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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ロングナイトサーガ【序章】

【作品設定】


失われた地ランペルー(魑魅魍魎が跳梁跋扈する地)を目指す冒険譚。


【登場人物】


[大魔術師レンネ]


あらゆる魔法に通じた最強の魔術師。


[勇者ミリムン]


あらゆる迷宮を踏覇した最強の使い手。


[ローレルバッハ]


この世の災悪。魔法も剣も受け付けない最強の肉体を持つ。レンネとミリムンを殺した男。


[ユーヴェル]


人族の戦士。狂戦士(バーサーカー)。陽気で気さくな兄貴分。


[リムル]


魔法使いのハイエルフ。毒舌な女性エルフ。


[ペネトレット]


人族の魔法使い。リムルの弟子。プリプリと怒る女の子。愛称はペンネ。


[ログレム]


ドワーフの戦士。沈着冷静な抑え役。


[マキロン]


人族の僧侶。優しさとイケズな面を併せ持つ憎めない男。パーティーのまとめ役。


[ソロン]


人族の少年。本作の主人公。はしっこさが特技のただのコソ泥。


[エンデ]


人族の少女。ソロンが助けたみなしご。

【ロングナイトサーガ・序章】



昔、神々と人々の間にまだ交流があった時代の事である。ひとりの少女が湖の傍で倒れている神を助け、その行いに感心した神は少女に魔法を授けた。


少女はそれからメキメキとその力を発揮して困っている人々を助けたので、その慈しみの心に皆が感心して感謝を捧げる。神は少女の清らかな心が判っていたのだろう。


少女はその尊い行いにより益々名声を高めたが、一切驕る事無く善行を施し続けた。その少女こそが大魔法使いレンネである。


彼女は魔法を使えば使う程にその魔力を高め、いつしかあらゆる魔法に通じた最強の魔法使いと呼ばれるように成る。それはまるで神が彼女を祝福しているようであった。




そしてここにもうひとり稀有(けう)な少年がいた。ある時、彼は山の(ふもと)で立ち住生して困っている老人を見掛けた。


聞けば山頂に用事があるという。少年はそんな所に何用かと小首を(かし)げるが、けして疑わずに快く申し出た。


身体はそれほど大きくは無いが、肝っ玉と馬鹿力のあった少年は、老人を助けて山の頂上までおぶってやり、無事に辿り着く。


すると老人はあっという間に神々しい光を放って、みるみるうちにその本性を現した。


神はその善行に(むく)いる。少年のその勇気と力を称えるように、より強靭(きょうじん)な肉体と剣技を授けた。


少年はその力を(かて)に旅立ち、あらゆる冒険を通じて強きを(くじ)き、弱きを助けたので、彼の名声は益々高まる。


けれども少年はそれに驕る事無く、益々その腕に磨きを懸けたので、いつしか彼は勇者ミリムンと人々から呼ばれるように成った。


こうして地上には神々に祝福された賢者と勇者が誕生したのである。




二人は生憎(あいにく)と交わる機会には恵まれなかったが、それぞれの道を貫き、人々に貢献していた。


レンネは然る森の湖畔に(いおり)を構えていたが、ふらっと出掛けるとあらゆる場所に出現しては、困っている人達を助けていたし、ミリムンは足を止める事無くひたすら冒険を続けて汗を流す。


彼の場合は流した汗の分だけ各地の人達に貢献した証でもあった。


神々に祝福された二人の生き様は、人々に称賛されこそすれ、けして非難されるべきものでは無かったから、このまま順風満帆に進むと想われたが、突如としてその道は閉ざされる事になる。


それは悪夢の出現から始まった。




ある時を境に人々は噂し始める。


ランペルーと呼ばれる最北の地に突如魔物が出現し、光は闇に喰われたと…。そして在ろう事か、それはレンネとミリムンの施しが過ぎたためだと真しやかに噂が飛び交う。


世の(ことわり)は均衡を保つ事で成り立っている。


善と悪は常に表裏一体であり、そのつり合いが崩れた時には大きな災悪が待ち受けているという、それはまさに世紀末思想であった。


果たしてその噂は本当の事なのか。人々は真剣に論じ合った。


けれども誰もが到達した事が無く、まだ見ぬ北の果ての大地で起きた出来事だったから、まだこの時には想像の範疇(はんちゅう)でしか無く、それが真実であるかどうかさえも、はっきりと断言出来る者は只のひとりも居なかった。


要は対岸の火事なのである。所詮は他人事だから、真剣に論じ合った割にはそれを教訓として手立てをこうじたり、手を差し伸べようとする者も現われる事は無かった。そういう事であろう。


本当に善い行いが過ぎれば、その反動で悪い出来事が多発するのだろうか。それさえも判らぬまま、人々はレンネとミリムンの行いを称え続ける者と、懐疑的な者とに別れて吹聴し合う有様であったのだ。


ところが噂の的になった当事者からしてみれば、その受け取り方はまた異なる。特に大魔法使いに成長していたレンネには、ランペルーでの惨事が肌身に感じられていたので、直ぐに彼女は現地に飛んだ。


自分の目と耳で直接確かめるつもりだった。そしてミリムンも勇者としての責任からその事実を確かめようと旅立つ。


彼ら二人は様々な苦難を乗り越えた強者だから、けして舐めて懸かったり、油断した訳では無かった。


しかしながら、物事は幾ら慎重を期しても、順風満帆に行くとは限らない。特に瞬間移動の術でランペルーに入り込もうとしたレンネには、出現した直後にほんの僅かな隙が生まれた。


それは瞼を閉じる程度のとても細やかな隙だったが、それが彼女にとっては致命傷に成る。


瞬間移動から抜け出た刹那に、大魔法使いレンネは魔獣の瞳を捉え、「あっ!」という驚きの断末魔を最期に、自分の身体が石化するのを感じていた。


彼女の瞳は息絶える瞬間に黒い影を眺める。それは今まで見た事も無いような、おぞましい怨みの顔であった。


「良くやった♪」


そう叫ぶ男の声が、レンネの耳にはいつまでも木霊(こだま)していた。




一方のミリムンは、レンネが到着した一ヶ月後にようやくランペルーに辿り着く。彼にはそもそもど派手な潜入の仕方は出来なかったので、この場合、却ってそれが功を奏した。


ミリムンは慎重には慎重を重ねてランペルーに入り込み、しばらくはそこいらをさ迷い歩く魔獣たちを巧くやり過ごす。


それは彼の姿を綺麗に包み込む透明マントの効果だった。これはミリムンが数々の冒険の中で得た戦利品の一部である。


そこで彼の見た光景はとても言葉に出来ぬ程、悲惨なものだった。そこはもはや町の形すら留めぬ廃墟と化し、遠く(そび)える山の頂はパックリと口を開き、そこからは止めどなく轟音と共に火が立ち昇る。


まるでそれは悪魔が嘲笑う顔にも見えた。

辺りを見渡たせば、魔獣が行き交うだけに止まらず、そこいらに無数の血溜まりが出来ている。


人の居た存在を証明するものはもはや無いが、その光景を見れば推して知るべしであろう。ところどころに残る瓦礫の跡にはたくさんの血が飛び散り、流れたであろう跡も残る。


ここまで見れば誰だって、人が喰われ殺されたであろう事は想像に難くなかった。ミリムンは当初は驚きの余り唖然と呆けていたが、だんだんと腹が立って来た。


誰がこんなおぞましい事をしたのか、そこまでは考えが及ばなかった。突如出現した魔獣の仕業だと露ぞ疑わず、怒りの矛先を魔獣に向けた。


今すぐにでも仇を討ってやりたかったが、手を出せばもう待った無しである。こちらの存在を相手に知られれば、知能の発達した魔物が居ないとも限らない。


見つかれば死にもの狂いの激闘になる事は必然だったから、ここは彼も自分を押し留め、今少し様子を見る事にした。


それに運が良ければ、()の有名な大魔法使いレンネと遭遇する事が叶うかも知れない。まだ逢った事は無かったが、ミリムンもレンネの噂は聞いていたし、その肖像画も見た事があったので、彼の心の中では益々その期待感が膨らみつつあった。


ちょうどその時である。ミリムンは、まさに彼の期待通りに、そのレンネの姿を見た。


けれどもそれは彼の想像とはかけ離れた姿だった。そう…ミリムンは石化して(あえ)いだ姿の彼女に遭遇したのだ。


途端に彼はガッカリした。否…彼女にガッカリしたのでは無い。せっかく伝説の大魔法使いレンネに出違えたのに、もう二度とその彼女と共闘出来ない事実が判明して、その虚しさに(さいな)まれたと謂うべきで在ろう。


その途端に彼の怒りは再燃した。何しろ彼は腕に覚えはあるものの、石化を解く魔力など全くといって良い程、持ち得ない。


その拭えぬ怒りの矛先は、当然の事ながら魔獣たちに向けられた。もはや彼の心に迷いは無く、次々と片っ端から魔獣を斬り刻み、薙ぎ倒す。


魔獣たちはその都度、それは恐ろしい…悲鳴とも言えぬような轟音を響き渡らせ、その断末魔と共に屍と化す。


ミリムンは一心不乱に斬り進むが、その彼をまるで小馬鹿にするような光景に出会(でくわ)す。何と魔獣が血溜まりの中にその舌を突っ込み、ペロペロとその血を飲んでいたのである。


それを見咎めた瞬間に、ミリムンは頭に血が昇ってしまった。とても許せなかった。


だから彼は剣を大きく振り被って、ひと太刀で真っ二つにしようと(いきどお)り踏み込む。透明マントは見事にはだけ、その姿が(あらわ)に成る。


怒りに駆られながらも、冷静さを失っていなかった彼は、その咄嗟の一瞬だけ隙を見せてしまった。その時である。


どこからともなく、「やれっ!」という声が響き渡り、目の前の魔獣の眼が光った。反射神経に優れている彼は、その声と光りに瞬時に反応してしまう。


勇者ならではの弱点を衝かれたミリムンは、「あっ!」と叫ぶ間すら与えられずに石化してしまった。そんな彼の瞳に最期に写ったのも、それはおぞましい怨みの顔であった。




それ以降、呪われた北の大地ランペルーには誰も足を踏み入れた者は居ない。否…居るのかも知れないが、賢者や勇者でさえ、生きて戻れぬ地なのだから、只の人が戻れる筈も無かろう。


ランペルーは北の果てである事も手伝って、次第に人々の記憶からは忘れ去られる存在と成ってしまった。そしてその伝説だけが残った。


人々の噂だけはそれでも絶える事は無い。真しやかに言い伝えだけは残って、噂はまた新たな噂を生み出す。


けれども、最早(もはや)それは遥か彼方の昔話の域を出ずに、その噂も人々の口の端に乗る都度に変化して行く。だからある者はこう言うが、別の者は違った見解を述べるに至った。


それによれば、呪いの地・ランペルーには、賢者である大魔法使いレンネと勇者ミリムンの石像が立ち並び、魔物に目を光らせていると言う者も居れば、否…レンネ様もミリムン様も長年の善行が評価されて神と成り、今でも我々を天から温かく見守ってくれているという者も居た。


突如としてこの二人が現世から揃って居なくなり、その姿を見せなくなった時から、人々は彼らを神格化し始める。


彼らの存在は、時と共に益々伝説の中の英雄譚として語り継がれ、その存在を知る者が無くなった頃には、伝承の中の人物としてのみ認識されるに至った。


最早、呪いの地ランペルーでさえも、本当に存在するのか人々は半信半疑だったのである。




そしてそれからどれ程の歳月が流れたのであろうか。人々は既に神とは疎遠となり、遥か昔に付き合いがあった事さえ忘れている。


大魔法使いレンネや勇者ミリムンの存在も、お伽噺(とぎばなし)の中でしか語られる事は無く、あちらこちらに立てられた銅像を見て、初めてその存在を知る人達でさえ居る始末だった。彼らの存在はもはや観光の対象と言っても過言では無かったのである。


但し、そんな時代にあっても、冒険者を志す人々の間では未だ賢者と勇者の人気は絶大だった。


彼らは真しやかに、彼らが実際に存在した事を信じていると公言して止まなかったし、彼らのように自分も成りたいと感じていた。だから勇者を目指す者は後を立たなかったし、魔法の書も飛ぶように売れていた。


神々と疎遠になった今でも、魔法は人々の身近にある存在である事に変わりは無かったのである。そしてそんな冒険好きな人々の間で最近人気なのは、魔法使いリムルと戦士ユーヴェルだった。


リムルはハイエルフの魔法使いで、人と比べると長く生きている分、経験も豊富な先駆者である。


そして戦士ユーヴェルは心の優しい男で、かつての勇者ミリムンに憧れて、同じ道を歩むと決めた通りに、冒険を通じて知り合った人々との触れあいを大事にしており、人助けを惜しまない好青年だった。


この二人にドワーフのログレムと僧侶のマキロンを加えた四人はパーティを組み、新たな冒険の旅へと旅立つ事に成る。人々はそんな彼らの勇気を歓迎し、その新たな伝説の幕明けに立ち合えた事を誇りに想うのだった。




さて、ここに一人の少年が居る。彼の名はソロン。自称"義賊"という触れ込みであるが、本来ははしっこさを売りにした只のこそ泥なのだ。


しかしながら、そんな彼にも情状酌量の余地が無い訳でもなく、ソロンは生まれながらの孤児だったのである。彼は捨て子で、それを拾って育ててくれたのは山の木こりだった。


但し、木こりの彼に対する愛情は深く、生きてゆくためのあらゆる知識や技術を授けてくれた。野良仕事や狩りは勿論の事、夜には冒険譚などのお伽噺もしてくれる。


ソロンはこの冒険の話しが大好きで、将来自分もそう成りたいと幼心に想うのだった。だから彼は自由奔放に自然に興じる。


彼がはしっこいのは野生児のように自由に野山を駆け巡り、木に登っては枝から技へと飛び移っていたからかも知れない。猿さながらの身軽さと運動神経は、後々彼の本職に大いに役立った事だろう。


