第5話 姉の幻聴と修羅場の予感
王都の朝は、やけに眩しかった。
昨日、聖女セレスティアと出会ってからというもの、リオネルの脳内はやたらと賑やかだった。
「おはようございます、殿下。朝食をお持ちしました」
侍従がドアを開ける。
その背後で、脳内に響く声。
『リオ坊〜!寝癖そのままはダメよ〜!』
『そうそう、口角あげて!朝の笑顔は第一印象の武器!』
『お肌の調子いいじゃない♡』
『王子はスキンケアが命!』
(……朝からうるさい)
心の中で呟くも、自然と微笑がこぼれる。
“顔だけ王子”と言われていた頃の自分では、
こんな柔らかい笑顔を浮かべることはなかった。
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一方その頃、マリエル・フロレンスは――。
机の上のノートを握りしめ、頭を抱えていた。
「どうして……リオネル殿下があんなに人気出てるのよぉぉ!」
乙女ゲームの“バカ王子”だったはずの男が、今や王都の女性たちの話題の中心。
噂はあっという間に広まり、商人から侍女まで口をそろえて言う。
「最近のリオネル様、顔だけじゃなくて心まで王子様よねぇ~」
「ウカウカ男爵の猫を救出した話、涙出たわ!ウカウカ男爵も、リオネル様に泣きついて感謝してたってねぇ!」
「そういや、きいたかい?リオネル様のファンクラブが設立したってねぇ!これを機に商売も軌道に乗るってもんよ。」
(そんなはず、ない……! 彼は“断罪される側”だったのに!何よ、ウカウカって、そんなのストーリーに出ても来ないじゃない!)
胸の奥がチクチク痛む。
それが嫉妬だと、マリエルはまだ認めたくなかった。
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そのころ、リオネルは王立庭園でアンリエットに会っていた。
「先日は……本当に、ありがとうございました」
「僕のほうこそ、あのとき何もできなくて。…あ、…君のドレス、泥がついてるね」
そう言うと、リオネルはハンカチを取り出し、しゃがみ込んで裾をそっと拭った。
アンリエットは目を丸くした。
「そ、そんな……殿下が……!」
「姉たちが言ってたんですよ。“女の子を気遣える男は最強”って」
アンリエットは頬を赤らめながらも、そっと呟いた。
「……本当に、顔だけじゃなくなってきましたのね、あなた」
「え?」
「いい意味で、ですわ。今の貴方……少し、ずるいですもの」
風が吹き、花弁が舞う。
その光景が、まるで恋愛イベントのCGのように美しかった。
そしてその瞬間――
『きゃ〜〜リオ坊っ♡ナイス優しさぁ!』
『女の子がドキッとしてるわ!そのまま見つめて!』
『あっ、でも近づきすぎ注意よ〜!焦らすの!』
『姉ズ採点、満点〜〜〜!!』
(……採点されてる!?)
リオネルは内心で叫びながらも、外では完璧な笑みを浮かべる。
アンリエットは、もう目を逸らせなかった。
そして、その光景を偶然見てしまったのがマリエルだった。
花園の影で、彼女の心臓が小さく跳ねる。
「……何、それ。何であんな優しい顔するの……」
拳を握る。
こんなの、ゲームのルートじゃない。
なのに――胸が熱くて、苦しい。
ウカウカしてられないわ…。
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夜。
今夜もまたこっそり教会に散歩に出かけたリオネル
聖女セレスティアは、祭壇の前で祈りを捧げていたが、リオネルの気配にすっと立ち上がる。
「ようこそ、こんなお時間に、抜け出されて、大丈夫ですか?」
にこりと微笑むセレスティアに答える。
「基本的に、元々自由の多い立場だからね、心配要らないよ。」
「殿下。今日も優しいことをなさったようですね」
「ああ、見てたの?」
「噂です。……あなたの優しさは、人を救います。まるで光のように」
その声を聞いた瞬間、また――姉ズが騒ぎ出した。
『うわああ!セレスちゃん、言ったぁ!“光”って言ったぁ!』
『リオ坊、キザ台詞で返して!今がチャンス!』
『“君がいるから、俺は光でいられる”って感じ!』
『そう!そして微笑んで、そっと手を!そう!それよぉぉ!!』
リオネルは深く息をつく。
「……君がいるから、俺は光でいられる。……って、誰かが言ってた気がする」
セレスティアは一瞬、ぽかんとした後――頬を染めて微笑んだ。
「……誰か、ですか?」
「ああ、賑やかな姉たちが、ね」
「ふふ……素敵なご家族ですね」
その微笑に、リオネルは少しだけ目を細めた。
姉ズの幻聴が、やけに優しい声で囁く。
『リオ坊……よくやったわね』
『昔のあなたじゃ、絶対言えなかった言葉よ』
『いい子、いい子♡』
『世界一の弟ね……!』
胸の奥が、静かに温かくなった。
リオネルはそっと夜空を見上げる。
「……ありがとな、姉さんたち。俺、少しずつ、ちゃんと“王子”になれてる気がするよ」
その声は、誰にも届かないはずだった。
だが、どこか遠くで月が揺らめき、まるで“姉ズ”が頷いたように光った。
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アーロン王子は机を叩いていた。
「……リオネル、貴様、どこまで人を惹きつける気だ」
彼の声には、僅かな焦りと嫉妬が混ざっていた。
そしてその瞳の奥に、危険な光が宿る。
「ならば、試してやる。お前の“優しさ”が、どこまで通用するのか……」
兄の陰謀が動き出す。
それはやがて、王都を揺るがす“断罪の再演”へとつながっていく?――。
フフフ…この後どうしよう…。ああしようかこうしようか迷っちゃう。




