スタンピードの発生?
宿に戻り、シド達は入浴を済ませ食事の準備が出来るのを待っていた。
その時間を使い、明日以降の予定を確認していた。
「明日からはどうする?」
「んー、遺跡の探索は暫くやめといたほうがいいだろうな。今日の事を考えるとモンスターの数が多すぎる。ラクーンだけならいい訓練になるんだけど、奥のモンスターまで出てきたらどうなるか予想が付かないからな」
「そうだね・・・」
ライトからするとラクーンだけでもあの数が出てくると対処できないのだが、やはりシドの感覚はだいぶ狂っているようだ。
「ボクは銃の訓練がしたいかな。2丁でライフル撃つっていうのがどんな感じなのかやってみないとわからないし」
「それもそうだな。それじゃー明日は訓練で荒野に行くか。それと、これも撃ってみるか?」
シドはKARASAWAをライトに見せる。
ガンスはあんな事を言っていたが、同じ威力のMKライフルを片手撃ちで当てられるのだ、両手で持てば撃てるのではないかと思っていた。
<シド、ライトは隔世遺伝者とは言え、身体強化を行っている訳ではありません。流石にその銃は無理があるかと>
<でもさ、同じMKライフルを片手で撃てるんだから両手でしっかり持ったらイケるんじゃないか?>
<そもそも体格が小さすぎます。G-MK 330は非常に優秀な衝撃吸収機構がある為、ライトの体格でも使用できていますが、本来であれば体が耐えられません。2丁使いをするのも今の状態では難しいと考えます。シドとは根本的に筋肉や骨格の強度が違うのです>
<そうか・・・でも、あいつも興味はあるって言ってたんだから、一回くらいは撃たせてみようぜ。な?>
<・・・・一発だけにしてください。必ず両手で保持させ、片手撃ちは絶対行わせないようお願いします>
<わかったよ>
「・・・そうですね。明日撃たせてもらっていいですか?」
「おう、かなり反動強いからな。しっかり両手で抑え込んで撃てよ」
「はい。わかりました。あ、それとシドさんのワーカーランクって今幾つになってます?」
「ん?ランク?」
「はい、今日結構モンスター倒しましたよね?常時討伐依頼で上がったんじゃないですか?」
「んー。・・・・ええっと?今ランク9だな」
「え?あれだけ倒したのにランク1しか上がらないんですか?」
「まあ、ランクって上に行けば行くほど上がりにくいって言うからな。数倒したって言ってもラクーンがほとんどだったし。こんなもんじゃないか?中には数年やってランク7だって言ってたヤツもいるんだしな」
シドはビルの事を引き合いに出しライトに説明をする。
しかし、これは前提条件が違う。ビルの場合はラクーンを楽に討伐できる銃を買うことが出来ずに数年間地道にやって来たのだ。ラクーンは初心者の訓練相手になるというのはランク10からの話である。ランク一桁は初心者ですらないまがい物扱いなのだ。
本来あれだけ討伐すればとっくにランク10は超えてなければおかしい。オフィスで何かの手違いでも発生しているのでは?と考えるライト。
実はライトはこの宿に宿泊するワーカー達からいろいろな話を聞いていた。子供の容姿と持ち前のコミュニケーション能力を駆使し、ワーカーとして役立つ情報を入手しようとしていたのだ。シドは完全に孤立した状況で生きて来たため、その発想にたどり着かなかったのだった。
そして、他のワーカー達との会話で得られた情報と今のシドの状況には言いようの無い差が生じていた。
今日シドが披露したサイレントキリング20連発はワーカーランク20の者でも出来る人間がいるとは思えなかった。だからこそ、それを軽々とやって見せ、特に誇ることも無くさっさと帰ろうと言い出すシドに引いたのだった。
前にドーマファミリーの女ボスは、無知は罪だと言っていた。その典型的な例が目の前にいることにある種の感動を覚える。反面教師として。
いつかこの無知さ加減と自己評価の低さで大事件が巻き起こるような、そんな漠然とした不安を覚えるライトなのだった。
