諦めたラルフ
「シブサワさん!大変です!!」
唐澤重工の営業 シブサワはダゴラ都市での製品PRに勤しんでいた。
ダゴラ都市周辺での中央崇拝者殲滅作業。それと、危険度が上昇したファーレン遺跡と未だ封鎖を解かれていないキョウグチ地下街遺跡の対応に、多くの高ランクワーカーがダゴラ都市に集まっている。
最近は喜多野マテリアルがダゴラ都市にテコ入れを行っており、彼の企業に自分達をアピールしたいワーカーチームやギルドが活発に活動している為、装備の更新が盛んになっていた。
この商機に乗り遅れまいとした企業はこぞってダゴラ都市に集結しており、唐澤重工も例にもれずシブサワを派遣していたのだ。
その結果は上々。
多数のワーカーから注文を受けることが出来、急いで商品の追加輸送を手配したところであった。
そこになにやら慌ててシブサワに駆け寄って来た部下はシブサワに端末を見せる。
「スラムバレットが賞金首になっています!どうしますか?!」
シブサワはスラムバレットが唐澤重工の装備を愛用し、数々の活躍を行ったと言って他のワーカーにPRを行っていたのだ。
その広告塔ともいえるスラムバレットがお尋ね者になったとあっては、社の印象も悪くなってしまう。
部下はそう危機感を持っているのだろう。
だが、その読みは的外れである。
「スラムバレットが捕縛、もしくは討伐されたという情報は?」
「それはありません。しかし、賞金首が使用している装備と言われてはイメージダウンは避けられないかと!」
「それはありませんね」
シブサワは部下の心配を一蹴した。
「・・・何故ですか?」
「いいですか?マーラン君。我々は防衛隊に装備をPRしに来たのではないんです。故に、広告塔は清廉潔白である必要はありません。ただ、強ければいいんですよ」
「・・・・・・」
「防衛隊に装備を売りつける際に犯罪者と目される者が使用しているという情報はマイナスになります。犯罪者と同じ装備を着用している防犯組織というイメージは上層部から嫌われますからね。しかし、ワーカーは別です。善悪に関係なく、実力のあるものが使用している。この事実こそが最も重要なのです。」
ワーカーとは善なる存在ではない。
スタンピードの際には英雄視される者も出てくるが、基本的に彼らの力の向く方向は旧文明だ。
遺跡に潜り、モンスターを蹴散らし遺物を回収する。
そこに善悪は関係ない。
見方を変えれば、彼らは不法侵入して物品を攫って行く強奪者とも言える。旧文明視点からすれば略奪者以外の何者でもない。
そんな彼らは犯罪者が使用しているからといって強力な装備を嫌厭する理由がない。
その装備を着用し、自分達が活躍できるか否か。それにしか興味がないのだ。
それに、彼らは総じて負けず嫌いだ。自分達より年若いワーカーが、癖の強い唐澤重工の装備を使いこなし活躍していると聞けばムキになって自分もと考えるのである。
故に、スラムバレットが賞金首になったという情報は追い風以外の何物でもない。企業が懸賞金を掛けるくらい強いという事なのだから。
これでダゴラ都市にしか浸透していなかった彼らの名前が他都市にも広まることになるだろう。そうなれば、更に我が社の製品が売れる可能性が出てきたのだ。
シブサワからすれば喜びこそすれ、嫌がる理由は無い。
当然、彼らがあっさりとドルファンドに負けてしまえば逆風に早変わりするが、シブサワはスラムバレットの2人がそう簡単に負けることは無いと確信していた。
「彼らの情報は逐一確認してもらえますか?今後の商談に必要になりますので」
シブサワはマーランにそう指示を出し、今後のPR方法を考え始める。
(ふふふ、頼みますよシドさん、ライトさん。派手に暴れて我が社の商品を世にとどろかせてください!)
