訓練開始
訓練当日、シド達はワーカーオフィスが手配した大型車で荒野にある岩場までやって来た。
ライトやタカヤ達の訓練にも使用した場所である。今回もこの場所を使って訓練を行うことにしたのだ。
全員が車から降り、此処で何をするのか?といった表情でガヤガヤと話している。
キクチは、ワーカーオフィスと都市から派遣された観察員を纏めており、機材やらの準備を行っていた。
シドとライトも車から訓練道具を運び出し、訓練の準備を進めていく。
「ねえ、ユキ。前の時もここで訓練したの?」
ミリーはユキに聞いてくる。
その声が聞こえたのか、レイブンワークスの2人も会話に入って来た。
「失礼します。ユキ。君はシド君たちの訓練を受けた事があると言っていたが、どんな内容だったのか教えてもらっていいかな?」
ここに居る現役ワーカー組は、機能の食事の時に顔合わせを行っており、自己紹介位は終わらせていた。
話しかけてきたラインハルトは人好きのする人物の様で、特に物怖じすることなく話しかけてくる。
アリアの方は、人見知りとまでは行かないが、そこまでフレンドリーなタイプでは無い。しかし、顔を合わせれば挨拶くらいは普通に行う感じだった。
「ええっと、たぶんですけど・・・この岩場を真っすぐに走り抜ける事から始めると思います」
ユキは自分達が経験した訓練内容を4人に伝える。
「え?真っすぐ?」
ミリーが声を上げ、4人全員が岩場の方を向く。
「真っすぐってどういう事よ・・・」
アリアがそのように呟き疑問を呈してくる。その様子に、普通そう思うよね?と思いながらもユキは訓練内容を伝えた。
「そう、真っすぐ。岩場とか瓦礫とかは乗り越えながら真っすぐに走って行くんです。この岩場を抜けるまで」
4人は、何言ってんだ?コイツと言うような顔でユキを見る。そこにタカヤがさらに追加情報を放り込んできた。
「ちょっとでも避けようとしたら、後ろから監視してるシドさんに撃たれるんだよ。非殺傷弾だけどな」
「「は?!」」
「最初の方は当ててこないですよ?でも結構近くに撃ち込んできますし、あまり何度もサボろうとしたりすると本当に当ててきます」
ユキはそういい、タカヤの方を見る。
「あれは痛かったな~・・・」
タカヤはその訓練中にシドに撃ち込まれたらしい。絶句する4人にユキは畳み掛ける。
「この話はアズミさん達にはしましたよね?だいたい5kmくらいの距離を40分で走り抜けられる様になるまで毎日午前中いっぱい走らされますよ」
「まってユキ。あなたから聞いた話は5kmを40分で走れるようになったらバックパックに瓦礫を入れて走る様に言われるって言っていたわよ?」
アズミはユキの話と違うと言いたげに、少し早口で言ってくる。
「?その通りですよね?」
ユキはコテっと首を傾げてそう宣う。
「いや、私たちは普通の平面を5km40分って思ってたんだけど?」
ミリーはユキの顔を持ち、ほらよく見て?と岩場の方に向ける。そこでユキもようやく気付いたのか、納得の声を上げた。
「・・・・・ああ、そうですね。表現が抜けていました」
そう笑いながらアズミとミリーに謝るユキ。
シドの訓練を恐れていたはずのユキがなぜこの様な訓練内容を忘れるのだろうか?と疑問に思う。
ラインハルトとアリアも瓦礫の方を向いたまま固まっており。今まで自分達が行ってきた訓練とは全く違う事がありありと理解できた。
「あ、アズミさん、ミリーさん。今からやるのは体力強化でさ、訓練を行う体力をつける為の準備運動みたいな扱いなんだよ。シドさんとライトにとっては。だから、本当の訓練は午後から。マジで泣きたくなるぞ」
今ですら衝撃を受けているのに、タカヤがさらに不吉な事を言ってくる。
「・・・まって、受け止めきれないから」
「・・・・・うん、その時になってからでいいから・・・」
4人で話している間にシド達とキクチ達の準備が終わった様だ。
シドが全員を集め、バックパックと回復薬と水を渡してくる。
「おし、まずは全員の体力がどんな感じかチェックしたい。現役ワーカー組は俺、ワーカー志望者とスラム組はライトが面倒を見ることにしたから指示通りに行動してくれ。あ、キサラギは俺の方な」
「・・・・なんで俺だけ?」
「一応あいつらのトップなんだから同じ強度の訓練受けても仕方なくないか?中層くらい行ける程度にはなっておけよ」
少し戸惑ったキサラギだが、覚悟を決めた表情を浮かべ、現役ワーカー組に移動する。
するとライトが27人全員に空のバックパックを背負わせ、訓練の内容を説明し、岩場の中に送り込んでいく。
