロメートル)離れた地点の瘴気源でも、その正確な方向、規模、瘴気の種類まで感知する事ができる。

「この町の瘴気源を片付ける。その後……」

アルザは壮絶に顔をしかめた。

ユアンのミス以外の理由で彼女がこんな顔をするケースは一つしかない。

「神殿に戻る」

彼女は、神殿が大嫌いだ。自分より地位の高い人間が嫌いだし、神事に一切の興味・関心がない。神殿にいると仕事が出来ないというのも、患者の治療にしか興味が無いアルザには耐え難い。のんびり羽を休めるという行為が、何より性に合わないのである。


「ええと、理由を聞いてもいいですか?」

ユアンが問い掛けると、アルザは薄い封書を投げ渡す。

「くだらん成果報告の会議だ。治したいのは勝手に治すし、サボりたい奴は何を言われてもサボるんだ。

報告会なんかで、意気が上がるかってんだ」

「…ごもっともです」

触らぬ神に祟り無しというし、同意しておくに限る。

「明日発つ…予定だったが今日診た患者の経過が気になるから、一日遅らせる。文句は」

「ありませんっ」

アルザは鷹揚に頷くと、犬を追い払うように手を動かした。

「私はもう寝る。お前の部屋は無い。ロビーは24時間開いているそうだ」

「判りました…。明日のご予定は」

しょぼくれた犬のようになったユアンが確認するとアルザは手帳を開くまでもなく

「朝9時半頃、患者が来るはずだ。診療場所は多目的室を借りる。その手配を8時迄に済ませ、診療準備を整えておけ」

「判りました」

生憎、常人レベルの記憶力しか持っていないユアンは、アルザが早口で告げた予定というか命令を大慌てで手帳に書き留めた。




翌日、ユアンはロビーにて(幸い暖房が入ったままだった)目を覚ます。朝4時。外はまだ真っ暗であるがこの時間に起きる必要があるのだ。

アルザが治療を開始するのが9時30分。彼女は治療に関する限り誰もが驚くほど真面目であるから、午前中に予定がある場合その三時間前には必ず起床して体調も何もかも整えて治療にのぞむ。弟子のユアンはそんな彼女の目覚まし時計であるから、更にその二時間前に起きて身支度を整えておく。弟子たるもの、これくらいは当然…と思っているのがユアンとその師匠だけというのを、特にユアンは知らない。

他の客の迷惑にならぬよう、ひっそりと水道を使って洗顔を済ませる。静かに着替えて、はたと困った事に気付いた。ここは観光地である。すなわちそれは、朝、陽が昇るよりも早く動き出す者の為の店がこの上なく少ないという事。…朝食の調達が出来ない。宿の売店は7時開店らしい。

『昨日、用意しておくんだったあ』


嘆いても遅い。幸い、師匠の食事は用意出来そうなのでそれだけは良かった。




 そして6時半きっかりにユアンはアルザの部屋を叩く。

「師匠、お時間です」

ドアの向こうからはっきりとした答えが返ってきたのでユアンは中に入る。

「お早うございます」

「ああ。食事はもう済ませたのか」

「それが……」

ユアンが自分の不手際を話せば

「馬鹿め」

と罵られる。

「7時には用意しますので……」

「そうしろ。機材の持ち運びを開始。行け」

「はい」


ユアンは自分ほどの重量があるかもしれないデスクや椅子を台車に載せて、何往復もする。資料やカルテ、細かな治療器具などを運んでいれば30分はあっという間に過ぎた。汗だくのまま売店に行き師匠の朝食を用意し、また走る。

「お食事を……」

「置いておけ。セッティングは済ませたか」

「もう少し……」

「先にそれを終らせろ」

そんな事より空腹で死にそうですとは言えない。言ったところで、「そんな簡単に人は死ねん」、または「なら死ね」のどちらかが返ってくるに違いない。因みに、どちらのパターンも経験済みだ。

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