第一章 第三節:構築(3)
ーーボルトクラウン。地中海沿岸を中心に活動する武力組織で、本拠地はイタリアだが活動拠点は各国に点在する。東アジア圏での活動も見られるようになり、現地人と拠点からの派遣員の混成組織となっている。同調者が集まっているため人員の人種による差異は少なく、破壊活動に及ぶことが多いため武力を確保しようとする傾向がある。しかしーー
そこまで書いて困ってしまった。この間のエアリエルの一件は、一度視察に行っていた手前誰も報告したがらず、オレに書類仕事が回ってきた。誰がやっても見たままを書くだけなのでそれはいいが、この仕事をするからといって他の仕事が減るという話ではないので早く終わらせたい。だからとっとと報告書を書いていたのだが、まだ結論が出ないのだ。
エアリエルは、ボルトクラウンと取引こそあったが、専用の機器を作っていたわけではないようなのだ。どこか別の場所が仕入れても使えるもの、要するに商品だ。少し前までのエアリエルならさすがに作らないが、企業体質がここ数年で大きく変化していた。変化と取引のタイミングが良すぎるので、誰かが狙ったんじゃないかと思う。何を狙ったのか。例えば、国内にこんなものを作っている会社があれば、暴れたいヤツが助かる。つまり、国内の過激派。そこが大きな武力を手に入れることができ、ボルトクラウンが口利きしてエアリエルに作らせれば自分たちも助かる。そんなことをしようと思えば、こうなるかもしれない。しかし何の確証もなく、そういう推測を書類に書くとまた怒られる。調べに行くような時間と手間はないので、だいたいみんなよくわからないと結論して書類を出すのだが、これに関しては少し調べればわかるのではないだろうか。そう思うと、手が止まったのだ。
考えていると、クレイグが怒ってきた。サボっていると思われたらしい。実際進んでいないので強く否定もできず、怒るままにしておいた。最近はグリーンボギーが何かしでかすことが多いらしく、残業が増えてみんな気が立っている。そういえば圧力団体とつるんでどうたらという話があった。報告したっきり応答が戻ってこないので後回しにしていたら半ば忘却の彼方、よく思い出したものだ。思い出したはいいが蒸し返すとまたクレイグが怒りそうなので黙っていた。また減給をくらうと、オレだってつらい。殴りつけるとオレが捕まるので、もう言いたい放題にされていた。こんなことを毎日されると、もう当たり前になるので表情も変わらなくなる。だから大人しく聞いているように見えるようだ。この体質はもちろん、身につけたかったわけではない。
食堂でイズミ屋に、現場で何かあったのかと聞かれた。なんでもあの一件以来、パワードスーツのケガ人の話が急になくなったという。これだけ付合するからには関係があるだろうと現場にいなくても思うのだから、何か調べていると思ったらしい。残念ながら現場は考えてもいない。言いづらかったがそう伝えると、どこもそんなもんだな、とため息をついた。向こうは向こうで何かと大変だくらいは知っているが、イズミ屋はオレより要領が良さそうなのでいくらか上手くこなしているだろう。オレはそう思うが、なんだか向こうはオレを見て同じことを考えている節がある。誰から見ても、どこもそんなものらしい。
SIDE:IZUMIーYA
医務室に備品を持っていくと、突き返された。関節という関節を痛めて担ぎ込まれるヤツが多かったから見たことないような形の補助具をたくさん仕入れたらしいが、ケガ人の内訳が変わったからどうするのかと思えばいらないから持って帰れ、と急遽キャンセル。そりゃあ置いていたって仕方ないものばかり、ギリギリ返せるなら返したいだろうがギリギリで返すのは医務室の連中ではなくオレなので、オレが怒られる。包み隠さず説明してもきっと怒られるだろう。自分でもあきれるほどに要領が悪い。ヴァンはなんだかオレを要領がいいとか思っている感じがする。どう見たらそうなるのか知らないが、実情はオレが一番知っている。特殊部隊所属のヴァンは根本的に能力が高いからこんなことにはならないのだろう。いくらか上手くやっているだろうし。
あーあ、とキャンセルされていない配送品だけ別のダンボールに分けて部屋の隅に置いとく。やたら重い。運動不足だからもっと遊ばないと、と真剣に考えていたら、置くときに箱の中から妙な音がした。医療器具の音じゃない。こっちにも何か変わったものが入っているのだろうか。自分がしたわけではないチョンボを減らすためにダンボールを開けてみると、メモリーディスクが入っていた。大きめの容量のメモリ。配送表に書いていないので、他の資材が一緒に梱包されたのだろう。これで後回しにして説明するのを忘れるという最有力手段がなくなり、報告決定。なんですかと聞いて事情を話して怒られて、それからもう一度聞いてみよう。
