ワーカ養成所 ライトの模擬戦
この話と次の話はライトメインとなります
シドはミスカ達のトラックを出て、以前泊まっていた宿に宿泊していた。
2週間の契約を結び、さっそく部屋の風呂に入る。久しぶりにミールの料理が食えるとシドは上機嫌だった。
<ん~、今日は何を食おうかな。ガッツリ肉かな?いやいや、前食ったカレーもいいぞ?それとも運試しに日替わり定食ってのも乙だな>
<久ぶりに高品質な食事がとれますね。前回の戦闘でかなり消耗しましたから、しっかり補給しましょう>
<ああ、たらふく食うぞ!>
<ですが、食事まで時間があります。一度ライトに連絡を取ってみるのは如何でしょうか?>
<ライトか・・・そういや、どんな感じなんだろうな。養成所って>
<ライトの実力はランク10を遥かに超えていますので、失格などの心配はありません。しかし、同年代との集団生活とは何かと問題が発生しますので確認はしておくべきかと>
<・・・わかった。風呂から上がったらメッセージ入れてみる。時間が出来たら通信飛ばしてくるだろ>
だが今はゆっくり風呂を堪能するのだ、とシドは湯船につかり弛緩する。防衛拠点の汚れだけを洗い流す風呂とは全く違う癒しを堪能していた。
風呂からあがり、ライトにメッセージを送る。自分が都市に戻ってきたことと、時間が空いたら連絡をくれと簡潔に書いて送った。
しばらくして、シドの情報端末が通信を知らせてくる。
画面を見るとライトからだった。シドは通信を繋げ久しぶりにライトと話をする。
「よ、ライト。元気にやってるか?」
『うん、こっちはボチボチやってるよ。シドさんの方はどうだった?もうランク調整依頼は終わったの?』
「ああ、依頼も終わって今はハンターランク24だな。一人前のライセンスも手に入れたぞ」
『・・・24か。この短期間で結構上がったね。ボクもここを卒業したらしっかりランク上げしないとね』
「普通にやってたら順調に上がってくだろ。俺みたいな事って滅多にないだろうからさ。それより、訓練の方はどうなんだ?引率付きで遺跡に行ったりするのか?」
『あ~・・・そんな事はしてないよ。体力強化訓練とシミュレーターでラクーンと戦ってるだけ』
「そんなもんなのか?今のお前だったらラクーン程度に苦戦したりしないだろ?」
『そうなんだけどね・・・ちょっと退屈かな。代り映えしないって言うか、張り合いがないって言うか』
ライトは以前イデアが懸念していた状況にピッタリ嵌ってしまっている様だった。シド自身も依頼の最中、毎日雑魚狩りに駆り出されて張り合いの無い日々が続いていたのでその辛さはわかる。最後にビックイベントが発生したがあれは例外中の例外だろう。
「なんならお前が休みの日に訓練付き合ってやろうか?結構稼いだから、今は無理して遺跡探索に行く必要もないし」
『ほんと?出来ればお願いしようかな』
「おう、また日程送って来いよ。そっちに合わせるから」
『わかった、ありがとう。またメッセージ送っておくよ』
「んじゃ、用事としてはこんな所か。お前の方から何かあるか?」
『ん~、特にないかな』
「そっか、んじゃまたな」
『うん、またね』
そういってシドはライトとの通信を切る。
<一応元気そうではあったな>
<そうですね。しかし、やはり訓練内容に不満があるようです>
<そうだな~。防壁内の訓練所って事だから結構厳しい内容なんだと思ってたんだけど>
<まあ、最長2年間でランク10になる程度の訓練ですからね。高が知れています>
<辛辣だな おい>
<ライトが私たちと行った訓練は最短で遺跡まで行き、生きて帰って来れる様になる為の訓練です。とりあえず戦える程度の認識の訓練とはわけが違います>
普通の訓練は、疲れて動けなくなるまでは行わない。ある程度の余裕をもって行うものである。白目を向いてぶっ倒れている者の口に、回復薬を突っ込み無理やり再起動させてまで行うのは訓練とは違う。