それから暫く話し合いを行っていると、宿から食事の準備が出来たと連絡があった。
二人はウキウキと食堂に向かう。
本日のメニューはミックスかつ丼。
牛豚鳥のカツを卵で閉じ、濃厚な出汁ソースと一緒に山盛りの白米にかけた一品。
酸味の聞いた酢漬けの野菜を付け合わせに、これまたたっぷりの野菜と豚肉を具材にしたスープが添えられていた。
料理人ミールの計らいにより、二人とも大盛りで提供されていた。
「よし!今日の締めくくりだ!いただこうじゃないか!」
「はい!存分に味わいましょう!」
二人ともザックザクに揚がったカツに齧り付き、白米を掻っ込む。欠食童子よろしく豪快に堪能した。
「やっぱりここの飯は旨いよな!」
「うんうん。このカツとご飯・ピクルスとスープのコラボは最高だよね」
もしゃもしゃと一杯目を平らげお代わりをする。二杯目を食べながら二人は会話に花を咲かせた。
「このピクルスってさ、なんでも漬物って言うらしいぞ」
「らしいね。作り方が少し違うみたいだよ。このスープも味噌汁って言うみたい」
「そうなのか?味噌って何?」
「味噌という調味料を使って作るスープを総じて味噌汁というらしいよ。優しい塩気がたまんないよね」
「ああ、みんな美味い。ここの料理は全部美味いな」
「同意。激しく同意」
まだまだ小柄といっていい二人が旨い旨いと言いながら食べる姿をキッチンの向こう側からミールが微笑ましく見ているのであった。明日も危険な仕事に出るワーカー達の無事の帰還を願って。
翌日、シド達は荒野に来ていた。
昨日話していた射撃訓練の為である。
「ライトはG-MK 330の両手打ち試すんだったよな?」
「そうだね。それより先にKARASAWA A60撃たせてもらってもいい?結構気になってたんだ」
「おう、いいぞ。かなり反動強いからな」
そういい、シドはA60をライトに渡す。
それを受け取り、両手でしっかりと構えた。
「結構重いね・・・」
「G-MKよりはましだろ?」
「そうだけど、これハンドガンの重さじゃないよ」
「まあ、だいぶん肉厚だからな。とりあえず撃ってみろよ」
「うん」
ライトは狙いを定め、引き金を引いた。
瞬間、両手に凄まじい衝撃が走り、上にはね上げられる。そして腕だけで衝撃を逃がし切れず、体ごと後ろに飛んでしまった。
「!!!」
途中で体勢を立て直し着地には成功したものの、射撃の反動をモロに受けた両手は骨が軋んでいる気がする。
(嘘でしょ?!これを片手で扱ってるの?!それであそこまで精密射撃が出来るなんて・・・・)
「おい、ライト。大丈夫か?・・・やっぱりコレは難しいか・・・」
「・・・難しいってより、無理だよ。良くこんな銃使えるよね・・・」
「かなりガッツリ訓練したからな。ほら回復薬」
「ありがとう」
振るえる手で回復薬を受け取り飲み込む。高性能な回復薬は即座に効果を発揮し、体の不調を回復させていった。
(これって訓練でどうにかなるの?身体拡張者ってすごいんだな・・・)
「昨日これを買わなくてよかったよ・・・ボクには使える気がしない・・・」
「・・・・そ、そうだな。止めてくれたガンスさんに感謝だな」
<・・・・>
イデアからほれ見た事かという気配を感じる。
「・・・じゃあ気を取り直して、各々射撃訓練と行こうか!」
何かを誤魔化す様にシドは声を上げる。
ライトは昨日購入し2丁になったG-MK330の両手射撃訓練。
この銃はボルトアクション式の装填方式なのだが、カスタムパーツを取り付け自動装填式に改造したのだった。故に本来は両手での操作が必須だった所を片手で扱えるようになっていた。
シドは、あまり使いどころは無いが、せっかく購入したスナイパーライフルAPC 430を手に取りチェックを始める。
「あ、それ使うんだ」
ライトは今まで、飾りの様にシドの背中にくっついていただけのスナイパーライフルを手に取るのを見てそう漏らす。
「ん?うん・・・いつかは使う日が来るはずなんだ・・・」
「・・・はず・・・」