SIDE:VAN
政府部隊のオフィス。ここの連中は基本肉体派なのでデスクワークが苦手だ。オレはまあ、どちらをするにしても仕事なので似たようなものだと思ってこなしている。何をしても自分のできる範囲でマジメにこなして、それを見た誰かに怒られるのは同じだから、毛嫌いする理由もない。周りの連中は不満があるらしく、嫌そうな顔をしていた。まあいつものこと、それで給料をもらっているので文句を言うものでもない。同僚の一人が梱包資材を持ってきた。事務用品の類だろう。荷物の開封は書類よりは身体を使うので、そんなに行かなくていいと思うような人数が集まり開けていた。何か珍しいものでも見つけたのか、デスクの一つに移動。みんなでのぞき込んでいる。そんなのは目の端に映るだけで別に興味はない。オレは目の前の仕事、正確にはこれによって決まる帰宅時間にしか興味はない。突然、コンピュータが落ちた。古いといってもさすがにそんなオンボロではないはずなのになにかと思えば、画面がついた。バカみたいな目と口だけのキャラクターがこっちに向かってあっかんべー。他のものはアイコン一つ出ておらず、操作できるようにはなっていない。この感じだと、データなんて吹っ飛んでいる。ハッキングに遭うような使い方ではなかったはずなのにどうして、と慌てて顔を上げると、見渡す限りオフィスのコンピュータのディスプレイが同じ状況。そろいもそろってやられたらしい。何が起こったのかと思えば、さっき資材を開封していたヤツらが青ざめている。いったい何があったのか。……まあ、だいたい察しはつくが。
SIDE:LAY
クレイグ氏の元から返ってきた強化骨格は、特に改造された様子はなかった。じゃあなんであんな高機能化したのだろう。もう操縦者がやたらめったら上手かったとかそんなことでもないとこうはならない。でもこれはケガした人にはみんな適応される商品だから、一人がめちゃくちゃ上手くても仕方がない。できることなら操縦者とコンタクトを取って、実演するとかデータ記録とかさせてほしいが、あのときその場にいたのに言い出せなかったので改めて段取りをしないといけない。どのみちそれが一番速いのでそうするつもりだが、上司の印鑑が必要な書類が待てど暮らせど返ってこない。部下と談笑していたので忙しいわけではなく、まあ忘れているのだろう。もう一度相談して、それでもダメなら個人的に頼んでみよう。普通は取引先に個人で連絡したりしないが、操縦者が特定できれば頼めるかもしれない。個人対個人になるので来てくれたとして意味深になってしまう。求婚とかされたらどうしよう。私ってそこそこ美人だし。周りの男たちはそれに気付かず、言い寄られるのはいつもミソラだ。普段の暮らしが女の子っぽいのでかわいく見えるらしい。私もあんなフリフリのドレスみたいなのを着ておけば男が寄ってくるのだろうか。自分の中で慎重に天秤にかけて、また今度にしよう、と先送りにした。考えた時間は、0.02秒くらい。スパコンの演算速度に比べれば、のんびりしたものだ。
そんなことを考えて就業時間を0.02秒も無駄にしていると、連絡が入った。クレイグ氏だという。なにかの打ち合わせだろうと思って電話に出ると、急いで来てほしいという。思いきり業務外だが、頼れるのがここしかないのだそうだ。電子的な問題に対応できるとなると、業務でやっている中でも腕のいいエンジニア、厄介なものになるほど仕事以外でもずっとそのことを考えている人が必要になる。そういう人を探すと、私しかいないのだそうだ。特にほめられているわけではないようだが、普通の取引もしている相手なので邪険にできず話を聞く。なんでも政府機関のコンピュータがウィルスソフトに感染、除去できない。内部の担当者やもっと手近な相談役では手に負えず、何が起きているかわからないという。このままではどの部署も運用ができず強化骨格計画も破綻するかもしれないと聞いて、関係ないのにと思いつつ現場に行った。上司がお土産を持たせようとしてきたが、取引先はおかきが欲しくて電話したのではないので待たずに出かけた。対応が早いのが一番喜ぶだろうし。