それは裏を返せば、それだけ木こりの彼に対する愛情がとても深かった事を表している。伸び伸びと育った筈の彼が、どうしてケチなこそ泥と成ったのだろうか。


そして冒険者を夢見た彼が、どうして道を踏み外したのか。それは木こりの突然の死から始まる。




ある日の事、彼がいつもの様に野山を駆け回って帰って来ると、そこには瀕死の木こりが倒れていた。彼は慌てて駆け寄り呼び掛ける。


(ジジイ)!どうした?何が遭ったんだ!」


ソロンは木こりの身体を揺すりながら、そう尋ねた。すると虫の息の木こりは、彼を優しく見つめる様にこう答えた。


「心配はいらない。これは寿命なのだ!只ひとつの心残りは、お前にもう少し人生を謳歌(おうか)させてやりたかった…すまぬ!儂が死ねば、お前はこれから一人で生きて行かねばならん。苦労をかけるな!でも儂はいつでも天からお前を見守っているぞ…」


木こりはそれだけ言い残すとバタッと倒れた。ソロンは突然の事でその事実を受け入れられずに心を乱す。


(ジジイ)!何言ってんだ。これから恩返しをしようと想っていたんだぞ!おい、起きてくれ。おい!」


ソロンは木こりの身体を揺すり懇願するが、亡くなった者が起きる筈もない。


彼は木こりに抱きつき、散々泣きじゃくると顔を上げ、涙を拭った。もはやどうしようもない事を子供なりに理解したのだろう。


元々、天涯孤独の身の上だったソロンは、こうして再びひとりに戻った。




木こりを大好きだったリンゴの木の下に埋葬すると、ソロンは旅立つ。このまま山の中で暮らし、木こりに成るという選択枝は彼には無かった。


夢見た冒険者に成るために、彼は広い世界に飛び出す。まだ見ぬ世界はソロンに大いなる希望を抱かせた…筈だった。


けれども世の中、そうそう甘くない。山から(ほとん)ど着のみ着のまま降りて来た彼に世間は冷たかった。


まずは食うに困る。お腹が空いて屋台の食い物に手を出そうとしたら、冷たくあしらわれた。


「あんた!いきなり何だい?欲しけりゃあ、金を払いな!」


そう言われて「金って何だい?」と聞いた日には、おつむが足りないと想われたらしく、呆れ顔で罵倒される。


「何すっとぼけてるんだい!さては盗るつもりだったね?」


そう言って、顔をみるみるうちに真っ赤にすると、(なた)を持ったまま追いかけられた。ソロンもいったい何が悪かったのか判らないままに、相手が恐い顔をして追いかけて来るもんだから、反射的に逃げてしまった。


ところが山を駆けずり回っていた彼の足に敵うはずもないから、その距離はみるみる離れて行き、結果的には逃げおおせる。


女は地団駄を踏むと感情的になる。元々噂好きで口やかましいのが有名な店主は、すぐに盗人が出たと大騒ぎしたので、そこいら中に似顔絵付きの手配書が貼り出されて、ソロンはその町に入れなくなってしまった。


結果、彼は理由(ワケ)が判らないままその俊敏性を活かして食べ物を盗むようになる。そもそもソロンは世の中がお金で回っている事を知らなかったので、仕方無いのだろうが、そんな彼だって人の物を盗む事に躊躇(ためら)いが無かったと言えば嘘になる。


彼は心のどこかで動揺を感じていたが、生きるためにはやむを得ない事だと割り切ってしまっていた。当初は自分の命を繋ぐためだった行為はやがて人助けに成る。


自分と同じ境遇の者のために盗みを繰り返すようになり、やがてそれは"義賊様"と噂で語られる称号になってしまった。


そして皆が警戒するようになると、それは留守宅を狙うコソ泥にまで発展して、こうなると賞金首に成るのは必然だろう。あらゆる冒険者にやがて狙われ逃げ出すようになると、商売どころでは無くなってしまった。


それに自分が目指していた冒険者たちが、悪者だと言って追いかけて来るのだ。その心中たるや(かんば)しく無い。ソロンはもう駄目だと想い、山に戻って木こりでもしようかと悩み始める。そもそも何でこんな事になったのかと後悔するが、時既に遅かった。


そんな時にソロンはひとりの少女を助けるために、店先の食べ物を(かす)めようとしてその腕を掴まれてしまう。はしっこさに自信のあったソロンは驚きの余り振り向くと、そこに手力が落ちて来た。


彼の首に見事に入った手刀は、意識を奪うには十分だった。ソロンは失いかけた意識の中でその面を捉える。


それは記憶に残る戦士の姿だった。次の瞬間、彼は意識を失った。




目が覚めるとそこは森の中で、のどかな事には、鳥の(さえ)ずりが聞こえてくる。ソロンは反射的に辺りを見回す。


すると彼は大木のひとつに縄で(くく)られ、見動きが取れなかった。お腹が空いていたから、彼の臭覚は敏感に旨そうな臭いを捉えて振り向く。


視線の先には焚き火がたかれており、その真上には美味しそうな猪の丸焼きがぶら下がっていた。そしてそれを囲むように数人の男女が座っている。


するとその中のひとりの男が、周りのみんなに呼び掛けるように呟いた。


「どうやら目が覚めたようです♪」


男は至って落ち着いており、優しそうな瞳でこちらを見つめた。それに同調する様に皆も一斉に視線を移す。


そしてその足で皆、丸焼きのご馳走はそっちのけとばかりに、ぞろぞろと木の傍に集まって来て、ソロンを頭越しに覗き込む。


「よう!悪かったな♪まさか人助けだとは想わなかったんでな!」


それは先程、気を失う直前に見た戦士の男だった。その顔は本当に申し訳なさそうにこちらを見ている。


「馬鹿ね!喩え人助けでも盗みは盗みよ♪許さないんだから!」


黒髪の少女はプリプリと怒りながら釘を差す。


「まぁ、まぁ…君も記憶の鏡を見たでしょう♪彼の行いは確かに悪い事ですが、まだ救いはあります!そうでしょう?」


背の高いがっしりとした体格の男は、白い装束を身に(まと)っているが、生憎とその筋肉が邪魔をして窮屈そうに衣服を正す。


「マキロン様の言う事は判ります。でなきゃゾルトアークで吹き飛ばしてます!でも私は認めませんからね♪」


女の子はまだプリプリ怒っている。


「ペンネ!ゾルトアークは無いよ♪その子を丸焼きにするつもりかい?」


金色の髪のハイエルフは、惚けたように口を挟む。


それを聞いていたソロンはゾクリとした。そんな彼の心とは裏腹に会話は続く。


「 リムル様は甘過ぎます!彼の行いを認めるのですか?」


ペネトレットはそう()くし立てた。


「うんにゃ♪ボクはゾルトアークは無いと想っただけ!それにね、ペンネ♪いくら許せなくても殺しは駄目だ!」


リムルはそう言い放つ。


「私だって本気じゃありません!ものの喩えです♪」


ペネトレットは完全に(へそ)を曲げてしまった。


『相性の悪そうな人だ…』


ソロンはそう想った。


「まぁまぁ…喩え話でぶっそうな話をしなさんな♪彼は免疫が無いのですから驚いてます!可哀相ですよ♪それに私は義賊なんて面白いと想っています。おっと!ペンネ…こんなぶっそうな世の中ですから、貴重な人だという事です。何しろ皆、自分の事しか考えられない時代です。ねっ?そうでしょう♪」


ペネトレットはそう言われてようやく矛を収めた。


「確かにそうかも知れません!ひとまずはエンデを助けた事で帳消しにしてあげる♪でも二度とやったら只起かないんだから!」


ペネトレットは少女の頭を撫でるとそう言った。


「お姉ちゃん…この人悪くないよ!良い人だよ♪」


少女はペネトレットを見上げると、そう呟く。


この娘にはソロンも見覚えがあった。狼に襲われそうになっている彼女をおぶり、逃げ切ったのは彼のはしっこさの賜物である。


エンデにはペネトレットも弱いらしい。すぐに「はい、はい!判ってます♪」と言ってまた頭を撫でた。


「まぁ、悪意は無いからな。普通は盗みを続ければ、闇が増大するもんじゃ!じゃが、こいつからは至って闇が感じられんのだ♪」


背は低いが上半身は異常にぶ厚い、髭面のドワーフはそう言った。


「そらぁ金の存在も知らないんだ!世の中の仕組みが判れば悪さもしまい♪根は至って普良な人間なんだろう…」


戦士の男はそう言ってチラリと僧侶に視線を向けた。


「えぇ…ユーヴェルさんの言う通りです♪彼だってそれが判っていれば、端からこんな事はしていませんよ!ログレムさんが悪意を感じないのがその(あかし)です♪ではこれで決まりですね!皆さんも同意しますね?」


僧侶のマキロンは改めて皆を見回す。皆、一様に頷いたので彼はソロンと向き合った。


「そういう事です!ソロンさん…でしたね?我々、ランペルー旅団の総意はこれで決しました。貴方にはこれからいくつかの質問をします。それに通ればこれまでの罪は帳消しにしてあげましょう♪貴方もそれで今後は堂々とお天道様の下を歩けるのです。悪くないでしょう?ではまず第一問!二度と盗みはしないと約束しますか?」


マキロンがそう尋ねると、皆の視線は一斉にソロンに集まる。ソロンはゴクリと(つば)を飲み込むが、言葉が出なかったので大袈裟にコクンコクンと頷く。


するとマキロンは溜め息混じりに呼び掛ける。


「リムルさん♪ナベシャレイを解いてあげて下さい!これでは話しがまるで進みません♪」


「あっ!そっか♪ボクが懸けたんだったね!」


ハイエルフの魔法使いリムルはすぐに「チケウ!」と唱えた。するとあら不思議、ソロンは途端に「あ〜びっくりした♪」と第一声を発した。


『あら♪なかなか良い声をしてるのね!』


この時、ペネトレットはそう想い、少し好感度を上げた。


「これで良いかい?」


リムルは答える。


「えぇ…ありがとう♪」


マキロンは礼を述べると、再びソロンに向き合った。


「大変失礼しましたね♪第一間は合格とします!では第二問♪」


マキロンは愉しそうだ。


それに引き換え当事者は厳しい。


何しろ、意識不明のまま長時間、木に縛られたままで過ごしていたのだ。手は痛いし、足は(しび)れたままで、もはや感覚が無かった。


「あのぅ…質問て何問あるんでしょう?出来れば縄も解いて欲しいなぁ…」


ソロンは頼み込むようにそう言った。


するとマキロンは即時、却下した。


「それは駄目です!貴方が善良だとはっきりするまではね♪良いですか?我々が貴方を貰い受けるために、どれだけ苦労したと想ってるんです!それに見合う痛みは貴方も分かち合ってもらわねば♪」


マキロンは不気味な表情でほくそ笑んだ。


『またマキロンの加虐嗜好が始まった…』


皆そう想い、心配そうに見守っている。


神の下僕(しもべ)である僧侶マキロンはある意味、僧侶の中の僧侶らしさを地で行く人物なのだ。こう言うと可笑しく感じるかも知れないが、中世の僧侶連中は魔女裁判で幾多の犠牲者を出した事だろう。


神の聖名(みな)の許では、神の代弁者たる僧侶が正義と言ってもけして過言では無い。要は彼はいけずな下僕なのだ。


『何だよ!さっきから根は善良だって言ってたじゃん♪助けてくれんじゃないのかよぅ…』


ソロンは少々不満だったが、長年の付けが溜まった報いだと諦める事にした。だからマキロンに仕方なく付き合う。


「それでは改めて第二問♪貴方は殺生はしていませんね?」


「それって動物も含みますか?僕は生きるために、その日の(かて)としての狩りはして来ました。でも人は殺めていません!」


ソロンははっきりとそう答えた。


「あっ、そうですか!人で無ければこの際、良しとしましょう♪合格!では次♪」


マキロンはそれからもくどくどと質問を続けた。これには皆もさすがに辟易して来たので、代表してユーヴェルが口を挟む。


「おい!マキロン…もう許してやれよ♪それじゃあ、小羊をいたぶる狼だ!」


「否…真綿(まわた)で首を絞めるじゃろう!」


ドワーフのログレムはそう応じた。


「何だ!ログレムのおっさんも難しい言葉を知ってんだな♪」


「この小童(こわっぱ)が!生きて来た長さが違うは♪」


二人が漫才に興じていると、少女がポツリと呟く。


「お兄ちゃんは悪くないよ…優しい人だよ♪だってエンデの事、助けてくれたもん!」


少女はよく見るとその瞳に涙を溜めていた。これにはペネトレットも逆らう。


「私を説得したのってマキロン様ですよね?だったらいい加減にして下さい!」


そう言って()め付ける。


そして挙げ句の果てにはリムルに「最低!」とポツリと呟かれたのが(とど)めとなった。


「何です?私はいつから貴方たちの敵に成ったのでしょう!全く…こう四面楚歌では()が悪そうです。判りました♪その優しさを買いましょう!その代わり、何かあった時には君たちに責任は取って貰いますからね?」


マキロンはそう言って「チケウ!」と唱えた。


すると今度はソロンを拘束していた縄が解け、彼はようやく大木から解放される事になった。


「助かったぁ…」


その瞬間、ソロンは腰が抜けた。ヘタヘタとその場に座り込む。


そこにエンデが駆け寄って、ソロンを抱き締めながら「お兄ちゃん、ごめんね!あたちのためにありがとう♪」そう言って頬にキスをした。


「何だよぉ!そんな事、気にするなよ♪子供(ガキ)は幸せでいて欲しいじゃんよ!僕は考え無しだけど、けして見捨てないよ♪」


それはソロンが木こりに(はぐく)まれたのと同様の愛情だった。皆はこの少年を助けて良かったと、この時そう想った。


ペネトレットも二人を優しく見守っていた。




「それで?君はこれで自由です!約束さえ守ってくれればこの先、自分の意志で生きて行けます♪でも良かったら、一緒に行きませんか?エンデちゃんは我々が引き取って連れて行きます。ペンネがこの娘を気に入っているのでね♪君も如何です?」