「ほら。遺跡みたいに遮蔽物が多いところだと使いにくいけどさ。こういう荒野の向こうからモンスターが走って来るみたいな状況なら有効だろ?」
「まあ、たしかに」
ライトはダゴラ都市でそんな状況になるだろうか?と首を捻る。
<素晴らしいフラグ建設でしたね。シド>
<そんなつもりは一切ない>
脳内でイデアが不吉な事を宣う。
そのあとは二人で射撃訓練に勤しむ。
ライトは両手で銃を持ち正確に撃ちこむ難しさを実感していた。どうしても左右での命中率が異なってしまう。
「シドさん。両手打ちのコツって何かあるの?」
「あ~、左右で命中率が変わるのが気になるんだろ?」
「そうなんだよね。同じように狙ってるんだけど」
「それ、利き手じゃない方が撃つ瞬間微妙にブレてるんだよ。お前の場合左手だろ?まずはそっちの片手撃ちを訓練して満足いく命中率になるまでやってみな。今のまま両手で使い続けたら両方おざなりになるぞ」
シドは、自分が訓練中イデアに指摘された内容をライトにアドバイスした。シドはイデアの調整もあり、比較的早く両手で扱えるようになったが、ライトにはそれが無い。集中して長い訓練が必要になるのは必然だった。
「なるほど、わかった」
ライトは片方の銃を下し、左手だけで射撃訓練を始める。シドの指摘通り、左手だと銃の反動でわずかにブレが発生していた。それを意識して抑えようと訓練を行う。
太陽が真上に上り、昼食を取ることにする。今日はミール謹製のサンドイッチだった。
ライトがミールに頼んで用意してもらっていたのだ。
「昼にも美味いものが食えるっていいよな~」
「ほんとうにね。シドさんは宿に泊まる前ってどんな生活してたの?」
何気なくライトはシドの以前の生活を聞いてみた。
「ん~?・・・まあ、夜に食料品店の激安レーション齧ってたな・・・」
「・・・・え?あの廃棄物レーション・・・?」
「そうなんだよな~。今更ながらヤバイ生活してたと思うよ」
「・・・・・」
<同じスラム街で生きてきたライトがこの反応なのです。あのレーションが如何に危険なモノか再認識できましたか?>
<ああ、大丈夫。もう二度と食わねーよ>
<そうしてください>
シドは以前イデアに止められた激安レーションの事を思い出していた。如何に危険なモノでも、当時のシドには貴重な食糧であったことは間違いなかった。
ライトは組織に飼われ、日々怯えながら生活していた。この地獄はいつまで続くのかと半ば絶望しながら生にしがみ付いてきたのだが、シドの生活を聞いてまだ自分は恵まれていたのだと思った。
シドとは違い、安全な寝床と安全な食事を与えられていたというだけで、本来スラムに住むモノなら羨ましい環境だったのだと。
だが、今の二人は自分の力で良質の生活を手に入れたのだ。絶対に手放したくない。その意思を再確認し訓練に励んだ。
午後の訓練を行っている最中にイデアが声を上げる
<シド、ワーカーオフィスから緊急連絡です>
<なんだ?>
シドは情報端末を取り出し、ワーカーオフィスから届いた連絡に目を通す。
「スタンピード?!」
「!!!」
その声を聴いたライトも反応し、自分の情報端末を確認する。
「まだ発生してないみたいだけど、時間の問題みたいだね」
「急いで都市に戻るぞ。ミスカさん達に弾薬をお願いしよう」
「わかった」
二人は急いでバックパックを背負い都市まで駆けていく。スタンピードが起これば真っ先に狙われるのはダゴラ都市である。ワーカー達は防衛の為に出撃準備を整えなくてはならない。
もしワーカー達の防衛が失敗すれば防衛隊による一斉殲滅だ。
防壁外に居る者はモンスターごと焼き払われる。当然スラム街の事など一切考慮されない。
ランク一桁の者は防壁内に入れないのだから自分達も攻撃に晒されることになる。
出来る限りの準備を整え、迎撃に参加する為、二人はミスカ達の元に急いだ。
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