政府部隊の基地に行くと、すでに使えるコンピュータがほとんどない。エンジンを切っていて無事だった装甲車の端末から辛うじて連絡を入れていたらしく、ここが拠点になる。座り心地の悪いイスにびっくりしながら何が起こったかを聞いた。政府機関に送られてきたメモリーディスクがあり、不用意にコンピュータにつないで開いたのだそうだ。コンピュータがいくら進歩しても人間は大して変わらないという好例だ。ディスクを調べてもすでに何も残っておらず、どういうものか得体が知れない。調べてなんともならないことはないが、推測程度にわかるのは私だけ。ハイスペックなコンピュータは全部やられたと来ている。一週間くらいでめどがつくと思う、と言うとそれではまずいらしい。こんな状態で一時間も放置したら何が漏洩するかわかったものじゃない。今は全体のネットワークをそもそも切っているのでとりあえず大丈夫だろうが、それはそれで機能が麻痺するので力業もいいところだ。まあ向こうも困っている。職場でトラブルがあると背筋が凍るのは同じのようなので協力するが、がんばったって5日とか見ないといけない。ウィルスソフトの感染源があるならできることはあるが、ディスクのデータが消えている。これではあっても仕方がない、そう思っていたら車の外で誰かが揉めていた。自分の上役と言い合いをする男性は、見たことがある気がする。報告は後にしろとか怒られているが、何をしに来たのか。手にはメモリーディスク。見覚えがあると思って車の中にいるクレイグ氏の持つ物と見比べる。同じだ。私は男性を呼び止め、何があったか聞かせてもらった。
男性の証言を元に今日配送された資材をチェックすると、同じディスクがあと三個出てきた。複数送りつけて誰かが油断すればよし、という考えらしい。雑な作戦だと思うが、実際に成功しているので効果的だったという話になる。その辺は取引先の会議室で話し合ってもらうことにして、メモリーディスクを解析した。どうやらソフトの作成機構のプログラムだ。現地にあるコンピュータを解析して、一番甚大な被害の出るウィルスを自己作成する。わずか数秒で組まれたプログラムは相手のコンピュータに送り込まれ、ディスクの中には何も残らない。作った人は性格が悪いに違いないが、それよりも驚くべきことがある。そのウィルス作成プログラムの全容。シンプルにして奇抜、画期的。それでいて高次元の技術が盛り込まれていて、非常に合理的だ。この合理性が全部嫌がらせに向いているので迷惑するのだが、とにかくこれを作った人は天才だ。他人の作ったものを見てこんなにびっくりするのは、小学生のとき以来じゃなかろうか。夏休みの自由研究で作られた作成者より大きい牛乳パックのロボットとはどうすごいかが根本的に違うが、とにかく驚いた。私は政府部隊の陣頭指揮を執り、何が送り込まれたか類推し始めた。人を使うポジションなんて部活でもやっていないのに、私以外はさっぱりわかっていないから、私がしないと仕方がない。だからクレイグさん、あなたは威張らないで。
装甲車の中にある設備は所詮最低限なので知れていて、マンパワーに頼ることになる。ここばっかりは悠久の昔からさほども変わらず、頻繁に人力に頼っては頼った相手に文句を言って能率が悪くミスも多い。だから統率を取る人の手腕が試されて、その実体は「どれだけミスを減らせるか」に終始する。なくせるわけではない。それくらい知っていたはずなのだが……やってみるとこんなに難しいとは思わなかった。わかったつもりでわかっていない人がたくさんいるので、自分の意図とどんどん外れて収拾しなくてはいけない。本来の目的ににじり寄っていけるタイミングは限られていて、もう一人でやらせてほしいとも思ったりするが、さすがに一人では手が足りないので手伝ってもらう、の劣悪環境。職場の上司が何も考えていないように見えていたのは、きっと考えているとやっていられないのだ。そこの認識だけ改めよう。次もせっつくけど。
こんなことをしていたら終わらない。向こうの送り込んできたプログラムの解析は、それほどかからない。ややこしいのではなく発想の転換で、実物があれば追いかけることができる。ただし、このプログラムの解析の後、現場のコンピュータの状態解析、対抗策の立案、取引先にとって触ると本気でバツが悪い場所を洗い出すなどの行程が待っているので、時間はどうしてもかかるのだ。情報さえあればすぐにでもできるが、情報がない。この業界では割と多いことで、割と多いのに誰も有効な対策を持っていない。文句を言いたくなるが、私も持っていないので他人のことは言えない。ハードディスクを持ってきた男性は、部署が違うらしくどこかに行ってしまった。正直専門知識がなくても今周りにいる人よりよほど話がわかりそうだったのに、いなくなったので余計に気が重い。一刻も早く終わらせようと、私は頭をフル回転していた。