マキロンはそう提案する。


先程の舌の根が乾く暇も無かったので、皆ずっこけた。けれどもそれと同時に、それは気の利いた提案だとも想う。


ソロンは元々、冒険者に成るのが夢で山を飛び出し、旅立ったのだから、普通に考えれば渡りに舟だった。皆、良い人たちである。


そして見なし子であるエンデとも別れ難かった。しかしながら、提案してくれているのはあのマキロンなので、彼は躊躇する。


また機会を捉えては、教育的指導を施されては堪らない。彼は反射的に身構えた。


『何だよぅ…コイツ何様だよぅ…』


ソロンはどの口が言うくらいに警戒している。それはある意味、当たり前の反応だった。


するとその時、彼の肩を引き寄せ嬉しそうに語り掛ける者が居た。それはユーヴェルだった。


「実はな…何を隠そう、この俺様も捨て子なのさ!俺だけじゃないぞ♪ペンネだってそうだ!リムルやログレムだって例外じゃない♪この中で親が居るのはマキロンくらいさ!じゃ無きゃ僧侶は無理だからな♪奴に捨て子の気持ちは判らん!それはある意味、当たり前の事さ♪だから許してやれ!」


ユーヴェルはフフンと笑うとソロンを抱き留めながらマキロンを見た。


「全く!勝手にしなさい…」


僧侶はやってられんと愚痴をこぼす。その時に唐突に呟く者がいた。


「ボクはハイエルフだから…元々、親は居ないんだよね♪」


「儂もじゃ!ドワーフも元々、天涯孤独じゃからのぅ~♪」


リムルとログレムは、何を今さらと真顔で見つめる。


「私だって…マキロン様に拾われて育ったけど、グレもせずに真っ当に生きているのよ!あんたは優しい木こりに育てられただけましな訳♪何を腐る必要があるのか、私には判らないわ!人の好意は素直に受けるべきよ♪私があんたの性根を叩き直してあげる!」


ペネトレットも溜め息混じりにそう言った。


「えっ!?君はこのマキロンさんに拾われたの!」


ソロンは呆れ顔でそう尋ねた。


「そうよ!この人にも良いところはあるのよ♪」


ペネトレットは至極当たり前のようにそう答えたので、ソロンは開いた口が塞がらなかった。


「酷い言われようですね…ペンネ、勘弁して下さい♪」


マキロンは困ったようにそう呟く。彼も義理の娘には肩なしだった。


「お兄ちゃん、一緒に行こうよ♪」


最後にエンデがソロンの袖を掴んでせがむ。結局、これが決め手になってしまった。


「判りました!僕も色々と学ぶ必要がありそうです♪それにこの機会を逃がしたら、またいつ冒険者に成れるか判らない。僕の夢は冒険者に成る事です!そしていつか必ず勇者に成ります♪」


ソロンはそう宣言して頭を下げた。


「何だ!お前…冒険者に成りたいのか?夢は勇者か!いいねぇ~♪そういう事なら、このユーヴェル様がしっかりと育ててやるぜ!今日からはこの俺様が君の兄貴分だ♪宜しくな!」


戦士は嬉しそうにそう告げた。


「へぇ~♪このお馬鹿さんに育てられて大丈夫かな?」


ポツリとリムルは本音を漏らす。


「そうじゃなぁ?軌道修整ならペンネも居るしのぅ~♪大丈夫じゃろうて!」


ログレムも笑い転げる。


「全く!君たちは…。若者の熱き血潮が判らんのかねぇ♪このユーヴェル様は心で動く男よ!感じ入ったぞ、ソロン♪」


「そらぁ、君の感情については皆、肌身に知っているよ!その内、ソロンも厭でも判る時が来るだろうね♪」


リムルはあくまでも冷静にそう言った。


ログレムは苦虫を噛み潰すだけで、敢えて語らない。マキロンも苦笑いするに止めた。


ソロンは良く理解出来ない。けれども敢えて尋ねるのも(はばか)られたので、ユーヴェルに合わせて頷く。


その時、ペネトレットが口を挟んだ。


「リムル様♪お口が過ぎます!喩え師匠でも言っていい事と悪い事の区別はつけて下さい。お馬鹿さんて言わぬように私、何度も言いましたよね?」


彼女はまたプリプリと怒り出す。


途端にリムルは顔を曇らせ、困ったようにログレムを見た。ログレムは『やれやれ…』と呆れ顔で首を何度も横に振る。


『言わんこっちゃ無い!』


そう言っているようにそれは見えた。


リムルはログレムが助けてくれないので、今度はマキロンを横目に見る。マキロンも両手を広げてその困惑を示すと、「駄目ですよ、リムルさん♪」とだけ言った。


皆が急にそっぽを向いて助けてくれないので、冷静なリムルの姿勢は一気に崩れる。


「何だよぉ~!助けてくれないのかよぉ~!ボクだって悪気があった訳じゃないんだ。誰か取りなしてくれよぉ~!」


いつの間にかリムルは頭を抱えている。


そんなリムルを横目に眺めながら、ソロンは肩を抱えたまま(なご)むユーヴェルに声を掛けた。


「あのぅ…兄貴♪リムルさんは兄貴の仲間なんでしょ?気持ちは判りますが、(いず)れ判る事なら男らしく教えてくれませんか♪どうやら新参者の僕が知らない事が、あの発言の原因なようです!どうせならここで男気を見せた方が恰好良いんじゃ…」


これを聞いたユーヴェルは、急に息巻くと言った。


「えっ!そうかな?恰好良いか♪」


どうやらこの戦士様は(おだ)てに乗り易い体質らしい。


『こらぁ、扱い易いかも…』


そうソロンは想った。


これを聞き漏らさない者がこの場でもうひとり…。


『へぇ~あの子、師匠を助けるつもりなんだ!優しいって本当なのね♪エンデちゃんが(なつ)く訳だわ!お手並拝見ね♪』


ペネトレットもこの光景に満足したので、プリプリ感は残したまま、笑いを堪えながら演技を続ける。


彼女はリルムの失言を、けして許した訳では無かったが、ソロンの試みには手出ししないと固く誓った。


するとユーヴェルは「ではそうするか♪」と乗り気になったので、ソロンはここが肝心と調子を合わせる。


「そうこなくっちゃ♪それでこそ僕の兄貴です!」


この言葉はユーヴェルを益々調子付かせた。げに恐しきは言葉の力である。


『へぇ~これって一種の才能かも♪』


多少ユーヴェルと同じ臭いを感じるものの、只のお調子者でも無いとペネトレットは益々、ソロンという少年に興味を惹かれた。彼女の中ではさらに彼の好感度が上昇している。


ユーヴェルは、覚悟を決めたようにリムルを(かば)った。


「皆♪リムルをそう責めるな!俺はコレで皆には散々迷惑をかけている。戦士としては(はなは)だお恥ずかしい限りだ!でも運命には抗えぬ。ソロン!俺はね…感情が高ぶると、戦場ではいつの間にか狂戦士(バーサーカー)に成るのだ♪そうなると、落ち着くまでは無意識に暴れ狂う。つまりだ!味方と敵の区別がつかんのだよ♪そこでいつもの様にリムルが防御壁を作って皆を護る事になる。そういう訳だ!」


ユーヴェルは自嘲気味にそう語った。


『あぁ…言っちゃった!』


マキロンとログレムは呆気に取られている。そう成る事を知って以降、ユーヴェルがこの件を恥じてひた隠しにして来た事は彼らも重々承知していたので、男としてその気持ちが判ると同情していたのだ。


特にユーヴェルの名声は、世間的にはかつての伝説の勇者・ミリムンに匹敵するほどのものがある。だから子供たちの夢を壊してはいけないと、押し黙って語る事はけして無かった。


だのにこれほどあっさりと、ソロンやエンデの前で暴露に及ぶとは、おそらく彼らも想像すらしていなかったに違いない。けれどもその心配とは裏腹に、ユーヴェル本人は却って晴れやかな表情をしている。


その切っ掛けは確かにリムルの挑発であり、ソロンの誘導に乗った結果だったのかも知れないが、その経過の中で彼も得るものがあったのである。


それはある意味、ユーヴェルにとっての成長だった。否…進歩と言っても過言では無かろう。


『勇者の中の勇者は、たとえ地に(まみ)れようとも、真の姿を包み隠さず見せなければ成らない…』


子供の憧れであれば尚更、その背中で語る必要があると、この時彼は気づいたのだ。なぜなら、世の中はそう甘くない。良い事ばかりでは決して無い。


たとえ皆が憧れを抱く人であっても、苦労は付きものであり、自分の意志だけではどうにもならない事もある。そう謂った厳しい現実をそのまま晒す事も自分の役目だと想ったのだ。


(もが)き苦しみ抜いた末に立ち上がる。それこそが真の勇者なのだと教える事も、 選ばれし者の務めだと彼は考えた。そういう事に成ろうか。


勇者は恰好良い者…それで済めば確かに言う事は無い。だからといって、憧れの対象が子供をガッカリさせないために弱点をひたすら隠し、良い印象だけを残そうとしてはいけないのだ。


それは憧れを抱く者に対しての裏切りにほか無らない。そうでは無く、人間臭さも弱みも全てそのまま晒す事こそが大事なのだ。


ユーヴェルは今ようやくその見地に立つ事が出来たのだと謂える。そしてソロンもこれには手放しで拍手を贈った。


「さすがです兄貴♪勇者はそうでなくっちゃ!感じ入りました♪」


これにはユーヴェルも拍子抜けする。


「何だ!恐くないのか?狂戦士(バーサーカー)なんだぞ!」


「だって兄貴の意志でどうにかなるもんでも無いんでしょう?だったら仕方無いんじゃ♪それにしてもどうしてそんな事が起きるんです!半獣だったりするんですか?」


ソロンは素朴な疑問を呈す。


するとユーヴェルは、戸惑った表情で口を開いた。


「半獣?この俺様は(れっき)とした人間だ!只、神の怒りを買っただけさ♪」


この言葉にはソロンも理解が及ばず、奇妙な表情を返す。そこで然り気無くポツリと呟いたのはリムルだった。


「ユーヴェルは神に仇なす行いをしたので、心に怒りの神を宿す事に成ったんだ!そいつが時たま騒ぎ出すんだよ♪まぁ自業自得だね!それで割を食う者の身にもなって欲しいよ♪」


「神に仇なすって、兄貴はいったい何したって言うんです?」


それを聞いたリムルは困った様に苦笑い、「そんな事、このボクが言える訳ないじゃん!」と釘を刺すと、そっぽを向いてしまった。


ソロンは答えを求めて反射的にユーヴェルに視線を移す。予想外の追求に、本人もこりゃ参ったという顔で、頬をポリポリと掻くのみだった。


そこで割って入ったのはマキロンである。彼は同情するようにこう言った。


「まぁまぁソロンさん♪世の中には知らぬが仏という事もあります!何事も全てつまびらかにする必要は無いのですよ♪それで無くとも彼は既に罰を受けているのですから、これ以上の追求は気の毒ってもんです!それこそ武士の情って事で♪まぁいずれ判る時も来ますよ!それで如何です?」


さすがは一応僧侶だけの事はある。神の情けと言われれば、ソロンもこれ以上の追求は止める事にした。そもそも興味本位に陥った時点で失礼な話だろう。


「そうですね!僕に異存は在りません♪でも予め判ってよかったです!皆さん、改めて宜しくお願いします♪」


彼はそう言って微笑む。こうしてパーティには新たに二名が加わる事に成った




「それで…お金って何でしょう?」


ソロンはパーティに加わると、さっそく疑問をぶつける。


「あぁ…そうでしたね!ではそれは私から♪」


マキロンはすぐに手助けを買って出てくれた。さすがは伊達に神の下僕をやっている訳では無い。


それが慈悲の心なのか、単に迷惑を掛けられたくないだけなのかは判らぬが、それは敢えて言わぬが花だろう。


「ソロンさんの(つまず)きのもとは、そもそもそこでしたね!お金とは、人が考えだした価値の基準です。昔、人は欲しい物は自ら奪ってきました。まぁ人も野蛮な時代を経て、今があるって事です。でもだんだんと人の数も増えるに従い、だんだんとその距離感も近くなって来ました。するとそこには必然的に、争いの火種が生まれます。欲しいものを奪うために、人殺しも厭わぬ者すら現われ始める。そこで考えられたのが秩序という概念です。神の御心という教えも後押しした事でしょう。 それでも判らぬ者を罰するために法というものすら生まれて来ました。では秩序とは何でしょう?それは争わず、話し合いで解決するって事です。彼らは次第に自分に足りない物は、それを持っている者との物々交換で解消して行く事を覚えます。それが出来ない者は、物の代わりに自分の労働力を提供して行くように成るのです。そこで生まれて来たのが主従関係であり、貧富の差です。おっと話の先を急ぎ過ぎました!こりゃあ、失礼♪」


話が脱線したので、マキロンは自嘲気味に謝ると先を続けた。


「では物々交換や労働の基準とはどう測れば良いのでしょう?そこで生まれた概念が、先程申し上げた価値基準です。そしてそれをより明確に測る基準として導き出されたのが、お金ですね!ある程度の価値を持たせないと皆の納得も得られないため、金、銀、銅などを用いて造られたのが謂わゆるコインというものです。これですね♪」


