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姉たち(ムキマッチョオネェ)に乙女ゲームをやらされた俺は、攻略対象として転生した  作者: 鴇田 孫


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第7話 聖女、涙に惑う

王立聖堂の白い柱の間を、薄明が流れていた。

昼の光とは違う、祈りのような静けさ。

セレスティアは祭壇の前で一人、祈りを捧げていた。


神への感謝ではなく――

自分の“心”を鎮めるために。


(どうして……あの方の言葉が、あんなにも胸に残るの)


晩餐の夜、リオネル・ド・グラント王子が見せた微笑。

それは、慈しみと静謐の入り混じる光のようだった。

“庇われた”のではなく、“包まれた”。

その感覚を、セレスティアはまだ忘れられずにいた。


「……聖女殿下。まだご在席とは」

少し畏まって語りかける。


静かな声に振り向くと、

月光を背にリオネルが立っていた。

白いマントの裾を揺らしながら、

彼はまるで一枚の絵のように整っていた。


「王子……どうして、ここに」


「兄上の件で、ご不安が残っているかと。

 あなたが疑われるようなことが、二度とないようにと願っております」


その声音には、一切の押しつけがなかった。

ただ、ひとつひとつの言葉に、

“相手の呼吸を乱さない優しさ”が宿っていた。


「……あの時、私をお助けになった理由を、お聞きしても?」


「理由、ですか」


リオネルはわずかに目を伏せ、

指先で祭壇の縁を撫でた。

まるで、心を探るように。


「私はこの国で、数多の笑顔を見てきました。

 けれど、“泣くまい”とする顔を、あなたほど綺麗に保つ人を、知らなかった。

 その姿が……痛ましかったのです。」


セレスティアは、息を呑んだ。

それは恋とか浮わついたような言葉ではない。

けれど、確かに胸を打つ“真実”だった。


「私は……聖女であろうと、務めるために微笑んでいるだけです」


「微笑みは、盾にもなりますからね。

 ですが、たまには……誰かの腕の中で休んでも、いいのですよ」

セレスティアの瞳が揺れる。

一瞬、彼の言葉が“誘い”に聞こえた。

けれどその表情はあまりにも静かで、神聖ですらあった。


「……優しいお言葉を。

 けれど、私は聖女です。誰かの庇護を求めてはなりません」


「では、庇護ではなく、“伴走”というのはどうでしょう。

 あなたが歩く道を、少し離れた場所から照らす。それなら、許されますか?」


その穏やかな問いに、セレスティアは胸を押さえた。

鼓動が、祈りと混ざって響く。

彼の言葉は、恋ではなく誓いのようで――

だからこそ、心が揺れた。


「……貴方は、どうしてそんなに……人の痛みを見抜けるのですか」

「姉が、たくさんおりましたので。

 泣く理由も、怒る理由も、笑う理由も……覚えてしまったのです」


セレスティアの唇が震えた。

その一言に、彼の“優しさの根”が透けて見える気がした。


「王子は……優しすぎます。

 そんな方は、傷ついてしまいますよ」


「そうですね。けれど、私はそれでも構いません。

 誰かが痛みを減らせるなら、それが“王族”の務めだと思っています」


沈黙が落ちた。

遠くで鐘が鳴り、夜風が白いカーテンを揺らす。


セレスティアは、そっと目を伏せた。

それは涙を隠すためでも、祈るためでもない。

ただ、胸の奥に生まれた熱を悟られたくなかった。


(……ずるい方。どうして、そんな風に、優しいの……)


リオネルは静かに一礼し、去っていった。

足音が消えた後、

セレスティアの頬を、一筋の涙が伝う。


月明かりの中で、その涙は

まるで聖女ではなく、“ひとりの女性”のように美しかった。

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