しかし、軍用ユニットとして開発されたイデアの訓練は現在の常軌を逸していたのだ。
<私に預けて頂ければ、半年間の集中訓練で立派なソルジャーへと育て上げて見せましょう>
姿も形も無いのに胸を張っているような気がする。
<その訓練に付き合うのは俺だからな・・・>
<問題ありません。シドにも専用メニューを考えてあります>
用意します。ではなく考えてありますとイデアは言った。と言う事はシドの訓練はすでに用意されていると言う事になる。
<・・・お手柔らかに・・・>
<御冗談を>
次の訓練は厳しいものになる。そう確信を持つシドだった。
ライト視点
シドとの通信が切れ少し安堵の息を吐くライト。
シドには順調に過ごしている様に伝えたが、養成所での生活は順風満帆とはいかない状況なのであった。
昨日も天覇組と呼ばれている人達とひと悶着起こした後だったのである。
「今のってシドさん?」
一緒に食堂にいたユキがライトに聞いてくる。
「うん。長期依頼が終わってこの都市に帰って来たみたい」
「ランク調整依頼だったか?終わったって事は適正ランクまで上げ終わったってことか?」
そう聞いてくるのはタカヤだ。だいたいいつも一緒にいるメンバーで食堂に集まっていたのだった。
「ランクは24まで上がったみたいだね。種別はハンターを選んだみたいだよ」
「24!11から一気にそこまで上がったの?!すごいじゃない!」
「やっぱ化け物の師匠は化け物だったんだな」
「化け物ってひどくない?」
ライトはシドのランクが24で適正とは思っていなかった。宿にいたワーカー達や養成所の教官達から聞いた話を考えても30以上でなければおかしいと思っている。だが、あまり急激にランクを上げ過ぎても問題が生じるのだろうと一応納得したのだった。
そして、タカヤからライトが化け物呼ばわりされる原因は昨日起こった喧嘩まがいの訓練にあった。
昨日の事
最近基礎射撃訓練で合格したタカヤとユキと一緒にシミュレーター室まで向かっている最中、天覇組の連中と遭遇しいつもの様に嫌味を言われていた時の事だった。
彼らもシミュレーターでの訓練を受けている為、訓練が開始されるときは必ず同じ場所に集まることになる。
いつも天覇組とライト達3人とに分かれ訓練を行っているのだが、毎回ライト達の方が優秀な成績を出すため、それがカズマ達のプライドを大きく傷つけていたのだった。
いつもの様に絡んでくるカズマの嫌味を聞き流していたライトなのだが、今回カズマはシドの事に触れてきた。
「お前、確かスラム上がりのゴロツキに教わったらしいな」
「・・・・ゴロツキ?」
珍しく自分の言葉に反応を返したライトにカズマは気を良くする。
「ゴロツキだろう?第三区画の人間が真面なわけがない。モンスター退治より人殺しの方が得意なんじゃないのか?」
「・・・・」
あながち否定できない内容の嫌味を言ってくる。確かにシドはスラム街での論理で動くところがある。だが、そんな悪し様に罵られるような人間でもない。
「そんな男に教育を受けた人間に銃なんて持たせていいのか?犯罪者を増やすだけだろう?そんなヤツと一緒に訓練なんてやっていたら怖くてたまらないな」
そうカズマはライトのことを蔑んだ目で見てくる。取り巻き達も不快感を隠そうともしていない。
「ちょっとアンタ!いい加減にしなさいよ!」
今まで黙って聞いていたユキが激高しカズマに嚙みついていく。
「お前らも同じだ。神経を疑うな、同じ防壁内にこんな異常者が居たなんてな」
ユキもタカヤも顔を真っ赤にし震えだした。
カズマの発言は負け惜しみにしては度を越しており、本来であれば厳重注意を受けてしかるべきである。
しかし、養成所はワーカーオフィスのみならずワーカーギルドとも提携しており、彼らの所属する天覇からも支援を受けている。そこから送り込まれた彼らに対して判断が甘くなっているのであった。