その時のシブサワの表情は悪魔の様であったとか・・・・・
所変わって地下シェルター。
キクチに切れ散らかしてさっさとスラムバレットの担当から降りようと考えていたラルフ。
その思惑はゴンダバヤシの前に引き出された時点で暗礁に乗り上げるどころか山を登って行った。
「ではラルフ。ミナギ都市で何があったのか報告を頼む」
してやったりといった顔で話を促すキクチの顔面に一発ぶち込んでやりたかったが、喜多野マテリアルの重役を前にそんな事が出来る訳がない。
ラルフはなんとか気持ちを落ち着ける為に息を吐き、報告を始める。
「・・・ふぅ・・・・・まずご挨拶させて頂きます。現在スラムバレットの担当をさせて頂いているラルフ・ローレンスと申します。以後お見知りおきを」
そう表情を引き締め、ミナギ都市で起こった事を報告していく。
ミナギ都市の管理企業であるドルファンドが人身売買に手を染めており、偶然ターゲットであるエミルを保護していたスラムバレットは、都市の脱出を計画。
その寸前にドルファンドに補足され、エミルの譲渡を迫られたがこれを拒否。ドルファンドのエージェントを倒し、追手として差し向けられた私兵団と防衛隊を打倒しこのシェルターへとたどり着いた事を報告する。
「・・・・なるほどな。ミナギ都市のワーカーオフィスからも弊社に連絡があったらしい。あの情報はお前がバラまいた物か?」
ゴンダバヤシはラルフの目の前にホログラムを表示する。
それに瞬時に目を通したラルフは頷いた。
「はい、逃亡中に私が作成した資料です」
「ふむ。だが、この資料には証拠が提示されていない。その辺りはどうだ?」
「ここに」
ラルフは一つの記憶媒体をゴンダバヤシの前に置いた。
それはこの地下シェルターに着いた際、イデアから渡された物だった。キクチに渡せばいいと言われていたが、ゴンダバヤシに提出するのが最も有効だろうと考えたのだ。
記憶媒体を手に取ったゴンダバヤシは、後ろに控えていたデンベに媒体を渡す。
デンベは部屋に備え付けられた再生機に媒体をセットし、内容を表示させた。
そこに表示されたのはイデアがドルファンドのシステムに侵入し、探った情報が全て記録されていたのだ。
売買された人達の人数。使用用途。実験の内容と目的。
そして結果までが克明に記録されており、その内容に目を通した者たちは顔をしかめる。
実験材料にされた人達は尊厳を奪われ、心も体も原型をとどめることなく破壊されていた。
その集大成として出来上がったのは、ミナギ都市脱出寸前に襲い掛かって来たゲンハだった。
強靭な肉体を持ち、高い再生能力と適応能力を持った戦士で、量産されれば脅威となる可能性がある性能を有していると思われる。
その性能はシドとの戦闘映像と共に記録されていた。
「・・・・・デンベ。この戦闘ノイド、どう評価する?」
「確かに素体のレベルは高いです。しかし、戦闘技術は拙く、フィジカル頼りですね。弱点も明確になっていますので装備さえ整えれば上級兵なら問題なく対処できます。中級兵となれば数が必要になるかと」
「わかった。万が一量産体制に入っていた場合に備えて装備の手配はしておこう。証拠がここまで揃ってるなら潰すのは問題ない。どこから横やりが入ろうが絶対に潰してやる」
ゴンダバヤシの顔は今まで見たことが無いほど険しい。
ダゴラ都市の上層部が腐っていた事は彼も腹に据えかねたが、これは話のレベルが違う。
中央崇拝者と結託していた事よりもさらに質が悪い。
それほどこの大陸での人身売買への当たりはキツイのである。
「辺境がここまで腐ってやがるとは思ってなかった。監査役は何してやがった・・・・・!」
「数年おきの定期監査は行われていますが、人身売買の情報はつかめていません。監査がある期間は行動を抑えていたのでしょう」
