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私の誕生日

一話毎で完結させていこうと思います。

二十四年前の今日、私は生まれた。



『誕生日』



 目覚ましの音で起こされ、布団の中で伸びをした。

 枕元においてあるケータイを開くと、既に『おめでとう』といういわゆるハピバメールが数件届いていた。ただ、肝心の玲からのメールは届いていない。

 一通り読んで、返信は後にしようとケータイをベッドの上に放り投げ、ベッドから降りた。

 ぎしっ

 悲鳴をあげるベッドを睨みつけ、大きな欠伸をこぼしてキッチンへと向かった。

 今年の誕生日はこんな始まり。まあ、世間一般では平日というほとんどの人が働いているであろう日なわけで、社会人の玲はもちろん仕事がある。大学院生の私も学校へ行かなければならないし、もちろんその他多くの学生も授業がある。




 研究室へ登校すると、早速研究室のメンバーが楽しそうにプレゼントをくれた。嬉しいけれど、もらった瞬間からお返しのことを考えてしまう自分が嫌で、お礼をいうとそうそうに実験室へ逃げ、実験を始めた。

「洋!」

 ドアのノックが聞こえたかどうかわからないくらいの間隔で、ドアが開き、驚いて目をやると隣の研究室の湊が白衣姿で立っていた。

「ノックぐらいしなさいよ……。」

「洋、誕生日おめでとう。」

 私の言葉なんて聞いちゃいない湊は、にかっと笑うと包みを両手で突き出してきた。お礼を言い、受け取るととりあえず私より10センチくらい小さな湊の頭を撫でてやる。

「開けていい?」

「もちろん!」

 湊の満面の笑みに心の中で苦笑して、包みを開けた。今年は紅茶らしい。甘いキャラメルの香りが鼻をくすぐる。

「ところで、今日は玲さんと食事?」

 興味津々の面持ちで顔を近づけてくる。いつもの湊はかわいいという形容詞がとても似合う。しかし、今の湊はかわいいけれど、いたずらっ子のような目をしている。

「期待に添えなくて申し訳ないけれど、そんな予定はないわよ。だいたい平日じゃない。」

「じゃあ、週末お泊りとか?」

「いいえ、その予定もないわよ。」

「はぁ!?なんで?だって、洋の誕生日だよ?」

 顔を真っ赤にして怒り出す湊を尻目に、少し疲れながらも淡々と言葉を紡ぐ。

「別にいいじゃない、玲も忙しいんだし。来年になったら、もう少し頻繁に会えるようになるしさ。」

「でも寂しくないの?……じゃあ、電話かメールは?」

「まだない。……あっ。」

「はぁ!?玲さん何考えてるのよ!」

 私がしまったと思った時には時既に遅く、湊の怒りは爆発した。もっとも、私が付き合っている人がいること自体、湊しか知らないため、大声を出すことはなかったが……。

 その後、なぜか私が怒られ、湊との今夜の食事の約束をさせられると、やっと解放された。彼女なりに寂しくないようにとの配慮だろう。むしろそう思いたい。湊が出て行った扉を見つめ、私はため息を一つこぼすと椅子に腰をおろした。

「別に寂しくないわけじゃないのよ。」

 思わず本音が出る。もともとプレゼントは欲しいと思っていない。ただ、一言『おめでとう』と言って欲しいだけ。メールでも十分。嘘、できるなら声が聞きたい。

 玲に会えるのは1ヵ月に一度がいいところ。本当に忙しい時は二、三ヶ月に一度しか会えない。

「馬鹿……」

 首から提げているリングを持ち上げる。化学を専攻し、毎日多くの薬品を使用する私は指輪をつけない。それを承知の上で、玲が記念日でも何でもない日に買ってくれたペアリングの片割れ。普段は洋服の下に隠して見えないようにしている。玲は納得しながらも、それがお気に召さないらしい。

「それじゃ意味がない。」

と。そういう玲も仕事上指輪は首からぶら下げていることが多いんだけどね。




 夕方、湊に連れられて、駅の近くに新しくできた飲み屋へ。

「今日は奢るよ。」

 すでに、お酒が入っているんじゃないかと思うくらいテンションの高い湊に勧められるままお酒を飲む。湊が玲に対する不満を次から次へと並べているけれど、私の耳には左から右。意識は常に、自分の隣に置いたケータイへ向いていた。

