地下構造 攻略会議
ギール視点
防衛隊によって本社の一室に閉じ込められていた彼は、隠し通路を通って来た子飼いのワーカー達によって防衛隊の包囲網を突破し、ミナギ都市からの脱出を目論んでいた。
「くそ!なぜ私がこの様な目に!!」
何故も何も全てはギールが行ってきたことの結果だ。
スラムバレットの行動が無くとも、いずれは露見し同じ道を辿っていただろう。それが少しばかり早くなっただけの事である。
しかし、彼がドルファンドの代表になってからというもの、彼の思惑通りにならなかった事など無く、それが当然と思い込んでいた彼には今の状況は想定すらしていなかった。
「ギール代表。指示通り助けはしたけどよ。この後どうするつもりなんだ?なんでも喜多野マテリアルの部隊がこの都市に向かっているって情報もあるが・・・・」
「ふん、そう簡単にエリア管理企業が動く訳が無かろう。それは私を大人しくさせる為に流された欺瞞情報だろう」
ギールがこう考えるのも無理はない。
情報屋からスラムバレットのリーダーが喜多野マテリアルの重役と繋がりがあると聞かされていたが、たかがワーカーの言葉だけで直ぐに部隊が動くなどとは考えてはいなかった。
「中部のアルミナ都市にある支社に入る。そこで体勢を立て直し再起するしかない」
「・・・・・・・んで、人身売買に関わってたって噂も出回ってましたけど、どうなんです?」
「・・・・ケミックスが流した噂だ。聞き流せ」
「・・・・・・」
ワーカー達からの疑いの眼差しがギールに突き刺さる。
以前なら鼻で笑って受け流す事も出来たが、今のギールにはその余裕も無くなっていた。
「なんだ?私は緊急時の契約を行使しただけだ。契約料も前金も払っただろう!お前たちはただ契約通りの仕事をすればいい!!!」
「・・・了解しました。代表」
ワーカーは納得した様子は見せなかったが、とりあえずギールとの契約は果たさなければと車を走らせる。
「・・・・おい、この仕事。このまま続けていいのか?」
ワーカーチームのメンバー達が小声で話し合い始める。
「・・・・契約なんだから仕方ないだろ」
「でもよ、防衛隊に本社を囲まれてその後すぐに人身売買の噂まで流れたんだ。防壁内でモンスターが発生したって事件もドルファンドが関わってるとかなんとか・・・・」
「あいつの説明だとアースネットとケミックス・アロイが結託してドルファンドを貶めようとしてるって話だったが・・・・」
「それがマジかどうかわかんねーだろ?!ホントに人身売買に手を染めてて喜多野マテリアルの部隊がミナギ都市に向かってたら俺たちまで治験行になっちまうぞ?!」
「・・・・・・・」
このワーカーチームはドルファンドが行っていた人身売買の事など何も知らなかった。
ドルファンドとの付き合いも企業とワーカーとの付き合いから始まり、いくつかの依頼を達成したことによってギールの目に留まったというだけだ。
そこからドルファンドお抱えのワーカーチームのような形になり、高額の依頼を優先的に回してもらったり身体拡張施術を割り引いてもらったりと便宜を図って貰っていた。
その代わりに、万が一ドルファンドに危機が迫った場合、会社の幹部達の救助や護衛を受け持つ契約を結んでいたのだった。
今回の件がギールの言う通り、企業同士の勢力争いであったのならギール達に味方するのは契約に基づいた行動である。
しかし、万が一ドルファンドが流れている噂通り人身売買に関わり、防壁内にモンスターを放っていたのだとしたら、自分達は罪人幇助の罪に問われる可能性が高くなる。
契約に基づいた行動だったとしても、6大企業が禁じている犯罪に手を染めた犯罪者に手を貸したとなれば、言い訳も聞いてもらえず即射殺されても可笑しくはない。
今回の件でミナギ都市防衛隊に喧嘩を売ったことは間違いない。ドルファンドが復権しない限りミナギ都市に立ち入ることは2度と出来ないだろう。
だが、ここでコイツ等を見捨てた場合、自分たちが受けた身体拡張のナノマシン補給が出来なくなることも意味している。
ドルファンドから施された身体拡張技術のお陰で、彼等はランク50台のワーカーチームとして活動できているのは間違いない。ナノマシンの補給が出来なくなってしまった場合、彼らの活動は大幅な制限を受けることになる。
契約通りにアルミナ都市にまで向かうべきか、それとも保身を優先してコイツラを放り出すか・・・・・
そう悩みながら北門を目指して車を走らせているとメンバーの1人が声を上げた。
「おい!喜多野マテリアルの兵隊がミナギ都市に到着して3~7番地区を燃やしたらしいぞ!!!」
「「「「!!!」」」」
「どういう事だ?!あそこはモンスターが暴れたからって封鎖されてたんじゃなかったのか?!」
「ちょっと待て・・・・・・・・・・なんでも危険なナノマシンが流出した可能性があるからそれの消毒する為らしい・・・・・・・ワーカーオフィスの統括も権限を凍結されてキクチってヤツが統括代行に着くみたいだぞ」