全員の後ろから、一際大きなバックパックを背負ったライトが付いていくように走り出し。岩や瓦礫を避けようとする訓練生を銃撃し始めた。
ライトに追い立てられるように岩場の中に全員が消えていくと、シドがワーカー組の方を向いて、訓練の説明を始める。
「こっちの組は最初から荷物有でいってみようと思う」
シドがそういったため、足元に置かれているバックパックに目を向ける。
「最初だから軽めの30kgにしておいたから、全員それを背負ってこの方向に真っすぐ向かってくれ」
シドが指差した方向は、訓練生たちが向かった先より明らかに大きな瓦礫の山や岩があった。
アズミ・ミリー・ラインハルト・アリア・キサラギの5人は、この時点で参加した事を後悔し始める。しかし、タカヤとユキは何も言わずにバックパックを背負い準備を始めていた。
「みんな、大丈夫だよ。死ぬわけじゃないですから」
「そうそう、死にそうな思いをするだけ」
2人はそういい、5人を促し準備をさせる。全員がバックパックを担ぎ準備が整ったらシドがスタートの合図を出す。
「あ、コースから外れたら後ろから撃つからな~」
タカヤを先頭にユキ・ミリー・ラインハルト・アリア・アズミ・キサラギの順番でコースを走って行く。
タカヤとユキは一度この訓練を受けた事がある為、コツでもあるのかひょいひょいと瓦礫や岩を超えていく。
そして、後ろに続くミリーとラインハルトも持ち前の身体能力で前の2人に着いていった。
アリアとアズミは少し遅れてはいるが、問題なくコースを走って行く。
そして、この組唯一の一般人であるキサラギも、スラム組織の武闘派トップらしい体力を発揮して着いていくが、流石に現役ワーカーとの体力差は大きいようだ。
徐々に遅れ始めるものの、元から真面目な性格なのか、コースからは意地でも外れまいと懸命に瓦礫を乗り越えていく。
その様子をシドは発生させたシールドを蹴り、空中から監視していた。
<やっぱりワーカー組は体力あるな>
<その様ですね。一般人であるキサラギもなんとか着いていっています。その分、ライトの方は大変そうですね>
<そうだな>
時折聞こえてくる銃声は、ライトがコースから外れようとする訓練生や構成員を威嚇する発砲音だ。
27人という人数を監視しながら走らせるには、広範囲索敵が可能な情報収集機とエネルギーシールドを使用した誘導攻撃が行えるライトの方が適切だった。
<ま、まだ初日の一本目だ>
<これから何人残るでしょうか?>
シドは、空中からコースから逸れそうになったアリアに抜けて銃を撃ち放った。
ラインハルト視点
・・・・・・凄いな・・・・・
目の前を走って行くタカヤとユキ。
タカヤは190は超える大柄な体格で、ユキは160は無いだろうという小柄な体格だった。
二人とも30kgのバックパックを背負ってコースから全くブレずに瓦礫の山を越えていく。
本来ならこういう荒れ地の移動は、自分の様な中肉中背の体格の方が有利なはず。それなのに彼らに追いつく事すら出来ていない。
後半になり疲れてくれば、彼らに置いていかれる可能性すらある。
ワーカーとしては俺の方が先輩だが、身体能力は彼らの方が上であることは認めなければならないな・・・・
この訓練をやり切った暁には、もっと上の景色が見れるかもしれない・・・・
ミリー視点
ヤバイ……体力には人並み以上の自信があったけど。この自然に配置された瓦礫を乗り越えるのがすごく難しい。
変な所に手や足を掛けると崩れそうになるし、表面の砂埃ですごく滑る・・・・
それなのに前にいる3人はどうしてあんなに簡単に超えていくわけ?
てか、ラインハルト。あんたこの訓練受けるのはじめてよね?!なんでタカヤとユキについていけるの?!
くっそーーー!後輩たちに負けたままじゃ終われない!!!!
アリア視点
なんなのこの訓練・・・・・めっちゃキツイ・・・・
ラインハルトについていけない事は分かってたけど、後輩のタカヤとユキが先頭ってどういう事?!
さっきは瓦礫の裾をちょっと避けようとしたら弾丸が飛んで来るし!!
・・・・見てなさい!!!絶対に追いついてやるから!!!!
アズミ視点
タカヤとユキがあんな顔になるのも分かるわね・・・・・・
これゴールまで体力持つかしら?
これを1カ月毎日か・・・そりゃー体力もつくわね。
あのアリアって子が少し横にズレようとしただけで撃たれてた。足元に当てていたけど、本当に厳しいな・・・
体を持ち上げる力が段々無くなって来た・・・・・今コースのどのあたりにいるんだろう・・・?
