遺跡からの帰還
シドは遺跡を脱出し、荒野を歩いていく。
今まで毎日のように通った場所なのだが、今回は全く違う道を辿っている様に感じていた。
遺跡で死の寸前まで踏み込み、遺物を手に入れ帰還する。今まで遠い世界だと思っていたワーカー達の領域に足を踏み入れたという実感を得ていた。
成果は自分の背中に括り付けられた布の中にある。これをどうやって人目につかずワーカーオフィスに売りに行くか・・・オフィスに行くにはスラム街を通る必要があるが、荒野から荷物を持って行けば遺物を手に入れ換金しに来たと丸分かりである。
シドはいい考えが浮かばず頼れるサポート役のイデアに意見を求める。
「なあ、この遺物 どうやってワーカーオフィスに持ち込んだらいいんだ?」
<このまま直接持って行くのは危険と判断します。一旦 このままシドの住処へ帰りましょう。・・・それと、今まで周りに人が居なかったとはいえ、声に出して私に話しかけるのは止めたほうがいいと思います。念話は使うことに慣れていないと咄嗟の時に混乱する原因になります>
「あ~・・・」
<そうだった。悪い、今度から気を付けるよ>
<そうして下さい。帰還ルートですが、このまま真南のルートから帰還するとシドが遺跡から何かを持ち帰ったと感づかれる可能性がありますので、別のエリアから帰って来たとカモフラージュできれば良いと思います。そういう場所はありませんか?>
<んーそうだな・・・・・・・ちょっと西の方に廃棄所があってさ、たまに都市から使えそうな物が捨てられる時があるんだよ。そういう物を期待して漁りに行ったりしてたな。そっち方面から帰るってのはどうかな?>
<いいですね。 その案で行きましょう。ただし、人との遭遇は極力避けてください。トラブルの種は少ないほうが良いので>
<りょ~かい。あの周りの気配を探るみたいなヤツ。またサポートしてもらっていいか?まだ感覚を掴み切れてないんだ>
<承知しました。お任せください>
・・・・・・
イデアは今日のことを振り返る。
コーディネイトを実施したとはいえまだ完了には程遠い。
それでもシドには今までになかった機能が多数追加されている。
強靭な身体能力・体感時間操作・周辺情報の収集器官。
これらは本来、相応の訓練を行い習熟していく必要があり、追加されて直ぐに使えるわけではない。
しかし、シドは自身に施された内容を急速に自分の物にしていた。
本来、人間はいきなり身体能力が数倍になったら持て余す。手にした物を握りつぶし、走ろうとすれば蹴り足が空回り、ちょっとした動作でも周りに被害を及ぼす事などザラにあるのだ。
しかし、シドは焦って行動した時以外はしっかりと自分の力をコントロールしていた。
スラムのチンピラを、加減を間違えて蹴り殺した事があったが、それは自分の力がどの程度あるのか把握していなかった事がそもそもの原因である。
その他は特に問題は起こっていない。
今日など、身体能力の強化自体は完了し、さらに膂力が上がっているにも関わらず特に問題なく行動している。
地下では簡易的であったとは言え、繊細な行動を要求される潜入行動と僅かなミスも許されない戦闘行動を行って見せた。イデアも本気で危ないときは運動神経を乗っ取ってでもシドを死なせるつもりはなかった。しかし、シドは自力で乗り越えたのだ。イデアが射線や効率的な回避ルートの表示でサポートしたとしても、この短期間で強靭化した身体能力を使いこなすのは非常に難しい。
身体の操作、この一点においてシドは特異な才能を持っていると言える。
イデアは考える(思う)。
本来、得るはずの無かった個を得たAIは、薄く芽生えた感情と旧文明のデータ。そしてシドの才能が交じり合い、最適解(浪漫)を求めて思考(妄想)を加速させていく。
本来の帰り道を西に外れ、都市の廃棄場にまでたどり着いた。
そこには防壁内で廃棄処分となった物が山の様に積まれ、ひと月に一度纏めて処理される。
機械製品や家具類、衣服に日用品等 様々な物が捨てられている。スラム街では、この中からまだ使えそうな物や修理できそうなものを回収・修繕し売ることで生計を立てている者もいる。
今日も数人のごみ漁りが廃棄物の山に取り付いていた。
シドはそれを横目に通り過ぎようとするが
<シド、ここで服を調達した方が良いのでは?>
<服?>
シドは改めて自分の姿をみる。遺跡での戦闘で、服はボロボロになっており、至る所に血が付いていた。着ていたシャツはほぼ千切れ飛び、体に引っかかっているだけの状態、ズボンも穴だらけのハーフパンツの様になっている。
いくらスラムとはいえこのまま住処に帰るのは避けたい、そんな状態だった。
<それもそうだな・・・サイズ会うのがあればいいけど・・・>
<とりあえず着れれば問題ないかと。それと、体も洗った方がよいのでは?>
<水場な~。まあ、体を拭くだけでもいいか・・・>
シドはゴミの中から着れそうな服と布切れを見つけ、水場へと向かった。
スラムの水場は防壁内から流れでている水路を活用している。
今まではあまり気にせず使っていたが、昨日のレーションの事もありこの水で、もう治っているとはいえ負傷した体を拭っていいものか・・・と考えてしまう。