「・・・・・・その件も考える必要があるな。代表にも報告する必要がある」
「それでは、社の意向を持ってミナギ都市に向かわれますか?」
デンベの質問にゴンダバヤシは否と回答する。
「いや、すぐにでも部隊を引き連れてミナギ都市に行く。準備にどれくらいかかる?」
「・・・・・召集させるには5日は必要かと」
デンベが言った期間はミナギ都市を更地に出来るだけの戦力の召集だ。
本社だけでなく支社から集めるにしても、最短で5日はかかるだろう。このシェルターに集合ではなく、現地集合でだ。
「5日か・・・なら明後日にはここを出ねーとな」
ゴンダバヤシは直ぐに予定を決定し、ミナギ都市へと向かう事を決める。
そしてこの情報をもたらしたラルフへと目を向け労いの言葉を掛けた。
「ご苦労だった。疲れを癒してくれ。この施設はリラクゼーションにはうってつけだからな」
表情を和らげそうラルフに声を掛ける。
ゴンダバヤシの言葉を聞いたラルフは漸く肩の荷が下りた気がした。
後はキクチに全てを任せ、再度ミナギ都市へと戻り職場復帰すればいい。そう考えていたのだがそうは問屋が卸さなかった。
「今後もスラムバレットの事を頼むぞ」
ゴンダバヤシの口から思ってもみなかった言葉が飛び出しラルフは再度固まる。
「ああ、アイツ等は目を離すと何やらかすか解らんからな。これからも頼んだぞ、ラルフ」
そう不吉な事を言うキクチに目を向けると、やたらと柔らかい笑みを浮かべていた。
この笑顔は、仲間を見つけた笑みだ。
なぜかラルフは直感でそう感じた。
「あ・・・えっと・・・・」
ラルフはゴンダバヤシに視線を戻し、スラムバレットの担当から降りる為の言い訳を考える。
だが、その時間は与えられなかった。
「スラムバレットには俺も注目している。ダゴラ都市でもそうだったが、中央崇拝者と都市幹部の癒着。この施設の発見。そしてミナギ都市での人身売買騒ぎ。アイツ等の行く先々でどえらい問題が湧いて出てくる」
ゴンダバヤシは立ち上がりながらそう語る。
「喜多野マテリアルの中でもあいつらを抱え込もうとする動きもあるが、今は俺が止めている段階だ。俺が監視・・・・というと聞こえが悪いが、そういう状態にあるんだよ。最初はキクチに任せようと思ったんだが」
ならキクチに任せてくれ!!とラルフは心の中で叫んだが、
「キクチは俺直属の部下となってワーカーオフィスとの繋ぎ役って形になってる。今回の件も対応に当たってもらわねばならん。その為、アイツ等についていて貰う人材が必要不可欠なんだ」
ラルフの目の前まで歩いてきたゴンダバヤシは、ラルフの肩に手を置き、ギュ!っと握りしめると、
「だから、お前には期待しているぞ」
そう笑顔で言うのであった。
これが1週間前であればラルフは天にも昇る気持ちだっただろう。
6大企業の重役に期待されている。その事実だけで24時間戦えます!といった気持ちになっただろうが、それに付随するのはあの超問題児達。
どちらか片方だけならなんとかなると思ったかもしれないが、2人とも行動力が半端ない。
シドに関しては思考回路がぶっ飛んでいる節がある。
あれの制御など出来るとは思えなかった。
断らなければ。
そう思いはするが、ラルフにゴンダバヤシの要求を断る勇気はない。
断ってしまえば完全に出世コースはさようならしてしまうだろう。
ゴンダバヤシがラルフの道を塞ぐわけでは無いだろうが、もう重要な案件が自分に回ってこない事だけは確かだ。
故に、ラルフはこう言うしかなかった。
「承知致しました」
その言葉を聞いたゴンダバヤシとキクチは笑顔を浮かべる。
その顔を見て、ラルフはスラムバレットの担当を名乗り出た事を深く後悔するのであった。