「おいおいおい・・・・これって、あの噂本当だったんじゃ・・・・」
メンバー全員の眼がリーダーに向けられる。
「・・・・・・・車を止めろ!!!後ろに乗ってるヤツ等を全員車外に放り出せ!!!」
リーダーはドルファンドと縁を切る選択を取った。
しかし、その判断はすでに手遅れだったと言える。
リーダーが叫んだ瞬間、車に衝撃が走ったかと思うと車体が左に傾き転倒してしまった。
「うおおぉぉぉ!!!」
逃亡の為、かなりの速度を出して走っていた車が横転し、道路を削りながら滑って行く。
そして、何かに衝突したような衝撃を受け車体が止まった。
リーダーは横転した車の中で何が起こったのかと周りを確認しようと視線を上げる。
すると、フロントガラスの向こう側にはフロントバンパーを片手で抑える1人の男の姿があった。
何が起こったのか分からず混乱していると、男が口を開く。
「喜多野マテリアル 取締役員 直属護衛チーム 主任のデンベだ。大人しく投降しろ。さもなくば無力化して拘束する」
その男の眼を見た瞬間。自分達では天地がひっくり返ってもかなわない相手だと悟り、ワーカー達は武装を解除して投降を申し出るのであった。
キクチ視点
デンベが逃走したギール達が乗る車をひっくり返して確保している頃。
キクチはワーカーオフィスでアースネットの重役たちと地下構造のマップを眺め協議を行っていた。
この会議にはミナギ都市ワーカーオフィスの統括 マーゼ・バドフも協力を申し出て来て参加している。
恐らく、ドルファンドの犯罪行為には加担していないと喜多野マテリアルに示す為、積極的に協力しようとしていると思われた。
喜多野マテリアル直々の指名であるとはいえ、この都市に残っているワーカー達とほとんど繋がりの無いキクチにしてみれば、この申し出は非常にありがたかった。
地下構造の説明を受けていたキクチは、腕を組み難しい表情を浮かべていた。
(想像していたより広い・・・・・下水だけでなくその他ライフラインも地下に埋まっていて、点検口の数も多い・・・・・)
ミナギ都市のライフラインは、上方向に拡張される都市の特性上地下にその多くが設置されている為、地下構造が深く広範囲にまで及んでいた。
この地下構造を汲まなく調査し、変異したモンスターを全て発見し駆除するなど不可能と言える。
それに、水や電気だけでなくガス管も地下に張り巡らせてある為、この場所で高温兵器など使用しガス管を傷つけ引火しようものなら、都市全体が吹き飛んでも可笑しくは無かった。
この状態ではナノマシンの駆除に効果的な高温兵器の使用は断念せざるを得ない。
こうなれば、モンスターから直接生きたナノマシンを回収し、そのナノマシンの活動を停止させるカウンターナノマシンを作成し地下構造内に散布するしか確実な駆除方法は無くなってしまう。
「・・・・・キクチ代行。どうする?」
「・・・・・選択肢はありません。高温兵器での一斉駆除は断念し、カウンターナノマシンによる駆除を行うしかないでしょう。マーゼ殿、緊急で地下構造へ潜ってもらっているワーカー達にモンスター化した動物を発見した場合、手頃な1体を生きたまま捕獲して貰うよう通達してください。私の方で喜多野マテリアルの技術員にナノマシンの作成をお願いしますので、この都市でもナノマシンの作成をお願いします。クロスチェックを行い、有効性が確認され次第散布を開始したいと思います」
キクチはこの会議を始める前、まだミナギ都市に滞在していた高ランクワーカー達に協力を要請し、先行して地下構造の調査を依頼していた。
流石にどれくらいの規模で感染が拡大しているか分からなければ対策の立てようが無かったのである。
高温兵器が使用不可となった今、早急に地下シェルターに連絡を取り、シェルターに滞在している技術者達にカウンターナノマシンの製造を頼むしかない。
向こうにはチートキャラのセントラルも居るのだ。
最短で仕上げてくれるだろう。
この都市でもカウンターナノマシンを作成し、入念に確認を取ってから散布を実行したいとキクチは考えていた。
「承知しました。直ぐに通達します」
マーゼは席に着いたまま通信端末を使用し指示を出していく。変に席を立ち、要らぬ疑いを持たれないようにするためだろう。この辺りマーゼ・バドフは徹底していた。
「・・・・・・カウンターが完成するまでの間どうつなぐ?このまま放置する訳にはいくまい」
「はい、相手の姿や特徴が分かればいいのですが、感染者が同一の姿をしているとは限りません。変異特徴を特定し、そのデータを索敵データに指定すれば効率的に駆除が可能になるでしょう。後は虱つぶしに駆除していき、小規模の火炎で少しずつ焼却していくしかないと思います。現状でどの程度変異が始まっているかすら不明ですので何とも言えませんが、時間との戦いになるかと・・・・」