キサラギ視点
ぐぬぬぬぬ!ボスに言われて参加したが、なんで俺だけプロコースなんだよ!!!
体は鍛えては来たがこんな運動する目的の為じゃねーんだよ!!!
だがやらねば!
これで脱落したら俺に生きる道が無くなる!!!必ずやり遂げてやるぞ!!!!
最初に岩場を抜けた先でタカヤとユキが後続のメンバーを待っていた。
前回の休憩は一律で5分。
先に到着したからと、先に腰を下ろしては申し訳ない様な気がして二人共立ったまま、全員の到着を待っていた。
自分達がゴールしてから5分程でラインハルトとミリーが岩場を抜けてくる。
自分達の所までなんとかたどり着き、背中に背負っていた荷物を地面に降ろし膝をついた。
「はあはあはあはあ・・・・」「ぜえぜえぜえ・・・・・・」
2人とも消耗した様で、地面に着いた腕が震えている。
「お疲れ様。どうだった?体力強化マラソン一本目」
タカヤが二人に声を掛け、マラソンを走り切った感想を聞く。
「・・・・・・思ってたより数倍キツイな・・・・・」
ラインハルトがそう答え、ミリーも息を整えながら感想を言う。
「スーー・・・フーーーーーーー・・・・・最後の方で瓦礫から転げ落ちた時は死んだかと思った・・・・」
終盤の方で、腕の力が入らなくなってきたようだ。
「・・・・それでタカヤ。さっきの言葉の意味を教えてくれないか?」
「ん?」
「一本目とはどういう意味なんだ?」
ラインハルトはタカヤが言ったセリフを聞き逃さなかったらしい。
「回復薬を飲んで回復させたらまた同じコースを戻って行くんだよ。午前中はそれの繰り返し」
「「え?!」」
ラインハルトとミリーがピッタリとシンクロする。
「俺達の時は2往復させられたかな。回復してるはずなのに段々と手足の感覚が無くなって来るんだよな~」
「あれは怖かったよね」
タカヤとユキは当時を思い出すように語る。
「え?これってまだ続くの・・・?」
ミリーが絶望の表情を浮かべ、ラインハルトも青くなっている様だ。
「まだまだ続くね」
「ああ、まだ地獄の1丁目って感じだ」
想像をはるか上の内容に、理解が追い付かなくなっていく2人。
そんな話をしていると、アズミとアリアが這う這うの体でゴールまでたどり着く。2人は4人の所までヨロヨロと歩いてくると、バックパックをドスンと降ろし、盛大にぶっ倒れる。
2人共精魂尽き果てた様子で、荒い息を吐きながら大の字で寝転がった。
「「はあはあはあはあ・・・・」」
アリアは震える手を握りしめてゴールした喜びを表現した。
「はあ・・・はあ・・・はあ・・・・やってやったぞ!!!」
「・・・・・うん・・・やっと終わった・・・・・本当にキツかったわ・・・・」
その二人を見て、まだこのマラソンは終わっていない事を知っている4人は何とも言えない顔で労う。
「お疲れ様。最後の一人がくるまでゆっくり休んで・・「おし、一本目はこれで終わりだな。全員配った回復薬と水を飲んで5分休憩だ」」
ユキがねぎらいの言葉を掛けている最中に、そのセリフをぶった切る悪魔が現れる。
全員が声のした方に目を向けると、小脇に気絶したキサラギを抱えたシドが立っていた。
背負っていた大型バックパックを地面に降ろすと、その衝撃で少し地面が揺れバックパックが地面に食い込む。
明らかに自分達の倍以上の重量があることが見て取れるバックパックと、途中から大の大人一人抱えてあの道を走破してきたと言うのに、息が切れるどころか汗一つかいた様子が無かった。
「どうした?早く回復薬飲まないと回復しないぞ?」
シドはそう言うと、気絶しているキサラギの口に回復薬を突っ込み無理やり飲み込ませる。
その様子を見ながら呆然とするアズミ・ミリー・ラインハルト・アリアの4人。
あの状態の人間を回復させて何をする気だ?と考えていると、タカヤとユキが4人に話しかける。
「早く飲んだ方がいいよ?」
「俺達はもう飲んだし、ホントに5分経ったら再スタートだから急いだほうがいい」
その言葉を聞き、この後の話を聞いていたミリーとラインハルトは急いで回復薬を口に放り込み水で流し込む。2人の様子を見てアズミとアリアも同じように回復薬を飲み込んだ。
今まで緊急事態でしか使った事の無かった高性能回復薬が、先程のマラソンでかかった負荷で損傷した体を急速に超回復させていく。
「すごいな・・・この回復薬・・・」
「ほんとに、昔お腹に穴が開いた時に飲んだ取って置きクラスの性能だね・・・」
ラインハルトとミリーは、飲み込んだ回復薬の効力に目を見張る。
ぶっ倒れていたアズミとアリアも2分もすれば手足の震えが止まり、起き上がれるようになった。
もう一歩も動けないと思っていたのに、また体が動くようになるまで回復させた効力に驚きながら立ち上がる。
「ほんとに凄いね。この回復薬、幾らするんだろう?」
「・・・・多分70万コールは下らないわね・・・・」
手の平を閉じたり開いたりしながら、体の回復度合いを測る二人。
「それは1箱100万コールの奴だな。ワーカーオフィスが全員分用意してるはずだ。この訓練期間中は手放すなよ。無くなったらキクチに言えば手配してもらえるようになってるから」
4人は回復薬の値段を聞いて目を剥く。
その価格帯の回復薬は、自分達のランクであれば本当に万が一の負傷を直すために持つ回復薬だ。常備しているのは負傷しながらでも戦闘行為を続けなければ生き残れないような戦いの場にでる、高ランクハンターくらいのものだろう。
そんなレベルの回復薬をこの訓練に参加している全員に配布していると?