マキロンは実際に市中に出回っているものを手の平に乗せてみせた。さすがは皆に説教する事を生業とする僧侶である。


少々くどいがその説明は理路整然としており判り易い。ソロンはマキロンに一言断わりを入れてそのコインを実際に持ってみた。


想いのほかそれは重くなく、手軽に持ち運びしやすいものだった。


『成る程…物の価値ねぇ!確かに野菜や果物ひとつ取ってみてもすぐに育つ訳じゃない。(ジジイ)も丹念に気を使って育てていたっけ!実のりの収穫時にニッコリ笑って喜んでいたのも、今想えば物の価値を僕に教えるためだったのかもな…だったら単刀直入に言って貰った方が良かったのにな♪でも待てよ?』


その時にソロンは閃き、尋ねる。


「あのぅ…少々お聞きしますが、喩えばです!今ここにリンゴが一個あるとしましょう。これをコイン三枚で売る者とコイン四枚で売る者が居た場合、どうなりますか?神の御心に沿わず、法で罰せられるでしょうか!」


ソロンがそう口にした途端に、マキロンはニッコリと笑った。


「ほぉ〜ソロンさん、貴方はなかなか見所がありますね!今の今まで価値観の何たるかも知らなかったのに、もうその意味を理解したようです♪教え甲斐のある生徒を持つと教師冥利に尽きますね!」


彼は然も驚いたようにソロンを褒めると、先を続けた。


「結論から言いますとね、それはどちらも正解であり、要は売り手次第なのです!それはリンゴひとつ取ってみてもそうです。特に育てる者にとっちゃ、栽培は我が子を育てるも同様です。収穫時には大切に育てて来た分、愛着もあるでしょう?」


マキロンがそう疑問を投げ掛けると、ソロンはすぐにコクリと頷く。木こりの爺の喜ぶ顔が頭に浮かんでいたのだ。


「どうやら山育ちの貴方には経験があるようですね?なら話は早い!」


マキロンは締め括る。


「要はリンゴ一つの価値を決めるのは売り手次第ですが、売り手が居る以上、そこには買い手も居ます。貴方が売り手ならコイン四枚で売りたいでしょうし、買い手ならコイン三枚で買いたいでしょう?」


「そうですね♪」


ソロンは即答した。


誰だってそうする。彼はそう想った。


するとマキロンは我が意を得たりと話し続ける。


「ひとり対ひとりならそこは話し合いという所でしょうが、世の中にはたくさんの人が居て、そんな取引を日常的に続けていると、りんごーつの価値がどの程度の物かなどは、誰でも常識的に判るように成って来ます。それはりんごに限らずそうです!後は豊作で作り過ぎた時、凶作で品不足の時に、その価値の変動があるぐらいのものです♪要は価値とは一定に在らず、変動して当たり前なのです。ですがこれを知らない無知は騙され、損する事になります。お金は今や労働の対価として支払われる物である事は、どんどん定着しつつ有りますが、自分の中で必ず基準としての物差しを持つようにしていれば宜しいでしょうね?」


マキロンはそう教えてくれた。そもそも…お金とは何たる物かというソロンの細やかな疑問は、価値観の大切さという、生活する上で欠かせない教訓と成って返って来る。


僧侶としての真骨頂を見せたマキロンも、さすがの一言だろう。伊達に説教師はやってない。


そして育ての親・木こりから学んでいた事柄を踏み台にして、すぐに理解したソロンも凄いの一言だった。


「先生!判りました♪コイン二枚で安く買い叩いた物を倍のコイン四枚で売れば、コイン二枚の利益になります。さすがにそれは阿漕(あこぎ)な考えですが、例えば豊作な土地で安く買い、凶作の土地で市場の値よりも安く売れば、双方の悩みを解決して喜こばれた上に、利も得られます。先生の言わんとするのはそういう事ですね?阿漕なものは取締りの対象になり、下手を打つとお縄に成りますが、これなら面白そうだ!」


これを聞いたマキロンは開いた口が塞がらなかった。ソロンという少年は、常識を知らないだけで、とても見込みがあると想ったのである。


それどころか、大した拾いものであった。マキロンは気を好くして丁寧に補う。


「そうそう!その通り♪判って来たじゃないですか?間を取り持つ。それも立派な職業です。これを仲買(なかがい)商という。元手が掛からない上に、機転と才覚でお金が産めるという金の卵ですね♪しかし、ーを聞いて十を知るとは正にこの事だ。ソロン!君にはたまげました♪君はどうやら才能が有りそうだから、今後も色々と教えてあげよう!何しろ旅の道中は長いですからね♪」


マキロンはすっかりソロンを気に入ったようである。ぐだぐだと難癖を付けていた事などすっかりと忘れて、その瞳は見込みのある弟子を愛でる師の様だった。


ソロンもまた、当初の悪い印象が逆点したようにマキロンを見つめる。知識とは人を助けるものだと想うと同時に、それを経験不足の自分にも判るように、順を追って諭した手腕に感じ入っていたのであった。


このやり取りを眺めていた者たちも、ソロンの理解力の高さに度肝を抜かれる。ユーヴェル等は、そもそもお金の価値については判っているものの、金は天下の回り物くらいにしか想っていなかった。


それは他の者もさして変わらない。リムルやログレムなどは余りにも永く生きているせいか、お金の価値基準でさえ、今どきの世の流行(はや)りくらいにしか認知していなかった。


ペネトレットも金儲けの妙など考えた事も無い。このパーティに居る限りは、そういった込み入った事は全てマキロンが考え、実行してくれるから必要無かったのだろう。


ところがそもそも山育ちで、命の是非すらも自分次第だと考えて生きて来たソロンにとっては、これから生きる上での指針となり、真っ当な生き方の選択枝と成った訳だから、その受け取り方は全く違った。


そんな大事な事を教えてくれた相手は、彼にとっては神様と同義である。出会いの印象が悪かろうが、そんな事は些細な事だった。


既にマキロンは弟子が出来たと喜んでいるし、ソロンは尊敬の念でマキロンを見ていた。


「お前、凄いのな!恐れ入ったよ♪今の話が金儲けにまで発展するとは想わなかった!どうやら君は血の巡りが良いらしい♪今後は俺様の相談にも乗ってくれな?その代わり、君の事はこの俺が守ってやる!」


ユーヴェルはそう告げた。


「そんな事言っちゃって、後悔しても知らないからね♪」


リムルは感情無くそう呟く。


せっかく仲裁したばかりだというのに、なぜこうも突っ掛かって行くのかと、ソロンにしてみれば今ひとつ理解に苦しむが、トゲトゲしい言葉はまろやかな空気を台無しにするので、仕方無く口を挟んだ。


「兄貴♪嬉しい言葉ですが、この世は弱肉強食です!それに僕はこの娘が一人立ち出来るまでは責任があります。だから僕に剣を教えて下さいませんか?そうすれば僕はこの娘を守る事が出来て、皆の役にも立ちます。兄貴は必要以上に僕に構う事無く戦いに専念出来ます。言ってみればそれで一石三鳥の利がありますよね♪否…全体の戦力も上昇するから一石四島かな?どうです♪やってみる価値はあると想うのですが?」


ソロンは得意気にそう告げた。すると沈黙を貫き聞き手に回っていたログレムが口を挟む。


「小僧!言うは易し♪行うは難しぞ!そう簡単では無い。だがそのやる気は買う♪この儂も合い間に剣技の基礎を教えてやろう!」


そう言ってカラカラと笑った。


「そうだね♪ユーヴェルは大刀の達人、ログレムは斧の達人だから、参考に成るよ!ボクが見たところ、君だって短刀に関しては良い腕を既に持っているんでしょ?しばらくは自分の長所を生かして短刀を両手で扱えるように磨きをかけるといいよ♪君ははしっこさは群を抜いてるんだから、その身軽さをどんどん生かす事だね!大力の扱いはその応用として考えれば良い事だろうね♪」


何とリムルの言葉は核心を突いた良い助言だったので、ソロンも驚く。


単に毒舌を吐くだけの人では無く、その沈着冷静な観察力で、物事をしっかりと捉えているこのハイエルフの娘は、侮れないと想ったのだ。


感情に支配されぬエルフの特性を最大限に活かしているのだろう。そしてその視野も広く、見立ても的確だ。


「確かにリムルの言う通りですね♪そう為さい!背伸びも必要ですが、堅実に長所を伸ばす事も大事です♪ユーヴェルやログレムからは剣技そのものよりも、その根底にある覚悟を学ぶと良いでしょう!」


マキロンもそう助言を重ねた。


「そうですね!真に目から(ウロコ)が落ちる想いです♪仰る通りに精進します!」


ソロンも素直にそう答える。当初はギクシャクしていた関係も、ソロンの加入で却ってまとまり、その団結力は増したようである。


それが証拠に皆の表情がまろやかに成って、ソロンを見る目も違って来た。あの面倒臭かったリムルでさえ、ニコやかで愉し気に見えた。


心無しかマキロンもホッとした様に見える。ユーヴェルやログレムも頼もしそうに、その様子を眺めていた。


そして最後にエンデが呟く。


「良かった♪皆大好き!お兄ちゃんの事、認めてくれてあたちも嬉ちい♪」


「そうだね♪私もあんたの事、見直したよ!これから宜しくね♪」


ペネトレットもエンデの頭をヨシヨシと優しく撫でながらそう言った。


「有り難うございます♪僕の方こそ宜しくお願いします!」


ソロンも嬉しそうにそう答えた。




再びその場の空気はまろやかになり、良い雰囲気を醸し出す。するとその時に、思い出したようにログレムが叫んだ。


「そりゃそうと、獲物は大丈夫なんじゃろうな?」


「大丈夫でしょう?ていうか、ログレムさん!貴方が火加減を見ると仰ってましたよね?」


マキロンは呆気に取られたようにそう答えた。


「否…御主がここに我らを導いたんじゃから、以降の事は儂は知らんぞ!」


ログレムは自然の成り行きだと強調する。


「だよねぇ…ボクもそう想う♪そう言えば、お腹空いたね?君もそれで気づいたね♪」


「まぁな…」


リムルの問い掛けにログレムも頷く。


「おいおぃ…なすり合いは止せ!それどころじゃあ無い♪」


ユーヴェルの言葉に皆頷くと、慌てて焚き火に取って返した。そして皆がその物体を真上から見下ろす。


気の毒な事には、獲物の猪は形を留めぬ黒炭と化し、もはや食べるどころの騒ぎじゃ無かった。


「何です?これ!いったい何がしたかったんですか?」


ソロンは素朴な疑問を呈す。


「皆でログレムの獲って来た猪を焼いて食おうって話だったんだけど、君に意識を取られてる間に丸焼きが丸焦げに成ったんだよ♪あ~あぁ…」


まるでリムルは他人事のように呟く。


「えっ!ちょっと待って…それじゃあ、これって僕のせいですか?」


ソロンは焦せる。そう言われてみれば、意識が戻った時に、いの一番に美味しそうな臭いが漂って来た事を今さらながらに思い出す。


けれどもあの時の彼は大勢の知らない人達に囲まれて、それどころじゃ無かったのだから仕方無い。責任はあくまでも彼らにあるのだと思い直した。


するとユーヴェルが庇う。


「いんにゃ…君のせいじゃ無いさ♪君は悪くない!」


「そ~だもん!お兄ちゃんは悪くないもん♪」


エンデもすぐにソロンの肩を持つ。


ひとまず疑いが回避されたので、ソロンもホッと安堵の溜め息を漏らした。それにしても息つく暇さえ無いほど、このパーティは退屈させないと彼は苦笑う。


その時、ペネトレットが口を挟んだ。


「だから私がゾルトアークでやっつけましょうと言ったのに…」


「否… ペンネ♪それじゃあ、結果は同じ事だよ!いずれにしてもこう成っていたろうねぇ…」


リムルがそう反論すると、ログレムも頷く。そして言った。


「まあ何を言っても結果は変わらん!覆水盆に返らずじゃ♪」


「おっさん!今日は冴えてるじゃんよ♪それよりこの際だ!ソロン♪君は狩りを生業としていたんだろう?早速、その腕とやらを見せて貰おう♪勿論、俺も参加する。ログレム、お前さんはどうする?」


ユーヴェルの言葉に、ログレムもおもむろに腰を上げる。


「まぁ、やむを得ぬな…やろう♪」


それを聞いたユーヴェルは、振り向くとソロンを見つめた。ベテランの二人にやると言われたら、新人の彼がやらぬ訳にも行くまい。


「えぇ…喜んで♪曲がりなりにも、僕に付き合って貰った結果ですから!ログレム様ほどの獲物が取れるか判りませんけど、挨拶替わりに取り組んでみます♪」


ソロンは若者らしく即決した。


「そりゃあ頼もしいな♪頑張れ!」


ログムもそう応じる。


「これで決まりだな!じゃあ、後の事は頼むぞ♪」


ユーヴェルもそう息まく。


「そうですね!では頼みます♪私達は自生の木の実や果物でも取って来ましょう!リムルさんそれで良いですね?」


「仕方無いじゃん!ボクとしてはコレットで晩餐(ばんさん)のが良かったんだけど?」


「コレットですか?あそこは高いですからね!ひと仕事しない事には…」


マキロンがそう答えた時に、ログレムが呟くように言った。


「何じゃ…やはりそういう事か!リムル、お前さんついつい口が滑ったな♪悪戯癖は相変わらずじゃのぅ!儂のエルムの炎は弱火で長持ちする特徴がある。まぁ時間をかなり費やしたから、焼け焦げてもやむを得ぬが、ここまでは成るまい!ゾルトアークを使ったな?」