SIDE:VAN
「いいのか?」
「仕事にならねえ」
「だよなあ」
もうコンピュータというコンピュータが全部動かない状態で、デスクワークは何一つできず仕事をしようとすれば部屋の掃除とかそんなことになる。紙に書いてまとめる手もあるがその段階の仕事は手元になく、本気で必要な書類を紙で作って提出したら直った後に怒られる。だからもうどこのオフィスも凍結状態、担当の部署以外は一度帰ったらどうだ? とさすがに意見が一致している。でも帰らない。前例がない、というあんまりな理由だった。
イズミ屋もそうらしく、他の機能がマヒしているので郵便物も動かない。たまっていたどうでもいいことを一通り片付けたら本当にもう何もなく、ふらりと休憩室に現れた。就業時間中なのに昼休みと同じくらい人がいる。オフィスにいたってやることはぼーっとするだけだからせめて気分を変えたいらしい。
「……就業時間につくよな?」
「待つのも仕事だしな」
のんきもいいところな会話だが、オレたちは上からの指示を受けて現場で動く手足なので、上から「ちょっと待ってろ!」と言われれば遠慮なく待つ。自販機でコーヒーを買っているのは、自己判断だ。この時間帯に職場で暇を持て余すなんて働き始めてから経験がないので本気で退屈だ。ちょっと歩くか?とどちらともなく言いだし、建屋を出た。
天気が良く、風も気持ちいい。これが帰り道だったら最高だろうが、敷地をぐるぐる回るだけなので決定打に欠ける。二人で歩いて、通勤時間だとか好きなスポーツだとか、本当にどうでもいい話ばかりする。こんなことしている間に復旧したらサボり扱いされるが、ビルの窓を見れば動いているものも明かりも何一つ見えない。仕事ができる状態になれば見えるので、そのタイミングで帰ればほぼ問題はない。イズミ屋がこないだボウリングで自己ベストを出したらしい。48。ボウリングの数字じゃない気がするが、初めて出したのだからたぶん嬉しいのだろう。本当にそのレベルの会話をしていた。スペアが二回出たのが勝因だそうだ。いつも行くという駅前のボウリング場は靴が普通よりワンサイズ小さいから別のところに行け、と教えておいた。
ふと、敷地の片隅にある建屋の奥から物音がした。なにせ動くものが何もなくなっているので静かで、音が目立つのだ。おい、と先導して二人で見に行った。建屋の裏では、革ジャケットの男が地下の配電線を触っている。作業着ではないので何者かと思えば、その顔は無骨な機械だった。メカノイド?しかも、電子頭脳で自律するタイプではない。量産型の、遠隔操作タイプだ。
メカノイドはこちらに気がつき、右手のひらの銃口から何かを打ち出した。黒い指先ほどのラバー弾だが、対人用と考えれば十分なダメージを生む。オレの足に、折れたかと思うような衝撃が走った。この程度避けられないとは、オレも他の連中と変わらない。
飛びついてきたメカノイドに突き飛ばされ、起き上がるのが遅れて馬乗りになられた。この手の状態から逆転は不可能というのが対人格闘の常識、やってしまったという感じだ。イズミ屋が蹴っ飛ばしているが、そんなことでメカノイドが多少なりとも動くわけもない。だが、イズミ屋が上着を脱いで頭のセンサーを目隠しするとさすがに嫌がった。イズミ屋を排除しようとしたのか、上着を剥ぎ取って身を乗り出し、メカノイドの重心が移動する。できた隙間から転がるように身を捩って脱出すると、資材として束ねてあった金属パイプを一本手に取った。金属で殴ったからって相手も金属なので意味がないが、この手の量産機は作りが甘いものだ。首筋に当たる部分に思いきり突き刺してねじる。大事な線が切れたのか、メカノイドは動かなくなった。へたり込むイズミ屋には特にケガはない。オレの足も、折れたかと思うほど痛かっただけで別に折れてはおらず、痛みも引き始めた。とりあえず胸をなで下ろし、二人して配電盤をのぞき込む。信号線の経由盤に、まあ知識がなくてもわかるようなものがつけてあった。
「……盗聴器だよな?」
SIDE:VAN at waiting time