「・・・・・・大規模変異が先か・・・・・カウンターナノマシンの量産確立が先か・・・か」
バーク・ドゥエルは拳を握り締め怒りに耐える。
ミナギ都市をここまでの危機に叩き落としたドルファンド・・・・・いや、ギール・ロペスへの怒りが溢れ出るのを必死に抑え込んでいた。
「失礼します」
会議室の扉が開き、1人の職員が入ってくる。
「先遣隊のワーカーチームが変異体と遭遇。戦闘の末討伐に成功したとの事です」
「・・・・そうですか。変異体の様子は?」
「非常に凶暴で、見境なく襲って来たとの事です。変異体の様子はデータで送られていますのでこちらをご覧ください」
そういいその職員は映像を表示させる。
そこには体長が1mほどに膨張した、元はネズミであっただろうモンスターの姿が映っていた。
遭遇したワーカーチームはランク40台の者達で、戦闘能力には定評があった。
その者たちの総攻撃を受けながらも、逃げる事も無くワーカー達に向かってくる異形のモンスターの姿が映し出されていた。
接触進化型モンスターの特徴通り、体表には岩石や金属での補強がなされている様で、他の生物を取り込んだ形跡も散見された。
幸いな事にワーカー達に被害は無かったが、強靭な生命力を持っている事に疑いようが無く不意打ちを食らえば彼らですら全滅の危険がある様に見えた。
「危険ですね。低ランクのワーカーが参加して耐えられるとは思えません」
「そうだな。ランク20以下の者達が参加していい作戦ではない。喜多野マテリアルからの装備提供があったとしてもだ」
「・・・・・・・・」
マーゼとバークが言う様に、この作戦の危険度は非常に高い。
ある程度の情報収集機を装備したシーカーがチームに居なければ、複雑な地下構造の中でこのモンスターと戦闘行為を行うのは困難になるだろう。
(タカヤやユキレベルならなんとか・・・・・いや!くそ!アイツ等も普通のランク20と同レベルじゃなかった!!!)
今もダゴラ都市で活動しているスラムバレットの直弟子達の事を考えてしまうキクチ。
あの常軌逸した訓練を受けた者たちと、この都市にいるランク20以下のワーカー達を同列に考えるのは間違っている。
「・・・・・・・高ランクワーカー達と低ランクワーカーを混ぜて運用するというのはどうでしょうか?索敵や現場の指揮は高ランクワーカー達に任せ、単純な火力要員としランク15以上のワーカー達をあてるというのは」
「・・・・・ワーカー達に混成チームを組ませるのですか?混乱の元かと思われますが・・・・」
「この都市でも低ランクワーカーから羨望の眼差しで見られている高ランクワーカーは残っているでしょう?その者達に指揮をとらせれば、少なくとも命令違反を行う事は少ないと思います。その分類から外れた高ランクワーカー達はそのチーム単位で探索を行ってもらうというのは?」
「居るには居ますが・・・・・・・それでも命令違反をする者は出ると思います」
「その場合、命令違反をした者は自己責任で処理します。現場判断での処分も許可し、強い権限をリーダーに与えれば何とかなるかと」
このキクチの意見は通常ならあり得ない。
チーム内での強制処分を行う権限を、チームリーダーにワーカーオフィスが与えるという事なのだから。
これはギルド内のイザコザが発生したとしても、処罰ではなく処分する権限など認められていなかった。
「・・・・・・それはやり過ぎでは?」
「確かに現場に全てを押し付けていると判断される可能性があるが・・・・・」
「通常状態であればこれは避けるべき提案です。しかし、事は一刻を争うと私は判断します。最大戦力且つ最大効率で事態の収束を図るべきです。防衛隊もワーカーとは別ルートで地下構造へ侵入してもらいます」
統括と都市管理企業の代表に否を突き付けられてもキクチは強硬に早期収束を主張する。
それは、この案件がスラムバレットから発生しているが故に。
考えすぎならそれでいい。
小規模の生物災害未遂で終わってくれたらそれに越したことは無い。
だが、後からあの時こうしていれば良かったと思うようなことはしたくない。最悪な想定が当たってしまえばこの都市は消えてなくなってしまうのだから。
「「・・・・・・・」」
強硬な姿勢を崩さないキクチの様子を見て、バークはキクチの案を承認する・
「わかった。君がそう判断したのであれば、その案で計画を詰めよう」
「・・・・バーク殿。いいのですか?後々問題になるかもしれませんよ?」
「・・・ふん。その問題とやらも、この都市が残っていてこそ発生する問題であろう。まずはこの都市が消滅する可能性を消してから後で考えればいい」
「・・・・・・・・わかりました。では組分けを考えましょう」
「・・・ありがとうございます」
協力的な2人に感謝の念を捧げながら、キクチはマーゼからワーカー達の情報を聞きながら部隊の編成を行っていく。
こうして、キクチの苦難は幕を開けたのだった