それを聞いたペネトレットは、キッと厳しい顔になってリムルを睨み付けた。ユーヴェルやマキロンもリムルを見つめる。


突如として旗色の悪くなったリムルは、血相を変えた。沈着冷静な彼女の姿はもうそこには無かった。


「ちょっと待ってくれ!何でボクがそんな事をする?」


「コレットで食事したかったからでしょう?」


マキロンはすぐに応えた。


「証拠は?ボクがやったという証拠は無いじゃん♪」


「お腹空いたって、一番に言いましたよね?」


今度はペネトレットが捲し立てる。


「それは皆だってそうじゃん♪」


「ゾルトアークなら同じ結果に成ると言ったな…」


ユーヴェルも責めた。


「もうリムル様最低!いい加減認めないと、記憶の鏡を確認しますよ!」


ペネトレットのこの言葉が止めと成る。


途端にリムルは泣きそうに成った。


「何だよぉ~せっかくここに来たんだから、コレットに行くって言ったじゃん♪なのに急に取り止めたのはそっちでしょ!だからボクはやっただけじゃん…」


「認めましたね?」


「認めましたな♪」


マキロンとユーヴェルは溜め息を漏らした。


ログレムは『やれやれ…』という表情で見ている。ペネトレットはプリプリと怒っており、またまたその場は険悪な雰囲気に包まれた。


エンデは幼な心にハラハラドキドキしながら見守っている。ソロンはこの忙しい展開に着いて行けずに呆気に取られる。そして全くなんてせわしない連中なんだと呆れ果てた。


『何でこうなるかなぁ…狩りに行くんじゃ無いのかよ♪せっかくやる気に成ったのに!コレットって何よ?ゾルトアークって何だ!わざと黒焦げにしたのかよぉ~面倒臭ぇなぁ~僕やって行けるかしら?』


ソロンは自然とエンデの頭を優しく撫でる。エンデはソロンが気に掛けてくれて嬉しいのか、頬をリンゴのように染めて、徐々に落ち着きを取り戻して行った。


皆、犯行を認めたリムルに気を取られて、その目付きがやばい。そんなおどろおどろしい雰囲気の中で、その場の空気を一変させたのは、またもやソロンだった。


それは無意識の成せる技である。不意に彼は口を開いた。


「あのぅ…記憶の鏡って言いましたよね?それって何です!確か僕の時もそう言ってましたよね?」


するとマキロンがその言葉を捉えるように我に返る。


「おゃおゃ…私とした事が!少々大人気無かったですね♪皆ももう止めましょう!リムルさんの悪戯は、今に始まった事じゃありません。ペンネ!エンデちゃんが見ていますよ。みっともないからプリプリするのはお止しなさい。いいですね?」


ペネトレットもそう言われては返す言葉が無いから、仕方無く矛を収める。パーティ随一の強硬派であるペネトレットを押さえ込んだのは、見事というほか無い。


ユーヴェルもログレムも一気に冷めてしまった。リムルは追求が止んだのは良いとしても、自分の我儘が通った訳じゃないから仏頂面を決め込む。


ログレムはそれを横目で眺めながら、『困った奴じゃい…』と首を傾げる。ユーヴェルは再びこの険悪さにメスを入れた功労者を労るように、やはり横目で眺めながらマキロンに声を掛けた。


「どうかね?この際だから種明かしをしてやっては!俺は予定通り狩りに行って来よう♪ログレム、お前さんも来るだろう?」


「勿論じゃ♪大人はこの際どうでも良いが、子供は育ち盛りじゃからな!喜んで行こう♪」


ログレムも同意する。


「まぁ、そういう事だから後は頼む!ソロンも気が向いたら後で合流するといい♪でも今回は出番は無いと想うがね?じゃあな♪」


ユーヴェルはログレムを伴うと、言うだけ言ってとっとと行ってしまった。


「リムル様♪私たちも行きますよ!」


ペネトレットは未だ(トゲ)のある抑揚を言葉の端に残していたので、リムルも仏頂面のままトボトボと付いて行く。


必然的に後に残されたのは、ソロンとエンデとマキロンになった。




皆が改めて食探しに出向いて居なくなると、マキロンはソロンの疑問に応える。


「助かりました♪またまた貴方に助けられましたね?有り難う♪」


「うんにゃ…正直もう理由(ワケ)が判りません!今日は色々な事が有り過ぎて、頭の整理がつかないのです。賑やかだと思ったら、突然、険悪に成るし♪貴方たちはいったい何なんです!動物ですか?」


ソロンももう頭が正常に機能していないから、ぶっきら棒となる。とにかく藪から棒に目の前で起こる乱暴さながらの展開に、ぐったりと疲労のみが増して行き、ついには頭の先から煙が出て来た。


「まぁまぁ、落ち着きましょう♪彼らは大変個性の強い面子(メンツ)でしてね!でも悪気はないのです。端目にはまとまっていない烏合の衆に見えるでしょうが、戦いになれば自分の得意も皆の得意も判っていますから、(かぶ)りませんし、助け合う事が出来ます!それに貴方はまだ合流したばかりですから、誤解もあります。でもひとりひとりとは、ちゃんと付き合えると想いませんか?」


マキロンは落ち着き払ってそう答えた。そんな彼でさえ、サディスティックな裏の顔を持っている。


ソロン自身はとても個性で片付けられるとは想えなかった。特にハイエルフのリムルは冷たく、自分勝手に想えてならない。


「誤解って何ですか?」


ソロンはイラッとした気持ちのままに、そう尋ねた。エンデはそんな気持ちを敏感に臭ぎとり、心配そうに見つめている。


マキロンはその頭を撫でてやりながら「よくペンネにもこうしてやりました♪」と言った。そして「心配無いよ♪」と付け加えた。


それはまるでソロンが落ち着くのを待っているようにも感じられた。そしてマキロンはようやくソロンに向き合うと、じっとその瞳を見つめながら(さと)す。


「実はですね…リムルさんの言っている事は事実なのです!やり方は少々稚拙ですが、それだけ愉しみにしていたのでしょうね♪彼女にとっては60年振りのコレットなのですから!」


マキロンはポリポリと頭を掻きながらそう答えた。


「コレット?」


ソロンは想い出す。彼の知らないワードのひとつであり、リムルが(こだわ)った言葉だった。


「コレットって何です?」


ソロンは単刀直入に尋ねる。こうなってはひとつずつ疑問を解消するより無かった。


「コレットはこの森の近くにある街の店であり、この国でも有数の料理を出すレストランです♪彼女にとっては、想い出が詰まった場所らしい。だから我々も同意して連れ立って行くのをお互いに愉しみにしていました…」


「だったら行くべきじゃありませんか!そういう事ならリムルさんが可哀相です…」


ソロンは持って生まれた正義感が顔を出す。


ところがマキロンは被りを何度も振ると「それは出来ないのです!」と言った。


「何で?どうしてですか!貴方たちも愉しみにしてたんじゃないんですか?」


ソロンは食い下がる。するとマキロンは仕方無いと言った具合に話し始めた。


「実はですね…これは言いたくなかったのですが、貴方の首には30万ゴールドの賞金が懸けられていました。本来なら捕まえた我々にそのお金が転がり込んで来る筈だったんですがね、ユーヴェルさんは貴方を捕らえた割には引き渡すのには否定的だったんです!」


マキロンの話しによると、ユーヴェルには善悪の判別が出来るらしい。その彼がソロンの性根を言い当てたというのだ。


そして同じ感覚を持つログレムもまた同じ意見だった。そして何よりエンデの言葉が決め手と成る。


「お兄ちゃんは悪くないよ!良い人だよ♪」


これにはペネトレットも抗えず、賛意を示す。そしてリムルも「助けてやれば良いよ♪」と言ったらしい。


そこでマキロンは、勇者一行ランペルー旅団の名の許に説得して、30万ゴールドを返上すると共に、追徴金1万ゴールドを上乗せしてソロンを引き取った事実を明かした。


「本来ならその1万ゴールドで、コレットで豪遊するつもりだったんですがね…人の命には代えられません!それが善人なら尚更です♪すみませんね?だから貴方を試したのです♪」


マキロンはそう締め括る。ソロンは唖然としてしまった。自分ではそんな大した罪を犯したつもりは無かったのに、30万ゴールドも懸賞金をかけられていたとは想わなかったのである。


否…そもそもお金の価値すら判らなかった彼がそんな事が判ろうはずも無かっただろう。ソロンは一気に(しぼ)んでしまった。


まさか自分のせいだとは想わなかったのだ。そこでマキロンは敢えてぶっちゃける。


「この事はユーヴェルとログレムと私の三人の秘密だったのです。否…30万ゴールド返上の件は話しましたよ♪でもさすがに元手まで払ったとは言い難いでしょう?虎の子のゴールドは皆の財産ですからね♪まぁそういう訳でリムルには割りを食わせてしまったのですよ!そして貴方にも不担をかけたくなかったのです♪それにもう無いものをとやかく言うのは私の性に合わないのでね!まぁそういう事です…」


これはソロンにとって止めと成った。彼は絶句して言葉も無い。


『どうしよう…』と後悔の念に苛まれた。するとマキロンは言った。


「考えても始まりませんよ♪貴方は立ち直ってくれたのだし、半分は生きるためだとしても、残りの半分は人の命を救うためだった!そうでしょう?やり方はけして褒められた事ではありませんが、きっと貴方が助けた子たちは感謝している事でしょうし、貴方も助けた事を後悔はしていないのだから、後はこの先の行動如何です!貴方を助けた私たちの気持ちが、正しかったと証明してくれれば良いのです♪リムルもきっと理解してくれる事でしょう!」


マキロンは諭すようにそう告げると、目配せした。その表情は柔かく、愛情に溢れていたのでソロンは頷く。


そして自然とエンデを見つめる。その(つぶ)らな瞳は、ソロンを真っすぐに見上げており、信じ込んでいる様に見えた。


『そうだ!僕はこの娘のためにも、自分の行いを完全に否定してはいけないんだな…』


彼はこの時、そう想った。


この世の中は、正邪がはっきりしている事ばかりでも無いのである。手段はどうあれ、その時の彼にはそれ以外に方法が無かったのだ。その手段が間違っていただけである。


そしてその事を今の彼なら理解出来た。ならば改めるしかあるまい。


「判りましたマキロン様♪必ず御恩に報いると約束します!エンデにも恥じない兄貴に成ります♪」


ソロンはそう答えた。


「それで良いのですよ♪さて、後は記憶の鏡の件でしたね?」


マキロンはそう言って説明に入る。


「記憶の鏡とは…(いにしえ)の大魔法使いレンネの残した魔道具です!この鏡には写した人の人生の歩みが写るのです♪もう判りましたね?そぅ…我々はその鏡に写った貴方の生き様を拝見しました!長年の苦労…お察し致します♪」


「何ですってぇ~!!」


ソロンは驚く。魔法とは縁遠い生き方をして来た彼にとっては、とても受け入れ難い事だった。果たしてそんな奇天烈(キテレツ)な事が可能なのかと理解に苦しむ。


けれども目の前で既にその魔法を二度も見せられている身としては、疑う余地も無かった。だから無理を承知で受け入れるしか無かったのである。


『魔法ってエゲツ無いな…何でも有りかよ!それにしても自分の生き様が(あらわ)になるなんて?恥ずかしいったら在りゃしない!知らなきゃ良かった…』


ソロンは口唇を突き出すような奇妙な顔をしながら、頬を染める。それは然ながら茹で蛸の様だった。


その時、彼はふと思い出した事をそのまま口にする。それはペネトレットの言葉だった。


「するとさっきペンネさんが言っていたのは、記憶の鏡でリムルさんの悪戯を暴けるって事だったんですね?」


「えぇ…そうです♪でも彼女もそこまでする気は無かったと想いますよ!何しろ記憶の鏡が出せるのは、現在この世の中ではリムルさんだけです♪彼女自身も自分の魔法で自身の悪戯を見られるなんて、屈辱の極みですからね!ペンネも師匠を諭すための方弁だったのでしょう…」


マキロンはあっさりと、ソロンの疑問を肯定する。ソロンは驚きながらもさらに質した。


「…て事は、まさか大魔法使いレンネって実在の御方なのですか?僕はてっきり神話の物語の産物だと想ってました!」


それを聞いたマキロンはほくそ笑む。


「そうでしょうね♪私だって当初はそう想っていました!でもこれは本当の事だと今は想っています。私の祖父はやはり僧侶でしたが、一度だけレンネ様とお会いした事があるそうです。そしてリムルさんがそのレンネ様の弟子だと聞いた時に確信しました!」


「じゃあ、運が良ければ僕も大魔法使いに会えるのかしら?」


ソロンは素敵な夢を追い求めるようにそう尋ねた。するとマキロンは難しい表情で口を開く。それは意外な事実だった。


「否…それは簡単ではありません!リムルさんの話では、大魔法使いレンネ様は北の果ての地で行方不明に成ったっきりだそうで、生きているんだか、死んでいるのかさえ、はっきりとしないそうです。そしてそれはレンネ様に限らず、勇者ミリムン様もそうだとリムルさんは教えてくれました。だから我々ランペルー旅団は北の果てを目指して旅をしています。今や魔法使いリムルと戦士ユーヴェルの事を知らない者は居ません!だからこそ貴方の手配書も割と簡単に撤回されたのです。謂わば二人の信頼の結果という訳です♪」