上層部に報告が伝わるのには時間がかかった。手近な上役を捕まえて伝えると、今忙しいという。この上役自身は何をするでもなく慌てていただけなので捕まえたのだが、えらく怒られた。盗聴器……正確には、ネットワーク信号を外部に発信する端末が制御盤に仕掛けられていたことを報告すると、あわを食って飛んでいった。それと同じ伝達が小刻みに行われたらしく、話がようやくオレたちの元に戻ってきたのは2時間後。さすがに休憩室でコーヒーを飲むわけにもいかず、ずっと待っていた。散歩しなければよかった。飛んできたのはクレイグ、オレたちを見つけるなり怒鳴りつけた。
「なぜ早く報告しない!」
現実的に行える最速手段で情報を伝えたはずなので、伝え方を変えてくれないとこれ以上早くならない。まあこの手の言い分は聞き慣れているので流して、何があったかを報告した。敷地内にいたメカノイドはおそらく遠隔操作型の量産機、見たことがあるタイプだった。もちろん外見から意識の有無は判別できないが、メカノイドが権利を認められた今も連中をどこで線引きするかはかなり揉めていて、保護団体は自動掃除機まで一緒くたにしている。襲ってきたメカノイドはまず掃除機寄りのヤツ、仮にそうでなくても襲ってきたので応戦しないと殺されてしまう。その辺もいいかげん揉める種なのであまり言いたくなかったが一応報告、制御盤の元電源を切ってとりあえず対応した、と伝えて盗聴器の場所を教える。どこの電源を切れば無効化できるかオレにはわからなかったが、イズミ屋が学生時代に選択教科でやっていたらしい。これだ! たぶん! と不安なことを言って落としたブレーカーがとりあえず良策、現場は保存されていた。メカノイドと盗聴器に担当者がつき、オレたちは撤収かと思ったらなんだかそれぞれ揉めている。メカノイドはやはり信号を受け取って動くタイプだったが、どうやら一般モデルではない。手のひらに対人武器がついているのだから一般モデルなわけないが、それ以前に制御系が人間仕様ではないという。
メカノイドを遠隔で動かすのが人間とは限らない。人間と同等の思考力を持つメカノイドがいるのだから、メカノイドがメカノイドを動かすケースはいくらでもあり、連中からすれば電子頭脳の信号を向こうに飛ばすだけなのでコントローラーがいらない。人間かメカノイドかの、操る側の条件が変われば、同じ物の操作性が格段に変化する。オレの破壊したメカノイドは、そういうタイプだったらしい。
もしこのメカノイドを操ったのがメカノイドなら……違法行為をしたので摘発対象にそのメカノイドの名前が上がる。そうなればまた人間とメカノイド全体で揉め始めてそれ以外のネットニュースが携帯に入らない、という状況になるのがいつものパターンだ。今、政府部隊は情報系を使えない。だが、目の前にあるメカノイドなら足を使ってたどっていける。いつもそういう仕事をしたがらない政府部隊なのでできるかどうか疑問だが、理屈の上ではできる。どうやら追跡を始めるらしい。理屈は正しくてナンボ、正しい理屈を言っているのを聞いたことがないヤツらなのでたぶん骨折り損だろう。直るまで待ってりゃいいのに、なんて言えるわけもなくそちらは放置した。そしてもう一つ。見たことがあるようなないような、金髪の女性が盗聴器を調べていた。まず外部の人間と考えて間違いない女性技術者は、第一発見者としてオレとイズミ屋を呼びつけた。
「二階堂レイよ。サムズアップでエンジニアをしていて……あら、あなたさっきの」
レイと名乗ったエンジニアとイズミ屋は面識があるらしい。さっきチラッと会ったという。その前にも出先で会った、とイズミ屋は言ったが、レイはうーんと頭をひねった。そうだった気もする、なんて話をしている場合ではないので用件を急いだ。
「あのメカノイド、この制御盤をどんな風にいじってた?」
どんな風にといわれても、地面にある蓋を開けて手を突っ込む、という位置関係から言えば絶対的にこれしかないという手段だ。しかし、レイが気にしているのはそういうことではないらしい。気がつかれないようにとか、そういうことをしていたかと聞かれた。
オレとイズミ屋は顔を見合わせた。オレたちは別に見回りをしていたわけではないので、そんなこと気にしていたなら気がつかないだろう。気がついたのは、音がしたからだ。裏を返せば、音を立てないようになんてしていなかった。これだけ静かでしかも他人の敷地、中のヤツらは機械が動かず暇を持て余している。こうなると隠れていなかったどころか、見つかろうとしていたと考えた方がよほど自然だ。盗聴器自体は本物でこれが仕掛けられれば政府部隊は大きなダメージ、阻止されたところで別方向に誘導できるなら似たような混迷を見せる。二重トラップではないか、と言うのだ。そんなややこしいことをするものか、そう言いたいのはやまやまだが……そうでないと言いきる根拠が、何もない。むしろ目の前のものから距離を置いて全体を見るほど、その方が理に適っているとすら思えてくる。メカノイドの追跡部隊は、すでに出ていった。どこに行くかは知らないが、何かの意図に誘導されているなら敵の手のひらの上、気がつかない限り逆転はまずない。気がつくようなヤツらではないのは、オレが保証する。
