就活(2)
玲に手を引かれ、二人馬鹿みたいに走って、ついたのは小さなスタジオだった。もしかしなくても、きっとここが今日の仕事場だ。
「本当は家の鍵渡して使って良いよっていうのがいいのはわかってるんだけど、うち駅からの道暗いから一人で歩かせるの心配なんだよね。だから、ごめん。ここで休んで」
そう言って連れて行かれたのは小さな小部屋で、小さめのソファが置いてあった。
「……いいの?」
私を職場に連れてきていいの?
仕事はいいの?
言いたいことの半分さえも口から出てこないまま、玲を見上げた。邪魔をしたかったわけじゃないのに。
「大丈夫。ただ、ちゃんと部屋に鍵をかけて。悪い人達じゃないけど、やっぱり洋は女の子だし、俺が心配だから」
「……わかった」
本当は一緒にいたい。でも、言えない。
玲の出ていったドアに額をつける。
「洋、ごめんな」
ドア越しから玲のすまなそうな声が聞こえた。
「……何言ってるの。謝らないで。私のほうこそ邪魔してごめん。それとありがとう。まだ作業あるんでしょ。早く戻って?私は大丈夫だから」
「洋が鍵閉めたら行くよ」
「はいはい、早く行かないと他の人に迷惑がかかるよ」
私は強がることしかできないから、無理して明るい声を出して鍵を閉めて玲を追い立てた。玲の遠ざかっていく足音にそのまま床にしゃがみこむ。
好きなのに遠い
明日は最終面接が一件入っているのに
泣いている暇なんてないのに
「ふぅっ……」
そう思ってはいても、涙は次から次へと溢れてきてとまらない。このままじゃ目が腫れてしまうと思ったのはかなり時間が経過した後で、まだとまらない涙に心の中で苦笑をこぼしながら部屋に置いてあったティッシュボックスを持つとソファーへ沈み込んだ。しゃがんだままでしびれてしまった足に悲鳴を上げつつ、思い切り鼻をかむと何だか少しすっきりした。
「スーツ脱がなきゃ……」
しゃがみこんでいたせいで皺ができてしまったパンツスーツを前に自分に呆れて対処が思い浮かばない。
スカートにしとけばよかったかも
そんな見当違いなことが浮かんだ。
「……もういいや。寝よう……」
このままじゃ思考がおかしなままだ
スーツを備え付けのハンガーにかけると、久しぶりに出た涙と疲れが一緒になって、体が沈むように感じた。意識が落ちてい中、玲の声が聞こえた気がして嬉しくて苦しかった。
翌日、誰かがドアを叩く音で目を覚ました。
「洋、起きて」
玲の声が聞こえると認識はしても、状況が思い出せず、寝ぼけたまま扉を開く。
「洋!うわ」
何だか騒がしいけど、玲の声が聞こえるのが嬉しくてそのまま目の前の人物に抱きついた。きっと夢だ。抱き枕やぬいぐるみに抱きついた感覚だった。
「洋!……洋?」
あまりに名前を必死に呼ぶ玲の声に何だかおかしいと気付いた時には、呆れた顔をした玲が、私の頭を撫でていた。
「へっ!?うわ、ごめん!」
思わず、強い口調で言葉があふれた。夢かと思っていたのは、どうやら全て現実だったようで、頭がついていかない。
「他に誰もいなくてよかったな」
苦笑しながらの玲の言葉に何度も頷く。
「仕事、終わったから朝ごはん食べに行こう?」
廊下で待ってるから着替えて出ておいで、そう言って出て行った玲の言葉で、Tシャツにジャージという自分の姿を認識した。やってしまった、と思うと同時に疲れている玲を早く休ませるため、急いで着替えると部屋を出た。
「OK?」
こちらを見た玲の表情が少し疲れているのを見て申し訳なく思う。
「うん」
思ったところで何もできない自分の無力さに心が痛いけど、笑顔で頷いた。
「いいお店見つけたんだ。静かなところだし、朝ごはん食べよ」
朝の冷たく澄んだ空気を吸って吐いて冬を感じる。
「寒い」
首にぐるぐるマフラーを巻いてコートのポケットに手を突っ込んで、横の玲を見やる。玲はダウンジャケットしか着ていないのに、寒そうではなくて朝日がまぶしそうに目を細めていた。二人が吐き出す白い息が、私達が通ってきた道に流れて歩いているんだ、二人で歩いてるんだと何だか嬉しくなった。
「何?」
「ん、何だかこんなのもいいな、と」
「そうか?」
きっと伝わってないけど、これは私の中だけの秘密。二人で居られる時間はどんな時でも幸せなんだ。どんどん嬉しくなって、玲の腕に抱きつくように飛びついた。
「へへへ」
なんだかな、と言いながら玲は開いている方の手で私の頭をぐしゃぐしゃとなでた。
「ちょっと!今日最終面接なんだから!」
「お、ついに決定か?」
僅かな時間を鮮やかにするために私は哀しみを心の奥にしまって笑う。もう少しの辛抱だから。今は二人とも忙しいから。就職決まったらもう少し心に余裕ができるはず。
そう思いながらしばらく歩いて入った玲おすすめの喫茶店は、とても暖かな空気の流れる場所だった。
「今日はどこに行くの?」
サラダにフォークをつきたてる玲が昨日からの中で初めて就活について聞いてきた。
「ん、飯田橋に本社のある会社。そこに決まればたぶん神奈川にある研究所に勤務かな?はっきりはしないんだけど。長野にも研究所あるらしいから。ってか、その前に受かるのかって話よ。私にとっては高嶺の会社なんだから」
「へぇ、でも最終だろ?決まりじゃないのか?」
「最近はそうでもないらしいよ。ほら、今離職率が高いから会社側もミスマッチを防ぐために最後まで必死らしいよってか私そんなこと気にしてる余裕ないから」
五つばかり離れている私たちは時々世代の差を感じる。玲は関心したように相槌を打ちながら私が叫んだり食べたりと忙しいのを呆れたように見ていた。
「何時から?」
「……十時から。……きっとまた頭真っ白になって必死にわけわかんないこと言っちゃうんだろうな……」
私はフォークで突き刺したウインナーを見つめて小さく呟く。
「焦るなよ」
「……おぅ」
落ち着いた声で声をかける玲に小さく返事をする。努力はするが、きっと失敗するともう一人の自分が言っている。
「玲こそちゃんと寝なよ、目の下に隈出来てる。人前にも出るんでしょ。」
ははは、と笑ってごまかそうとする玲を睨みつければ、「気をつけます」と頭を下げた。
食後のコーヒーをゆっくり堪能して店を出ると、二人でゆっくり駅まで歩く。まだ人もまばらなので、昨夜のように人目を気にする必要もなく、ゆっくり歩む。切符を購入し、スイカの玲と一緒に改札を通り抜ける。さぁ、ここでお別れだ。
「洋、大丈夫だよ」
「ん」
頭を軽く撫でられ、頷くことで答えた。ここからが別々の日常。これが現状。今出来ることを私はするだけ。
顔を上げて笑顔を見せる。少し無理してるのはご愛嬌だと思ってほしい。
「ありがとね。行って来ます」
「こっちこそありがと。がんばれ」
そうして二人別々のホームへ向かった。
この日、私はやっぱり面接で頭が真っ白になって必死にわけのわからないことを言った気がする。
それでもなぜか内定をもらうことが出来たのは玲のおかげだろうか。
書きながら自分が就活していたのが、たった2年前だということに気付き唖然としました。だって、ほとんど思い出せない(笑)
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