ソロンは話の内容が突然、大きくなり二の句が継げない。あの涼しい顔で毒舌を吐くハイエルフの少女が、そんな有名人だとは想わなかったのだ。


そしてユーヴェルの事もまた、その時に想い出したのである。彼の手が食い物を掴んだ瞬間に、その手を押さえ込んだ人物には、どこかで会った記憶があった。


それが今、戦士ユーヴェルと重ったのである。




「おい!坊主♪そんな高い所に登って大丈夫か?」


声を掛けられて真下を覗き見ると、大きな剣を背中にしょった若者がこちらを見上げていた。


晴れやかな午後の日射しが(まぶ)しい。そのためか、若者は顔に手を(かざ)しているのでよく見えなかったが、その口許は微笑んでいるように感じられた。


穏やかな風が時折(ときおり)渡って来て、肌に直に触れると気持ちが良い。だからソロンは気持ちのままに答えた。


「うん♪大丈夫!ここに居ると涼しいんだ♪良かったら、兄ちゃんも登っておいでよ!」


ソロンの呼び掛けに、若者はクスクスと苦笑う。


「おぃおぃ…坊主!お誘いは有り難いが、俺は君ほど身軽じゃない♪とてもそんな高い木の上には登れないよ!仮に登れたとしても、俺の体重じゃ細い木だ、折れちまうよ♪」


若者はそう自嘲気味に微笑むと、続け(ざま)に尋ねた。


「そらそうと、木こりの爺さんはご在宅かな?」


「兄ちゃん、(シジイ)に何か用なのかい?」


「あぁ…腐れ縁でな♪近くに来たので久し振りに会って帰りたい!君は爺さんの子かな?」


「ううん…育ての親みたいなもんかな?」


「そうか…俺も似たようなもんさ♪」


「じゃあ、兄ちゃんは僕の兄ちゃん?」


「うん?そうだな…どうだ、坊主も一緒に来ないか?」


「ううん…僕はまだしばらくはここに居るよ♪これからがお愉しみの時間だからね!」


「そうか…じゃあ、気ぃつけてな!俺様の名はユーヴェル♪坊主!また会おう♪達者でな!」


若者はそう言うと、(かざ)していた手を上げて、ソロンに振る。その時に日射しが当たって、若者の顔は黒く見えた。


それでもその口許は笑っている。ソロンも嬉しくなって言葉を返す。


「うん♪有り難う!(ジジイ)には、夕方までに戻ると言っておいてくれない?僕はソロン!将来、勇者になる男さ♪」


「ほぉ〜そりゃあいい!実は俺も勇者を目指している。坊主!競争だな♪」


「ううん…僕は目指してるんじゃ無い!成るんだ♪」


ソロンはそう言い切ると、軽業師か子猿のように、そのまま木を伝って行ってしまった。




その時は、さぞや大口を叩く子供(ガキ)だと想われた事だろうと、ソロンはとても恐縮している。


若者とはそれっ切りで、子供心に遊びに夢中な時分だったからか、帰った後にもその若者の事を(ジジイ)に確かめる事は無かった。


すっかりともう忘れてしまっていたのだから、しょうがない。今想えば、聞いておくべきだったとソロンも悔やむ。


けれどもこれも運命の悪戯なのだろう。彼らの道行きは、今ここで再び交わる事に成ったのだ。




「よぉ〜♪話しは着いたかい?」


突如、背後から声を掛けて来たのはユーヴェルだった。


「御苦労様♪この短時間でよく挽回しましたね!さすがです♪」


マキロンは労う。


「わぁ~すごい♪」


エンデも手を叩いて喜ぶ。


振り返るとユーヴェルは両肩に大きな猪を乗せて微笑み、ログレムは長い木の枝に、たくさんの鳥を繋いでぶら下げている。


「確かに!こりゃあ、凄いや♪これなら店が開けますね!僕の出番は無かったなぁ~♪」


そう手放しで褒めると、お調子者のユーヴェルは「そうかい?まぁ俺様の手に掛かっちゃあ、御覧の通りさ♪」と胸を張る。


ログレムは威張るでも無く「そのぐらい当たり前じゃ♪」と平然としている。


そんな様子を眺めていて、ソロンはふと閃いた。


だから「下拵(したごしら)えでもするかのぅ~♪」と呟くログレムを押し止めて、「皆さんにご相談があります♪」と声を掛ける。


すぐに五人は頭を突き合わせると、ソロンの提案に耳を貸す。


「へぇ~それ、面白いじゃん♪やろうぜ!」


そう、いの一番に応じたのはユーヴェルだった。


「確かに!見込みは有りそうじゃのぅ~♪」


ログレムも同意する。エンデも仲間に入れて貰って嬉しいのか、ニコニコ笑って手を叩く。


最後に皆、マキロンの顔を眺める。マキロンは、それに気づいたように口を開いた。


「そうですね♪確かにやる価値はあるかも知れません!何よりソロンさんの優しい心根に胸を打たれました♪当たって砕けろです!是非、やりましょう♪」


こうして四人の男たちと、可愛いおちびちゃんの悪巧みは開始された。


実行部隊は、前衛に戦士ユーヴェルとドワーフのログレムという贅沢(ぜいたく)な布陣を敷く。そして後衛には我らがソロンだ。


彼は言い出しっぺとして、絞った知恵を枕に討ち死にする覚悟で臨む。


そしてマキロンは、エンデの世話係を担いながらの留守居である。実行部部隊ほどの派手さは無いものの、これだって立派な任務なのだ。


これから戻って来る筈のリムルとぺネトレットの相手をするのだから、海干山干のマキロンは打ってつけの厚顔無恥だろう。そうこうしている間に、ペネトレットに伴われたリムルが戻って来た。




「あれっ!まだユーヴェル様やログレム様は戻られないのですか?」


ペネトレットは不思議そうにそう尋ねた。彼女は両手いっぱいに、色々な種類の果物を下げている。


木いちごやオレンジ、ベリーと多岐に渡る果物を探すのは大変だったに違いない。そしてその後ろからトボトボと着いて来たリムルは、ナスやキュウリ、トマトなど新鮮な野菜を下げていた。


その顔は収穫の際の泥にまみれ、汚れが目立つ。けれども相変わらず仏頂面のままであるところを見ると、諦めは悪いらしい。


おそらく未だコレットの事が忘れられないのだと、マキロンは見て取った。それでも理由はどうあれ、やる事はキチンと達成して来るのは大したものだと彼は想い、労う。


「二人とも御苦労様でした♪リムルさんもやれば出来るじゃないですか?これだけ揃えれば大したものです♪」


するとリムルは泣きそうな顔で訴える。


「だってペンネが恐いんだもん♪ボクの自慢の金色の髪を、ゾルトアークでチリチリにするって酷いでしょ?何とか言ってよ、マキロン!」


彼女は寒けがするのか、身体に手を回しながら泣きつく。


「だってリムル様…やる気が全く無いんですもの!そうでも言わなきゃ、この成果は無かったんですからね♪全くもう!」


ペネトレットもプリプリ怒る。


「まぁまぁ…二人ともエンデの前ですよ!みっとも無い態度はお止しなさい♪そぅそぅ…留守中に面白い事がありましてね!今、三人が行ってますから少し待ちなさい♪」


マキロンはクスクスと笑いながらそう諭す。


「そうだよ♪あたちも愉ちみ♡」


エンデもマキロンに(なら)ってそう呟く。少し背伸びして、大人になった気分を味わいたいらしい。


ペネトレットはその笑顔を見つめて、ご機嫌が治った。リムルはまだ気持ちが沈んだままで、立ち直る(きざ)しは見えなかった。


「ボクには関係無いんだろ?人使いが荒い弟子を持つと参るわぁ…」


リムルはガックリと肩を落として、見ていられない(ほど)沈んでいるので、さすがにペネトレットもこれ以上は何も言わない。


彼女もおそらく、道中ずっとリムルを励まし続けていたのだろう。気を抜いた瞬間、あれよあれよという間に地面に崩れ落ちてしまった。二人は今さらながらに仲良く身体を寄せ合いながら、地面にへたり込んでいる。


マキロンは顔を寄せ合う師弟を横目に眺めながら、微笑ましい光景だとクスリと笑った。"待てば海路の日和あり"とは良く言ったもので、疲れた二人にはちょうど良い待ち時間と成った。




しばらくすると、ユーヴェルを先頭に先遣部隊が帰って来た。


「如何でした?」


マキロンが尋ねると、ユーヴェルは親指を立てて「上々だ♪」と白い歯を見せて喜びを表わす。


そして横に居るソロンの首を引き寄せると、「こいつのお陰さ!大した者だ♪」と褒め千切(ちぎ)る。


「こいつは度胸がある!良い働きじゃった♪」


ログレムも手放しで褒めた。


「それは凄い♪皆様、お疲れ様でした!ソロン♪やりましたね!」


マキロンは嬉しそうに目配せする。


ソロンは皆に褒められて、顔を真っ赤にして照れてしまった。そして人に褒められるって気持ちが良いもんだなと感じ入る。


エンデもユーヴェルを真似して親指を立てている。そしてまるで喜びを分かち合うかのように、「お兄ちゃん、すご~い♪」と言ったので、ソロンは歩み寄ると身体を屈めて頭を撫でた。


「有り難う♡」


そう言って目配せする。すると今度はエンデが顔を真っ赤にする番だった。


「それで…いったいどういう事に成ったのですか?」


マキロンが改めて尋ねると、これにはユーヴェルが答える。


「あぁ…首尾は上々だった。結論から言えば、コレットの大将はこちらの趣旨を飲んでくれたよ♪明日の昼食に伺う事で話は着いた。万々歳だな!」


「へぇ~よくあの偏屈職人(マイスター)が承知しましたね?」


マキロンは然も不思議と謂わんばかりに首を(かし)げた。


「まぁ…御主がそう想っても無理は無いのぅ~♪」


ログレムはコロコロと愉しそうに笑う。


「まぁそうだよな♪そこでこいつの出番だ!」


ユーヴェルは、待ってましたとばかりにソロンの背を推す。彼は頭をポリポリと掻きながら、推し出される様に前に出ると言った。


「たまたま運が良かっただけです!まさかあんな都合の良い事が目の前で起こるなんて、誰も想わないじゃないですか?だからこれはあくまでも偶然の産物です!僕の手柄じゃありませんよ…」


「否…儂はそうは想わんぞ!運が良いで片付けるのは簡単じゃがな♪度胸があり、良い働きだと言ったであろうが!」


ログレムは偶然を否定する。そしてそれに同意するようにユーヴェルが諭した。


「そうだぞ♪行動した事が大事なんだ!だから俺もやる気になった♪その賜物だろう!そしてお前はその機会を無駄にせず、きちんと捉えた♪そこに計算は無かった筈だ!俺達はお前の勇気と優しさを褒めているのさ♪」


ユーヴェルは、しっかりしろとソロンを励ます。今ひとつ飲み込めないマキロンは、「話が良く見えないのですが…」と呟いた。


「フォフォフォ…そうじゃろうのぅ~♪店に向かう道中で、コレットのとこの娘がたまたま狼の群れに囲まれているなんて、都合が良過ぎるというもんじゃからな!」


ログレムはそう言って目配せする。これでようやくマキロンにもその背景が見えて来た。


「あぁ…成る程!そうでしたか♪」


彼は溜め息混じりにそう言った。


「こいつはな!娘さんを助けるために、躊躇(ためら)わずに短刀を抜いて走り出した。それはもう、はしっこい見事なものだった!俺らは荷を担いでいたから出遅れたんだが、こいつの決断で娘さんは助かったようなものだ♪身軽さを生かして宙に舞うと、着地するなり二匹を倒した。そして襲い掛かられる寸前の娘さんを庇って怪我する始末だ!俺らが居なきゃ危なかったろうが、ソロンが迷わず行かなきゃあの娘は死んでいたからね♪マキロン見てやってくれないか?」


ユーヴェルはソロンの腕を掴んで傷を見せた。


「全く!貴方って人は無茶をしますね♪でも良くやりました!」


マキロンは(いや)しの魔法で、傷跡を残さず治してやる。そして終わったと同時に、腕を大袈裟に叩いた。


「アッッッッ…あれ!痛くない!?」


ソロンは乱暴な藪医者を見る目でマキロンを見つめるが、次の瞬間驚く。これが魔法の凄さかと、彼は再び呆れるばかりだった。


「有り難う御座います♪」


ソロンは低姿勢で腰を折る。


「フフフ♪こちらこそです!」


マキロンはお安い御用とばかりにそう答えると、こう続けた。


「あの偏屈親父も娘には弱い♪ひとり娘だから尚更でしょう!貴方のお陰でどうやら計画(ミッション)は果たせたようですね♪御苦労様!二人もお疲れ様でした♪」


マキロンはホッとしたようにそう呟く。


ユーヴェルもログレムもソロンの肩を軽く叩いてその勇気に報いた。


「何か本当にすみません!でも僕も安心しました♪」


ソロンもそう答える。


するとここでマキロンが、想い出したように(こぼ)した。


「ちょうど良かったのかも知れません!リムルさんもペンネもこの通りですから、明日までこのまま寝かしておきましょう♪でも困りましたね?エンデに食べさせる食事がありません!」


三人が眺めると、リムルとペネトレットは疲れからか、頭を互いに寄り添わせて寝入っている。この調子じゃ確かに明日の朝までは寝ているに違いない。


そのエンデはお腹が空いているだろうに、果物の入った(カゴ)からベリーを掴んで来て、「食べゆ~?」と三人に差し出す。


自分もお腹が空いてるだろうに、その優しさに、三人は代わる代わるエンデの頭を撫でた。


「偉いぞ~♪エンデ!でも心配無いよ…食べ物はあるんだ♪」


ソロンはそう言うと、ユーヴェルを振り向く。


「あぁ…その通り♪コレットの大将が、猪と鳥の礼にと、こいつをわざわざ作ってくれた!」


ユーヴェルが差し出したのは、荷袋いっぱいのサンドイッチだった。さらには壺いっぱいのトロトロのシチューまで入っている。


「わぁ〜おいちそ~♡」


エンデは両手を広げて喜ぶ。


「こりゃ驚いた♪」


マキロンも想わず笑顔になった。


彼もお腹が空いていたのだろう。おそらくエンデの手前、控えていたらしかった。


「それだけじゃ無い!明日の食事は、腕によりをかけて準備するから愉しみにしていてくれと、親父さんも張り切っていたぞい♪」


ログレムがそう告げると、マキロンはコクリと頷き、寝入っている二人を優しげに見つめた。


「良かったですね♪リムルさん!」


彼は一人言のようにそう口走ると、(ほとばし)る喜びを素直に口に出す。


「では皆さん♪遅ればせながら、食事にしましょう!エンデ、待たせたね♪お好きなだけお食べ!」


マキロンは早速エンデにサンドイッチを渡してやると、壺を焚き火にかけ始めた。


大役を果たした三人もようやく落ち着くと、互い違いにサンドイッチに手を出し始める。


その夜は満月がきれいで、それはまるで彼らを労っているようにさえ見えたのだった。




翌日の朝、一番に起きたペネトレットは驚く。何と目の前には新鮮なサンドイッチと、温められたシチューがあった。


二つともきちんと防衛の魔法が掛けられているところをみると、マキロンが掛けたものである事は確かだろう。ペネトレットはすぐにリムルを起こした。


「リムル様♪起きて下さい、リムル様!」


そう言われたリムルは、(よだれ)を垂らしながら寝入っていたので、寝惚けて「もう食べられにゃい♪」と、訳の分からん寝言を漏らす。


溜め息を漏らしたペネトレットは大声で「リムル様♪」と耳許で叫んだ。


「何だよぉ~ペンネ!大声を出すなよぉ~♪」


驚きの余り、眼から火花が飛び散ったリムルは迷惑そうにそう抗義するも、その瞬間にギュキュルル~とお腹が鳴る。身体はとても正直だった。


すると次の瞬間、美味しそうな匂いに、自然と視線はサンドイッチとシチューに向く。あれほどの大声にも拘らず、眺めると二人以外の者たちは皆、口を開けたまま眠りこけている。