「ボクごときが怖いならワーカーを目指すなんて止めて防壁の中に引きこもってれば?」
「なに?」
ライトは自分のみならず、シドまで侮辱された事にフツフツとした怒りを感じていた。
ライトが組織の飼い犬から脱却でき、今の様に生きるすべを学べるのは全てシドのおかげである。
恩人のシドに対するカズマの言葉は許しがたいものがあった。
「都市の外にはボク一人じゃ歯が立たないモンスターがわんさかいるんだよ?防壁の外に行けばそんな奴らが殺気を剥き出しにして襲い掛かって来るんだ。ボク程度が怖いならずっと防壁内で震えてろよ」
「なんだと貴様!」
カズマは激高しライトを睨みつける。
「邪魔なんだよ。大した腕も無い、戦闘実績もないのに口だけは達者なヤツが居るとさ。防衛戦なんかに参加されるとこっちが割を食う事になる。遺跡に行ってもモンスターの餌になるだけだろ?そんなヤツ、居てくれない方が助かるよ」
「!!!!」
ライトの言葉にカズマは堪忍袋の緒が切れる。嫌味を言うだけでは収まりが付かず自分の手で叩きのめさないと我慢ならなくなった。
そこに教官が現れ、訓練の説明を行おうとする。
「教官!」
教官の言葉を止め、カズマが声を荒げる。
「本日の訓練は訓練生同士の模擬戦を希望します!!」
訓練生同士の模擬戦。要するにライトと戦い自ら叩きのめす為の提案だった。この提案に教官はたじろぐ。
「・・・まて、本日の予定に模擬戦は想定していない」
「我々は天覇から派遣されています。俺達の要望は可能な限り実現される契約になっているはずですが」
「・・・・」
ワーカーギルドとは言うなれば養成所のスポンサーでもある。実現不可の要望以外は出来る限り実現するのが今までの慣例だった。
教官はチラっとライトを見て視線をカズマ達に戻す。
教官は、カズマ達が訓練成績でライト達に負け続けている為、ここでお互いに直接戦い白黒ハッキリ付けようとしていると考えた。
しかし、教官はOKを出し渋る。相手が普通の訓練生ならカズマ達の自信向上につながるだろうと思うが、相手はライトなのだ。訓練生どころか現役のワーカーですら難しい内容をやってのける生徒だった。
ハッキリいって負けるのは目に見えている。カズマ達の腕は訓練生の中では飛び抜けて高いが、所詮は訓練生の中だけの話であった。
悩む教官にしびれを切らしたカズマが言う。
「天覇から直接の要望を出してもいいのですが?」
そういい、カズマは情報端末を取り出して教官に見せる。それを見て教官はカズマが止まらない事を察し訓練内容を変更する。
訓練は模擬戦に変更、フィールドは今までと同じ瓦礫と岩が点在する荒野、銃は実物を使用し弾丸は非殺傷弾を使用、防護服は防御力の高いものを全員に支給するといった内容になった。
自分の要求が通ったことに暗い笑みを浮かべ、カズマは周りの取り巻き達と準備の為に控室に入って行った。
「教官、こっちはボクだけで模擬戦を行います」
「「!!」」
「ライト訓練生だけでか?」
これには教官も驚きを隠せなかった。
「はい」
「ちょっとライト!」
「お前何言ってんだ!」
ライトの発言にユキとタカヤの二人も抗議の声を上げる。しかし
「こんな喧嘩紛いの訓練に参加する必要ないよ。二人は通常の訓練を行うべきだ」
「でも!」
二人は食い下がろうとするがライトは頑なだった。
「大丈夫だよ。非殺傷弾には撃たれ慣れてるし。急所に当たらなかったら意外と骨折程度で終わるからね」
「骨折程度ってお前・・・」
「回復薬も持ってるし。それに・・・久しぶりにシドさんとやるつもりで本気でやるよ・・・」
目を眇め、そう言い放つライトに何も言えなくなる二人と教官だった。
双方は準備を終え、シミュレーター室に入って行く。
二人は心配そうに外のモニターで訓練内容を見るのであった。
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