ペンギンの寿命
ペンギンの寿命
「ご注文はお決まりですか」
いつの間にか、店員がテーブルの横に立っていた。
「……まだです」
メニューを開いたまま、そう答える。
ぱらぱらと紙をめくる音だけが、やけに響いた。
「ペンギンの寿命は80年です。ごゆるりと」
手が止まる。
「……意外と長いんですね」
「長いって、何と比べて?」
「だって私と同じぐらいで」
「……それより長かったら長いのですか?」
「え?」
「じゃあ、5年ぐらいだったら?」
「それは可哀想ですね」
「……そうですね、可哀想です」
メニューに視線を落とす。
写真の中の料理は、どれも少しだけ冷めて見えた。
頼んでいないのにパスタが来た。
「……頼んでないです」
「承知いたしました、こちらサービスです」
「ありがとうございます」
そのパスタは、味が濃かったのにスラスラ入った。
完食したあと、口の中に残った塩気が、さらに喉を乾かせた。
「水……」
グラスに口をつける。
少しだけ、重かった。
気のせいだと思って、もう一口飲む。
今度ははっきりと、歯に触れた。
喉に落ちていく感覚が、いつもより遅い。
それでも、乾きは消えなかった。
「……なんだこれ」
口の中に残る塩気が、さっきより強くなっている気がする。
グラスは、さっきより減っていない。
もう一度飲む。
喉が渇く。
「当店自慢の歯応えドリンクでございます」
店員が来る。
「……ふ、普通の飲み物は、」
「ペンギンの寿命がございます」
「一つ、ください」
「はい、こちらにございます」
いつのまにか、テーブルの上にコップがある。
一口飲む。
美味しい。
——そう思ったのに、寒気がした。
もう飲みたくない。
「ありがとうございました、会計を」
「お口にあいませんでしたか。もう頂いております」
「誰が、」
「ペンギンの寿命は、」
店員が一瞬だけ間を置く。
「……5年程です」
「80年じゃ、ないんですか」
「はい、可哀想、ですね」
何が、とは聞かなかった。
さっきの80年と、今の5年のあいだに、
何があったのか考える。
思い当たることが、いくつかある。
パスタ。
水。
あの、歯応えのある飲み物。
それが何のための渇きなのか、
分かりかけて、やめた。
喉が、痛い。
水が欲しい。
——ペンギンの寿命が、欲しい。