リムルもペネトレットも意識不明に陥るほど深い眠りに堕ちていたから、状況は判らぬままだった。


けれども彼女たちが眠ている間に、彼らは何らかの形で目的を果たしたのだろう。目の前の食べ物がその証だった。


そしてマキロンがわざわざ時を遅延させる防御魔法をかけてあるところを見ると、他の者たちは既に食べ終わり、起きなかった二人のためにそうした事は明らかである。


すぐにそう判断したリムルは、ペネトレットに振り返ると、「食べよう♪」と言った。


「でも皆さんを起こさないで良いのでしょうか?」


ペネトレットは真面目に答える。


「いんにゃあ~ボクらだって疲れてるの感じてくれて、起こさなかったんだろう?彼らも成果を出してくれた以上、もう少し寝させてあげよう♪」


リムルが珍しく優しい言葉をほざくので、ペネトレットは手を自分の(ひたい)とリムルの(ひたい)にチョコンと乗せた。


「何をしている?」


リムルは真顔に戻り、穴の開くほどペネトレットの顔を見つめる。


「だってリムル様が可笑しな事を言うから…大丈夫ですか?」


ペネトレットも真顔で答える。リムルは多少、剥きになって反論した。


「馬鹿だな…相手の配慮には配慮で答える。これは当たり前の事だ。何しろ等価交換の法則だからね♪」


リムルは何を言うくらいの勢いで得意げに宣ったつもりが、ペネトレットは口許に手を充てほくそ笑む。


「何が可笑しい?」


リムルは理由(ワケ)が判らず、頬を膨らませた。


「リムル様♪そういう時には等価交換など敢えて言わずに、その前で止めた方が人間的ですよ!その方が相手も喜びます♪」


ペネトレットはそう伝える。


彼女はいつもハイエルフの師が誤解を受けぬように、事ある毎に言い聞かせる。これは彼女にとって魔法の師に対する恩返しだった。


但し、コンコンと言われた相手が果たしてそこまで恩に来ているかは甚だ疑しい事だろう。それが証拠にリムルは、「へぇ~そんなもんかね?」と、心ここに在らずといった具合に話をボカした。


いつものペネトレットならプリプリと怒り出すところだが、彼女もリムルがコレットに行けなくなって落ち込んでいる今、それでも寝ている連中に彼女なりの感謝を示した言葉である事は判っていたから、それ以上の追求は控えた。


その代わりとして、「じゃあ、感謝して頂きましょうか?」と告げた。




「チケウ♪」


リムルがそう唱えると、サンドウィッチとシチューは作り立ての香ばしさや旨味が感じられた。二人ともお腹が空いていたから、それこそパクパクムシャムシャと遠慮なく口に運ぶ。


ペネトレットはひと口、頬張ると「あら!美味しい♪」と言って気に入った様子だった。


一方のリムルは、サンドイッチをひと口噛じり、シチューをペロッと舐めた瞬間に、「アレ?」っと一度首を傾げたが、その後も口を動かし続けて、結局二人とも完食してしまった。


ちょうどそのぐらいの時分から、ひとりまたひとりと皆が起き始める。一番初めに目が覚めたのはエンデだった。


彼女は目が覚めるなり、二人が起きているのを目に留めると、眠い目を擦りながら果物の(カゴ)の中から昨夜と同様に、ベリーを掴んで二人の許に持って来る。


そして「おはよう♪はい!ど~ぞ♪」と、嬉しそうに差し出す。幼心に、そうすれば大人が喜ぶ事が判ったのだろう。


案の定、ペネトレットは「エンデは偉いわねぇ~♪有り難う!」と、にこやかな表情で褒めながら、頭を撫でてやった。エンデは頬を染めて喜んでいる。


そして次に反応を示さないリムルの前で同じ事をした。ペネトレットは、『リムル様…大丈夫かしら?』と心配げに見つめるが、リムルはそのベリーを手に取らず、「美味しいものが飲みたい?」とエンデを見つめ返して微笑む。


「うん!飲みちゃい♪」


エンデが晴れやかな顔でそう言うと、リムルは「クランブル♪」と言って、手をクルリと回した。


するとあら不思議…果物カゴの中から木いちご、オレンジ、ベリーが次々と踊り出し、エンデの差し出したベリーと宙でクルリと回りながら合流すると、派手に弾けて、赤、橙、紫色の液体がまるで花火の様にひと華咲かせ、その直後に滝の如く流れて来て、そのまま七つのグラスの中に綺麗に注がれて行き、器を満たす。


リムルはそのうちのひとつを掴み取ると、エンデに渡して「飲んでごらん♪」と言った。エンデは早速、口をつけると「美味ちぃ~♪」と言って、満面の笑顔になった。


その時、ペネトレットはこのハイエルフの優しさの根底を見た気がしていた。言葉としての気遣いは、人間の美徳である。


勿論、彼女もそれを否定する気は無いものの、リムル様にはリムル様なりの優しさがあるのだと、この時そう想ったのである。


子供は嬉しい事、愉しい事など喜怒哀楽には敏感な生き物であり、自分の気持ちに正直だから、けして嘘はつかない。


そのエンデが嬉しさを(ほとばし)らせて喜んでいるのだ。感情がけして豊かとはいえないエルフにも、人と違った良い面がある。


ペネトレットはそれを強く感じて、想わず微笑む。すると自然の流れからか、リムルは「はい!これはペンネのだ♪」そう言ってグラスの一つを今度はペネトレットに渡した。


「有り難う御座います、リムル様♪」


ペネトレットはそう礼を述べた後に、「でも私、もう子供じゃ無いんですよ♪」と頬を膨らませる。


リムルはクスッと微笑み、「大丈夫だよ♪ボクの分も皆の分もあるからね!」と言って、いつの間にか持っていた自分の分のグラスを見せた。


「乾杯♪」


そう言って二人もゴクリと飲み干す。するといつの間にか起きて来た皆も「こりゃあ、美味しそうだ♪」そう言って乾杯のグラスの音が響き渡る。


美味しいものを口に入れた時には、皆が笑顔に成るものだ。朝っぱらからその場には笑顔の華が咲き、これ以上は期待出来ないほどの良い雰囲気となった。


魔法の魅せてくれた喜びに、ソロンは得も言われぬ愉しさを感じる。リムルの事を見直した瞬間だった。そしてペネトレットも、リムルの魔法の素晴らしさに益々憧れを抱いていた。




「食事はお済みのようですね♪」


マキロンはそう尋ねる。


するとリムルが尋ね返した。


「うん♪ご馳走様!久し振りに美味しく頂いたよ♪ところでボクの味覚が正しければ、あれはコレットのサンドイッチとシチューだろ?どうやって手に入れたんだい♪」


これには皆が驚く。事情を知っている者も知らないペネトレットも、呆気に取られた。


「こりゃあ、驚きました♪黙っていて後で驚かせようと想っていたのに、こちらが驚かされるとは…貴方の味覚には構いませんね!お見逸れしました♪」


マキロンは早くも白旗を掲げる。それは肯定したも同然だった。


「やっぱりね…でもあれだけの強欲に、いったいどうやって作らせたんだい?魔法で無理矢理従わせるならまだ判るけど、君たちにはとても無理だろう。さすがにボクも奥の手は使いたくなかった。だから半ば諦めていたんだ…」


「まぁリムル様ったら!でもそれを聞いて少なくとも私は安心しました♪」


ペネトレットは最後の手段を講じなかったリムルを褒めた。リムルは、そんなペネトレットの頭を優しく撫でながら、マキロンを見つめた。


「それは私なんかより大事を成した者たちからの方が良いでしょう♪」


マキロンは三人に話を振る。真っ先に口を開いたのはユーヴェルかと想いきや、意外にもログレムだった。


「お前さんがペンネに誘われて大人しく野菜や果物を取りに出掛けた後、儂らは戻って来た。するとこのソロンから、何とか御主をコレットに連れて行きたいと頼み込まれてな!その優しい心根に儂らも乗る事にした♪ちょうど獲物もあるし、それを手土産にして出掛けた訳さ!」


「でもそんな事で、あの強欲が納得するとは想えないけど…」


ポツリと呟くリムルに、今度はユーヴェルが話しを引き継ぐ。


「あぁ…そうだろうとも♪だが俺らは魔法が使えない分、頭で考えぬ!心で動くのさ♪だから確率論では諦めぬ!まぁぶっちゃけ損にして出掛けた訳だ…文字通りな♪だが犬も歩けば棒に当たるっつ~のはあれは真理さ!行動を起こしたから出会(でくわ)した、これは必然だろう♪」


ユーヴェルはその道中に、コレットの大将の娘を助けた事を切々と告げた。特にソロンが迷わず跳動した事を強調する。


弟分が自分で話すほど、厚顔で無い事は既に承知済の事だった。案の定、ソロンは聞くのも恥ずいと真っ赤な顔で照れている。


それを横目に眺めていたリムルは、嬉しそうに頬を緩めた。ペネトレットもソロンを見直した様だった。それが証拠にニコニコと微笑み、彼から目を離さない。


「成る程…君たち人間ならではの感覚という訳だね♪諦めない心か…人間の感情というものはまだまだ奥が深いね!ボクももう少しそこいらを学ばないといけないかも知れないな♪まぁそのせいで怪我をさせてしまったんだ!すまなかった。ボクのためにそこまでしてくれて有り難う♪」


リムルは三人に腰を折って礼を述べた。


これにはマキロンは元より、実行者たちも驚く。そしてペネトレットもそんな師匠を唖然と眺めており言葉も無かった。


ここでソロンが口を開く。


「結果オーライですけどね♪でもユーヴェルさんには行動した事が全てだと言われたし、ログレムさんにも覚悟を褒めて貰って嬉しかったです!マキロンさんもリムルさんとの約束を果たしたかったんですよ♪とても良いパーティだと僕は想いました。そしてそんなパーティに入れてくれて、本当に有り難う御座います!」


ソロンも改めて皆にそう伝える。そしてふと疑問に想った事を躊躇(ためら)わず口にした。


「それはそうと、リムルさんはどうしてコレットに(こだわ)るんです?」


これにはペネトレットも興味を動かされて、リムルを見つめる。他の者たちも聞いた事が無かったのか自然とその視線が注がれた。


するとリムルはおもむろに答えた。


「そう簡単に明かせる話でも無いんだよね♪勿体振るなんて感覚は、およそエルフには無いけどね!でもそれは想い出の地で言うのがやっぱり相応(ふさわ)しいんだろうね…」


そう言って物思いに(ふけ)ってしまった。


皆、60年というその長い歴史を感じてそれ以上、口を出せる者もいなかったので、一旦この話はここで途切れる。でも皆、リムルが必ず話してくれる事は信じていた。


ソロンも人間の寿命に匹敵する程の昔を懐しむ大先輩の横顔に、誇りを感じて見つめている。ペネトレットも師匠を温かく見守り続けた。




「いゃ~皆さん♪この度はお世話になり、有り難う御座いました!お陰でこの娘も無事に居られます。これも皆さんのお力添えの賜物という訳でして、今日は腕に依りをかけて歓待させて頂きますぞ♪さすがは高名なランペルー旅団の皆様だ!」


コレットの大将は至極ご機嫌で、喜びの余り腕の力瘤(ちからこぶ)まで披露すると、とっとと厨房に引き上げてしまった。


娘もペコリと頭を下げ、「ありがとう♪」と言うと、シャイなのか逃げるように跳び退く。


かなり繁盛しているのか、室内の装飾は高価な物で(しつら)えられている。その割には落ち着きのある風情を醸し出しているのは、金銀などのキラキラと輝く物を一切、排除して、絵画や石像などの美術品に投資しているからなのだろう。


机や椅子ひとつ取ってみても、年代物の立派なものを使っている。見た目にも細やかな細工が施されている高級品である。


ソロンは高価な物と聞いた途端にそわそわして落ち着かないが、皆はうっとりとした(たたず)まいで店の雰囲気に溶け込み、今この時を愉しんでいる。


エンデも終始ケラケラと笑い、とても嬉しそうだ。おそらくこの娘にはまだここの本当の価値は判るまいが、皆と一緒に過ごせるこのひと時が、とても嬉しいに違いない。


でも子供心に、ここに来て美味しい物を食べた記憶は残るに違いなく、ソロンは(うらや)ましさと同時に、愉しい想い出になってくれれば良いと切に願っていた。


なぜなら人にはひとりで試練に立ち向かわなくてはならない時が必ずやって来る。その時に、そうした想い出は直接的では無いにしろ、必ず彼女の糧に成ると信じているからだ。


そうこうしている間に、香ばしいとても美味しそうな匂いが店内にも漂って来て、皆の期待は一気に高まる。すると給士頭を先頭に、次々に料理が運ばれて来て、机の上はあっという間に料理の山で埋め尽された。