レイが追跡部隊を呼び戻すようにクレイグに言っていたが、レイには追跡部隊の指揮権はなくコンピュータが直せればいいと思われているらしい。結局同じフィールドに送り返されて手が打てない。止めようと思ったらこの瞬間にネットワークを復旧するとかそういう離れ業がいる。それができないから困っているのだ。学生時代に情報系をかじっていたイズミ屋が、「ビルの制御系を一瞬で調べ尽くすバカげたコンピュータがないと無理」と言っていた。素人了見なので当てにならないと思ったら、レイがそうねと同意した。要するに誰がどう考えても無理なのだ。考えるまでもないというヤツ。イズミ屋が適当に並んでつなげられた装甲車に目を走らせた。コンピュータを連動させて、いくらかでも処理能力を上げようとしているようだ。
「こんなんじゃ追いつかない。……世界のどんなコンピュータでも無理だしな」
政府部隊の使うコンピュータはそれ相応に能力が高い。ここまで来ると記録しか考えていないような演算速度の大規模コンピュータでもすぐに調べられるとは言えず、この世にあるものでは打つ手がない、というところに落ち着く。これに関してはオレでもそう思うのだからお手上げだろう。……と思ったら、レイが何かを考えている。何か逆転の一手でもあるというのか。
「……電話を借りれる?私の携帯は、ここじゃつながらないの」
あるらしい。専業のエンジニアは違うものだ。外部の敷地で直通回線を使えないレイは、自社のコールセンターに連絡した。頼もしい限りだが、そいつはクレーム担当だからまず自己紹介をしないとこちらが誰かわからない。どーしてわからないの!と怒鳴っても、落ち着いて話さないとつないでくれないぞ。
SIDE:VAN after called CRAIG
20分後。オレはクレイグに呼び出されて付き人をさせられていた。今回は盗聴器の発見者として呼び止められていたので、オレは追跡部隊には放り込まれなかった。いつもその辺をうろうろして聞き込みをしているのはオレなので、手が空いていたらまずアウトだった。それは助かったが、ギャンギャン言うクレイグを見つめるというのは勝るとも劣らないストレスだった。少し待ったほうがいい、と二回ほど言ったが相手にされず、これ以上頼むとコイツの一存で首が飛ぶ。もう少し待っていれば、学生レベルに科学がわかるイズミ屋と自分の会社の受付と話すのが外部の雑用より下手なレイがなんとかしてくれる。……考えるほどなんともならない気がするが、オレだってどうにもできないので文句を言ういわれはない。追跡部隊に、まあ向こうの言葉が聞こえなくても言い方で無茶だろうとわかる叱咤を飛ばしたクレイグが通信を切った。嫌が応にも生まれた待ち時間。げ。目が合った。
「ヴァン。今回はいい身分だな」
そちらこそ、という時代劇の悪人のようなセリフを飲み込んで、背筋を正す。クレイグがオレに近寄ってきた。
「お前にはいい仕事があるんだ。喜べ、一大プロジェクトだ」
何かと思えば、そのうち教えてやる、という。今必要な話ではないのでたぶん八つ当たりだ。多少機嫌を取った方がいいのだろうと思うが、オレはそういうのができない。無理に笑うと顔が引きつるので、無表情を守る。
「貴様はここで働けるだけで御の字なんだがな。楽しみにしていろ……」
今さらクレイグが何か言ったからって気にするようなら今日まで働いていない。だいぶがんばった後、こういうヤツだと割り切ったのでいいのだが、いい気分はしない。そのとき、いきなり動き出したコンピュータに驚いてクレイグが振り返った。クレイグの肩越しに見える画面は、動いてこそいるがあっかんべーのキャラクターが今度は指で口を広げて食いしばった歯を見せて画面の外に飛んでいった。これがいい兆候であるはずもなく、スプリンクラーが作動、クレイグが慌てて飛び出した。誰もいないのにただ濡れているのはオレにとってもアホらしいのでついていった。
SIDE:IZUMIーYA
「いいから、ミソラに代わってちょうだい!」