「……洋、洋!」

「な、何?」

「もう……」

 湊は話を聞いていなかった私を軽く睨むと、話題を変え、今度は自分の彼氏のことを話し始めた。ごめんね、湊。

 結局、私が酔っ払う前に湊が泥酔し、私一人では面倒が見切れず、湊の彼氏、袖野さんを呼ぶ羽目になった。

「ごめんね、洋ちゃん。」

 袖野さんはうちの研究室のOBなので、面識があり、私のことを洋ちゃんと呼ぶ珍しい人。他の人は筒井という苗字の方で呼ぶのに。

 湊を引き渡し、お会計を済ませ、店を出たのは11時半だった。

「奢るってのはどうなったのよ……。今度、高いもの食べさせてもらわなくちゃ。」

 小さく呟くと、街灯で照らされた道を歩き始めた。


 


 ぼふっ

 帰宅して、ベッドにダイブすると途端に体が重くなってきた。

「お風呂……」

 声に出して言ってみたけど、体が意識とは別にベッドに沈みこんでいくような感覚に囚われる。朝、シャワーを浴びればいいか、と薄れゆく記憶の中で妥協することにした。

「玲……」

 今日はまだ一度も鳴っていないケータイに手を伸ばした。確かに今日は、週一の予定と元気を知らせるメールを送ってくる月曜日ではないけれど、連絡がほしかった。一言、『おめでとう』って言って欲しかったな。玲専用の着信と受信を知らせるメロディーを待ちわびた私は、いつものがさつな女の子ではなく、ちょっと女らしいと自分で苦笑いだ。

「ばーか……」

 連絡をよこさなかった玲に向けて言ったのか、玲からの連絡を期待している自分に向けて言ったのか、自分でもよくわからないまま目を閉じた。かなりの量のアルコールを摂取したので、水を飲まないと明日がきついと思い、重い体をどうにか起こした。

 ぎしっ

 いつもならこの音を聞くとベッドを睨みつけるが、今はその元気もない。

「もういいや、早く寝よう。」

 キッチンに向かおうと起き上がると、ベッドの上に転がったケータイが急にメロディーを奏で始めた。

「えっ……。」

 諦めかけていただけに思考も行動もついていかない。

 玲専用のメロディー。ディスプレイを見ても、『堤 玲』の着信を示していた。深呼吸を数回して少し落ち着かせてから電話を取ると、今日一日待ちわびた玲のあわてた声が流れてきた。

「遅くなってごめん。まだ二分残ってるよね。誕生日おめでとう。」

 枕元の目覚まし時計は十分早めてあるから日付は変わっていたけれど、確かに今日はまだあと二分くらい残っていた。

「玲、私の誕生日もう終わっちゃったよ。」

 少し意地悪がしたくなってそう言うと、電話の向こうで悲鳴があがった。

「えぇ?嘘だろ?え?」

 本気で慌て始めた玲に小さく笑う。

「嘘。私の目覚まし時計も、ケータイも十分早めてあるから日付が変わっただけ。」

 電話の向こうから安堵のため息が聞こえた。

 今日も忙しかったんだよね。疲れているのに、ごめん。

「玲?」

「何?」

 呼びかけると返事をしてくれること、少しでも今日に間に合わせようとしてくれたことがとても嬉しい。

「玲。」

「何?」

「玲……」

「どうした?」

「……ありがとう。」

 玲の優しい笑い声が電話の向こう側から聞こえてきた。

「洋、急にどうした?」

「別に。」

「寂しかった?」

「全然。」

 なんだよ、今凄く女の子っぽかったのにいつもの玲に戻った、と少し拗ねた玲の声が聞こえてくる。どうせ言葉遣い悪いですよ、と言い返すと笑う玲。

「洋。」

 そうかと思えば、急に真剣な声を出す玲。そんな玲だから私は振り回されるんだ。そしてそれすら愛おしいと思ってしまうのだけど。

「今日ごめんな。会いに行けなくて。来月には休みもらえるから、そしたら……」

 急に申し訳なさそうに言い出した玲に驚く。無理しないで。

「ありがとう。期待せずに期待しておく。」

 矛盾したかわい気のない言葉を返しながらも、嬉しくて顔が緩むのが感じられた。


 

 二十四歳最初の夜は、幸せを胸に眠りについた。

まず第一話です。お楽しみいただけたでしょうか?

のんびりした更新になる予定です。

誤字脱字、感想等ありましたらご連絡下さい。

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