ステーキの山、オムレットの山、海鮮の山、トロトロのシチュー、川魚のフライ、サンドイッチの山なんてのもある。


他にも果物が散りばめられたホールケーキなど、数え上げれば切りがない程に、美味しそうなものが食卓を占領したのを見て、皆それぞれに唸った。


「どうだい!(すげ)ぇ~だろ♪遠慮無く食べてくれ!まだまだ一杯あるからな♪」


コレットの大将は得意げにそう宣うと、またぞろとっとと厨房に引き込もる。皆、噂は重々承知の上だったから、余り豪勢に振る舞われると却って気色が悪い。


けれどもその中にあって、マキロン、ログレム、ユーヴェル、リムルの旅団の中核を担う諸氏は、自分なりの愉しみ方を心得ていた。


「やはり、リムルさんの言う通りですね♪このシチューはコクとまろやかさのハーモニーが素晴しい!」


「そうだろうね♪先代の味をちゃんと受け継いでいる。あの強欲な親父も味だけは確かだ!ボクは先代のが好きだけどね♪」


リムルは相変わらずの毒を吐く。でもソロンも飲んでいて素直に美味しいと思い、言葉を添える。


「マキロンさんやリムルさんの言う通りですね♪味は嘘をつかない。ステーキも旨いですよ♪パエリアも美味しい…」


「そらぁ~良かったな♪俺はどっちかってぇ~と旨けりゃ文句はねぇ!それにしてもあの大将、余程、骨身に沁みたらしいな♪大盤振る舞いじゃねぇ~か?強欲もこうしてみると単なる人の親ってこったな♪この際、食えるだけ食え!俺はそうする♪」


ユーヴェルはニコやかにそう言った。


「御主は相変わらずじゃな!質より量か?」


ログレムは苦笑しながら、普段はとても口に入り難い、海鮮やエスカルゴなど、珍しいものをムシャムシャと頬張る。


「おっさん♪言うじゃねぇ~か?俺は質も量もさ♪何しろここは質に関しては、端から全くといって心配が無い!それに俺だって節度はあるのよ♪出されたもんは完食しなきゃ、作り手や食材に悪いってもんだ!そ~だろう?」


ユーヴェルはここぞとばかりに、全種制覇を狙っているらしい。これではどちらが強欲か判ったもんじゃないと、口にこそ出さないが、皆がそういう視線でユーヴェルを刺す様に見つめる。


けれども大らかさが売りのユーヴェルには、全くといって効果は無かった。それに引き換えペネトレットは蜜がたっぷりと掛かった果物ケーキにご執心で、懸命に口に運んでいる。


無口で静かなのが却って恐しいくらいのものだ。するとリムルが口を挟む。


「ペンネ♪どうだい?美味しいかい♪」


ペネトレットはコクリコクリと頷き、ニヘラと笑う。リムルは頬っぺのクリームを手で(ぬぐ)ってやった。


「そらぁ良かった♪何しろここに君を連れて来るのがボクの当初の目的だからね♪」


リムルにそう言われて、ペネトレットはキョトンとした顔で師匠を見つめる。いつの間にか咀嚼(そしゃく)運動は停止され、彼女は疑問をそのまま口にした。


「リムル様♪どういう事ですか?私を連れて来るのが目的って…」


リムルはニコッと微笑むとすぐに答えた。


「文字通りの言葉だよ♪まぁ目的というよりは長年の夢かな?」


「夢…ですか?」


「うん♪そう!」


嬉しそうにそう語ったリムルの視線は、自然と天井を向く。ペネトレットもその視線をなぞるように天井を見上げた。


ソロンや他の皆も右に倣う。そこには大天使に導びかれる魔法使いの姿が描かれていた。


金色に棚引く雲に(ひざまず)く魔法使いに、羽を持つ大天使が何やら語り掛ける構図である。


「まぁ~綺麗♪何て美しいのかしら?」


ペネトレットは想わずそう呟き、吐息をつく。その瞳はうっとりとその天井画を見つめていた。


「そうだな!」


ユーヴェルも同意する。


ログレムはコクリと頷き、ソロンも「これは凄い♪」と言った。博識のマキロンは、リムルを見つめると「大天使降臨の図ですね?」と尋ねる。


コクリと頷いたリムルは、いよいよその時とばかりにペネトレットに伝えた。それは同時に先に質問したソロンへの答えにも成っている。


再び感慨深く天井絵を眺めたリムルは、ペネトレットに視線を戻すと、やがておもむろに語り始めた。


「この天井絵はね、ボクの師匠・大魔法使いレンネが誕生した瞬間を描いている。つまり雲の上で跪くあの方がボクの師匠さ♪そして大天使様から繋がる系譜は二代目がこのボク…リムルであり、三代目がペンネ、君だ♪初代はこの天井絵をこのボクに見せながら、その伝統の継承と、その使命と責務の履行を約束させた。謂わばここに来てこの天井絵を見せる事は、代々の申し送り事項に成ったって事さ♪ボクがコレットに(こだわ)る理由はそこにある。勿論、美味しい料理も付いて来るから、謂うに及ばずだね♪」


リムルは再び懐しそうに天井絵に視線を移して、感慨深げに眺め始めた。


「やっぱりリムル様って本当に大魔法使いレンネ様の弟子だったんですね?」


「リムル♪君は本当に大魔法使いレンネの弟子だったんだな?」


ペネトレットとマキロンは、ほぼ同時にそう呟く。するとムッとするかと想いきや、リムルは天井絵を眺めたまま、独り言のように呟き返した。


「全く!失礼を絵に書いたような親子だな?でもまんざら君たちの気持ちが判らないでも無いね♪何しろこのボクもコレットに来るまでは神の存在など師匠の(たわむ)れだと想い込んでいたからね?」


リムルは初めてコレットに来た時の事を想い出しているようだった。


「神様って本当に居るんですか?」


その時、疑問をいち早く口に出したのはソロンである。彼にとっては魔法でさえ理解し難いものだった。


でも既にその奇跡を何度も目の当たりにしている以上、信じない訳にも行かない。


「うん?あぁ…信じられないのも無理はないが、確かに居るだろうね!昔、天界の神々と地上の人々の間には、日常的に交流があったそうだ。その交流が途絶えて久しいから、信じられなくても無理からぬ事だね♪でも神は確かに存在する。我が師レンネも、神から与えられた使命を帯びて魔法を授けられた。それにこの世に、人、ドワーフ、エルフ等、様々な種族が共存しているのも不思議な事だろう?それに身近に神を抱えている奴が居る以上、否定は出来ないと想うよ♪」


リムルはそう言ってユーヴェルを見つめた。ソロンも反射的にユーヴェルを眺める。


ユーヴェルは荒ぶる神に魅入られて、狂戦士(バーサーカー)と化す。神の化身が彼を悩ませる源に成っているのだ。


けれどもその神の化身は、目の前に並べられた御馳走と格闘しているので、まるでそんな悲愴感は感じさせない。むしろ我が世の春とばかりに、夢中で食い物を口に放り込んでいた。


そんな彼でも皆の痛々しい視線にはさすがに気づく。ユーヴェルは、馬鹿らしいと謂わんばかりに口を開いた。


「おぃおぃ…そんな切ない瞳で見なさんな!同情なんて御免被る。何の足しにも成らんからな♪こいつとは上手く折り合って行くしか無いのよ!いずれ飽きたら離れてくれるだろうさ♪それまでの辛抱よ!」


彼は皆の心配を余所に、割と呆気らかんとしている。こればかりは皆が心配しようとも確かに変わる事は無く、一番辛いのは本人なのだ。


「そんな事よりもだ!今この時を愉しもうじゃないか?なかなかコレットで食い放題なんて有り得ないぞ♪大将の気が変わらんうちにお前らも食え!今を愉しめ♪」


ユーヴェルはそう宣うと、また料理と格闘を始めた。


「そうじゃな♪確かにその通り!」


ログレムも食事に没頭し始める。


マキロンはまだ様子を見ながらも、スプーンでクリームシチューを口に運び始めた。


ペネトレットは天井絵を眺めながら、アプリコットパイに噛じり付く。


リムルもそれを横目に眺めながら、ステーキに手をつけ始めた。


「お兄ちゃんも食べゆ?」


考え込んでいたソロンに、エンデが両手に掴んだ饅頭を差し出す。幼心にも僅かな心の変化を感じ取ったのだろう。彼女は心配そうな顔をしている。


「有り難う♪貰うね!でも心配ないよ♪」


ソロンはエンデの頭を優しく撫でてやり、自分もようやく食事に戻る。ひとまずは貰った饅頭を噛じり始めた。


その後は皆、食べるのに夢中でこれといった会話には成り得ず、只ひたすらに口だけが動く。時折、声を発する事はあっても、最早それはたわいもない会話に過ぎなかった。


それでも美味しい物は自然と皆の笑顔を引き出す物の様である。ざっくばらんな言葉の応酬は、やがてその場を笑い声で包み込み、結果として思い出に残る素晴らしいひとときと成った。




「またのお越しをお待ちしております♪」


コレットの大将は娘を伴い、深々と頭を下げて皆を送り出す。そして勇者一行が見えなくなるまで、手を振って送り出してくれた。


皆もそれに応える様に手を振り返す。そして二人の姿が見えなくなると、マキロンが口を開いた。


「行動は起こすもの、善行は施すもの…とはまさに真理ですね♪お陰様でとても素敵な経験が出来ました。お相伴にも預かれましたし感謝ですね!」


彼は後ろから歩いて来る三人に礼を述べた。


「否…だから言ったろう?あれはソロンの手柄だ!俺らは後始末をしただけさ♪」


ユーヴェルは腹を押さえながらもそう答えた。


「後始末か…その割には遠慮なく食ったのぅ~♪」


ログレムは呆れんばかりにそう告げる。


「仕方無かろう…何しろ食い放題だからな!こんな時に腰が引けては戦士が泣くぜ♪尊い食には感謝しなければな?」


言葉尻は勇しいユーヴェルだが、食い過ぎたせいか些か動きは鈍い。ログレムとソロンに両腕を支えられて、やっとの思いで歩みを進める。


「まぁユーヴェルのお陰で、完食出来た事は事実だからね…陰の功労者かな?」


リムルがそうサラッと口走ると、ユーヴェルはニコリと笑った。


「判るかい?そういうこった♪餅は餅屋に任せろって事かな?」


「よく言うわい♪マキロンがストップをかけねば危なかったろう!」


ログレムがそう呟くと、マキロンは微笑む。


「では私が陰の功労者ですかね?」


「そんな事、どうでも良い事です!馬鹿みたい♪」


するとペネトレットは呆れた様に(たしな)めた。


「でも感謝してるよ♪皆のお陰で、ペンネをコレットに連れて行けた。この機会を逃がせば、次いつ行けるか定かじゃ無かったからね?これでボクも師匠に礼を欠かずに済んだ。特にソロンには足を向けて寝られないねぇ~♪有り難う…」


リムルはソロンに頭を下げた。


「そうですね…私からも有り難う♪」


ペネトレットも頭を下げる。


ソロンは只々恐縮してしまって困っていると、エンデが可愛らしく口を挟む。


「あたちも助けてくれて有り難う…大好きだよ♪お兄ちゃん♡」


その幼気(いたいけ)な笑顔に皆が(ほのぼの)々とさせられて、その場の雰囲気は温かみに包まれる。


ソロンは、人情溢れるパーティに加入出来て、本当に良かったと想った。それに彼は、これで誰にも後指差される事の無い立場に、ようやく成ったのである。


『これからどう行動するかでしょうね…』


マキロンの言葉が、その時ソロンの脳裏に想い起こされる。その言葉通りに彼は新たな一歩を踏み出す事に成ったのだ。


「否…僕が立ち直る切っ掛けを与えてくれたのは皆さんのお陰です♪これからも宜しくお願いします!」


ソロンは若者らしく皆に頭を下げる。


これには皆が温かみのある眼差しでコクリと頷く。それはあのリムルさえも例外では無かった。


ソロンは腰を少し曲げるとエンデの頭を優しく撫でる。エンデは嬉しそうにニッコリと笑った。


その時、ふとソロンは昔の出来事を想い出し、然り気無くユーヴェルを眺める。そのユーヴェルは、ログレムやマキロンと嬉しそうに戯れていた。


『兄貴か…』


ソロンには、手を掴まれた瞬間からの出来事が走馬燈のように(よみがえ)る。そしてそれはやがてカラクリの様に逆転して行き、子供の頃の記憶にまで(さかのぼ)った。


『おい、坊主♪』


記憶の中のユーヴェルは、陽射しを避けるように手を(かざ)しなから、嬉しそうに話し掛けて来る。その笑顔が今と重なり、ソロンは懐かしそうに彼を見つめた。


ソロンは近いうちに必ずその真相を直に尋ねようと、その時に心に決めた。けれどもそれはまた別の話である。


こうしてランペルー旅団には正式に新しいメンバーが加わった。彼らは大魔法使いレンネと勇者ミリムンの真実を求めて、北の果てランペルーに旅立つ。


一行の行方に何が待ち受けているのかは、まだ誰も知らない。

【後書き】


いつも作品をお読みいただき有り難う御座います。ユリウス・ケイです。


創作活動を始めて早くも三年に成りました。お陰様で地道に作品を世に出せて筆者も嬉しく想っています。これも読んで下さる読者の方々のおかげです。いつも本当にありがとう御座います。大変感謝しております。そして創作の励みにも成ります。三年を迎えるに当たり、書き始めた短編がようやく完成致しましたので発表の運びと成りました。題名にもある通り、これは将来的に連載しようと想っているハイファンタジーの序章です。そのパイロット版として書き上げました。但しこれはこれで短編としても読み応えのある作品に仕上げてありますので、是非お読み頂けましたなら、これ以上の喜びはありません。愉しさを重視していますので、気軽にお読み頂ければ幸いです。今後とも宜しくお願い致します。【筆者より感謝を込めて】

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