オレから受付に事情を話した後改めて電話に出たレイだが、要領を得ないのでさっぱり進まない。オレが取り次いだ方がいいと思うが、オレがレイの言いたいことを向こうに伝えるときにオレとレイの間で同じことが起きるだけなので、いくらかでも進んでいるうちは静観した。割と長い保留音の後に、別の人が出た。どうやら大慌てのレイとちゃんと意思疎通できるらしい。超能力者だ。器用に知りたいことを引き出して誘導しているようなので思わず感心した。とりあえず伝わったらしくレイもクールダウン、最初からこのテンションで話せばいいのにようやくわかるように言い始めた。
「私がいつもいる現場に、シロタさんっていう現場の人がいるから、緊急で使わせてもらって。操作はギリギリわかるでしょ?」
電話の相手は、専門の担当者ではないらしいから普通は現場のものなんてわからないだろうに、よほどすごい人らしい。もうちょっと見習えばいいのに。こちらに声が聞こえるレイは、許可のハンコなんて後で押すから!と社会人とは思えないことを叫んでいる。オレは聞き流すが、声がデカいので誰か聞いていないだろうか。まあどのみち他の会社のことだからどうでもいいか。どこも似たようなもんだ。
あまり聞かない方が良さそうな社外秘然とした話がたまに飛び交うのでわざと意識を外す。聞かない方がいい。嫌が応にも装甲車の向こうにいるお偉いさんの声が聞こえた。追跡部隊が犯人を特定、突入準備を進めている。こういう職場にいると、特定したなんて言いつつ後から間違っていたとわかって、しかも報道されないというケースが山ほどある内情を知っている。まして今回、オレやレイの認識では普段の事件よりその向きが濃い、というかそういう体質を狙ったとしか思えない推移をたどっている。上司が困っていても眺めていればすむが、街全体が荒れると治安が悪くなっておちおち出歩けず、人間だからというあんまりな理由で殴り倒されるようになるかもしれない。急いだ方がいい。急いだ方がいいがレイはもう大急ぎで、これ以上急がせるとまた話がわからなくなるのがだいたい見えている。偉いさんたちの何人かがこちらに来た。オレに用事があるわけないからレイだろう、さっきから何をしてるんだと自分たちで呼びつけておいて文句でも言うのかもしれない。これ以上話をややこしくしたら収拾がつかないから、単純な方に行ってもらおう。
すぐ横にあった消火器をつかんで行く手に白い煙を噴き出した。視界がなくなって、何してるんだ!とこちらに怒ってきた偉いさんたちに、ゴキブリがいたんですなんて適当なことを言った。ゴキブリなんてウチではたまに見かけて、退治してももう手遅れだろうしほったらかしているが、そんな我が家の重要で繊細な内情を政府部隊の重役たちが知るはずもない。情報を制する者は世界を制するのだ。ゴキブリくらいで何してるんだ!と偉いさんたちの注意がそれて、幾ばくか時間の猶予ができた。その間に、レイはだいたいの話を伝え終えたらしい。お願い!と叫んでビルを見上げた。偉いさんが怒って、消火器だって備品だから弁償しろと言い出してオレが本気で困り始めたとき、そこいら中のスプリンクラーが作動して辺り一帯水浸し。どうやらビルの異常が次の段階に入ったようだ。レイの持ってる携帯もびっちゃびちゃで動かない。オレの携帯なのでめちゃくちゃ焦ったが、乾かしたら使えることがあると聞いた気がする。そして、レイが見つめる先で変化があったらしい。驚くレイを見ていたオレは、ビルを見ていない。正確にはオレが見ていたのはレイではなく、水浸しの携帯だった。
SIDE:VAN
ビルの中はそれ相応に混乱し、みんな水を止めろと叫んでいた。そんなことどうでもいいだろう。復旧していないコンピュータが動いたのだから操られている。ネットワークが切ってあるからウィルスソフトの作用だ。濡れるからってスプリンクラーの元栓を閉めに行っていたら決定的に対処が遅れる。怒鳴っているクレイグを見つけてそのことを忠告するが、胸ぐらを捕まれた。
「オレに指図するな!」
オレはいつも通りの顔をしていたが、クレイグは驚いていた。威嚇でもしたつもりだったのだろうか。そんな態度はコイツがいつも取っているので驚く要素もなく、普段通り。何を怒っているんだ。いつもと同じだろう。そう思っているのはこちらだけのようで、向こうは食いつかんばかりの怒りを見せた。殴ってくるだろうか。こっちが殴ると話がややこしいが、向こうは平気なのだろうか。ダメージを流すくらいはできるので殴られてもまあ大丈夫だが……慌てる話はないので冷静に考えていた。周りから見たときだけは一触即発、というこの状態に割って入ったのは、ビルの音声案内だった。