ワーカーオフィスの本気度がうかがい知れる金額だった。
「そろそろ5分だな。おい、起きろキサラギ」
シドはまだ気絶しているキサラギをペシペシと叩き起こす。
気絶から回復し、目を覚ましたキサラギはどういう状況か分からずに辺りを見回している。
「休憩は終わりだ。全員バックパックを担いで、さっき通って来たルートをまた真っすぐに変えるぞ」
その言葉に驚愕の表情を浮かべてキサラギはシドを見る。
初耳のアズミとアリアも目を見開いてシドを見た。
「え?もう一度?」
「あんた・・・正気?」
聞こえた言葉が間違いであってほしい。その思いを込めてシドを見るが、現実は非情だ。
「当然だ、昼が来るまで繰り返すぞ」
当然の様に言い放ち、シドもバックパックを背負う。
「キサラギ、また気絶したら運んでやるから安心して気絶しろよ」
いやおかしい・・・キサラギはそう思ったが、ここで投げる訳には行かない。部下はライトの元で似たような訓練を受けているのだ。ここで自分が逃げ出だし、部下が一人でも訓練をやり切ったら完全に立場が無くなってしまう。
そう考え、キサラギは根性を振り絞って立ち上がり、バックパックを背負う。
その様子を見たミリーとラインハルトは、観念してバックパックを手に取り、自分の相棒に声を掛けた。
「アリア。必ずクリアしてギルドに戻ろう」
「アズミ。もっと上に行くんでしょ?」
その言葉を聞き、呆然としていた2人も覚悟を決めなおした表情でバックパックを拾う。
「よし、全員準備できたな。それじゃスタート」
シドの合図でまた走り出す7人。今後もまたタカヤとユキが先頭を走って行き、その後を他のメンバーが追いかけていく。
シドはシールドを展開し、空中からその後ろをついて行った。
途中に休憩を挟みながら、コースを2往復した所で時間が昼に迫ってきていた。
流石のタカヤとユキも疲れを見せているが、前回の訓練終了の時より体力が向上したのか、体の動かし方が向上したのか、へたり込む様な事は無かった。
しかし、初体験の5人は死屍累々である。
体力自慢のミリーとラインハルトも大の字で寝転がり、アリアとアズミはゴールした瞬間に崩れ落ちて、そこからピクリとも動かない。
呼吸する度に胸部が動いているから問題ないだろう。
キサラギは限界を超えてしまったのか、白目を向いて気絶しており、手足が痙攣してピクピク動いているだけだった。
イデアのバイタルチェックで<命に別状はありません>とのお墨付きが出ている為、回復薬を口に突っ込んで放置している。
「それじゃーお楽しみの昼休憩だ。各自、食事に入ってくれ。回復薬も多めに飲んでおいた方がいいぞ、午後2時から戦闘訓練だからキッチリ休憩して体を回復させる様に。俺はちょっとライトの方の様子を見てくるから」
シドはそういい、スタスタとライトがいる方へ歩いていく。
「・・・・やっぱ人間じゃねーよあの人・・・・」
「そうだね~・・・でも、ライトも似たような感じになってない?」
ユキの視線の先には、ライトが監督していた訓練生と構成員が全員地に倒れている横で、平然とシドと会話するライトがいた。
「・・・・ほんとだな・・・バケモノコンビだな・・・」
「うん・・・・さて!皆!ちゃんと回復薬を飲んでお昼ご飯にしよう!午後からの訓練に備えてね!」
ユキはそういい、タカヤの手を借りて動こうとしない先輩ワーカーと気絶しているスラムの幹部に昼食を取らせるために行動を開始する。
全員を万全の状態にし、本当の地獄を耐え抜く為に。
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