<なぁ、イデア。この水・・・大丈夫かな?>
<・・・・・・・・・常用するのはお勧めできません>
(だよな~)
つい数日前ならば服を脱ぎ、飛び込んでいた所なのだが [スラムで無料もしくは安価で提供されている]=[体に悪い物]という図式が成り立った今では使用するのを躊躇してしまう。
自分がいままで、どれだけ劣悪な環境に身を置いていたのかを知り、シドは暗澹たる気持ちになる。
そして、少しづつでも今よりはいい環境に身を置きたいとも。
ボロボロの服を脱ぎ棄て、体を拭い、拾った服を着る。
スラム街基準でまあまあ綺麗な格好になり、今度こそ住処へ向かって歩き出した。
イデアのサポートのおかげで、人が多いところを避けかなりの大回りをしながら住処の近くまで帰って来る。
(一息ついたらワーカーオフィスに行こう)
そう考えていた所にイデアから声が掛かる。
<止まってください>
<・・・・・・今度はなんだ?>
<住居に3人、人が居ます。一人は中に入っているようです>
シドの警戒心が一気に跳ね上がる。
先日カツアゲを返り討ちにしたばかりだ。アイツ等がシドが稼いだ情報を知っていたなら、他に知っている人間がいてもおかしくは無い。
<なあイデア。ここから奴らの様子って俺にも分からないか?>
<シドの処理できる範囲外です。陰から目視で伺うのが確実かと>
シドは周りに乱立するバラックの隙間から顔を出し、自分の住処の様子を伺う。
そこには銃器で武装した2人の男が立っていた。装備の様子からしてハンターである可能性が高い。
ハンターに狙われる様な理由が思いつかない。
しかし、このまま住処に帰るのは考え物だ。
<これ。このまま帰ったらまずいよな?>
<ハンター達の目的に因ります。が、襲撃が目的だった場合、戦闘になるでしょう。今のシドならば勝てないとは言えませんが、相手の武装からして負傷は確実でしょう。それに、騒ぎを聞きつけた者たちに見られるのは確実です>
<・・・・・・あいつ等の目的が知りたい。近づけば何をしてるかとか話してる内容が分かるようになるよな?>
<はい10m以内に入れば感知できます>
<よし、慎重に行こう。見つかったら逃げる。もし追いつかれたら戦う。 これでいいな?>
<はい。サポートはお任せください>
バラックの隙間を通り、シドは慎重に男たちに近づいていく。
10mを切れば建物を挟んでいても相手の事を把握できるようになった。
男①『おい、見つかったか?』
男②『いや、どこにもない』
男①『本当にここに住んでるヤツなのか?違ってたらまた探し直しだぞ』
男③『知らねーよ。スラムのガキに渡したってあのスクラップ屋が言ってたんだ。ここら辺の連中に聞いたらここに住んでるヤツじゃないかって話だったんだよ!・・・・違ってたらまた聞き込みだよクソッタレ!』
男①『クソが!これも全部 ゾルハがしくじったからじゃねーか・・・クソみたいな連中雇いやがって・・・』
男②『まあ遺物を受け取って運ぶだけの仕事だったからな。情報漏洩の危険も考えて防壁内のワーカーに頼むわけにもいかなかったってのは理解できるが』
男①『それでもたかがラクーン3匹程度に皆殺しにされるような連中に任せていい仕事じゃねーだろ!』
男②『防壁外のワーカーモドキの質なんて分からない。10以下のランクなんぞ当てにはならん』
男③『で?どうすんだ?ガキを探すか?』
男②『・・・・・・どうだろうな。スラムの子供にアレの価値が分かるとは思えん。売買を行っているスクラップ屋でも価値無しとした品だ・・・その辺に捨てている可能性すらある』
男①『そうなったらお手上げだな。手のひらサイズの物を探してスラム中這いずり回るのは勘弁だぞ?』
男②『他の店舗に持ち込まれている可能性もある。そちらを当たった方が確実か・・・・・』
男①『んじゃ、手分けして探そう。俺は東の方を探すからお前らは別の所をあたってくれ』
男②『わかった。何かあったら連絡をくれ』
男③『あ~~~!めんどくせー事になったぞクソ!!!』
男たちが散開した後、暫く身を隠していたシドは安堵とため息が混じった息を吐いた。
<あいつらの目的ってイデアだよな?>
<その様ですね。これでも軍用ユニットですので、価値は高いでしょう。もうすでに契約を終えているので手遅れですが>
(めんどくせー事になったぞ・・・・)
<もし俺が見つかっても黙ってたらわからないかな?>
<大丈夫でしょう。外観上に変化はありませんし、精密検査等を受けない限りは分からないと推察します>
<どうする?家に帰って大丈夫か?>
<いえ、もう此処には帰ってこない方がいいでしょう。遺物を換金して宿に泊まった方が安全です>
<また金がかかるのか・・・>
<その分セキリュティーレベルは上がります。此処よりは安全に眠れるかと>
<・・・・・そう考えるしかないか。ワーカーオフィスに行って遺物を換金するか・・・・>
<そうですね。早速行きましょうか>
シドは住処だったバラックを離れ、ワーカーオフィスを目指した。
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