「ウィルスを検知。クリーンアップ後に再起動、バックアップを展開します。作業員は全員安全の確保を……」
セキュリティが動いた。その手のものが全部死んでいるから止まっていたのに、動いたということは、誰かが対処したのだ。手を打っていたのは、あいつらだけ。思っていたより、ずっとできるヤツらだったようだ。
ビルのスプリンクラーが一斉に止まり、電気、コンピュータ、エレベーターも動き出した。エレベーターの扉が開くと中のヤツらが飛び出してきた。殴り合いでもしたように、みんなボコボコ。こんな場所にいきなり半日閉じ込められたのだから、わからなくはない。みるみる復旧したシステムはやりかけだった報告書まで再現し、散らかった以外は完全復元、何かあった様子もない。ディスプレイの一つに目と口だけのキャラクターが映り、くしゃくしゃに丸められてゴミ箱のアイコンに放り込まれた。
SIDE:VAN on the way home
政府部隊のビルが停止して機能不全を起こした一日は、単なる停電として報道された。電力会社もいい迷惑だろう。事態を収拾したのはレイが自社で開発していた新型コンピュータだという。やれやれ、企業にはすごいものがあるものだ、と珍しく帰り道で入った場末の食堂でイズミ屋に言った。イズミ屋はやたら慎重に携帯で何かを検索して、んなわけないんだけどなあ、と不思議がっていた。何が不思議なのかと思えば、絶対に無理だという。世界中探したってあんなスピードで事態を処理できるコンピュータはなく、サムズアップの工場がスパコンで全部埋め尽くされていたってありえない。もちろんサムズアップの工場がでっかいコンピュータになっているなんてあるはずがなく、不可能なことだという。少なくとも、イズミ屋が学生時代に学んだ現代コンピュータの基本ではどう押し進めたって無理、物理限界を超えるのだそうだ。
だからもしあるとすれば、今までとまったく違う新型コンピュータだ。それも、ここ500年の科学の進展はなんだったんだろうと思うような爆発的なジャンプアップをしたまったく新しい概念のコンピュータが、政府部隊のビルの制御系を怒濤のように押し流した。少なくとも実用化されていないのだから、どんなに無理な仮定をしても試作品だ。試しに一回作ったものが、その性能を持っていないとこんなことにはならないという。
まあオレはわからない。その手の専攻はしたことがないし。あるんじゃねえか?と適当に言うと、イズミ屋は「すげえなあ」と話を結び根本的にわかっていない。お互いにもう問題にせず、自分たちのすするラーメンの他に一皿頼んだ餃子は誰が払うんだという話になった。頼んだのはオレだが、食ったのはイズミ屋の方が多い。じゃんけんで決めた。オレには珍しく、今日は運が良かったようだ。
SIDE:LAY in laboratry
記録。2762年7月17日、二階堂レイ。まだ実用段階ではないファントムシステムの専用素体は、理論上推定された理想値を99.9%の精度で再現した。……私も驚いている。本来の機能に付随して生まれる処理能力は従来の比ではないことは想定していたが、予測を遙かに上回った。この処理能力は、管理を間違えれば情報空間における脅威的な武器、ネットワーク兵器とでも呼ぶべき代物になる。運用を再考し、慎重な開発を提案するべきである……。
残業して作る報告書の内容は、実務で書くような文章ではない。まるで怪獣図鑑だ。一兆度の火の玉とかそういう次元の話なので、出すのは気が引けている。でも書くとこうなる。バカげてはいるのだが、バカげたものが手元にあるのだ。
まあバカとハサミは使いようというところで、便利な道具はいいことにも悪いことにも使える。ファントムシステムは正しく活用すれば、画期的な発明になるだろう。だから私は浮き立っていた。ただ、気になるのは事態収拾後のクレイグ氏の言葉。
「素晴らしいぞ、二階堂君!……これも、話を聞けるかい?」
社外秘なので何をしたかは伝えていない。ただ、「これも」とはなんだろう。クレイグ氏との仕事は強化骨格だけで、あれはケガ人が使う医療補助だ。ファントムシステムとは違うフィールドのはずだが……。
バカとハサミは使いよう。ファントムシステムは、決して愚かな人間が使わないように……最後に報告書に書いた一文をしばらく眺めた後、消去して上司に送信した。




